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殷龍国物語~じゃじゃ馬貴妃の後宮譚~  作者: 織原深雪


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 秋の祭りの市に出掛けてから、浩然様との距離は確実に近くなった。

 けれども、現在の私の立ち位置は護衛メインといえども龍安様の貴妃である。

 ゆえに、一歩進んだと思えばそこから先は全く進まないまま季節は冬を迎え欣怡様の懐妊発表からも時期が進んだので、最近の欣怡様はややふっくらとしたお腹を大切に撫でながら日々を穏やかに過ごしている。

 秋の祭りでの宴での一件で江家と黄貴妃が断罪されたことで、一気に刺客の数が減った。

 現在は後宮の護衛武官たちで相手が出来るレベルの刺客の襲撃者数で落ち着いている状況だ。

 そんな状況下なので、現在は日々の間昼間は私と舜娘に雪たち親子が金華宮での護衛を務めており夜間を護衛武官が交代制で担っている。

 おかげで秋からこちらは私と舜娘は夜しっかりお休みを頂いている。

「ふふ、すっかり雪たちが元気な季節が来たのね」

 現在、雪のちらつき始めた冬の始まり。

 もともとふかふかの毛に包まれていた豹の雪たちは夏の毛から冬の毛に生え変わると毛の質感が大きく変わり、もふもふのふかふかで大変温かく、現在は黒が舜娘と一緒に。

 雪と蒼が私と一緒に寝てくれる。

 もはや、天然で温石以上の効果を発揮する生き物のおかげで、大変快適な寝心地と温かさを堪能させてもらっている。

「えぇ。彼女たちはここより寒い地域の山に住む生き物ですから。でも、すっかりここの暮らしになれたのでもう山には戻れないでしょう」

 雪を撫でつつ私は欣怡様へ答える。

 すっかり人との生活に馴染んでしまった雪とその子どもたちである蒼と黒は、もう野生には戻れないだろう。

 人と暮らし、狩りをせず餌をもらう日々なのだから。

 それでも、少しでも野生を忘れぬようにと私の宮である碧玉宮ではかなりの広さを自由にさせている。

 それもこれも、雪たちが人との共存に慣れて賢く、不審者以外を襲わない利口な雪豹だからなのだけれど。

「そうね、たしかにこの子たちはもう自分が居た山では暮らせないでしょう。だからこそ最後まで責任を持たなければね」

 欣怡様の側には蒼が佇み、撫でられるのを気持ちよさそうに受け止めている。

 喉を鳴らすゴロゴロ音が少し響くが、そんな音に欣怡様のお腹の御子も反応するらしい。

「ふふ、蒼のゴロゴロがこの子にも聞こえるらしくって。最近はこの音を聞くと元気に動くのよ。きっと遊びたいのね。蒼、生まれてきた子とも仲良くして頂戴ね」

 そんな欣怡様の言葉を理解しているかのように、すでに母豹の雪より少し大きくなった蒼はガウといい子の返事をする。

「この子たちは本当に私たちの言葉を理解しているように思えるのよね」

 そう、雪はもちろんのこと、ここで生まれた蒼と黒は産まれたときから人に囲まれていたからかこちらの言葉に対する反応は雪より良い時がある。

「蒼と黒は雪よりこちらの言葉を理解していると思います。二匹はここで生まれて育っているのですもの。御子様の良き先輩、お兄ちゃんになってくれるでしょう」

 私の言葉に、生まれた御子様と蒼と黒が並んだ姿を想像したらしい欣怡様のお顔がほころんだ。

「そうね、この子たちは賢いから。きっといいお兄ちゃんとしてこの子の側にもいてくれることでしょう」

 そんな穏やかな会話の中でも、冬の季節は刻々と進む。

 雪たちにはちょうど良いといえるようで日々元気に駆け回り、刺客をあっさりと加えて持ち帰ることもある。

 寒さにも負けない雪たちは、この時期の外の警備には大変重宝していると言わざるをえない。

「本当に、あなたたちが私たちの元に来てくれて良かったわ」

 私の言葉に、雪は穏やかな声でガウと答えるとスリッと私の膝に頭を擦りつけるとその後足元に座りその長い尻尾で私の足元に巻き付いてご機嫌に喉を鳴らしている。

「この子たちや梓涵と過ごすととても穏やかで、この子も元気だったり寝ていたりと思うままに過ごしている感じなのよね。きっと産まれてからもこの子は好きにするのではないかしらね。そんな気がするのよ」

 お腹の御子様を語る時、すでに欣怡様はお母さんの顔をしている。

 待ちに待った待望の龍安様との御子だから。

 本当に幸せそうで、私も周囲の女官たちもこの幸せが御子様のご誕生後も続いていってほしいと願っている。

「欣怡様も御子様も必ずやお守りいたします」

 私の言葉に、欣怡様は穏やかに頷かれて、そして一言。

「頼りにしているわ。でも、そのせいで梓涵と浩然の結婚が遅くなってしまうのが申し訳ないわね。やっといい感じになったのでしょう?浩然も、ようやく動き出したのね」

 などという発言に、飲んでいたお茶が間違ったところに入り思い切りむせる羽目になった。

「え? なな、なぜ?」

 そんな私のどうにか絞り出した言葉に、なぜか私付きである舜娘が欣怡様の元へと行きニコッと微笑んで告げた。

「そんなことはもちろん、私が陰ながらしっかりばっちり見守っていたからに決まっているではないですか」

 舜娘がばっちり目撃したままに欣怡様の元へ報告が上がっていたらしい。

 ねぇ、あなた私付きの侍女兼護衛よね?と思っていると、舜娘が満面の笑顔で言うのだ。

「だって、限定の高雅老の月餅をたっぷり下さるってお約束されたら無理ですよぉ」

 まさかの食べ物であっさりつられていたよ、うちの侍女兼護衛が。

 高雅老の月餅は確かに格別のお味だけれども! 主を月餅で売らないでほしい。

 売り出し先が欣怡様だから許されるようなものだけれど。

 だから、さっきから大事そうに抱えた籠いっぱいに月餅がのぞいていたのね……。

「まぁ、話した先が欣怡様で高雅老の月餅じゃ勝ち目がないわね……」

 少々遠い目をしても今回は許されると思います。


 本格的な冬になると、形跡が残りやすくなることとうちの雪、蒼、黒が絶好調であることが重なって刺客はすっかり鳴りを潜めた。

 その代わり、毒関連の仕掛けが複数回仕掛けられている。

 妊婦でなくても飲めば問題になるような毒や、堕胎に繋がるような毒が直近で複数回仕掛けられている。

 警備が護衛武官に八割がた移行したので、その分私は冬に入ってから食への警戒を強めていた。

 そうするとやはり御子に産まれてほしくない、他の妃からの毒の攻撃が始まってしまった。

 まぁ、ことごとく食べる前に私が気付いたり、においに敏感な雪がはっきりと警戒の一吠えで教えてくれたりで現在欣怡様には被害はない。

 もうこうなったら私と舜娘で健康にいい食材を仕入れて目の前で作って食べるのが一番安全なのでは?という見解になってしまう。

 そんなわけで、現在朝早くから夕餉の時間までみっちりと金華宮の欣怡様の元で過ごしている。

「今日は良い鶏肉と生姜、胡麻にほうれん草と白菜が手に入りましたからね。美味しくできますよ」

 まぁ、ご飯は殆ど舜娘が作ってくれる。

 私は鳥を捌いたり、野菜を切ったりするのは出来るのだけれど火加減が苦手で大体焦がす。

 前に星宇兄さまに言われたのは、見事な炭職人であった。

 食べられるものを食べられなくする天才だと……。

 まぁ、けなされたわけです。

 人間別の食材で、違う料理をしようと試みて五回すべてで炭を作成した後から劉家では私は下ごしらえまでが担当となった。

 食材の無駄遣いは、食べ物にも悪いものね……。

 遠征中とか軍の訓練中とかに無駄にしたら、みんなに迷惑がかかるし。

 それ以降、私も無駄な挑戦は辞めて下ごしらえ担当を進んでやっています。

「本当に刃物の扱いはお上手ですね、お嬢様」

 私が切った食材を、綺麗に炒め合わせほうれん草と白菜と生姜の鶏肉炒めが完成する。

「やっぱり、炒め物は美味しいですからね。旬な野菜はそれだけでも美味しいですし」

 そんな会話をしながらも舜娘は手を止めずにどんどん調理を続けていき、今日も素敵な昼餉が出来ました。

 ネギと卵とワカメのスープ、きのこと魚の包み焼、先ほど舜娘作っていた、ほうれん草と白菜と生姜の鶏肉炒めが完成した。

「まぁ、私が作ると家庭料理で簡単なものになりますが。安全性だけは確かです」

 その通り、ここには食材をしっかり見極め、調味料もしっかり検分し安全なものだけで調理された料理が並ぶのだからこれ以上の安心はない。

「舜娘と梓涵には手間を掛けさせてしまうけれど、安心できる食事になってからようやく、一心地つけるようになったのよ。助かっているわ。それに舜娘のご飯は美味しいわ」

 露露にしっかり仕込まれている舜娘は調理の腕前まで一流の侍女なのだ。

 護衛に、侍女に調理人までこなせる大変有能な侍女なので、私は出来ることならずっと舜娘には一緒に居てほしいけれど。

 舜娘の方がお姉さんだから、頑張ってくれてもきっといい人が見つかったら嫁に行くのだろうと思う。

 その時しっかり送り出してあげられる主でいなければならない。

 産まれてからずっと一緒だっただけに、離れる想像がつかないのも問題だ。

 私は実の兄星宇兄さま以上に舜娘離れできる気がしないでいる。

「おほめ頂き光栄です。皇妃様の健やかな時を少しでも維持できるよう私も、梓涵様もしっかり務めさせていただきます」

 舜娘はそれこそしっかりとした侍女として欣怡様へと対応する。

 皇妃である欣怡様をしっかり立てているその姿は自然体。

 ずっと仕える立場にいる舜娘だからこその自然体の姿勢なのだけれど、それは私には無いもので。

 でも、私も今は使える身なのでその姿勢は見習わなくては。

「なんかまた変な方向に暴走しないと良いのですけれどね、うちのお嬢様は」

 私がぐっと気合いを入れていると、そんなことを言い出す舜娘。

「まぁ、暴走しても被害が外向きならどうってことないわよ。私は楽しそうにしている梓涵が見られればいいわ」

 私にとっての姉たる二人はそんな話をしつつも、私のことを見守ってくれるのだ。有難いことである。

「大丈夫よ。それに、そろそろだと思うの」

 私の言葉に欣怡様は小首をかしげて、舜娘はまたかと大きなため息をつく。

「梓涵、なにがそろそろなの?」

 そんな欣怡様に私は答える。

「なにかと毒を送り付けていた人物に意趣返しする時間ですよってことです」

 私の言葉に、二人は納得の表情を見せる。

「そういえば、お嬢様は欣怡様に堕胎の薬を仕込まれた時、大変怒っていましたものね」

 舜娘は私の冴え冴えとした微笑みを受けつつ、そう言葉にした。

「判明した直後に雪と飛び出そうとするところを舜娘は止めていたのだったわね」

 二週間前の堕胎薬混入事件は、記憶に新しい。

 そもそも、悲しい事件でない限り堕胎薬は作らず、使わずにいたいと思っている。

 薬師も本当に必要でない限り堕胎の薬は作らないのが暗黙の決まりだ。

 それなのに御子を待ち望んでいる欣怡様にその薬を向けるとはと、一気に怒りが押し出されそうになった。

しかし、確たる証拠に実行犯とその指示役の黒幕まで捕らえるには確たる証拠が必要。

すぐに報復に出たいのを必死に我慢して、浩然様が指示を出した諜報部が裏を取るのを待っていました。

そしてようやく、その裏が取れたことが知らされたのだった。

「欣怡様に劉貴妃、お待たせしました。今回の犯人は張貴妃の側近の犯行でした。張国は薬草の産地として有名ですが、薬草の産地だからこそ毒薬になるものも多数あるということ。裏の顔を持つ商会との取引現場を押さえて商会側は既に確保しています」

 手腕はさすがだけれど、今回はちょっと時間がかかった感じはある。

 普段は早期解決を図ることの多い浩然様の割には慎重だったという印象だ。

「今回は証拠をつかむまでに少し時間がかかりましたね」

 私の言葉は予想の範疇だったのだろう、浩然様は微笑んで一言。

「えぇ、今回以外の今までの裏まですべてかき集めて揃えたので少し時間がかかりましたが、これで張貴妃は張王国に送り返せます」

 力強い断言に私はニヤッと笑うと聞いた。

「それは、今回の件での報復も容赦なく実施しても良いということ?」

 私の質問に浩然様はすこしの間の後に答えてくれた。

「そうですね、生きて返せればそれでいいのでその条件さえ整えば報復はどのようでも構いませんよ。皇妃と御子の殺害未遂は皇族の殺害未遂で本来なら極刑でも問題ないのでね」

 今回は一応張王国の王女様である張貴妃だから少しの温情で生きて国元に帰してあげるよってことだろうと言うのは言葉の端から察した。

「生きていればいいのよね?なら、私なりに欣怡様にしたことをそっくりお返ししたいと思います」

 使われた毒も薬もしっかり私が把握している。

 それをきちんと生き残れるような形でお返ししようと思う。

 自分がしたことを己の身でもってどうなるかしっかり体感してほしいい。

 殷龍国の皇妃にどうしようとしたのかを。

 私の大切な幼馴染でもある欣怡様は絶対に害させないし、害を与えようとしたものはそれ相応に返されなければ、その行いがどれだけの物か実感できないでしょうしね。

「日頃の行いをしっかり学習して帰っていただきましょう? そうしたら少しは国元でまともになれるかもしれないでしょう?」

 そんなことはないと分かっていつつの発言だが、私の言葉には誰も反論は無かった。

「梓涵の好きなようになさい。責任は私が取るから大丈夫よ」

 なんて発言があったが、欣怡様にご迷惑を掛けない範囲での報復活動にしようと少しブレーキをかけることになったのだった。


 そうして、証拠の掴まれた張貴妃への報復が始まった。

 まずはしびれる程度の毒をお茶に忍ばせた。

 もちろん自分がそんなことするからには毒見役をしっかり着けているが、今回はその毒見役は既にこちらが押さえておりこちらのための行動をするように指示を出している。

 毒見役だって自分が害されるくらいなら、其れの手助けで自分の身が守られると知れば自ずとこちらに味方するようになるものである。

 日頃の行いもあるのだろう。

 毒見役には天涯孤独な孤児を拾って育ててそれに恩を着せて、日々当るようにしながら使っていたらしい。

 それでは守りたい相手にはならないだろうに……。

 人心掌握に関しては父親である国王や王妃に習ってこなかったのだろうか?

 まぁ、あそこの王族は骨肉の争いで跡継ぎを争うお国柄なので我が子も優秀と見なせば敵になるのだろう。

 大変なお国柄である。

 張貴妃も国内に嫁がせるのは微妙だということで、殷龍国とのつながりの強化にと送り込まれた貴妃だった。

 その王女が国内で皇妃を害する行動取りまくり、張王国としてもあわよくば娘が皇妃になれば殷龍国内でも力を持てると目論んでいたらしい。

 張王国には殷龍国からの輸出を各方面で制限をかけることにした。

 薬草には強いし、穀物関連にも強い国だが鉱物、鉱石、織物、貴金属加工、などなど殷龍国は器用さの極まったお国柄なのでそのあたりの輸出が止められるといろいろ困るのは張王国だ。

 特に富裕層の貴族や豪商からの突き上げは必至。

 だからこそ、張貴妃本人への報復はもちろんのこと。

 張貴妃の行動を容認し支援までしていた張王国を許すことはしないというのが龍安様のお考えである。

 だからこそその考えを尊重し私の報復行動も龍安様と浩然様、問題行動を起こされた本人である皇妃欣怡様も了承されていて私が報復の毒物や危険度をやや薄めた薬を作り報復として張貴妃の毒見役に仕込ませているのだ。

 しびれる程度の薬は、良い感じにしびれが持続するように仕込んでいる。

 しばらくは不自由することとなるだろうが、そこは元から王女で現在もまだ貴妃のためお世話の人員は多い。

 少しずつ、そのお世話の人員も削ることにした。

 どうせ貴妃はお国元に帰すのだから先に帰って迎える準備をしておいたらどうかしら?という話を持ち出しあなたたちの行いは既に皇帝陛下にしっかりバレていますというのをお教えして差し上げた。

 すると高位の側近程その危うさに気づくとなにかと理由をつけて先に自分の家族の元に帰るものが続いたのだ。

 そうして張貴妃の宮は現在、半数以下になったのである。

 そして、極めつけのお薬を差し上げることにした。

 欣怡様に盛ろうとした堕胎のお薬。

 妊娠していないままでも、飲むと女性の器官にダメージが出ることはこういった各国の後宮でのやり取りですでに実証されていたりする。

 過去、もっと壮絶な後宮での妃の争いが繰り広げられていた時期もありその頃に後宮で薬師や侍医として働いていたものがしっかりと手記を残してくれているのだ。

 なので、いまもって後宮の侍医や薬師はその記録を見て学び対処法も身につけることを望まれているのだ。

 私も欣怡様に仕える護衛になることと同時に薬師としても後宮に登録されていたりする。

 貴妃でもあり後宮薬師でもある、そんな訳の分からない肩書持ちの貴妃になっているのだ。

 おかげで後宮内なのに薬づくりをしていても何も言われないし、何も聞かれることはないのだ。

「お嬢様くらい星宇様も薬師の知識をお持ちになれば、劉家はとっても安泰でしたのに。梓涵様は浩然様にいずれ嫁いじゃいますものね」

 というのは今回の作業中も、サポートしてくれた舜娘の言葉である。

「お兄様のお嫁様に器用な方が来てくれることを祈るか、兄さまの子が起用に産まれてくるのを願うしかないわね」

 私の言葉には、舜娘も頷きつつ言った。

「それが無難ですわね。星宇様は本当に細かい作業は向きませんもの」

 劉家の武門に関しては最悪私兵団からでも跡継ぎを担う人材は確保できるのだが、事薬師に関しては器用さと知識を吸収できる頭脳が必須なのでなかなか難しいのが現状である。

 私が元気なうちに母から引き継いだものを次世代に引き継がねばならない。

 私は自分でもあれこれと組み合わせて新しい薬の開発もしているので、それも次世代に引き継がなければならない。

「引き継ぐ仕事はたっぷりあるから、やっぱり早めに結婚しないとまずいわね」

 私はそうつぶやきながらも、ゴリゴリと薬草をすりつぶしている。

「そうですね。きっと、星宇様のところより梓涵様のお子様の方が器用な確率は高そうなので是非早めにお願いしたいですね。梓涵様の場合はきっちり量が決まっていなくて感覚で調合なさるから、後継には早めに実地で教えていかないといけませんし」

 報復活動のための薬を作りながらする会話としてはちぐはぐしているかもしれないが、作業が地味なことと、細かいこと以外の時はひたすら潰し混ぜたりなので、会話が捗るのである。

「そうねぇ、だって量ってきちっとは決められないものよ。薬草の状態やそれを飲ませる予定の患者の体格だって考慮しなきゃいけないのですもの。だから感覚って大事だと思うのよ」

 私の回答はあながち間違ってはいない。

 民衆の大勢に配るというのであれば、大人の平均的な体格の人を基準値にして作ることでどうにか可能だとは思うがやはり個人差が大きいので調合の調節にはさじ加減が大切なのである。

 そして子どもには子どもで対応しなければならないので、やはりまた規格が変わるし基準値は作りづらいのでオーダーメイドとなるのだ。

「薬師の仕事は感覚もものをいうのよね。だからおおざっぱすぎる星宇兄さまには向いていないのよ。やっぱり私が早めに結婚する必要はあるのよねぇ。でも、御子様が少しでも安定するまでは今の仕事を辞められる気がしないわ」

 そんな私の言葉に舜娘は頷きつつ一言。

「すでに、皇帝陛下からも浩然様とのことは公認だと思うのですよ? 刺客が落ち着いた頃に、貴妃のままでも浩然様と関係性を進ませればいいですよ。 どう間違っても皇帝の子ではなく浩然様の子となりますし」

 舜娘の発言に、私は危うく少し休むために含んだ水分を調合の上に吹き出しそうになりそれを無理やり抑えたせいで噎せこむことになった。

「なにを言っているのよ、まだ立場上は貴妃なのだからそんなことできるわけがないでしょう?」

 私の言葉に、舜娘はそれこその追加の一言を送ってくる。

「それでも、皇帝陛下が梓涵様と浩然様におめでとうって言えばそれが真実として流布されるのだから良いのではないですか?」

 そういうことは確かにあるが、ちょっとそれを実行に移すかはもう少し深く考え浩然様にも聞かねばならないなと思うのだった。

 堕胎の薬は、薄めても影響の残るほどの劇物である。

 私は優しいので、影響がしっかり出る濃度で避けられないものに仕込ませてもらうこととしたのだった。


 そして、じわじわとした報復の結果張貴妃は後宮侍医から御子を宿すのは難しい体質になっているとの診断が下されて祖国へと帰されることになった。

 その頃には自慢だった美貌の欠片も無くやつれ細り、黒髪には白いものが混じりざっと十歳は実年齢より上に見えるような感じになっていた。

 少なくなっていた侍女たちと共に張王国へと帰還していく姿は哀れとしか言いようのないものだった。

「哀れに見えるけれど、あれは狡猾な人だったでしょう?それに先に仕掛けて来たのは張貴妃だったものね」

 私の言葉に一緒に帰還する小さな一団を見送る猫鈴は頷きながら一言。

「ちょこちょこずっと暗殺者も毒も送り続けていましたからね。欣怡様より自分の方が美しいって思っていたようですし。欣怡様の知性と品のある美しさの前ではただ容姿が秀でているだけでは勝てませんよ」

 ふんすと鼻息荒めに話す猫鈴は相変わらず愛くるしいが、そこでさらに続いた。

「陛下と欣怡様が待ちに待った待望の御子様を害するなんぞ、もってのほかです。御子様は大勢の殷龍国の民はもちろんですが、なによりも両親である陛下と欣怡様に望まれ愛されている御子様なのです」

 自身は孤児出身だからこそ、望まれた子という立場は猫鈴には眩しいに違いない。

 それでも、その子は自身が使える主が待っていた御子なのだ。

 大切にしたいという気持ちが存分に声から感じられた。

「そうね、皆が待ち望んでいた御子様ですもの。欣怡様が健やかな出産に望まれるよう、全力で支援しなければいけないわね」

「はい、劉貴妃様。猫鈴は諜報員としてしかとお仕事を全ういたします」

 そうして、黄貴妃に続き張貴妃が殷龍国の後宮を去った。

 それでもこの後宮にはまだ貴妃は残っている。

 それも、これまでよりも証拠をつかませにくい厄介なタイプの貴妃達が。

 呉貴妃、楊貴妃、胡貴妃の三貴妃はいずれも何かしら仕掛けてきたことはあるが、ことがバレそうになるとスッと手を引いていく。

 引き際が上手く尻尾を掴ませない。

 唯一、全くそんな動きがないのが周貴妃だ。

 彼女の視線の先はなぜか星宇兄さまだからかなとも思うけれど。

 彼女も両親や祖国の想いはあるはずだけれど、周貴妃の周囲の者まで徹底してなにもしてこないので周貴妃に関しては最近少し安心している。

 三貴妃に関してはすでに浩然様によって諜報部が徹底的に監視体制を敷いており、なにか動きがあればすぐに知らせが届くようになっている。

 なにも無く穏やかに春の出産を迎えてほしい。

 それが欣怡様や龍安様の側近たちの願いであるのだが、そうは思わない方々がやはりいるわけで平穏無事に出産とはいかないらしい。

 冬の間、地味な危険が続いた。

 廊下に雪を蒔かれて滑りやすくされたり、薬にささやかな下剤が仕込まれたり。

 すでに監視下に置かれている貴妃達の周囲の人間が動いた結果だったので、少しずつその人間たちを後宮から追い出していき貴妃達の駒を削減するという形で浩然様はしっかりと対処していっていた。

 それも、しっかりと実行犯と共に指示役の頭脳派までしっかりまとめて追放していったので、徐々に後宮に平和な時間が増えていくのはいいことだなと思う。

 すこし疑問だったので、私は聞いてみたことがある。

「どうやって実行犯だけでなく指示役まで一緒に追放しているのです?」

 そんな聞き方をした私に、浩然様はにこやかに言う。

「それは実行犯がしっかり指示役まで巻き込みたくなるように誘導するだけのことですよ」

 うん、詳細までは聞かないでおこうと私はそれ以上聞くのをやめました。

「梓涵は知らなくても問題ありません。そういったことは私や龍安様の専門だと思っておけばいいのです。梓涵や星宇は物理的な捕獲専門ですからね」

 確かにそう。

目の前の実行犯が逃げ出すのを捕まえろと言われれば、確実に捕まえてみせる自信がある。

「そうね、そういったことは私や星宇兄様の得意分野だし任せてほしいところ。でも、それが両方できちゃう龍安様って……」

 私の続かなくなった言葉の先を察した浩然様はくすっと笑って言う。

「それが出来るお方だから、あの方が皇帝なのですよ」

 その言葉には納得しかないのだった。

 まぁ、そんな会話しつつ今どこでどうしているのかというと。

 夜半の碧玉宮の私室にて、浩然様のお膝の上で髪を遊ばれながら会話していたりする。

 キスをした後から、定期的に碧玉宮にて逢瀬を重ねる日々。

 外で会うことはもちろんできないし、一目は憚られる。

 そうなれば必然的に会える場所は私の現在の住まい、碧玉宮のみなのである。

 会いに来るときは必ず碧玉宮の護衛責任者が星宇兄様なのがちょっと気恥しいのだが。

「まぁ、星宇から認めさせてのちには采庵様にもしっかり認めさせようと考えていますから。梓涵はあまり気にしないように」

 なんて言われて、やっぱり私の下賜先は浩然様なのだろうなと最近強く感じているけれど。

 この際龍安様の一声で決まるのだから、父の納得もなにも無いのでは?という思いがある。

「梓涵、たしかに今あなたは龍安様の貴妃なのでその後を決めるのは龍安様です。だからといって父君である采庵様に、なにも言わないままでは結婚できませんからね」

 そういうものかしら?なんて私がおおざっぱだから?とも思うが浩然様は優しく笑っている。

「一応、今回は白い結婚の後宮入りなのは分かっているのですから。きちんとそこは娘さんと結婚させてくださいというのが筋でしょう?」

 ふむ、まぁあの父がなんと返すのかは私には想像もできないけれど。

 浩然様がそうしたいというのを止めるほどでもないので、私はお任せすることに決めた。

「そういうことでしたら、そういった話は浩然様にお任せします。私も浩然様のお家にいずれ挨拶には行きますしね」

 少しの平和なうちに交わされた約束が果たされるまでには、まだもう少し時間が必要だった。


 冬のうちに張貴妃が後宮を去り、ほかの貴妃達も監視されていることは感じ取っているのだろう。

 そのおかげか、その後今までが不思議なほど刺客も落ち着き、毒や薬を仕込まれることも無く平穏に春を迎えようとしていた。

 欣怡様のお腹も御子様の誕生が近くなっているので、だいぶ大きくなり動きにくそうにされることも増えた。

 それでも、ようやく授かった御子様ともうすぐ対面できるのだととても嬉しそうに話される姿は幸せそのもの。

 最近は冬の間にある程度先までの執務をこなした龍安様と二人、のんびりと金華宮で過ごすことも増えた。

 お二人でいる間は少し距離を取って、私や舜娘、星宇兄様に浩然様で見守っている。

 御子様が産まれればまたしばらくの間はたやすく狙える御子様に、刺客たちが差し向けられてくるだろうことは想像がつく範疇のこと。

 すでにそれを警戒して浩然様と諜報部は少しでもおかしな動きが無いか、しっかりと残りの貴妃とその周辺の人物を交代制で抜け時間を無くして監視している。

 今回はいままで何の動きも無かった周貴妃にも監視はついている。

 貴妃は何もしなくとも、周囲の者が御子様を狙う可能性があるからだ。

 御子様が健やかな成長を成されなければ、皇妃様に再び御子様をというより他の貴妃にという話が高官や嫁がせた他国から意見が出てくるのは間違いが無いからだ。

「まぁ、他国からの意見なんて内政干渉だと突っぱねてやりますがね」

 眼鏡を光らせて、浩然様はきっぱりと言い切る。

 それが出来るから、宰相補佐官であり龍安様とともに宮廷でしっかり政治を動かしているのだ。

「そのあたりは浩然様にお任せですし、下手なことを言えば龍安様がきっとお怒りになるでしょうね。欣怡様が本当にお好きだから」

 私の言葉には一緒に見守っている星宇兄様、浩然様、舜娘の三人が同意を示す。

 私たちの見守る先では、お腹の大きな欣怡様を支えつつ仲睦まじく過ごす皇帝夫妻の姿があるのだから。

「私たちは皇帝夫妻の、これから生まれてくる御子様含め皇帝一家をお守りするのが務めです。忙しくなるでしょうが、守り抜き、いらぬ妃は国元に帰すべく動きますよ」

 浩然様の言葉に頷き、私たちが気合を入れた一週間後。

 満月の夜に、欣怡様に出産の兆候が表れて金華宮は忙しなくなる。

 そんな金華宮の様子を窺う影を、私たちが逃すわけがない。

 すでに諜報部から動きを察知した連絡をもらっていた私たちは、護衛武官を含め金華宮を完全に守る布陣で待ち構えていた。

 今ならば蜘蛛の子すら取り逃がさないという、静かな気迫の中で御子様の産声と共に動きが出たので外の担当の星宇兄様たち護衛官が御子様を狙った刺客達を根こそぎ捕獲していく。

 そして、産婆にまぎれて着いてきた室内の刺客はもちろん控えていた私と舜娘がしっかりと取り押さえる。

 室内に関しては御子様と欣怡様の両方が狙われているのが諜報部からの報告で分かっていたので、応援として猫鈴も室内に控えていた。

 猫鈴もしっかりと刺客を捕縛している。

 そして捕縛しながらも、どの妃から送り込まれた刺客かをしっかりと確認していく。

 殷龍国の次代である御子様に手を掛けようとするなど、反逆罪に相当するのだから。

 今回の動きだけで、しっかりと証拠をつかみ実行した関連の貴妃を一気に国元に帰すと決めたのは浩然様だった。

 そうすることで国内と諸外国とのバランスをしっかり整えること、内政干渉の機会を絶つための行動であると宰相や各部門の大臣たちを納得させた。

 その話しぶりはたいしたもので、浩然様の父であり現宰相の新然様もそろそろこのまま宰相職譲ろうかなと思ったほどだったという。

 その場に立ち会っていた星宇兄様からすると、反論の余地のない説得と納得の論だったのだとか。

「あれだけ話しが上手いと言いくるめられているとも思わないだろうな。自然とそうしなきゃいけないと思わせるように持っていく。味方ならいいが、敵にはしたくないな」

 というのが星宇お兄様の感想だった。

「そんな話を聞くと、うちの采庵様はご挨拶されてもなにも言えないでしょうね」

 あれ?お父様に浩然様が挨拶に行くことを話していたかな?と思っていると舜娘が一言。

「筋を通すのがお好きな方ですからね。龍安様からの下賜になるとはいえ、采庵様になにも言わずに梓涵様を娶ることはしませんよ。まぁ、采庵様は浩然様になにも言い返せないでしょうけれど」

 なんて、さきの話ではあるもののすでにお父様は負け確定の様子。

 いや、私は好いた方に嫁ぐのだからお父様にはそもそも勝つとかなにも無いのだけれど……。

「さて、まず御子様を狙ったそなたは胡貴妃の指示で動きましたね?」

 私は捕まえた産婆についてきた助手を捕らえて締め上げながら問いただす。

「だって、医療に関して強いのは胡貴妃のお国ですものね」

 私の言葉に関してなにも返事はしないけれど、私はその指に不自然にある指輪を抜き取る。

 阻止しようとねじる身体はしっかり力で押さえつけて、動きを封じておく。

「この指輪に仕込まれた猛毒も胡貴妃の国に伝わる独自の猛毒ね。ほんの少しでも口にすれば即死できる猛毒。こういった仕事に失敗した者を始末するのに使う。嫌な薬ね」

 ここに来てからも学びに学んで、私の薬学知識はアップデートされている。

 各国の貴妃対策に、その国にのみ自生する薬草、毒草、調合の仕方まであれこれと知識を吸収している。

「さぁ、あなたは胡貴妃の指示で御子様と、あわよくば産後で弱っている欣怡様の暗殺まで依頼されていましたね?すでに、裏は取れているので言い逃れは出来ません。殷龍国に対する反逆罪で処罰対象です」

 そう言い切って、私は部屋の外に控えていた清に引き渡す。


 御子様誕生の日、胡貴妃と呉貴妃の周囲の者たちが暗殺のため刺客を差し向けて来た。

 大捕り物があったので、大人しいかと思えば一日遅れて楊貴妃も刺客を差し向けて来た。

 楊貴妃は前日を踏まえてさらに周到に仕込んできていたが、そもそもその情報が諜報部からこちらに筒抜けなので捕縛自体はさしたる問題も無かった。

 周囲の者も御せない貴妃は不要、国の宝とも言える御子様を害するのは反逆罪であり貴妃の位にあらずという手紙をつけて胡貴妃、呉貴妃、楊貴妃は国元へと強制送還。

 その際に、持ち込んだものも貴妃の費用で買いそろえた衣装に貴金属もすべて返納。

ほぼほぼ身一つ状態で護送される形での帰国となった。

 そんな貴妃達には国元への伝言まで備わっている。

「今後無駄に新たな子女の送り込みは一切お断りであること。すでに皇帝の御子様が誕生しているので後宮に新たな妃は一切不要であること。皇妃様の御子のみが皇帝位の継承権を認めるので貴妃の子はスペアにもならないこと」 

 そんな殷龍国として他国にはあまり明かしていなかった継承順位に関しての話をしっかりと、貧相な身なりになった元王女と共に送り返したのである。

 殷龍国が継承で争いが無いのは、皇帝位の継承に関してはっきりしているから。皇妃の子以外は皇族でも皇帝にはなれないこと、それは殷龍国の法律にてしっかりと決められていることなのだ。

 他国はさすがに継承に関しての法律までは細かく知らなかったのだろう。

 貴妃となり、皇妃より先に子を成せば最初の子が継承するものと思っていたからこその輿入れだったと思う。

 胡貴妃の国も、呉貴妃、楊貴妃、黄貴妃の国はまさに先に産まれた男子こそが継承する国だからだ。

 張貴妃の国も男女の差別こそないけれど初めに産まれた子が第一継承者になる国である。

 そうした騒ぎがある中でも、お生まれになった御子様はよくお乳を飲み、良く寝る大変ないい子であった。

 欣怡様も少し驚いている様子。

 側仕えの乳母や女官長も育児経験者なので、フォロー体制はばっちり整えているのだがお腹の中でいつも元気に暴れていたからきっといっぱい泣いて、大変だと思っていたらしい。

 それが産まれて三日、なんとも健やかに良く寝て、よく飲む大変ないい子ぶりで欣怡様は拍子抜け。

 乳母に女官長はそんな御子様を大層褒めた。

「生まれながらに、大変優秀な御子様です!」と褒めるのだ。

 確かに大きくなった欣怡様のお腹の中では、足の形が分かるほどに暴れていたのを見ていたので私も驚いている。

「欣怡様、捕縛と共に胡貴妃、呉貴妃、楊貴妃の三貴妃は国元に帰されました。後宮に残るのは私と周貴妃だけになりました」

 御子様のお世話中の欣怡様にお声がけすると、欣怡様は言った。

「やはり、いままでなにもしてこなかった周貴妃は残っているのね」

 そう、皇妃の子しか皇帝になれないのならば皇妃を狙ってくることはまだある。

 皇妃亡きあとに自分が新たな皇妃になり、子を成せばその子が皇帝を継ぐこと出来るからだ。

 それでも先の皇妃の子がいれば、その子は継承権が上なので、その後御子も狙われることになる。

 百年ほど前にようやく整った法律で皇妃の子に継承権は無いというのが決まった殷龍国。

 龍安様にも妃違いの弟君が居るが、彼は早々に皇族から離脱して臣下になり辺境を守る砦の長になっている。

 兄弟仲の良かった龍安様と弟君だが、弟君の祖父が暴走しそうになったので気づいた弟君が早々に皇族から抜けて臣下になったことで収まった経緯があったりする。

 前の陛下は後宮を持って皇妃以外にも、貴妃数名と子をなしていたから揉める可能性があったがそれもこれも皇妃の子以外には継承権なしの法律のおかげで無用な争いが避けられたのだ。

 弟君の時も祖父が暴走しそうになっただけで、貴妃は弟君が幼いころから皇帝になるのは龍安様だけであり、弟君は皇帝になれないこと。

 兄君である龍安様の治世を支える人物になるようにと教えてきたおかげで、兄弟仲良くいまだに交流もあるのだと思う。

 非常に優秀な貴妃だったと言えるのではないだろうか。

 今回は他国からの貴妃が大勢いたことで、殷龍国の法律には詳しくなかったために起きたとも言えるのかもしれない。

 貴妃より早く子を成せれば自分が国母になれると思っていた、というのは呉貴妃と胡貴妃から証言で出ていた。

 それに加えて、楊貴妃は殷龍国の法律も学んでいたのだろう。

 御子様と欣怡様両方に向けての刺客を独自で放ったのは両方いなくなり自分が皇妃になれば、自分の子が皇帝になると確信していたからだと話していたからだ。

「おのおの、自国に戻ればまた罰があるのでしょうが、そこは自身が蒔いた種ですからね。自分で責任を取るべきなのでしょう」

 話を聞いていた舜娘がさらっと一言。

 殷龍国との結びつきの強化は失敗。

 さらに向こう一年は殷龍国からの輸出はなにもしないことが決定しているので、各国それぞれに打撃は大きいだろう。

 周辺諸国は本当に皇帝が若いからと侮っていたことを、間違いだったと認識を改めるだろうが時すでに遅し。

 来年無事に春を迎えることが出来るかは各国次第だ。

「嫁ぎ先の継承についてはすこしくらい調べているものだと思っていたけれどそうでもなかったのね」

 なんて、今だから言えること。

 皇帝になるためには皇妃の子である必要がある、貴妃のまま子を産んでも子が継承することは無いということを知らなかった。

 そのために龍安様への色仕掛けを何度もしていた貴妃もいたが、そもそも欣怡様一筋の龍安様が靡くわけがないのよね。

「まぁ、楊貴妃以外はあまり知らなかったみたいですね。皆さん自分の国では最初に産まれた王子が継承する国が多いですから」

 私自身も浩然様に教えていただいた他国の継承順位についての話だ、偉そうには言えないが皇妃の子以外は継承権無しははっきりしていて良いのではないかなと思う。

 それに最初に産まれた子が優秀であるとは限らないので、第二子、第三子でも皇妃の子で優秀であれば継承権ありならば向く子が跡継ぎになればいい。

 それでも、やっぱり殷龍国では皇妃の第一子がだいたい跡を継いでいるので今回お生まれの御子様が次の皇帝になるだろう。

「龍風様、健やかに大きくなってくださいませ」

 なんて声を掛けたら、ちょうど金華宮にやって来た龍安様が笑って言った。

「俺には母が同じ兄弟が出来なかったから俺が継いだが、龍風は兄弟が出来れば兄弟で決めればいいさ。欣怡以外とは閨は共にするつもりが無いからな」

 なんとも清々しいほどきっぱりとした一途な溺愛宣言である。

「これだけ仲がよろしいのですから、御子様が落ち着かれる頃には何人か御子様が増えているでしょうね」

 私の言葉に互いに視線を合わせて微笑み合っているのだから、やはり殷龍国は安泰なのである。


 龍風様が産まれてから三日で三貴妃を国元に帰す決定をした龍安様と浩然様には高官や三貴妃の国元の外交官から抗議の声が上がったが、それは産まれたばかりの龍風様と産後すぐの欣怡様への暗殺未遂の指示役が貴妃だったことをしっかりと実行犯をその場に引き立てて証言させて納得させてしまった。

 三貴妃の国元の外交官も実行犯から、御子様と皇妃様の暗殺依頼は貴妃本人からと証言されてしまっては庇いきれるものではなく国元への護送にも外交官も同伴で現在は護送されてそろそろ各国に着いた頃だと思われる。

「さて、素敵なお手紙をもらった各国の反応が返ってくるのはそろそろかしらね?」

 本日も金華宮でこの国の大事な皇妃様と御子様を見守りながら、私がつぶやくと一緒にいる舜娘が返事をくれる。

「お嬢様、それがフラグだって気づいています?」

 とっても嫌そうに言う舜娘だが、私の勘からの言葉がとても当たることをそれこそ長い付き合いから熟知している。

 ここは武力的に現在、私と舜娘が昼間に夜間帯は星宇兄さまとその配下の護衛武官たちで構成されており、そこに昼も夜も交代で諜報部も周囲の警戒に当たる完全防備の体制だ。

「これだけの体制のところに突っ込んでくるならそれはそれで褒めてあげるけれどね。今なんて龍安様までいるのよ? 少しの殺気ですら自身が飛び出して始末してしまうと思うのよね?」

 私の言葉に、一緒にいる欣怡様と龍安様は龍風様を眺めながらも頷いているので間違いないかと思う。

「梓涵が言う通り、今ここに少しでも殺気を飛ばす者を察知してそのままにはしないだろうな。すぐさま排除だ」

 言っている言葉と爽やかな笑顔とのちぐはぐさが完全にバグになっているよね?

「爽やかに言っていますが、もはやそれ皇帝陛下からの死刑宣告みたいなものですよね?」

 そうだね、間違いなく首が文字通り飛んでいく様子がリアルに浮かぶからね。

 愛する奥さんと我が子に殺意を向けられて黙っている人ではないし、それだけの実力も備えている皇帝陛下だから。

 とりあえず、いまここに来るなよ?命が惜しければ。という私の内心は、一時間後に見事に裏切られた。

「梓涵、金華宮から表宮に戻るところにばっちり金華宮に向かう殺気があったから狩ってしまった。後処理を頼む」

 なんて言葉を聞いたときの私と舜娘の気持ちを察してほしい。

『なんて間の悪いおバカな刺客なのだろう』この感想に尽きる。

 ある程度、気配察知に長けた刺客であれば、隙の無い身のこなしと圧倒的な存在感と強さを龍安様から感じるものなのだ。

 それを感じ取れぬばかりか自身の殺気も隠せず返り討ちに合うなんて、刺客としては三流以下という結果。

 そんな実力で、金華宮に挑むとはといった感想しか出ない。

 あそこは現在国内では五指に入る猛者たちが守っているのだから、入り込む隙を探すことすら困難な最強の砦に近い。

「かしこまりました。お任せください」

 そう返すしかあるまい、笑顔でお怒り状態の龍安様には。

「表宮での仕事が終わったら、また金華宮に戻るのでそれまで、しっかりと頼む」

 私と舜娘は「是」と短く了承の意を伝えたのだった。

 陛下が表宮へと戻っていくのを見送ると、その後後ろに控えていた猫鈴がしっかりと表に出てくる。

「こっわ、陛下激おこしているし!」

 猫鈴は気配察知に長けているし、気配を殺すことも長けている。

 それでも少し乱れたから、さっきは陛下も気づいて猫鈴に気遣って早めに表宮に戻ってくれたみたいだけれど。

「こいつはこっちで処理しておくから、梓涵様は欣怡様と龍風様のところに戻って。第二陣がもう少ししたら来るから、備えておいて」

 それは諜報部から、次なる刺客が訪れることのお知らせだった。

「まだまだ平和にはならないのね。早く落ち着きたいものだわ」

 そうして三貴妃が返された国元が遺憾の意からまたも皇妃様と御子様である龍風様を狙って刺客を送り込んできたが、もれなく陛下や私たちで撃退。

 輸出停止は一年の予定だったものを更なる刺客に激怒した龍安様によって、向こう三年の停止になった。

 三貴妃の国元はそれぞれに強みはあっても、一番国土の大きな殷龍国には食料や調味料、貴金属に鉱石などいろんな面で頼っているところが大きい。

 そんな中での三年間の輸出停止はかなりの打撃になる、自分たちのしたことを棚に上げて猛抗議が出たが、刺客の首を差し向けた数だけそれぞれの国に送って差し上げたら黙りました。

 えげつない? それだけのことをしたのは向こうなのでそれをご理解いただくために必要だったと思う。

 他国の後継者を狙って刺客を送り込むのだから、輸出停止三年なんてまだ優しいでしょう?

 本来なら、国交が断絶してもおかしくはないほどの案件だ。

 国を支える一族を狙っているのだから。

「三貴妃の国元には、しっかり分からせたのでこれで多少は落ち着くことでしょう。それでも龍風様が狙われやすいことには変わりありません。今少し、劉貴妃には護衛をお願いしたく存じます」

 浩然様にそう話された時、私たちが一緒になるにはまだ時間が必要だということがしっかりと伝わった。

 大切な御子である龍風様が安心して過ごせる環境が整うまでは、武官育成もまだ途中なので私が後宮を離れることは出来ない。

 ようやく少し距離も近づき、先が見えただけに残念な気持ちが無いといえば噓になる。

 初恋の相手に嫁げる道が出来たと、喜んでいたのだから。

 でも、それが龍安様や欣怡様と龍風様を危険にさらす行為になるならば。

私の幸せが少し先に延びるだけで、皇帝一家が安心して暮らせるのならば安いもの。

私は殷龍国の武家、劉家の娘だから。

「かしこまりました。必ずや、武官をしっかり育成し龍風様が安心してお過ごしいただける後宮にいたします」

 腕を組み、頭を伏せて私は答えた。

「そなたの腕は確かです。頼りにしていますよ、劉貴妃」

 こうして、私の護衛ライフに対象者が増えて、第二幕の幕開けとなったのだった。


 さて、今回は私豹の雪がお送りいたします。

 私、前は黄貴妃の宮で飼育されていたのですが、我が子を腹に抱えているときでも扱いが悪く辟易しておりました。

 身が重くなっていなければ、世話係だって横柄な貴妃だって私の足元にも及ばない生き物なのですが私だって我が子がかわいい。

 子を守るためには致し方なく、そこで大人しめに過ごしていたのです。

 そんなとき、もうすぐ我が子に会えるというところで貴妃の侍女が私にとってもまずくて臭い球をむりやり飲み込ませてきたのです。

 とっても苦しくて、このままでは自分も腹の子もまずいと黄貴妃の宮から逃げ出したのです。

 その先に続く、黄貴妃とは違った強い人間の匂いを頼りに私はひたすらに逃げた。

 それが劉貴妃、梓涵様との出会いだった。

 黄貴妃とは違い、私より強い人間。

 本気でやり合っても、自分が負けてしまうと初めて感じた人間の強者。

 しかも、梓涵様の周りには梓涵様より弱くても私より強い人間の舜娘やまだ私が勝てるけれど五分くらいの猫鈴。

 梓涵様より物理的には強者の星宇様にオーラから違う皇帝の龍安様と強者揃いだった。

「こんなお腹の子にまで悪いもの、大変だったね。もう大丈夫よ」

 そんな声掛けと共に、梓涵様は私ににおい消しの薬草を与えてくれてとても落ち着いたわ。

 それに梓涵様は私を撫でるのもとっても上手で、その隣は大変居心地のいいものだった。

 まさか、森に帰りたいと思っていた私がこの方の側に居たいと思うようになるとは思わなかった。

 梓涵様の宮には、いろんな生き物が集い集まり彼女に懐いていた。

 彼女自身が動物好きなのだろうことは明白で、どの生き物にもその生き物が好ましく感じる方法で接していた。

 それも、考えてのことではなく自然体で行うのでだから、どの動物も彼女の側は居心地が良く懐いてしまうのだろう。

 産まれたばかりの我が子たちも梓涵様には恭順を示し、名前までもらって自身の主として認めていた。

 豹のオスもわりかしプライドが高く懐くという言葉とは遠いところにいる生き物のはずなのだが……。

 我が子たちの梓涵様への懐き方はもはや豹ではなく猫なのでは?といった具合で。

 この子たち、大丈夫かしら?と親ながら心配になった。

 それにちょっと悔しかったわ、子どもたちが先に名前をもらって。

でも私にも梓涵様はしっかり名前を下さったので一安心したわ。

 しかし、恭順を示した相手の願いには敏感なのか我が子たちは梓涵様の考えをよく読み、刺客に対しては気配に敏感でよく気づき捕縛の一助を担っていた。

 まだまだ仔豹であるのに、私もうかうかしていられないわと子どもたちの取り逃しを見逃さずしっかりと刺客を倒して見せれば梓涵様は私をさすがだわと褒めてくれた。

「あなたたち親子がここに来てくれて良かったわ。こんなに頼もしい味方が出来たのですもの」

 そんな言葉と共に、喉の下を心地よく撫でられてしまったら肉食のネコ科のはずの私も形無しよ。

 低めに鳴るゴロゴロとした喉の音ですら、可愛いわねと言ってくれる梓涵様。

 黄貴妃の侍女は私が梓涵様を襲うことを望んでいたらしいけれど、自分より強い生き物を襲う奴なんていないわよ。

 人間って、各々の強さも読み取れないなんて不器用な生き物よね。

 まぁ、そこまで不器用な人は梓涵様の周りにはあまりいらっしゃらないのだけれど。

 そんな梓涵様の周囲の中では力は弱いのにこいつ怒らせたらヤバイやつって人が居て。

 しかし、そんなヤバイやつも梓涵様には形無しというか、番になりたいらしいのだけれど。

 人間って複雑らしいから。

梓涵様は今オーラも強くて力も強い皇帝陛下の貴妃なんだそう。

だから、あの怒らせたらヤバイやつは皇帝の側近だし、どれだけ想っていてもすぐには番になれないのだって。

この間梓涵様の宮の裏でぼそぼそ愚痴を言うヤバイやつを見かけて、私は見なかったことにしたわ。

 うちの子たちがたまに聞いてくるのよね。

「ママ、梓涵様と眼鏡は想い合っているのにどうして番にならないの?」

 そんな質問には、私も答えに困ったものだけれど。

「そうねぇ、どうにも今はまだ番になれないのですって。人間って素直にいかない部分がいっぱいあって複雑なのよ」

 私の言葉に子どもたちは分かったのか、分かっていないのか。

「人間って面倒だねぇ。二人とももう番になれるほど大きいのにね」

「そうだね。二人の子はきっと強くて可愛いのにね。早く会いたいのになぁ」

 なんてのんびりした感想を呟く。

 私も、梓涵様の子は強くて可愛らしいと思う。

 我が子と同じくらい、可愛いだろうから見守るのは楽しみではあるのだけれど。

「仕方ないから龍風と遊んであげようか?」

「そうだね。龍風は僕たちの尻尾がお気に入りみたいだし。ちょっと遊んであげようか」

 そんな言葉を残して現在金華宮に居るので、子どもたちは欣怡様と龍風様の居る部屋に向かって行った。

 私は外を警戒しておきましょう。

 室内でおかしなものが居れば、黒と蒼でどうにかなるでしょうし。

 私たちは、私たちが望んで今の暮らしをしています。

 自分の好きな人が、嬉しそうにしているのを見るのは心がぽかぽかと温かいので。

「あら?雪一人なの? あぁ、黒と蒼は欣怡様と龍風様のお部屋に行ったのね。あの子たち龍風様の良い遊び相手だわ」

 新たに生まれた小さな人間は皇帝のオーラをしっかり継いでおり、小さいのにすでに肝の据わった風格を持ち合わせ、自分より大きな生き物である黒と蒼にも臆することなく近づいていく。

 最近は、ようやく寝ていたところから動けるようになったが人間というのは産まれてすぐは豹の子と違って全く動けず、大きな人間の世話がないと生きられないのだ。

「龍風様のはいはいの指南役は黒と蒼になりそうね。いいお手本が居るからここから先は動き出すのが早いと思うわ。なにしろ運動神経は龍安様譲りっぽいから」

 確かに、オーラから強い龍安様はその強さもかなりのもので星宇様と同じくらい強い。

 その龍安様の子である龍風様には受け継がれたのか運動神経はかなり良いと思う。一度動けるようになった動きはすぐにものにしているからだ。

「ぐぅ、がるる」

 まったくもってその通りと私が返すと、梓涵様は微笑んで私を撫でつつ答えてくれた。

「やっぱり雪にも分かる?さすが先輩お母さんね! いつか、私の子ともみんなが遊んでくれると良いな」

 もちろん、それを私も待ち望んでいるわ。

「ぐるる」

 柔らかく鳴いて、頭からすり寄れば梓涵様が頭を心地よく撫でてくれる。

「ふふ、分かっているわ。雪も黒も蒼もきっと私の子とも遊んでくれるわよね。いつか私もお母さんになるから、その時はよろしく」

 私はそれこそ楽しみだという気持ちで、もう一度頭から梓涵様にすり寄ったのだった。

 まさかそこから三年待つとは思っていなかったけれど、生まれた子は可愛かったし黒と蒼も立派に兄として子育てに参加し龍風様での経験値もあったからこそ、梓涵様も安心して私たちと自分のお子様との交流を眺めて過ごすのだった。


 早いもので、龍風様が産まれてからの日々はあっという間に過ぎていく。

 産まれてすぐは寝ているだけだった龍風様は半年経つ頃には黒と蒼を追いかけたくて寝返りを打ち、ずりずりと手足を動かし追いかけようとして前に進まず後ろに進んでしまい、納得がいかず泣いていた。

 それが三日後には前に進むようになりご機嫌で黒と蒼を追いかけて、たまに二匹の間で眠る龍風様というなんとも可愛い様子が見られることもあった。

 そして春生まれの龍風様が二度目の春を迎えて、一歳の誕生日を迎えた。

 最近では捕まって立ち上がり、一歩を踏み出すまでに成長した龍風様は欣怡様をはーうえ、龍安様をちーうえと呼ぶようになり活発でありながらも利発さもある。

 大変将来が楽しみな感じに成長なさっている。

 ちなみによく一緒にいるので、私のことは欣怡様と龍安様が梓涵と呼ぶのでずーちゃと可愛らしく呼んでくださいます。

「ずーちゃ、だー」

 両手をあげて、私に抱っこをねだるのも最近多くなりました。

 産まれてすぐから、わりかし一緒にいることが多かったので欣怡様や龍安様に次いで慣れた相手として認識されている様子。

 さらには黒と蒼はすっかりお兄さんをしていて、転びそうになる龍風様を庇ってよく下敷きになっているがすっかり大人の体格になった二匹はどうってことないって顔で庇って、たまに襟首を加えては立つのまで手伝っていたりする。

 本当に賢い豹である。

 抱っこをせがんでいる龍風様を抱き上げると、私の足元には黒と蒼が控えている。

 一歳になるまでの間、たびたび刺客に狙われることもあった龍風様だがほぼほぼ黒と蒼が一緒にいるので片方がずっと龍風様に付き添い片方が刺客の撃退をするという連係プレーでしっかりと護衛していた。

「ずーちゃ、ん-!」

 龍風様は指先を行きたい方向に指示しています。

 どうやら、現在龍風様のお誕生日のお祝いの準備がされているので黒と蒼とお庭で遊んでいた様子ですが戻りたいとの仰せです。

 まだ、階段は危ないので一人で登ってはいけませんという言いつけをしっかり守って通りがかった私に抱っこをせがみ運んでもらうことにしたようです。

 本当に賢くお育ちですね、龍風様。

「お嬢様、顔。顔が崩れていますよ」

 舜娘がすかさず突っ込んでくるけれど、こんなに可愛い龍風様を見て顔が緩まないほうがどうかしているわ。

「こんなに可愛い御子様である龍風様を前にして顔が緩まないほうがどうかしている。ねぇ、龍風様?」

 私が声を掛ければニッコリ笑ってくれる。

 控えめに言っても天使かな? 本当に可愛い。

 猫鈴や栄も可愛いなと思っていたけれど、二人もずいぶん大きくなってしまった。

 それに比べたら龍風様はまだ一歳、可愛い時期はまだまだ続くのだ。

「猫鈴もこの二年で美少女から美女風に成長していっているし、栄も美少年から美青年風になっていくし。良いのよ、成長だから。でももう少し可愛いままでいてくれてもいいじゃない?」

 なんて龍風様を抱っこしながらこぼす私に、舜娘が一言。

「栄はもう梓涵様より背丈が伸びましたからね。十四歳だった子も十六にもなれば青年に近くなりましょう。猫鈴だって十五歳ですよ。もう淑女の仲間入りの年齢ですよ。梓涵様だって十九歳なのですから」

 後宮入りからすでに二年。

 十七で入った私もすっかり十九歳。

 世間ではすでに結婚し子を成した友人たちも少なくない。

 そんな中で、私はまだ護衛がメインのままに貴妃として後宮に居る。

 そして、喜ばしいことに龍風様の一歳のお誕生日目前で二人目の御子様の懐妊も知らせられた。

 欣怡様と龍安様の第二子が出来たのだ。

 龍風様、早々にお兄様になるのですよ。

 まだまだ龍風様もかわいい盛りですが。

「龍風様、お兄様になるからといって我慢は必要ありません。私も舜娘もおりますし、欣怡様と龍安様は龍風様が大好きですからね。たくさん甘えてくださいませ」

 なんて声を掛けつつ、準備が整ったようでお部屋の前に出ていらした欣怡様と龍安様に向かい歩みを進める。

 近づけばやはり、お母様である欣怡様へと手を伸ばす龍風様。

「はーうえ!ちーうえ!」

 両方に呼びかける龍風様のなんと可愛らしいことか。

 お二人も顔をほころばせて答えている。

「どれ、母上はすこし大変だから父上が抱っこしよう」

 すっかり父の顔が増えた龍安様が腕を伸ばすのでそちらに私も渡すべく龍風様を支えつつ差し出した。

「いい子で黒と蒼とお庭で遊んでおりましたよ。お部屋に戻りたかったようですが私が来るまでしっかり待っておりました。階段は一人で登らないお約束をしっかりお守りでした」

 えぇ、つい先日お一人で階段に挑戦されてバランス崩して落ちたのを黒がキャッチしてくれて怪我無く済んだのです。

落下に驚いたことで泣いてしまわれた龍風様のお声で事態に気づきました。

 片時も目を離せない次期に突入されたのだと喜ばしくも、気の抜けない日々を過ごしています。

 それでも、その際にお話しした一人で登ってはいけませんという言いつけをちゃんと守ってくださった龍風様は本当に賢いと思います。

「本当に、そなたは賢いなぁ。龍風は立派な皇帝になるであろう。父上は大変喜ばしいぞ」

 高く龍風様を抱え上げながら話しかける龍安様は本当に嬉しそうで誇らしげ。

 そんな二人を見守る欣怡様も穏やかで、嬉しそう。

 ようやく落ち着いた生活が始まった後宮は、平和で穏やかで幸せそのもの。

 最近ようやく弓部隊も本格始動し、護衛に関して言えばもう武官たちで問題なく回るようになったし、諜報部も二回りほど成長していて抜け目も無い状態だ。

 そんな中で龍風様の一歳のお誕生日が迎えられ、私や舜娘に浩然様も誘われて護衛を監督しつつ星宇兄さまも参加している。

「龍風、一歳のお誕生日おめでとう。これからも健やかにたくましく成長するように父からの祝いだ」

 そんな声掛けで送られたのは、なんと小さな龍風様用のトンファーだった。

 すでに武器を贈るとはどういう了見ですか?龍安様。

 私たちが白い目を向けると、龍安様はたじろぎつつも答えた。

「まだ刀や小刀は守りとしても危なかろう? 一歳で身を守るものを送るのは皇族の習わしなのだ。俺の時は小型ナイフで怪我したからな。それを踏まえて贈るにしてもトンファーにした」

 まさかの風習に驚いたが、皇族の習わしでは仕方ない。

 皆が納得したところで次は欣怡様が龍風様のところへ行き、差し出した。

「母上からは、御本を用意しましたよ。殷龍国の成り立ちの龍の神様のお話ですから今夜一緒に読みましょうね」

 挿絵のあるそれは殷龍国の子どもたちがみんな聞かされて育つ殷龍国物語。

 殷龍国の始まりは、龍の神様が土地の不毛を嘆く一人の青年に声をかけたところから始まる物語。

 青年の頑張りと努力を見届けた龍の神様は青年に龍の加護を残し、国の成り立ちを見守った。

 そこから殷龍国という名をつけ今に至るという話だ。

「あい、はーうえ」

 嬉しそうに本を抱えて微笑む龍風様。

 良かったですね、今夜も欣怡様と仲良く過ごされることでしょう。

 そんな祝いの中で、龍安様が言った。

「梓涵、今まで良く仕えてくれたな。貴妃として後宮にとどまりながらも護衛をするという無茶な仕事をしっかりと全うしてくれた。そろそろ武官も育ったことだし、梓涵にも褒美を取らせねばなるまい」

 そんな話をされると私は、あの約束を思い出す。

『きっと、龍安様の大切な方をお守りするので梓涵の好いた方と結婚させてくださいませ!』

 そんなお願いをしてからすでに十二年は過ぎている。

「約束だったな。梓涵の好いた相手と結婚させると。梓涵の好いた相手はここにいるか?」

 優しい表情で私に問いかける龍安様、その隣で同じような表情で見守る欣怡様。

 ちょっと複雑そうな顔で見守る星宇兄さま。

 私は素直に答えた。

「私が好いているのは、昔から浩然様だけです。浩然様、結婚してくださいませ」

 私はまっすぐに浩然様を見つめて言った。

「あなたに望まれるほど嬉しいことはありませんよ。私もあなたを愛しています、私の唯一」

 そんな熱い言葉と共に抱きしめられた。

 みんなが見守っている中で抱きしめられているのでやや恥ずかしいが、満たされて溢れるような気持ちでどこか浮足立つようなふわふわとした心地。

 あぁ、やっとこの腕の中にという想いが大きくなってくる。

「二人とも、待たせてすまなかった。でも、梓涵のおかげで後宮の守りは問題ないレベルに強化されたから心配もない。そろそろ二人に報わなければ」

 そんな龍安様の言葉に欣怡様も言葉を重ねる。

「すでに互いの気持ちは知っていたのに、私たちのために時期を待っていたでしょう? 龍風も一歳になり、次の子も生まれる。それに武官たちは立派に成長して強くなっているもの。もう大丈夫よ」

 そうして、夏より前には私が浩然様の元へ下賜されることが決まった。

 そしてそのタイミングで残っていた周貴妃も星宇兄さまの元へ下賜されることが決まった。

 じつは、この二人もすでに良い仲になっていたが下賜の時期を待っていた形だった。

 欣怡様が第二子を懐妊したことで、後継者が二人になるので安心だというこのタイミングで後宮解体、残りの貴妃を下賜することが出来るようになったとのことだった。

「周貴妃にも待たせてしまって申し訳なかったわ。でも、あなたも星宇との結婚が望みだったでしょう?」

 今回の誕生日会には周貴妃も招かれていて、実は星宇兄さまの前に座っていたのだ。

 ここの仲については実は猫鈴から聞いていて知っていたが、目の前で二人の視線だけのやり取りを見るのは兄弟としては恥ずかしいが、こちらもすでに抱きしめられたりしているのでお互い様だろうか?

「はい。後宮に入る前からお慕いしていたのは星宇様でしたので。ですから、侍従、侍女、外交官に至るまで私は皇妃を望んでいないと伝え続けました。そして劉家の次期総領様が好きなのだと話し続けたおかげで後宮の争いからは引いていることが出来たのです」

 周貴妃、本当にそこまで徹底的にお兄様が好きだったのね。

 妹からすると、脳筋特化なので良いところがそこしかないのだけれども。

 それに一歩引いていられたのは周華国がお隣で殷龍国に次ぐ規模を誇り、内政も安定したいたことが大きいだろう。

「周貴妃は梓涵以上にお待たせしてしまったけれど、想う方と一緒になれることほど幸せなことはありません。二人とも、どうかこの先も幸多く。そして出来れば互いの子の交流が出来ればと思います」

 皇妃であり、国内では龍安様の側近二人の妻になるのが下賜される貴妃なのだからここのつながりは国内外に強固であると知らしめる要素もあるのだ。

「次世代間の交流も大切ですが、奥様同士の仲が良いというのは良いことでしょう?」

 欣怡様の言葉には、同意しかない。

 夫も奥様同士も仲が良ければ国の中枢の仲は良好であり強固な物、国としての基盤も安定するというもの。

 やはり龍安様も欣怡様も政治手腕が長けていらっしゃるわね。

 殷龍国はやはり安泰であると言えるだろう。


 そして、殷龍国では欣怡様の第二子の懐妊の発表と共に周貴妃の劉 星宇への下賜と劉貴妃の 陳 浩然への下賜が発表された。

 皇帝夫妻が見守る中、初夏に下賜の儀が行われて無事に二組の夫婦が誕生した。

 数年前にはあまたの事件や騒ぎの起きた後宮も解体され、皇帝家族の宮という扱いに変わり皇太子や皇子、皇女の宮となることが発表され一部の宮に関しては解体し庭園へと変更することとなった。

 ずっと願っていた、龍安様の後宮の廃止が現実となったのだ。

 欣怡様一筋だから、本当になんとか後宮無くしたかったって言うのは下賜の儀の直前に龍安様から聞いた話だ。

 どんなに貴妃に子が出来ても継承権も無いのだし、後宮を作り維持する意義が無いのよね。

 だから解体は賛成だし、私や周貴妃は好きな人に下賜されるのだから周囲はいろいろ言うかもしれないけれど本人たちは問題にしていないのだから。

「浩然様、大好きです」

 幼かったころに一度だけ言った言葉を、この時に再び伝える。

 あの頃から変わっていないんだよと伝えるように。

「えぇ。ずっと変わらずにいてくれてありがとう、梓涵。愛しています」

 口づけは甘く、それでいて深く。

 この日ようやく私の初恋は夫婦という形になりました。

 少し時を遡り、下賜の儀の当日。その日の朝、後宮には珍しい人物が居ました。

「お久しぶりです、お父様」

 碧玉宮の前には父、采庵の姿があった。 

「あぁ、久しいな。元気にしていると星宇から聞いてはいたが、顔を見るのは久方ぶりだ」

 後宮に入ってからは武官たちの長たる軍務大臣の父には会うことはなかった。

 お父様の仕事場は表宮にあるし、私は後宮から出られないから。

「ようやく、ちゃんと結婚します。お兄様もなんだかんだ幸せそうですし、周貴妃は良い方なので劉家に切り盛りも問題ないかと思います」

 私の言葉にお父様は頷くと、一つ言った。

「別に貴妃になんぞならなくとも、いずれは陳家へ打診する予定だったぞ?」

 お父様の言葉にはて?となったのは私だけではなかったようで私の後ろに控えていた舜娘も首をかしげている様子。

「お前が浩然を好きなことなんぞ、分かっていた。それこそ、五歳からずっと浩然様のお嫁さんになると言っていたし、口にせずとも感謝祭には毎年願い札に書いていただろうが」

 えええぇぇぇぇぇ!!

 願い札のことまで何で知っているの?!

「感謝祭の願い札を下げるのは若手武官の仕事だ。それを監督として見回るのも軍務大臣の毎年の仕事だ。娘の字を見間違うほど、まだ耄碌しとらん」

 素直じゃないお父様はそんな感じで言うけれど、私が毎年書いていた願い札を城下の市民がこぞって書く大量の札の中から見つけるなんて……。

「これも親の愛ってやつなのですかね、梓涵様」

 なんて耳打ちする舜娘は感心したようにお父様を見ていた。

「後宮から出て、ようやく浩然の元に行くのだろう。ようやくアイツにも良い報告が出来るってもんだ。幸せにな」

 そんな自分だけ言いたいことを言うと立ち去ろうとするので私も一言声をかけた。

「お父様、お母様はこんなにも思われてお幸せだと思います。孫が出来たらまた報告します!」

 そんな私の宣言に、お父様は苦笑を浮かべて振り返り言った。

「楽しみにしている」

 こうして向かった下賜の儀では、なぜか左頬にグーの跡を残した浩然様が居て犯人に思い当たった私がお父様に挑んでバトルになりそうなのを止められたりというハプニングはあったが、無事に浩然様と夫婦になりました。

 そこで、この度殷龍国から祝いとして、浩然様にお休みが一か月も出たのです。

 だから、私は提案しました。

「浩然様、新婚旅行に行きましょう。目的地は魔道国ファーレンです!」

 という私の宣言に、結婚先にも着いて来てくれた舜娘が目を瞬かせます。

 しかし、私の言葉の意味をよく知るだろう浩然様は了承を返してくれました。

「育ての母の露露と姉たる舜娘のための旅行に新婚旅行を掛けられたら断れませんね。もちろん、舜娘は同行決定ですよ」

 こうして、私は後宮を辞したあと新婚で他国訪問を実現させることになりました。

 露露を放り出した魔道国にいるだろう舜娘の父親。

 やっぱり一発は入れないと気が済まないよね!ってわけです。

 これには実は星宇兄さまも同意してくれて、さらに義姉になった周貴妃も支援を差し出してくれて移動に周華国の船を貸してくれることになりました。

 おかげで陸路だと二週間かかる旅が海路だと三日で魔道国に行けるのです!

 結婚から三日で新婚旅行に出発なので慌ただしいですが、お休みは期限がありますからね。

 期日をみっちり使って向こうで舜娘の父を探すのですから。

 即断、即決、即行動は劉家の基本です。

「梓涵様、気を付けて。舜娘、周華国は魔道国とやり取りがあります。じつはその中で舜娘の瞳と同じ色の方とお会いしたことがあります。繋ぎを取れるように文をしたためましたので、もし会いに行かれるようでしたら使ってください」

 そう言って渡された文は周華国での義姉の紋章で封をされた正式な手紙となっていた。

「魔道国の王宮へ入るにはこの手紙が良い手になるでしょうから。とりあえず、一発入れられることを祈っておきますね」

 義姉としても露露は星宇兄さまの育ての母と話しているので、そんな露露を一人にした舜娘の父親は一発殴られるべきという共通認識が産まれていた。

「できれば、実の娘の舜娘が拳を振るうと大ダメージだと思うので推奨いたします」

 とにこやかに宣言する義姉様は、すんなりと劉家にもなじみそうで安心しています。

「それでは行ってきます!」

 じゃじゃ馬貴妃を卒業した途端に、他国でじゃじゃ馬してこようと思っているのはダメですかね?

 でも、それが性分なので悪しからず。

 いざ、魔道国へ。



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