第23話 負けないよ
練習が一段落し、各自が水分補給をしていると、達磨が携帯を見ながら奏へ声を掛けた。
「奏〜。隣町のファッハプから対バンの申し込みあったぞ。」
聞き慣れない名前に、奏が首をかしげる。
「ファッハプ?」
「あぁ、断っといた。」
あっさりと言い切る達磨に、奏は思わず聞き返した。
「なんで?」
達磨は少し眉をひそめる。
「あいつらと対バンしたくねぇ。」
その一言だけでは理由が分からず、颯太が不思議そうに口を開いた。
「なんかあったの?」
達磨は答えず、ふいに目を逸らす。
その反応だけで、軽い話ではないことが伝わってきた。
颯太は視線を大地へ向ける。
大地は達磨を見つめ、小さく息を吐いた。
「達磨、話さなきゃ分からないぞ。」
達磨は観念したようにため息をつく。
「はぁ。『What happened』ってバンド。演奏は上手い方。でもステージの外の評判がすこぶる悪い。多分、俺ら雑誌に載ったから利用しようと思ってるだけだと思う。」
誰も口を挟まない。
部屋の空気だけが少し重くなる。
「対バン相手のあることないこと噂を流すしね。『七転び八起きのダルマ』の呼び名も奴らが原因。」
その言葉に、奏の表情がわずかに変わる。
大地はさらに続けた。
「前に助っ人断ってるから、何されるか分からない。」
姫希は腕を組み、不満そうに頬を膨らませる。
「逆に対バンしてぶっ潰しちゃえば良いのに。」
達磨は苦笑しながら首を横に振った。
「関わらない方が良い。」
そう言って携帯をしまおうとした、その時だった。
颯太がそっと画面を覗き込む。
そこには、『What happened』から届いたメールが表示されていた。
「え? ひどい。達磨さん、こんな事言われてんの。」
達磨は小さく肩を落とす。
「颯太、見たのか?」
「ごめん。」
姫希は二人を見比べながら身を乗り出した。
「何? 何? そんなやばいの?」
颯太は言葉を探すように口を開きかけるが、すぐに首を横へ振る。
「言いたく無い。」
その反応だけで、どれほど酷い内容なのか想像できた。
奏は静かに達磨を見る。
「そいつら対バンしなきゃ害は無いのか? しなくても、害はあるのか?」
達磨は少し考え、静かに答えた。
「関わらなければ噂で終わるよ。」
続けて大地が言葉を継ぐ。
「関わったら実体験として流される。」
部屋に沈黙が落ちる。
その空気を破ったのは姫希だった。
「内容教えて! 仲間でしょ。」
達磨は少し迷ったあと、何も言わず携帯を奏へ渡す。
奏はメールを読み進める。
一行、また一行。
そのたびに表情から笑みが消え、怒りが滲んでいく。
そこに並んでいたのは、達磨への誹謗中傷ばかりだった。
ありえない。
そんな言葉が自然と頭をよぎる。
颯太はその表情を見ることができず、静かに目を逸らした。
大地は奏から携帯を受け取り、姫希へ向き直る。
「姫、落ち着いて聞けよ?」
メールにはこう書かれていた。
『疫病神はどこのバンドにも入れなかった。だから年下のメンバーのバンドに加入した』
『ボーカルの女目当てか? ロリコン疫病神とか最悪だな』
『ガキの集まったバンドの子守頑張れよ』
『雑誌もどんなコネ使ったんだ? お子ちゃまバンドがありえねぇだろ』
読み終えた部屋には誰も声を出さなかった。
達磨だけが、自嘲気味に笑う。
「こいつら俺らの演奏見てないんだ。ただ言いたい放題。だから関わりたく無い。」
その言葉に、姫希は悔しそうに拳を握る。
「達磨の曲への向き合い方、コイツら知らないんだ。腹が立つ。」
それまで黙っていた颯太が、一歩前へ出た。
「コイツら潰そう。奏、対バンしよう。俺らの本気見せてやろう。」
達磨は思わず苦笑する。
「話聞いてたか? 今は噂だけなんだよ。関わって実害あったらどうすんだよ。一番危ないのは姫だぞ。」
颯太は迷わず達磨を見返した。
「姫ちゃんはみんなで守るよ。達磨さんもみんなで守りたい。」
その真っ直ぐな言葉に、達磨は何も返せなかった。
奏は静かに立ち上がる。
「俺らの音楽は負けないよ。確信がある。」
短い言葉だった。
だが、その一言には誰よりも強い自信が込められていた。
姫希も勢いよく拳を握り締める。
「受けて立つ!! けちょんけちょんにしてやるんだから。」
大地は四人を見渡し、頼もしそうに微笑んだ。
大地
「頼もしいメンバーだな。当日、周辺に昔の仲間配置しとくよ。」
達磨はゆっくりと大地を見る。
その目には、もう迷いはなかった。
「大地。良いんだな。やるなら覚悟決めるぞ。」
その瞬間、颯太はギターを手に取る。
静かな部屋に、『ONI』のサビが鳴り響く。
力強く、真っ直ぐな音。
まるで、自分たちの決意を音に変えたようだった。
颯太はギターを鳴らしながら、小さく呟く。
「負けないよ。」




