第51話 パワフル✖️刺激✖️前進
母は立ち上がり、にこやかに微笑んだ。
「あらあら、お客さん。」
「待ってね、お茶入れるから。」
そう言うと、急須を手に台所へ向かった。
お湯の沸く音が静かなリビングへ聞こえてくる。
「お邪魔します。」
達磨はそう言って家へ上がると、脱いだ靴をきちんと揃えて玄関の端へ寄せた。
意外とこういうところはしっかりしている。
「姫、久しぶり。」
続いて入ってきた大地が声を掛ける。
「大地さん、久しぶり!」
姫希は笑顔で手を振った。
その笑顔はすぐに少しだけ曇る。
視線はテーブルの上へ。
開いたままのノート。
何度も書いては止まり、書いては消した跡が残っている。
「あの曲は私だって言ってたじゃん。」
姫希はノートを見つめたまま、小さく苦笑いを浮かべる。
「私ってどんな感じなんだろうって考えたら、わかんなくなっちゃって。」
少しだけ間が空く。
「褒めるのも違う。」
「謙遜するのも違う。」
言葉を探すように、ゆっくりと続けた。
「ありのままを書きたい。」
「だから、わからなくなっちゃった。」
部屋は静かだった。
時計の針だけが、規則正しく時を刻んでいる。
ノートには書きかけの言葉がいくつも並んでいた。
思いついては止まり、また書いては消す。
何度も考えた跡だけが残っている。
達磨はその様子を見つめると、ふっと口元を緩めた。
「いつから一緒に住んでる?」
「住んでないよ。」
姫希はすぐに笑って首を振る。
「通ってる。」
「通い妻か。」
「ちゃうちゃう。」
慌てて両手を振る姫希を見て、大地も笑う。
「ここ私の職場。」
「永久就職か。」
「二人、誤解しすぎだよ。」
颯太は苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。
「そんなんじゃないから。」
すると姫希は少しだけ首をかしげ、いたずらっぽく颯太を見上げる。
「え?」
「違うの?」
一瞬だけ静まり返る。
達磨と大地は顔を見合わせ、次の瞬間には吹き出していた。
「だから違うって!」
顔を赤くした颯太が頭をかく。
さっきまで少し重かった空気が、一気に和らいだ。
そのタイミングで母がお茶を運んでくる。
湯のみを一つずつテーブルへ並べるたび、湯気と一緒にお茶の香りが部屋へ広がっていく。
母は姫希の前へ湯のみを置くと、優しく微笑んだ。
「姫希ちゃんの曲ねぇ。」
姫希は静かに頷く。
母は姫希の顔を見つめながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「あなたはパワフルな子よね。」
「いつも前向き。」
「それが周りの刺激になって、また進もうと思わせてくれる素敵な子よ。」
少しだけ笑みを深くする。
「いつもありがとうね。」
姫希は何も答えなかった。
ただ、その言葉を静かに受け止めていた。
「パワフル。」
小さくつぶやく。
「刺激。」
もう一度、ゆっくりと口にする。
「前進。」
その三つの言葉が胸の中で重なっていく。
自分では考えても答えが出なかった。
でも、母の目に映る自分は、そういう人だった。
ノートへ視線を落とす。
真っ白に見えていたページが、少しだけ違って見えた。
姫希の表情がふっと明るくなる。
「なんか書けそうな気がしてきた!!」
勢いよくペンを握りしめる。
「ありがとう、お母さん。」
その様子を見ていた大地が笑う。
「お母さんか。」
達磨も頬杖をつきながら笑った。
「もう進展しちゃえよ。」
「だから違うって!」
颯太が照れくさそうに声を上げる。
そのやり取りに、母も姫希も思わず笑った。
穏やかな笑い声がリビングへ広がる。
さっきまで書けずに悩んでいた空気は、いつの間にか消えていた。




