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SEED  作者: 泣きピエロToY
第八章「遠く遠く」
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第53話 懐かしい感覚


「とにかくこの曲、弾いてくれ。CDより生音の方がいい。」


達磨が腕を組みながら言った。


「明日スタジオ押さえた。それまでにある程度形にすんぞ。」


大地もスティックを回しながら頷く。


「歌詞は後!! まずは雰囲気!!」


姫希は笑顔で両手を広げた。


颯太は黙ってギターを構える。

アンプから流れ出したのはspicy girl。

CDで何度も聴いたメロディーだ。


一回目。


二回目。


まだ、同じだった。


だが三回目。


音の質が変わり始める。

音が少しずつ自由になっていく。


五回目には姿勢まで変わっていた。

一点だけを見つめ、微動だにしない。


呼吸さえ止まったような静けさの中、まるでギターと一体化しているようだった。


次に弾いたフレーズは、また少しだけ違う。

さらに次は、もっと違う。


気付けばspicy girlの輪郭を残したまま、まったく別の世界へ踏み込んでいた。


颯太はもう曲を弾いているのではない。

弾きたい音を、そのまま鳴らしている。


ただ、無心で。


達磨も大地も、そのたびに変わる音を追いかける。

だが追いつけない。

昨日までの颯太ではない。


一小節ごとに、新しい表情を見せるギター。

二人は合わせようとしては外し、また探し、また外した。


「そっか、自由で良いんだ。」


姫希がぽつりと呟く。


「姫ラップと同じだ!」


誰かに決められた言葉じゃない。

その瞬間に生まれた気持ちを、そのままぶつければいい。


「思いをぶつける。最高だぜ!!」


姫希は即興で言葉を並べ始める。

意味なんて考えない。

リズムに乗せて、心をそのまま叫んだ。


達磨は思わず笑った。


「奏の言ってたこと、今ならマジでわかる。」


颯太のギターを見つめながら続ける。


『合わせるのは無理。』


『だから好きに弾いた。』


「俺も好きに弾くわ。」


そう言ってベースを鳴らす。

重く、自由に。

音が笑っているようだった。


「達磨ずりぃ。俺だって楽しみてぇよ。」


大地が悔しそうに笑う。

その時、颯太と目が合った。

颯太はニヤッと笑う。


その笑顔だけで十分だった。


「くそっ、わかったよ。やるよ。」


「俺も暴走じゃー!!」


ドラムが弾ける。

ベースが跳ねる。

ギターが駆け抜ける。

歌が踊る。


四人の音はぶつかり合い、混ざり合い、誰も予想しなかった新しい音楽を生み出していく。


時計の針だけが静かに進んでいた。

何時間経っただろう。


夢中になって音を重ね続けた、その時だった。


一瞬――。


鳥肌が全身を駆け抜ける。

誰も演奏を止められなかった。


最後の一音。


まるで世界が息を止めたような静寂が生まれた。


「なんだ今の……。」


達磨が呆然と呟く。


「わからない。」


大地も首を振ることしかできない。


「……。」


姫希は何も言えなかった。

胸の奥が熱くなる。

理由はわからない。


ただ涙が出そうになるほど、何かが心を震わせていた。


そんな三人を見て、颯太だけがいつものように笑う。


「あぁ、懐かしい感覚。」


少しだけ遠くを見るような目をして続けた。


「奏とこれ経験して、ギターに沼ったんだよね。」


その一言で、三人はさらに言葉を失う。

これが、奏と颯太が見ていた景色。

これが、二人だけが知っていた世界。


達磨も、大地も、姫希も。

ただ茫然と立ち尽くし――


最後には笑うしかなかった。

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