第48話 この曲は私
帰り支度をしていた姫希が、テーブルの上に置かれたCDケースを手に取った。
少し迷うような表情を浮かべてから、颯太を見つめる。
「ねぇ。」
「このCD、借りちゃダメ?」
颯太は意外そうな顔をした。
「どうしたの?」
姫希はCDを両手で持ったまま、小さく息を吸う。
「歌詞、ちゃんと作り込みたい。」
「だから、曲をいっぱい聴き込みたい。」
少し照れくさそうに笑った。
「颯太、この曲は私だって言ったじゃん。」
「だったら、真剣に向き合いたい。」
その瞳には、いつもの冗談っぽさはなかった。
一人のボーカリストとして、この曲に向き合おうとしている目だった。
「……だめかな?」
颯太は優しく笑う。
「もう完コピしたから良いよ。」
「えっ、はやっ!」
姫希は思わず目を丸くした。
「じゃあ、一応パソコンに入れとくね。」
「姫ちゃんのパソコンだよね?」
「うん。」
「パソコンじゃなくて、CDの方を持ち帰るの?」
姫希は数秒だけ真剣に考えるような顔をしたあと、吹き出した。
「もち。」
「パソコンのが重いじゃん。」
「それはそうだけど。」
颯太も思わず笑ってしまう。
部屋には、久しぶりに肩の力が抜けるような笑い声が響いた。
そのまま二人はリビングへ向かう。
夕飯の時間だった。
食卓には、もう当たり前のように姫希の席が用意されている。
「いただきます。」
三人の声が重なる。
母もすっかり姫希が家にいることを自然に受け入れていた。
食事をしながら、姫希が何気なく口を開く。
「颯太。」
「明日、出かける予定ある?」
「ないよ。なんで?」
姫希は箸を置いて答えた。
「一人で集中したいから。」
「歌詞、ちゃんと考えたい。」
「ここでやるの?」
颯太が聞くと、姫希は少し申し訳なさそうに笑う。
「ダメなら、明日は来ない。」
その言葉を聞いた母が、すぐに反応した。
「えー。」
「明日も来てよ。」
「寂しいじゃない。」
姫希は嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「ですよね。」
「だって。」
二人はまるで前からの知り合いのように笑い合っている。
颯太は味噌汁を飲みながら、その様子をぼんやり眺めた。
「……。」
完全に敵が二人いる。
自分だけが少数派だった。
「分かったよ。」
颯太はため息交じりに笑う。
「俺が出かける。」
「やった。」
姫希と母の声がぴったり重なった。
二人は顔を見合わせて笑う。
颯太は苦笑いするしかなかった。
こうして翌日、颯太が家を出ることだけは、あっさりと決定した。




