第19話 もっと良くなるよ!
姫希は少し俯き、言葉を探すように息を吸った。
「『DIVE』なんだけど……」
自然と全員の視線が姫希へ集まる。
自分の考えを曲にぶつける。
そんな経験は初めてだった。
「最初は、期待とイライラが混ざってる感じ。」
ゆっくりと言葉を選びながら話し始める。
「自分はできる。準備もできてる。」
「でも、チャンスがないみたいな感じかな。」
「鬱憤が溜まってる。でも、ぶち壊すわけにはいかない。」
「ずっと我慢してる感じ。」
誰も口を挟まない。
姫希の中にある『DIVE』を、そのまま受け止めていた。
「だから、最初から激しく演奏するのは違う気がする。」
「歌も、もっとスレた声で歌いたい。」
奏は腕を組んだまま静かに頷く。
「なるほどね。」
否定も肯定もせず、その一言だけ返した。
姫希は少し安心したように表情を緩める。
「それでサビ前は、やっとチャンスが回ってきた感じ。」
「行ける。やれる。『DIVE』の準備だ、って。」
「希望と緊張で、いっぱいいっぱい。」
「ライブ前の颯太みたいな感じ。」
「え、俺?」
急に名前を出された颯太が目を丸くする。
達磨は吹き出した。
「颯太はライブ前そんな感じなのか。」
「おもしれぇな。」
「めちゃくちゃ落ち着かなくなるよ。」
颯太は照れ笑いを浮かべながら頭をかいた。
その姿を見て、スタジオに小さな笑いが広がる。
姫希もつられて笑った。
「そんな感じ。」
「ワクワクが止まらない。」
「だから真剣に歌いたい。」
「ここで失敗したら、せっかくのチャンスを失っちゃうから。」
もう一度息を吸う。
頭の中で『DIVE』を鳴らしながら、最後の景色を言葉にした。
「サビで全部から解放される。」
「なんでもできる無敵感。」
「そんな世界に『DIVE』した。」
「そんな感じかな。」
少し照れくさそうに笑う。
「だから、ここはパワフルで、自信に満ちた感じで歌いたい。」
静寂が流れた。
奏は頭の中で曲を鳴らしてみる。
イントロ。
Aメロ。
サビ前。
そしてサビ。
姫希のイメージを重ねると、今まで見えていなかった景色が少しずつ形になっていく。
小さく笑った。
「なるほど。」
「歌い方が変わるなら、演奏も変えなきゃだな。」
姫希は申し訳なさそうに眉を下げる。
「今更ごめん。」
奏はすぐに首を横へ振った。
「いや。」
「こっちもごめん。」
「もっと早くから巻き込めば良かった。」
その一言に姫希は少しだけ目を潤ませる。
自分も、この曲を作る一人なんだ。
ようやく、そう思えた。
「もっと良くなるよ!」
颯太は待ちきれないようにギターを抱え直した。
早く弾きたい。
早く音を合わせたい。
体中からそんな気持ちが溢れている。
奏はその様子を見て苦笑する。
(多分、今日は暴走するな。)
「イントロからやろう。」
「もちろん、バチバチで。」
達磨はニヤリと笑う。
「当然。」
大地もスティックを軽く回した。
「腕がなるね。」
五人はそれぞれの楽器を構える。
同じ『DIVE』。
だけど、もうさっきまでの『DIVE』ではない。
誰か一人の曲でもない。
五人全員の想いを乗せた、新しい『DIVE』が今、生まれようとしていた。
その日の夜、『DIVE』に新しい魂が注ぎ込まれた。
第三章 「The Beginning」 完




