第44話 そばにいるからね
「ネット代は収益が入ったら払う。お母さんと決めたから心配しないで。」
ノートパソコンの設定を進めながら、姫希は何気ない口調で言った。
「知らないとこで話が進んでる。」
颯太は思わず笑ってしまう。
「まあ……そういうことなら安心だけど。」
姫希は得意げに胸を張った。
「でね、この曲歌いたい。」
画面を颯太の方へ向ける。
「男性ボーカルだからキーが低いの。あと、メロコアだけど、もう少しロックしたい。」
少し考えるように首を傾げる。
「アレンジして。」
「え? 今?」
颯太は思わず聞き返した。
「今まで出来てたじゃん。」
姫希は笑う。
「完璧じゃなくていいの。」
少しだけ真面目な表情になる。
「楽しく歌いたい。」
その一言のあと、小さく続けた。
「手伝って。」
その声には、無理にお願いするような重さはなかった。
ただ、一緒に音楽をやろう。
そんな気持ちだけが込められていた。
颯太は画面と姫希の顔を交互に見つめる。
少しだけ黙り込んだあと、小さく頷いた。
「……やってみる。」
姫希の表情が一気に明るくなる。
「やった!」
その笑顔を見ながら、颯太はゆっくりとレスポールのケースへ手を伸ばした。
金具を外し、静かに蓋を開ける。
そこには、奏から託されたレスポールが眠っていた。
慎重に持ち上げ、膝の上へ乗せる。
左手をネックへ添え、右手で軽く弦を弾く。
ジャラン――。
部屋に澄んだ音が響いた。
「……やっぱり弾きやすい。」
思わず本音が漏れる。
奏のギターは、しっかりと手入れされていた。
ネックは吸い付くように手へ馴染み、弦高も低すぎず高すぎず、指が自然と動く。
ピッキングにもしっかり応え、欲しい音をそのまま返してくれる。
一本のギターなのに、奏の性格まで残っているようだった。
(ここに奏がいたんだ。)
ふと、そんなことを思う。
いつも隣で弾いていた奏。
音を重ね、ぶつかり合い、笑っていた時間。
その記憶が、レスポールの響きと一緒によみがえってくる。
インスピレーションは、まだ戻っていない。
以前のように、次々とメロディーが浮かぶこともない。
それでも颯太は、ギターで音を探している。
コードを鳴らし。
止まり。
もう一度鳴らす。
一音ずつ確かめるように、少しずつ形にしていく。
「そこ、もう一回。」
姫希が嬉しそうに言う。
颯太は何も返事をせず、同じフレーズを弾き直した。
「今の好き。」
その一言に、颯太は照れくさそうに笑う。
「まだ途中だけど。」
「うん。」
姫希は何度も頷いた。
「途中でいい。」
その姿を見ているだけで、胸が温かくなる。
真剣な表情でギターに向き合う颯太。
その横顔は、姫希がずっと見たかった姿だった。
「やっぱ颯太はそうじゃなきゃ。」
聞こえないくらい小さな声で呟く。
颯太は音に集中していて、気付かない。
姫希は優しく微笑んだ。
「今日が新しい始まりだよ。」
少しだけ目を細め、そっと続ける。
「そばにいるからね。」




