↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SEED  作者: 泣きピエロToY
第六章「ジターバグ」
PR
38/84

第38話 奏の曲を残すんだ!!


アルバム制作の日が近づき、JJのメンバーはそれぞれの場所で個人練習に励んでいた。


新曲の細かなフレーズを詰める者。


レコーディングを意識してテンポを確認する者。


それぞれが、初めてのアルバムに向けて準備を進めていた。


そんな静かな午後だった。


突然、大地の携帯電話が鳴る。


画面に表示されたのは、後輩の名前だった。


「もしもし。」


普段なら気軽に出る電話だった。


しかし、受話器の向こうから聞こえてきた声は、震えていた。


「大地さん……大変っす!」


ただ事ではない。


大地は思わず立ち上がる。


「どうした!」


「奏くんが交通事故。」


その瞬間、時間が止まった。


「……交通事故?」


「轢き逃げです。さっき病院に運ばれました。」


それだけ聞くと、大地は電話を切った。


すぐに颯太、姫希、達磨へ連絡を入れる。


「全員、○○病院に来てくれ。」


それ以上は言えなかった。


四人は急いで病院へ向かう。


病院に着いた頃には、奏は手術室へ運ばれていた。


赤いランプが静かに灯り続けている。


誰も口を開かなかった。


颯太は椅子に腰掛けたまま、青ざめた顔で手術室の扉だけを見つめている。


姫希は必死に涙を堪えようとするが、頬を伝う涙は止まらない。


達磨は拳を握り締め、歯を食いしばっていた。


目は血走り、今にも壁を殴りそうなほど怒りを押し殺している。


大地だけは深呼吸を繰り返し、無理に冷静さを保っていた。


「まだ意識が戻らない。」


誰に向けた言葉でもない。


自分自身に言い聞かせるようだった。


「待つしかない。」


時計の秒針だけが、やけに大きく聞こえる。


「きっと大丈夫だ。」


その言葉に返事をする者はいなかった。


ただ、それを信じるしかなかった。


数時間後。


手術室のランプが消え、医師が姿を現す。


「ご家族の方。」


奏の両親が立ち上がる。


「メンバーの皆さんも一緒にどうぞ。」


診察室へ案内される。


医師はカルテを見ながら静かに話し始めた。


「手術は成功しました。」


その一言だけで、一同の肩から力が抜ける。


「頭を強く打っていますので、しばらくは病院で安静です。」


医師は続ける。


「日常生活には支障はないでしょう。」


助かった。


その事実だけで十分だった。


姫希は涙を拭い、颯太もようやく小さく息を吐く。


しかし、医師は少し間を置いて言葉を続けた。


「音楽をされていると伺っています。」


部屋の空気が一変する。


「今回、左手の被害が激しく、リハビリを続けても元の通りにはならないと思います。」


誰も動かなかった。


耳では聞こえている。


だが、理解したくなかった。


ギタリストである奏にとって、左手は命だった。


コードを押さえ、速弾きを支え、音楽を生み出す手。


その左手が、もう元には戻らない。


その現実だけが、重く突き刺さる。


診察室を出ても、誰一人言葉を発しなかった。


病院の廊下を歩く足音だけが響いている。


その日はいったん帰ることになった。


アルバム制作は目前。


レコーディングの日程も押さえてある。


今さら止めることはできない。


沈黙を破ったのは大地だった。


「……奏抜きでやるしかない。」


苦しい決断だった。


それでも、前へ進むしかなかった。


大地は颯太を見る。


「颯太。」


颯太はゆっくり顔を上げる。


「二人分の録音をやる事になるが、大丈夫か?」


「……うん。」


返事は返ってきた。


しかし、その目には何も映っていなかった。


反射で返しただけだと誰でも分かった。


その瞬間だった。


「奏の曲を残すんだ!!」


大地の怒鳴り声が病院の廊下に響く。


全員が驚いて大地を見る。


普段は誰よりも穏やかな大地が、声を荒げた。


「しっかりしろ!」


颯太はハッとしたように目を見開く。


大地は震える声で続けた。


「最高のアルバムを作るんだ。」


その目から涙が溢れる。


「JJに復帰したい。」


涙は止まらない。


「だからリハビリ頑張って、元通り弾けるようになって……。」


言葉が詰まる。


それでも、大地は最後まで絞り出した。


「……そう思わせるんだ。」


大地は泣いていた。


誰よりも冷静で、誰よりも頼れる存在だった大地が、人目も気にせず涙を流していた。


その姿を見て、颯太は拳を握る。


姫希は再び涙を流し、達磨は静かに目を閉じた。


四人は深い失意の中にいた。


それでも、歩みを止めるわけにはいかなかった。


奏が帰ってくる場所を守るために。


その日、四人は悲しみを胸に抱えたまま、それでも前を向くことを選んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。