第37話 奏は基本、音楽一本だからな
夏フェスを終えてからというもの、JJの周囲は慌ただしくなっていた。
ライブハウスからの対バンの申し込み、音楽雑誌やネットメディアからの取材依頼、そしてライブ会場で販売したTシャツについての問い合わせ。
スマートフォンは一日中鳴り止まず、メールボックスには未読の通知が積み重なっていく。
その対応を一人で引き受けていたのは、奏だった。
「……捌ききれない。誰か手伝って……。」
机に突っ伏しながら、力なく呟く。
いつもなら冷静で、どれだけ忙しくても表情一つ変えない奏が、今日は明らかに疲れ切っていた。
「奏、目にクマできてる。」
姫希が顔を覗き込み、心配そうに言う。
奏は「大丈夫」と言おうとしたが、言葉より先にため息が漏れた。
達磨も腕を組みながら苦笑する。
「奏は基本、音楽一本だからな。こういう事務仕事は向いてねぇよ。このままだと作曲に影響出るぞ。」
「それは困る。」
颯太も真面目な顔になる。
JJの曲は、ほとんど奏の作曲から始まる。
その奏が音楽に集中できなくなるのは、バンド全体にとって大きな問題だった。
「そろそろ、どこかと契約してマネージャーつけて欲しいよね。」
大地がコーヒーを飲みながら言う。
「今のままじゃ、奏一人に負担が集中しすぎだ。とりあえず後輩に応援頼んでおく。」
「頼りになるのは大地さんだけか。」
奏は少し笑いながらそう返した。
「おいおい、俺らも手伝う気はあるぞ。」
達磨が肩をすくめると、部屋に少しだけ笑いが戻る。
そんな空気の中、颯太がスマートフォンを見ながら思い出したように口を開いた。
「そういえば、flagshipから連絡来てたよ。」
「何?何?」
姫希がすぐに反応する。
「一緒にアルバム作らないか?って。」
颯太はメッセージを読み返しながら続けた。
「まだflagshipだけじゃ不安なんだって。だから何バンドか集めて、一枚のアルバムを作りたいらしい。」
部屋が少し静かになる。
達磨は迷うことなく答えた。
「その話、受けようぜ。」
全員の視線が達磨に集まる。
「俺らだって単独のアルバム自費出版はキツいぞ。こういうチャンスは逃さない方がいい。」
現実的な意見だった。
自主制作でアルバムを出すには、録音、プレス、ジャケット制作など、多くの費用がかかる。
今のJJには、まだ簡単に出せる金額ではない。
颯太はさらに続ける。
「flagshipの知り合いバンドのBLACK TAXIも参加するみたい。」
「ブラタクか。」
大地がすぐに反応した。
「あれはパワーあるぞ。」
「知ってるの?」
奏が顔を上げる。
「フェスで俺達の二つ前にやってた。」
「あぁ、あのバンドか。」
奏も演奏を思い出した。
勢いだけではない、しっかりとした演奏力が印象に残っている。
少し考えたあと、奏はゆっくり頷いた。
「受けよう。」
その一言で空気が決まる。
「いつからだ?」
「再来月から始めるみたい。」
颯太が答えると、メンバーはそれぞれ頷いた。
夏フェスで得た勢いは、ライブだけでは終わらない。
JJは次の挑戦――新たなアルバム制作へ向けて、一歩踏み出すことになった。




