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SEED  作者: 泣きピエロToY
第六章「ジターバグ」
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第39話 奏の音がない


レコーディングは静かに進んでいた。


ガラス一枚隔てたレコーディングブース。


ヘッドホンを耳に当てた颯太は、ギターを抱えたまま深く息を吐く。


ミキサールームではエンジニアがフェーダーを調整し、スタッフが小さく頷いた。


「じゃあ、ギターいきます。」


その一言で、スタジオの空気が引き締まる。


イントロが流れ始めた。


クリック音に合わせ、颯太はギターを鳴らす。


いつものように指は動く。


フレーズも間違えない。


リズムも安定している。


演奏が終わる。


「オーケーです。」


インカム越しに声が響く。


颯太は小さく返事をした。


「次、奏のパートお願いします。」


その言葉に、一瞬だけ手が止まった。


本来なら、そこへ立つのは奏だった。


ブースの向こうで笑いながら、


「そこ違う。」


「もう一回。」


そんなやり取りをしながら録っていたはずだった。


今は違う。


奏のギターも、自分が弾く。


颯太は静かにエクスプローラを構え直した。


ヘッドホンから流れてくるのは、さっき自分で録ったギター。


それに重ねるように、奏のフレーズを弾いていく。


指は覚えている。


ライブでも。


練習でも。


何百回と隣で聴いてきた音だ。


だから弾ける。


いや。


弾けてしまう。


演奏が終わる。


「……。」


ヘッドホンを外した颯太は、しばらく何も言わなかった。


スタッフが再生ボタンを押す。


スピーカーから二本のギターが流れ始めた。


音程は合っている。


タイミングも問題ない。


誰が聴いても完成している演奏だった。


それなのに。


颯太はゆっくり首を横へ振った。


「違う。」


誰へ向けた言葉でもない。


自分に言い聞かせるような声だった。


「もう一回お願いします。」


再び録り直す。


少しニュアンスを変える。


ピッキングを強くする。


ビブラートを深くする。


音を伸ばす。


切る。


何度も試した。


それでも違う。


何が違うのか、自分でも説明できない。


奏は、ただ同じメロディを弾いていたわけじゃない。


颯太が投げた音に返事をするように弾く。


時には挑発するように。


時には支えるように。


時には笑うように。


二人で音をぶつけ合って、一つのギターになっていた。


今、スピーカーから返ってくるのは、自分の音だけだった。


問いかけても。


返事がない。


何度録り直しても。


返事だけが返ってこない。


颯太は目を閉じた。


夏祭りで初めて会った日。


スタジオで朝まで弾いた夜。


ライブ前に笑い合った控室。


何も言わなくても音だけで通じ合えた時間。


その全部が頭をよぎる。


ゆっくり目を開ける。


そして、小さく呟いた。


「……ここには、奏の音がない。」


ガラスの向こうでスタッフたちが顔を見合わせる。


誰も何も言えなかった。


その一言だけで、足りないものが何なのか全員が分かったからだ。


長い沈黙がスタジオを包む。


時計だけが、無機質に時間を刻んでいた。


それでもレコーディングは止められない。


発売日は決まっている。


待っている人がいる。


颯太はもう一度ヘッドホンをつけた。


深く息を吸う。


ギターを握る右手に力を込める。


「……やります。」


その声は小さかった。


それでも迷いはなかった。


奏の代わりにはなれない。


それでも、今は自分が弾くしかない。


颯太は最後までギターを弾き切った。


こうして、奏のいないレコーディングは終了した。


完成した音源は、間違いなくJJの楽曲だった。


だが颯太には分かっていた。


あの日まで二人で鳴らしていた、本当のJJのツインギターは、そこにはもう存在しなかった。

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