第55話 お前はお前だ
翌日。
四人はスタジオに集まっていた。
アンプの電源が入り、ドラムが組み上がる。
いつものスタジオ。
いつもの景色。
だけど四人の表情は、昨日までとは少し違っていた。
大地は壁の時計を見上げる。
「今日は二時間しか借りれなかった。」
「でも十分だよな?」
姫希は胸を張る。
「大丈夫。」
「あの後、歌詞浮かんできて作ってきた。」
ポケットから折り畳んだ歌詞を取り出し、ニヤリと笑う。
「spicy girlはカレーで充電満タン。」
「お母さん、最高だぜ。」
颯太は思わず吹き出した。
「母さん聞いたら喜ぶよ。」
達磨はベースを肩に掛けながら笑う。
「一発で仕留めて、あとは繰り返しだ。」
四人は定位置についた。
昨日の音は終わっていなかった。
あの熱は、一晩寝ても冷めなかった。
spicy girlは、生まれる瞬間を待ちきれなかった。
大地がスティックを打ち鳴らす。
「ワン、ツー。」
颯太のギターが飛び出す。
達磨のベースが追い掛ける。
大地のドラムが全員の背中を押す。
そして姫希の歌が乗る。
昨日までバラバラだった音は、もう迷わない。
誰かが合わせているわけじゃない。
それぞれが好きな音を鳴らしている。
それなのに、不思議なくらい一つになっていく。
曲が笑っていた。
spicy girlが、生まれた。
最後の一音が消える。
静寂。
誰も口を開かなかった。
さっきまで鳴り響いていた音だけが、耳の奥に残っている。
姫希が腕をさすった。
「毎回、鳥肌してたら体もたないね。」
大地は笑う。
「慣れだな。」
達磨も頷く。
「おぅ。」
その時だった。
颯太だけはレスポールを肩から下ろさなかった。
何かを思い出すように、静かに違うフレーズを弾き始める。
達磨が首を傾げた。
「完成したろ?」
「まだ納得出来ないのか?」
颯太は首を横に振る。
「違うよ。」
レスポールを見つめる。
「これは奏のパート。」
指が自然と動く。
考えて弾いている感覚ではない。
レスポールが知っている音を、確かめるようになぞっていく。
「もしいたなら、こう弾く。」
「多分ね。」
一通り弾き終えた颯太は、三人へ振り返った。
「今回はどっちのフレーズにする?」
達磨は迷わなかった。
「お前はお前だ。」
「だから颯太の方弾け。」
颯太は黙って聞く。
「奏パートは、そのうち奏にやらせりゃいい。」
そう言って、達磨は笑った。
その言葉は、当たり前のようだった。
奏は帰ってくる。
誰も疑っていない。
颯太は小さく頷く。
「わかった。」
少し黙る。
そして突然、レスポールを高く掲げた。
「よし!」
「今日から颯太Zと名乗る!!」
大地が目を丸くする。
「……Z?」
颯太は得意満面だ。
「つまずいて転んでも。」
「上下わからなくなっても。」
「ZはZだから。」
胸を張る。
「俺はZだ!!」
一瞬、スタジオの空気が止まる。
姫希は真顔で颯太を見つめた。
そして、ため息混じりに一言。
「究極にダセェ。」
その瞬間。
達磨が腹を抱えて笑い出した。
「ぶはははっ!」
大地も吹き出す。
さっきまで完成した曲の余韻に包まれていたスタジオは、今度は笑い声でいっぱいになった。




