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殷龍国物語~じゃじゃ馬貴妃の後宮譚~  作者: 織原深雪


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周華国の船に乗り込み、三日。

予定通り、船は魔道国ファーレンの港に辿り着きました。

 想定外だったのは、今回は波が穏やかだと船乗りたちは言っていたのに舜娘がそんな船でも船酔いしたことだ。

 どうやら終始揺れている船の上では、鍛えられている平衡感覚が狂ってしまうらしい。

 並ではない感覚の持ち主だったからこそ狂わされてしまったようで、珍しいほどにグロッキーな舜娘が産まれてしまった。

「私にこんなにお世話される舜娘なんてレアよね。舜娘にも苦手なものがあったのね。普段が完璧すぎるからちょっと安心したわ」

 私の言葉にも、ぐでっと弱った舜娘は上手く答えられない。

「陸にさえ戻ればちゃんと復活しますから」

 頑張って話した内容は、やや恨めし気な声色だったが確かに地に足が付けばこの症状も収まるだろうことは明らかで、船が港に着いたら真っ先に降りられるようすでに交渉済みである。

「梓涵、舜娘は大丈夫ですか?接岸が済んだので降りられますよ」

 客室に顔を出してくれたのは浩然様だ。

「ようやく目的地ね。舜娘、降りましょう」

 そうして船から降りると、舜娘は自身の宣言通りしっかりと体調が回復した様子できりっとした表情も復活した。

「良かった。やっぱり体質的に船の揺れが合わないのね。帰りもまた三日かかるけれど、早めに解決したらゆっくり陸路で帰ることも検討しましょ」

 私の言葉に、浩然様も頷いて同意を示す。

「新婚旅行なのだから、ゆっくり各地を巡って戻るのも良いと思いますからね。舜娘、遠慮せず帰りは陸路でゆっくり帰ろう」

 そんな私たちの結論に、舜娘は頭を下げて感謝を伝えた。

「ありがとうございます。確かに、もう一度乗っても同じ状態になるかと思うので帰りは陸路でお願いします」

 舜娘は相当きつかったのだろう、素直に陸路での帰還を願ってきた。

 私と浩然様は顔を見合わせて、微笑み合うと舜娘へ言った。

「もちろん、帰りはいろんな所に寄って楽しみましょうね」

 そうして着いた魔道国ファーレンの港町からは、馬車で、一時間あれば首都に辿り着けるのだという。

 一時間に一本は確実に定期便の馬車が出ているというのでそれに乗って首都バサールを目指す。

 馬車の定期便にはすでに何人か乗っていたが私たち三人も乗ることができた。

「まぁ、異国からのお客人だね。ようこそ魔道国ファーレンへ。首都に行くなら、今が一番いいよ。祭りの時期だからね」

 そんな地元の人の声に浩然様は訊ね返す。

「どんなお祭りなのですか?」

「魔道国ファーレンの建国記念の祭りだよ。初代の高位魔導師ファーレンを称える祭りだ。出店も多いし、魔法で花火を上げるからな。派手で面白いぞ」

 とのことで、この港町からも午後の定期便馬車を増やして輸送するのだとか。

 今はまだ午前中だし、そのおかげでまだ混みあっていないのだと教えてくれた。

 みな夜の花火に向けて午後から移動するのだと。

「そうなのですね。良いときに来られて良かったです。ちなみに現在の高位魔導師はどんな方なのですか?」

 浩然様は自然とほしい情報を聞き出し始めているので私と舜娘は聞き役に徹する。

「あぁ、今の高位魔導師はファーレン様の再来と言われるほどの人物でこの国の宰相でもあるザルクレン様だよ。今日の花火もザルクレン様が上げる予定だぞ」

 そんな話をしつつ、美味しい食べ物や屋台についても教えてもらっているうちに馬車は首都バサールへと到着した。

「新婚さんでファーレンに来てくれるとは、いいもんだな。楽しんでいってくれよ」

 そうしていろいろ教えてくれた気の良いおじさんとも別れて、私たちは首都散策を開始する。

 お祭り期間というのもあって首都は華やかな飾りつけと屋台、人々も活気があって躍動感たっぷりだ。

「これはうちの秋の祭りに匹敵するな」

 そんな浩然様の感想ももっともなくらい、賑わいを見せている。

「そうですね!浩然様、あちらの屋台は先ほどのおじさんが話していたコカトリスの串焼きでは!?」

 甘辛いソースの焼ける匂いが漂ってきた先には、暖簾にコタトリスの串焼きとあるのだ。

 おじさんが一番のお勧めだと話していたコカトリスの串焼きは食べなくては!

 私の訴えに浩然様は視線の先を追い、そして頷いた。

「えぇ、あれがお勧めされたコカトリスの串焼きの屋台のようですね。さっそくいただきましょう」

 そうして、移動優先だったせいで朝ごはんも軽くしか食べていない私たちはコカトリスの串焼きをとりあえず二本ずつ頂く。

「ん-!お肉が柔らかいうえにジューシーでたれも美味しい!これは、殷龍国でもコカトリス狩ったら食べなきゃもったいないわね」

 私は食べながらそんな感想をこぼす。

 皇都には早々魔物は出ないのだが、劉家の治める辺境では魔物は出るし、それは狩りの対象でいつもはほかの魔物や魔獣が寄って来るのですぐに焼却処分されていた。

 だからコカトリスがこんなに美味しいなんて知らなかったのだ。

 一緒に食べている舜娘は一言。

「こんなに美味しいものを、我々は……。もったいないことをしました。梓涵様、今後はしっかり解体してお肉持って帰って食べましょうね!」

 舜娘の力強い宣言には同意しかなく、もぐもぐと食べながら私も浩然様もしっかり同意と頷いていたのだった。


 食べ歩きの末、首都の大広場までたどり着くとそこでは魔法を使った催し物があり、きらきらと輝いている。

 花や泡が舞って輝いているのだ。

「これが魔法なのね」

 魔法と言ったら舜娘が暑くなってくると出してくれる氷くらいしか馴染みが無かったので、魔法がこんなに汎用性があるものだとは知らなかった。

 いや、氷が出せるだけでもすごいのだけれども。

「魔道国は魔法師だらけ、市民から王族に至るまで皆が魔法師で大なり小なり魔法が使えるのが当たり前なのでこんな感じになるんないですかね?」

 そんなことを言うのは自身も魔法の才能がある舜娘だが、実は氷以外もいろいろできるようだとここに来て舜娘が話してくれた。

「どうも、魔道国に降り立ってから魔法の力が増えた感じなんですよね。いまなら氷の山も出せそうですが、邪魔ですね」

 そうね、氷の山は邪魔でしょうから出さないほうがいいわね。

 でも、魔法の力が強くなることなんてあるのねと私は驚きつつも素直に感じていた。

 そのころ、王城にて宰相であるザルクレンは国内に来た自身の魔力の波動に近い者の存在を感知していた。

 この国で一番強い高位魔導師として、国内に不穏な力が入り込まぬよう張り巡らせている探知魔法に引っかかった自身の波動に近い力は確実に自身の身内であることを示唆しているのだ。

「え?なに? どういうこと?!」

 そんな力を探知したので、慌てているとちょうど執務室に来ていた女王、ファライヌが問うてくる。

「いきなり慌てるとは、穏やかでないねぇザルクレン。何があったか言ってごらんよ?」

 御年三百歳の女王は、穏やかにしかし内心で面白がっていることを隠しもせずに問うてくる。

 いちおう、最高位魔導師の自分の方が年上なのだがそんなことお構いなしなのがこの女王である。

 魔道国ファーレンでは魔力の強さがそのまま寿命にもつながっているので、高位魔導師ほどご長寿で老化も緩やかで見た目も若いままで三桁年齢がざらにいるのである。

 そして高位であればあるほど長生きのため三桁超えたあたりで自身の年齢には無頓着にあるのが常である。

 そして宰相は最高位魔導師であり、実は御年五百歳を超えてなお見た目は三十代になったかなくらいなのである。

 女王の倍生きていても見た目はほぼ同じだが、宰相は今の女王が就任する前からファーレンの宰相として働いている。

 三十年近く前に、ちょっと休みたいと三年ほどふらっと旅に出ていたが部下が優秀だし、大抵が強い魔術師なので長命ゆえに三年はすこしという感覚だった。

 戻った時も、少ししたら迎えに行くんだと楽しそうにしていたザルクレンだが長命ゆえにちょっとの感覚がおろそかだったというのが、露露と舜娘親子が捨てられたと認識している問題の原因である。

 愛した人は別の国の普通の人間であることを大いに棚上げしていたザルクレンは、本日国内に来た自身の子の波動を感知して慌てたというわけである。

「ねぇ、女王様。前回僕が休んだのって何年前だったっけ?」

 そんな顔面蒼白なままに聞いてくるザルクレンにファライヌは容赦なく答えた。

「戻って来たのはざっと二十七年前か。もう三十年近く経つなぁ」

 というにこやかな発言にザルクレンはさらに血の気が引く思いだ。

 気配は既に立派な成人女性のもので、そして波動が似ているということはザルクレンの娘である。

 つまり、ちょっと仕事したら迎えに行って魔道国で一緒に暮らそうと考えていたがザルクレンの二十七年はおよそ三年くらいの感覚なので……。

うっかりそんなに時が経っていたというわけである。

「どどどど、どうしよう!ファライヌ!む、むむむ娘がこの国に来ているんだ。しかも、すでに大人になっているよ!?」

 もはや、慌てぶりが頂点に達したザルクレンにファライヌは一言だった。

「まぁ、こんだけ放置した父親が出てきたらぶん殴られるよね、きっと。確実に物理的な力の方で。だって、君が愛した人は殷龍国の武家に仕えていたんだろう?確実に物理だな!」

 それはとても楽しそうに断言するファライヌはさらにもう一言付け加えた。

「さぁ、もう今日明日の仕事は終いにして、しっかり娘に謝罪に行くと良いよ。まぁ、殴られるだろうけれど」

 お腹を抱えながらひらひらと手を振って、ファライヌは執務室を後にしてザルクレンは一人途方に暮れた。

「あぁ、会いたいけど、本当に会いたいけど、怖いなぁ」

 そんなつぶやきをたった一人の秘書官が拾って返す。

「まぁ、三十年近く放置したんだから自業自得ですね。しっかり謝罪なさって来なさいよ。父親として」

 手厳しい秘書官にも、頷いてザルクレンは気配の位置を把握すると執務室のバルコニーから飛び立っていった。

 基本移動が飛行魔法故の荒業であるが、これは首都では日常なのできっと誰も気にも留めないだろうが……。

「うちの宰相様が殴られたとなったら、新聞の一面になるでしょうね。まぁ、事情が事情なので殴られて当たり前で世間には終わりそうですけれども。とりあえずそれで済むように、報道各社には周知しておきましょうか」

 残された秘書官もやはり長命ゆえに敏く、有能なのである。


「あ? くるわ」

 首都の大広場でドーナツを食べつつ、景色を楽しんでいるとぼそっと舜娘が呟いた。

「あら、本当ね。こっちに向かってくるじゃないの。王城まで行く手間が省けたわね」

 魔法といえども移動すれば気配も動きも伝わるもので、武闘家たる私と舜娘が瞬時に向かってくる人物がいることを察知する。

 広場からも見える王城から飛び立ってくる人物を確認すると舜娘が獲物を構えている。

「今回は、手出し無用でお願いしますね。梓涵様」

 そんなことを言われると、私は見守るしかないので頷いて飛ばしそうになっていた暗器をしまう。

「ここは実の子である舜娘がぶん殴るのが筋でしょうね。我々は見守りましょう。でも、手が必要ならいつでも加勢しますよ」

 そんな浩然様の言葉に、舜娘が頷きつつも向かってきて徐々に人物像がはっきりしてきたころ舜娘の足がひゅっと風に乗って叩き込まれました。

『ドーン』

 大きな音がして飛んできていた人物は舜娘の足技を受けて、広場の大きな建物の壁に吹っ飛ばされた。

 それでも、まぁ建物も人物も無事なのは魔法で障壁を作ってどちらもガードしていたからに他ならない。

 魔法の素質はないけれど気配に敏くはなっているのでガードを張ったことには気づいた。

「うん、流石魔導国ファーレンの現在の最高位魔導師ですね。舜娘の足技をこうも華麗に弾くのは魔導師でもたやすくはないでしょう?」

 それはそう。

 魔法は人にもよるが発動までに時間もかかるし、呪文もいると聞く。

 今回は無詠唱なのは最高位魔導師ゆえだと思うけれど。

 殷龍国を出るまでに聞いた周貴妃からの情報で魔導国の宰相様が舜娘の父親である可能性が高いと。

 舜娘のあわい黄緑の瞳はそこに降り立った人物そっくりなのだから。

 ようやく煙が晴れて見えた、魔道国の宰相様は銀の髪に淡い黄緑の瞳の三十代にしか見えない男性だった。

「あなたが、魔導国の宰相閣下。ザルクレン様ですか?」

 舜娘は静かに問いかける。

「えぇ、僕が魔導国の宰相ザルクレンです。あなたは露露と僕の娘で違いありませんね?」

 あらまぁ、どうやって見抜くのかしら。初めて会ったはずなのに。

 断言するような発言に、舜娘は眉をしかめて向き合いつつ答える。

「そうだとして、だったらどうするのです?」

 舜娘はいささか冷たい声で答える。

 すっと足を引いたかと思うと、宰相閣下はそのまま華麗に土下座を決めました。

 そう、この国のナンバー2ともいえる宰相閣下が、今日会ったばかりの他国の娘に土下座である。

 広間は既に静かだったが、さらに水を張った盆が一ミリも揺れないような静けさがうまれた。

「迎えに行くと言ったのに、こんなに長く会いにさえ行かず、済まなかった。忘れていたわけでも、愛していないわけでもない。生きてきた中で初めて好きになった人が君の母の露露だ。娘が居てこんなに大きくなるほど会いに行かなかったのは完全に僕の落ち度だ、すまなかった」

 華麗に決めた土下座のままで、しっかりとした謝罪の言葉が紡がれた。

「あなたは母と私を捨てたのではないの?」

 そりゃ、舜娘が産まれて二十七年である。

 一般から考えたら捨てたと捕らえておかしくない期間である。

 一般であれば、と言わざるをえないのがこの魔導国の種族の成り立ちに及ぶ。

 魔導国の魔導師は自身のもつ魔力量はそのまま寿命となる。

 魔力量が多ければ多いほど、老いも遅く見た目が若いままに歳を取り続けるのだとここに来る前に周貴妃に聞いて初めて知った。

 しかも、宰相閣下は最高位の魔導師で御年五百歳越えでもまだ青年の姿だと言われて唖然としたものだ。

 それだけ長生きだと時間の感覚が狂うものなのだろうということは、察しはしたがそれで許すかは舜娘の気持ち次第である。

「それは無い!本当は一年で戻るつもりだったんだよ。この国に露露を連れて帰るつもりだった。でも、いけないまま七年が過ぎたとき、見に行った露露は三人の子の面倒を見てて。ほかの人と結婚してしまったんだなと、遅かったのかと思うと、声もかけられないまま……」

 そんな告白を聞いた、私も浩然様もきっと娘の舜娘も思った。

 こいつ、とんだヘタレ野郎だということに。

「いや、好きで仕方ないなら声かけなさいよ。娘の私が言うのもなんだけれど、お母さんはずっとあなたを待っていたし、そのうち二人は主家のお子様方で、兄弟でもなんでもなかったのに。動揺しすぎて気配すら読めなかったの?」

 大変ごもっともな突っ込みを娘から食らった宰相閣下、もともと少なかったHPがもはや残数ゼロでは?くらいのダメージの様子。

 周囲すら頷いているので、全面舜娘に同意の様子の魔導国の皆様。

「今回は隠していないままの私の魔力で気づいて来たのでしょう?」

 そんな舜娘は殷龍国に居た魔導師からしっかり魔力の扱いを学んでおり、氷に特化している立派な魔術師でもあるのだ。

 そして今回はわざと首都に入ってから自身の押さえていた魔力を垂れ流しにして行動開始していたのだ。

 舜娘は指導してくれた魔導師から聞いていたのだ、血のつながりのある魔導師は魔力の波動で身内を確認できることを。

 そして周貴妃からもたらされた、宰相閣下の情報から首都に入って垂れ流せば向こうからやって来るのでは?という予測は間違いなかったようだった。


「そうだよ。大混乱したよ、僕の波動に近い魔力が国内に居たことなんて今までなかったのだから」

 そんな返答にニコッと笑って一言。

「そうね、今回私の主が私を気遣って新婚旅行先を魔導国にしてくれたからここに居るのよね。本当だったら会わずに私もお母さんも寿命でこの世に居なかったかもしれないけれど」

 なんて娘に言われちゃった日には、ドバーと滂沱の涙を流す宰相閣下。

「うぅ、本当にごめんね。僕の時間間隔が狂っているうえに、会いに行ってもヘタレで声もかけられなくて……」

 あ、自覚はあったんだ、ヘタレの。

 そんな私の表情に、浩然様も同じような顔をしていた。

「露露は元気かい? 今更だけれど、会いに行っても良いだろうか?」

 そんな問いかけに、舜娘はサクッと手紙を取り出した。

 今回の新婚旅行に出るにあたって魔導国に行くことを話すと、露露は舜娘に手紙を持たせ一発殴ってこいと言ったのである。

 もはや殴らず蹴り入れにいっていたけれど……。

 受け取った宰相閣下はすぐさま手紙を開封すると、食い入るように読み込んでは、またはらはらと泣き出した。

「僕が三十年経ったからって露露を嫌いになるわけがないのに、でもそれだって僕が会いに行かなかったせいだものね」

 涙をぬぐうと、ようやく宰相閣下は訊ねた。

「君の名前は舜娘かな? もしも女の子だったら付けようねって露露と話していたんだよ」

 名乗る前に、そんな名前の由来を話された舜娘はすこし詰まった後に答えた。

「そうよ。私の名前は舜娘。これ、母さんだけで決めていたんじゃなかったのね」

 舜娘の返事は意外だったと言いたげだった。

「そうだよ。男の子だったら龍星、女の子だったら舜娘って話していたんだよ。そのまま付けてくれたんだね。必ず会いに行くよ、それこそすぐにでも行きたいんだけれど。舜娘の主夫妻は新婚旅行なのだったね。魔導国の建国祭はにぎやかだから、ぜひ楽しんでいっておくれ。もちろん舜娘も」

 そんな形で、落ち着いたようだがまだ私も一発殴るの終わってないんだけれど!

 というわけで殺気がわいたところ、宰相閣下は軽く一発舜娘に殴られていた。

「あれぇ?僕の娘は物理的にも強すぎないかな?」

 きちんと左頬にグーパンチをストレートで叩き込んだ舜娘はやっぱり露露の娘である。

「お母さんに私の代わりに一発殴っといてって言われたから。蹴りは私からだけれど防がれたし、お母さんの分はしっかり入れとこうかと」

 そんなわけで、舜娘は無事に父親との対面を果たし、露露に頼まれた一発ぶん殴っといても完遂したのである。

「今回は、梓涵様はお控えくださいね。ちゃんと私が一発入れましたし」

 なんて舜娘は言うから、仕方なく私は今回見守って終わりました。

 そして宰相閣下はお詫びと言っては何だけれど、うちは部屋がいっぱいだから家に泊まりなさいと言って閣下のご自宅に案内してくれた。

 王宮からほど近い、大きな庭と大きなお邸は綺麗に整っているけれど普段はもっぱら王城に泊まり込んでいることが多いんだって。

 ここも、露露を迎える前提で用意したくせに二十年前ヘタレたせいで、寂しいお邸だったそうだ。

 執事は、舜娘を見ると大層喜んでお嬢様がようやくお越しくださったと張り切っていた。

 ご飯もお部屋も存分に贅沢させてもらって、祭りもしっかり堪能している。

 しかも、花火は王城から上がるのでここは近いうえに遮るものの無い、最高の花火鑑賞スポットなのだと言っていた。

「お仕事はとてもしっかりしているのですよ。今の魔導国の安定もご主人様が宰相になってからですし、すでに二百年勤めておりますからね。古参の宰相なのですよ、それこそ女王陛下より長く王城で働いているのです」

 なんて話を聞くと、ご長寿過ぎるわと思ったし三十年が三年くらいなのかもしれないとも思った。

 五百年も生きていると、最初の七年目も一年くらいの感覚だったのかもしれない。

 でも、そこで声すらかけないのはヘタレすぎよね、やっぱり。

「私たちとは時間感覚が違うということは、分かったけれど。だからこそ、自分と違うことを分かっていて早く会いに行かなかったのは間違ったと思うわ」

 私の遠慮ない言葉には、実の娘である舜娘ですら同意というように頷く。

「母は、いつも夏の前になると決まって泣いているんですよ。今年も来なかったと呟いていたのを聞いて、あなたのことを待っていたんだと気づきました。五年前には泣かなくはなっていましたが、私はおばちゃんになったのになぁ、だからもう迎えに来てはくれないわねって」

 そんな言葉を聞いたのだろう、宰相閣下はがたりと音を立てて椅子から立ち上がった。

「あのね、二十代だった人が五十代になるほど放っておいたら人間はそう思うわ。あなたとは時の流れが違うのだから。今じゃ恋人でなく夫婦でもなく、露露と並んだら親子に見られちゃうような差が出来ているのよ?女からしたらそれは耐えられないからこその発言に思えるわ」

「そんな、僕は露露がどんな姿になろうと愛しているのに。僕だって本当は露露と歳を取りたいんです。良い感じにおじいちゃんとおばあちゃんになって、舜娘とその子どもたちに囲まれて穏やかに暮らしたいと願っているんです」

 ふふふ、それじゃあ行動に移していただかないとね。

 私はにこやかに告げた。

「そう、じゃあさっさとこの花火を見終わったら殷龍国へ帰りましょう、この宰相引きずって!」

 私の言葉に、浩然様も舜娘も少し驚いている。

「だって、これ一人にしたらまたうじうじして絶対に殷龍国までこられないわよ!」

 私の力強い断言には、舜娘も浩然様も同意して、そして舜娘が一言追加した。

「そうね、私と一緒のお母さんのところに行きましょう! 魔法で一気に移動できたりしないの?最高位魔導師のお父様?」

 と晴れ晴れとした笑顔で問いかける舜娘がいた。

 うん。船はもうぜったい乗りたくないものね、舜娘……。

「はい……。一度行ったところなら移動魔法でサクッと行けます。それなのに、行かなくって本当にごめんなさい……」

 この父と娘の力関係は今決定したなと、頭を下げる魔導国の宰相閣下を見て悟らざるをえなかった。


 建国祭の花火をしっかり堪能すると、宰相閣下はローブと杖を準備しつつも王城へ行くと告げる。

「さすがに何も言わないまま殷龍国に行くことは出来ないからね。女王と話して、二十年前からの宰相補佐に宰相位を譲ってから転移魔法で移動させてもらうね」

 一国の宰相が何も言わずに行方不明は確かにまずいので、下準備は大事である。

「まぁ、二百年も宰相していたのだから向こう三十年ぐらい休んでも文句は出ないでしょう?」

 こんなに栄えた国を支え続けた男なのだ。

 そろそろ自分の幸せに目を向けて暮らしたって、誰も文句を言えないと思う。

 そうして、宰相ザルクレンは娘とその主夫妻を引き連れて王城の謁見の間で宰相補佐官を宰相に、女王陛下には暇を告げた。

「ようやく、決心がついたのねぇ。うちの宰相がヘタレで本当にごめんなさいね。魔導師で四分の一が竜人族なものだから愛情深いのは確かなのよ、一途だし。でも、本人の資質よね。本当に一途で諦めてないし愛しているのに相手の元に行けないなんて。とんだ竜人族が居た者よ。舜娘、あなたも八分の一は竜人族の血が流れているわ。だから、少し寂しいこともあるかもしれないけれど。よかったら、このヘタレを末永くよろしくね。あなたの感じだとざっとあと二百年はその容姿で過ごせそうだし。お母さんとしっかり過ごしてからザルクレンとこちらに戻ってくるのでも問題ないからね」

 女王陛下からの言葉でザルクレンさんが竜人族の血が流れていて長寿であること、その影響で舜娘も長寿であることが判明。

 どうやら、結構ご長寿みたいでちょっと嫌そうな顔をした舜娘だが自分の見た目があまり変わらないことでうすうす察していた様子。

「そうですね。なかなか見た目が変わらないまま殷龍国で生活するのは難しいと感じていましたので、母がこちらに移ることを嫌がらなければこちらで生活することも検討します」

 舜娘はさくっと返事をしているので、やはり今回は魔道国まで来てよかったなと思う。

 ずっと一緒に過ごしてきたので、なんとなくこのまま殷龍国で一緒に過ごすのは厳しそうだというのは私もうすうす感じていたから。

 正直寂しいけれど、舜娘が暮らしやすい土地で暮らす方がきっとこれからの長い人生で良いと思うから。

「そうだね、魔導国は暖かいから露露の身体がしんどくなる前にこちらへの移住も検討してもらおうか。家はあるから、何も心配いらないし」

 そんなザルクレンの言葉に舜娘が同意と頷く。

「それでも、そんなに早くは移住しませんので宰相位は譲って行きますね」

 ザルクレンは国のナンバーツーの地位もそこまで執着していないらしく、実にあっさりと譲位を提案していた。

「リザレットもザルクレンについて二十年学んだのだから大丈夫だろう。二百年も宰相を務めてくれたのは後にも先にもザルクレンしか居ないよ。ファーレンのために今までありがとう。そろそろ、ザルクレンも幸せになっておくれ」

 こうして女王陛下の許可も出て、私たちは転移魔法で殷龍国へ帰国することとなったがそこはある意味自由な舜娘である。

「お父様、途中にあるデコラの国に寄りたいわ。そこでチョコレートと織物と生地を買って帰りたいんだよね」

「それはもちろん露露へのお土産だろう? それは大切だから、まずはデコラに転移するね」

 デコラとは、馬車での移動での帰り道にあるチョコレートと絹の生地と毛織物で有名な国だ。

 そこで、こっそりと女王陛下が教えてくれた。

 竜人族の男は、番に好みの物をたくさん渡し、食事を用意し、かいがいしく世話を焼くことで愛情表現をする種族なのだそう。

四分の一とはいえその血が流れるザルクレンさんも、もれなく貢ぎ体質なのだそうだ。

長年貢いでこなかったのだから今回大爆発すること間違いなしなので、そこそこにするよう目を光らせることを勧めると言われた。

「そこはね、同じ血の娘だと感覚同じだろうから。そなたらに伝えておく」

 というのが女王陛下のお言葉だった。

 人選は間違っていないと思う、私と浩然様にお買い物ストップ係は任されることとなった。

 ちなみにそんなお話をされた女王陛下はハイエルフ族らしくやはり竜人族同様にご長寿な種族なのだそう。

「私は今三百歳超えていて二百歳過ぎから女王やっているけれど、実は寿命的には半分も生きていない若者なのよ?これでも人間の三十代くらいかな?ざっと千年生きるから、やっぱり私も感覚は人間と違うし、そこが今回の原因みたいなものだから。露露さんには、大変申し訳ないことをしたと伝えておくれ。こちらに家族で移り住むことも歓迎すると」

 女王陛下は確かに若々しく、お綺麗な方だったがご長寿あるあるはやっぱりあるので、時間間隔の差はどうしても埋まらないものらしい。

 それでも、この国に露露が移り住むことを歓迎し迎えてくれるというのならありがたいことだ。

「分かりました、必ず伝えます。あと、あの暴走しそうな親子も何とか止めてみます」

 あれやこれやと買い物計画を練っている父娘は、すでに両手を超えた買い物計画を立てている様子にうっすら寒気を覚える。

 先に一つくぎを刺しておいたほうが良いだろう。

「二人とも、露露は倹約家でしょう?必要以上の買い物をして帰ると、露露の笑顔の雷が落ちると思うのだけれど」

 私の一言に、それまであれこれと買うものを考えていた二人はピタッと止まる。

 二人とも、それぞれ露露の笑顔の雷は経験済みなのだろう。

 ギギギというような音を連想させる動きで二人とも私を振り返ると、聞いてきた。

「どれくらいまでなら許容範囲になるのでしょう?」

 その動き、初めて会うくせに二人そっくりなので思わず笑ってしまった。

「そうねぇ、食べ物なら腐らず食べきれる量だけ。毛織物なら露露のお部屋と居間の二部屋分。絹生地も普段使いと外出着用の二反じゃないかしらね?それ以上買うと怒られると思うわ」

 私の言葉に、浩然様も同意と頷く。

「昔から梓涵も舜娘も星宇も露露には口酸っぱく無駄遣いしてはいけません。必要な物だけを買いなさいって言われていたでしょう?」

 それには舜娘が即時頷いて同意を示す。

 そして、過去にきっとやりすぎて怒られたことがだろうザルクレンは顔色を悪くして一言。

「昔、たくさんの食べ物に、宝石に生地にと贈ったらすごい笑顔で怒られた。僕のは愛情表現なんだよって言っても、種族柄かもしれないけれど私はそんなに贈られても困るって、そう言っていた……」

 どうやら、やはり昔やらかしていた様子で、その当時を思い出してくれたようでなによりである。

「時間はザルクレンさんの転移魔法のおかげで余裕があるのだから、しっかり吟味して選んだ贈り物ならきっと露露も怒らないわ。だから一つを吟味してお買い物するのよ」

 私の言葉に二人は素直に頷いた。

「うん、人間の娘だけれど竜人族の扱いを良くわかっているね。これなら安心だわ」

 そんな話の後で、私たちはさっそくデコラの国へと移動することとなった。

 ちなみにデコラの国には魔導国ファーレンの機関の建物もあるそうで、そこに泊まると良いと女王陛下がしっかり滞在許可証を出してくれたので安心して国家機関の建物へと転移魔法で移動することが出来たのだった。

 

デコラはファーレンともまた違った雰囲気の建物で出来ており、ファーレンが機能的だとするとデコラは飾りつけや装飾に凝っている。

 ちょっと豪華な感じのする、華やかな雰囲気の国らしい。

「ここは芸術やモノづくりに特化した華やかな国ですからね。明日、さっそく買い物に出かけてそのあとに殷龍国まで移動しますね。今夜は既に市も閉じていますので各々部屋で休ませてもらいましょう」

 そんなわけで、デコラに到着後は夜間のため一旦その場で解散となった。

「こちらのお部屋をお使いください」

 案内された部屋は、特産である毛織物が敷かれた明るく華やかなお部屋だった。

 ベッドには薄布が掛けられており、それも刺繍まで入った凝った布地で絹生地とはまた違ったやや透け感のある生地。

「お国が違うと、ベッドや装飾も違うのね。この生地も絹生地とは違うけれど手間がかかった綺麗なものだわ」

 ベッドの薄布を触りながら、話しかければ浩然様はにこやかに頷きつつも入浴を促し。

 私と浩然様はようやく新婚旅行の夜を、新婚らしく過ごすこととなった。

 今までは一応貴妃だったので、キスまでだったのだけれど。

 きちんと夫婦になったので、新婚旅行前からそういった関係になっていたのだけれど。

 デコラの華やかな雰囲気の中での甘い一夜は、すごかったとだけ言っておこう。

 鍛えているとは聞いていたけれどね、強くもなっていたし。

 でも、想像以上だった。

「だって、梓涵を満足させられないと困るだろう?」とのことで私がすっかり疲弊させられたのは、ここだけの話ということで。

 翌朝、食事の席でちょっと疲れた私とつやつやの浩然様を見てすべてを察したザルクレンさんと舜娘は一言。

「浩然様、ほどほどになさらないとそのうち梓涵様が根を上げますよ?」

 という忠告に、やや反省して少し過ごしやすくなったので舜娘にもザルクレンさんにも感謝している。

 特にザルクレンさんは浩然様に自身の経験談をしっかりと聞かせて、愛し方を間違うと不和が産まれて大変なことになると伝えたらしい。

 おかげで、その後は私がヘロヘロにされることがだいぶ減ったので本当に感謝している。

 買い物に出かけたデコラの街はカラフルな建物が多く、可愛らしい町並みで、その中に毛織物のお店や絹生地や絹生地を使った服屋さんやベッドの薄掛け生地のお店なんかもあった。

 チョコレートの専門店の並びにはたくさんのショコラのお店が並び、チョコの良いにおいがしている。

「前に買った時に露露はオランの皮を使ったチョコレートを気に入っていたんだ。これだったらきっと喜んでくれると思う」

 ザルクレンさんはいろいろ思い出しながらチョコレートを吟味し、購入。

 絹生地は舜娘にも相談しながら、今の露露に似合いそうな色合いの生地を二反買っていた。

 ちゃんと私たちの忠告を踏まえて、たくさん贈りたいのを堪えながらもとってもあれこれと手に取って悩んで決めている姿は幸せそうだった。

 そんな隣で、私に合いそうな生地をたんまり買おうとしていた浩然様に私は釘を刺した。

「露露同様に、私もここまでの生地は要りませんからね? 結婚の際に父も義父と義母もたくさん生地を買い込んでいるのですから」

 陳家へ嫁ぐにあたり嫁入り道具だと、たくさんの反物と仕立てた服を持たせてくれた父に対し、陳家の御両親はようやく嫁が来てくれたとこれまた大量の反物や服を仕立てて待ち構えていた。

 現在の陳家での私と浩然様の区画の一部屋は衣装で潰れているのである。

 陳家も広いお邸ゆえに部屋数はまだまだあるのだけれど、衣装で一部屋潰すことになるのは想定外だった。

 陳家では女の子が居なかったのもあり、女子の華やかな衣装を作ることに待望の喜びを感じていたご両親が張り切った結果だったという。

 止める前にこの量がすでに邸に届いていたというのは浩然様から聞いたのである。

 現在ありがたく日替わりでいろんな衣装を着ているけれど、義母上のセンスの良さから大変私に似合うものを仕立ててご用意してくれているので抵抗なく着て過ごしている。

 今回の旅行用にも反物から異国風の衣装作成をしてくれたので、ファーレンでもデコラでも違和感のない衣装で過ごすことが出来ている。

 新婚旅行に行くことは前から話していたらしく、陳家の私用の衣装は殷龍国風、ファーレン風、デコラ風とあったのだ。

 旅行に困らないよう準備していてくれたのだが、いかんせん量が尋常ではなかったのよね。

 帰国後も当分服には困らない状態なので、反物であってもあまり買いこまないでほしいというのが希望である。

「それこそ、未来の子供用とかならいくつか買っても良いと思う」

 と私が口にすれば、それは楽しいねと言い二人でいくつか絹生地の反物を選んで購入した。

 毛織物も、陳家の私たちの居間用と寝室用と浩然様の執務室用に三枚購入した。

 毛織物もいろんな柄と色使いがあって悩みながら選んだ。

 やはり柄や色使いにもこだわりがあるのだろう、お店によっていろいろあるのでよくよく眺めて選んで買ったのだった。

 ザルクレンさんも、露露と過ごすファーレンのお家用と殷龍国用に買ったようだった。

 二か所のお家用なので、少し枚数があっても許されるだろうという考えだったようだ。

 まぁ、それはたぶん露露にも許容範囲だと思われるので黙認していた。

 

そうして買い物を済ませると、ザルクレンさんの転移魔法で殷龍国へ。

 なんと劉家の傍まで移動出来た。

 ここまで帰れると陳家にも近いし、露露とは目と鼻の先である。

 とりあえず劉家にもお土産を買っているので、劉家へいったん帰ることにする。

「みんな、ただいま。露露は居る?」

 劉家の家の前に護衛で立っている私兵団の一人に声を掛ければ、口を開けて驚いている。

「えぇぇ!まだ新婚旅行に出て一週間も経っていませんよ。どうしてこんなに早く帰国しているんです?」

 そんな若手の叫びを聞きつけて駆け付けたのが浮柳だった。

「おまえ、お邸の前で叫ぶんじゃない。おや、お嬢ご帰還ですか? そちらの御仁が露露さんの?」

 浮柳はベテランだけあり、露露のこともよくっている。

「そうよ。ようやく連れ出せたから帰ってきたのよ。露露はいるわよね?」

 私の質問に浮柳は、ハイと素直に答えた。

「いつもの家事場だと思います」

 そう話されたので、劉家の邸の中に入ると私は先陣切って家事場である台所へと向かう。

 後ろでは、やはりここに来て及び腰になっているザルクレンさんを舜娘がひっつかんで引きずって歩いている。

「舜娘、しっかり掴んでいるわね?」

「はい、もちろんです」

 そうしてたどり着いた先には、いつものように食事の下ごしらえをしている露露の姿がある。

「露露、今帰ったわ。舜娘と一緒よ」

 そう声を掛ければ、振り返った露露は笑って言う。

「まぁ、早いお帰りで。そして、ずいぶん大きなものを持ち帰りましたね」

 舜娘の先に居る大きな人物。

 ザルクレンさんは、露露を見るとやっぱり泣き始めた。

 どうやら大変涙もろいタイプのようだ。

「露露、露露!会いに来られなくて済まなかった」

 そう言いながら、小柄な露露をすっぽりと覆うように抱きしめるザルクレンさんを仕方ないなと言った顔で露露は受け止めている。

「あなたは三十年も経つのに相変わらずねぇ。泣き虫だし、若々しいままだし。私はすっかりおばさんになったし、舜娘もこんなに大きくなったのよ?一緒に居ても親子になっちゃうし、舜娘と並んだら兄妹みたいじゃない?」

 なんて笑って言う露露は既にいろいろと分かり切っているのだろう。

 ザルクレンさんが竜人族で長寿な種族で寿命が全然違うことも、この先自分が誰よりも先にいなくなることも。

「露露は露露のままだよ。昔から優しくて、僕が泣き虫なのも笑って見守ってくれる。大事なはずなのに、こんなに長いこと会わずに来た臆病な僕を許してくれるだろうか?」

 そんなザルクレンさんの言葉にはちっちゃなため息をこぼした後に、露露はやっぱり仕方ないって顔をしながら話す。

「あのねぇ、寿命も違う、どれだけ愛していても私の方があなたを置いていくと分かり切っていながらも、あなたとの子を産んでいるのよ? それこそ答えでしょう? あなたを一人にしない存在を残したかったし、あなたの子が欲しかったからですよ。たくさん産んであげたかったのに、あなたちっとも帰ってこないから娘が一人だけど。それでもいいかしらね?」

もう、ザルクレンさんは涙が決壊してしまったので言葉にならないけれども、何度も何度も頷いて露露を抱きしめて離しませんでした。

 そんな両親を見て、舜娘は父のヘタレぶりがもう少しマシだったら兄弟が居たんですねぇなんて零している。

 なんだかんだ言っても、露露もザルクレンさんのことが大好きだったし、いつか来ることを待っていたんだと感じた。

「連れてきて正解だったわね」

「えぇ、今回はこれが最適解でしたね。これで二人仲良くファーレンに移住するか、どうするかはまた別問題ですが」

 そうね、露露には一緒にいてほしいけれどファーレンは暖かくて過ごしやすいし、年齢的にもどんどん冬の厳しい殷龍国での暮らしは大変になると思うし、そちらに移るのも良いとは思う。

 ただ、やはり露露の考え次第だとは思うのでそこは露露とザルクレンさんの話し合いで決まるだろう。

 しかし、二人で仲良く帰るとは? 寂しいけれど移住するなら舜娘も一緒だろうにと思っていると舜娘は言った。

「これから出産を控えて人手が居るお嬢様を置いて移住なんて出来ませんからね。私には幸いまだ番は見つかっていませんし、お嬢様が落ち着かれるまで私は陳家でお世話になりますからね」

 そんな宣言をする舜娘はやはりしっかり者の露露の娘なのである。

 竜人族の最愛を見つけるまでは番わないのだという感覚を、ザルクレンに聞いてようやく今まで恋愛に発展しなかったことが腑に落ちたらしい。

 殷龍国内にはどうやら舜娘の番は居なかった様子なので、まぁいいのかなと思っていたら別方向から舜娘の番の相手の方が突撃してくることになるのであった。


 露露とザルクレンさんは皇都内に邸を構えて、一緒に暮らすことになった。

 露露のお手伝いをしながら、ひたすら露露に甘え、甘やかし暮らしている二人は歳の差はあれど間違いなく夫婦であるとご近所さんにも認識されてザルクレンさんは旦那さんと呼びかけられると大変うれしそうだと評判になっている。

 銀髪黄緑色の瞳の美系さんだから、目立つのだけれど露露以外眼中にないその姿勢も奥様方から好感触で大変評判がいい。

 魔法であれこれお直しを請け負って生活費も稼いでいるので、出来る旦那様となっているようです。

 劉家には通っているようだけれど、露露も週三回くらいの頻度になった。

 ちなみに舜娘は週一くらいで顔を出しているそうだが、両親の甘ったるい空気に早々に陳家に戻っていることが多い。

「いや、番と共にいる竜人族はとてつもない甘ったるい人物になるんですね。親だと思うとちょっと耐えられないので、滞在は最短時間でお暇しています」

 竜人族には蜜月なる期間があるらしく、普通は新婚さんの三年くらいらしいのだけれど露露とザルクレンさんは蜜月を過ごす前に離れちゃったので、今が蜜月期なんだそうです。

「まぁ、両親の仲がいいのは良いことよ。そのうち舜娘の番も現れたら、分かるんじゃない?」

 なんて話をして、私が実はハネムーンベイビーを授かっていて出産が間近になった春先。

 そこにとうとう、そんなこともあるかもねなんて話していた舜娘の番が突撃してきたのでした。

「すっかり大きくなりましたねぇ」

 私の張り出したお腹を眺めて、舜娘は手元で産着を縫いつつ言う。

「そうねぇ、もういつ生まれても大丈夫ってことだから。サクッと産まれてくれるといいんだけれどねぇ」

 なんて春先のお庭を眺めながら話しているところに急接近してくる気配を感じて私は暗器を掴むし、舜娘はザルクレンに習った魔法結界を展開してくれる。

「これ、確実に魔法使いよね?」

 こちらに向かってくる人物は魔法で移動しているのを察知している。

 ザルクレンさんと舜娘の魔法訓練に接しているうちに魔法の気配も察知できるようになった私なので間違えるはずがない。

 そんな私に遊びに来てくれていた露露とザルクレンさんも警戒しているが、先に警戒を解いたのはザルクレンさんだった。

「おや、なんであの子はあんなに急いでいるのかな? 普段は落ち着いた子なのだけれど。僕の弟子にあたる子がこっちに向かっているよ」

 そういった情報のおかげで一応私は警戒を解き暗器をしまったが、舜娘は魔法結界を張ったままにしている。

 ザルクレンさん直伝の舜娘の魔法結界は、そうそう破れるものではないとの太鼓判をもらっているものであり、防御に徹するなら現在殷龍国で一番の強さを誇る代物である。

 さすがはファーレン最高位の魔導師。魔法の気配で相手を察知できるのは現在ではザルクレンさんと女王陛下くらいだと教えてくれた。

 なので、気配を察知して迎撃態勢がとれるだけでもすごいことなんだよとザルクレンさんは私を褒めてくれるが、魔導師との対戦はどうしても物理特化の私には不利が多いのであまり相手にはしたくないのである。

 そうして魔法結界の中で待っていることほんの数分で、向かっていた人物がこちらに姿を現した。

 その人はザルクレンさんとは対照的な金髪に深い緑の目をした、耳の長さからエルフ族の血筋だと思われる人物だった。

「ようやく見つけました。あぁ、僕の半身はここに居たのですね」

 結界を維持したままの舜娘は、相対する人物を見つけるなり一言でぶった切ってしまう。

「居たとしても、呼んでないから今すぐ帰れ」

 にべもないという表現がぴったりなほどに、容赦ないほどはっきりとした一言。

「そんな冷たいことを言わないでください! 三百年生きて、ようやく出会えた番なんですよ!?」

「私はまだ三十歳にもなっていないので、却下ですね。まだお子様ですので」

 などと白々しい返しをする舜娘は、魔法結界を解く気はない様子で追い返す気満々だ。

「舜娘、彼はあなたの番で間違いないの?」

 思わず問いかけると、肯定の頷きと共に返される。

「えぇ、私の番で間違いないようです。父には番に会えばわかるとは言われましたし、会えば分かりましたが。呼んでないんですよね、本当に。今じゃないので却下です。触れ合ったら最後離れないので、今は絶対嫌です」

 そんなはっきりした拒絶に、番の彼はショック状態で固まっている。

 さすがに番持ちゆえに、その拒絶にショックを受ける弟子を気に掛けるザルクレンさんが彼の元へと近寄っていく。

「リカルド、久しぶりだねぇ。番探しの旅に出たのは知っていたけれど。僕の娘が番って言うのは、ちょっとお父さんとお話ししようか?」

 あら、まぁ。

 ようやく娘とも共に過ごせるようになったばかりのザルクレンさんにとってもいきなりの娘の番出現はいただけなかったようね。

 ちょっと昔のお父様を思い出す雰囲気だわぁ。

 浩然様も、あぁって感じで察しています。

 娘婿の通る道なんですかね?

 お父さんって、娘がとっても可愛いらしいので。

 現在、出産間近の私は劉家に里帰り中の身である。

 そこに別で住んでいる露露とザルクレン様に舜娘も毎日劉家に来てくれている。

 出産に関しては産婆と露露が付き添ってくれて、その補佐に舜娘も入ってくれる安心の布陣だ。

 いつ生まれてもおかしくない時期に入った私のために日々通ってくれているのだ。

 しかも、ザルクレンさんは魔導師としてお腹の子の調子まで診てくれるのでとっても助かっているb。

 魔導国では高位魔導師はお産前の妊婦さんの様子確認も仕事のうちの一つなのだという。

 しかも五百年生きているので経験豊富なベテラン魔導師。

 めちゃくちゃ整った環境でのお産になりそうで、ちょっと贅沢すぎるかなと思うけれど、安全にお産できることに越したことはないと皇帝である龍安様や欣怡様も直々にザルクレンさんによろしくと伝えられて現在に至る。

 そうして、番に関しては間違いがないことを知るので、悲しいかな認めざるおえないことに腹を立てつつ、ザルクレンさんは戻ってきて一言。

「さて、呼んでないから帰れとは番には酷なのだけれど。なぜか聞いてもいいかい?」

 そんなザルクレンさんの質問に全くブレない舜娘は、あっさりと答えた。

「梓涵様がこれから出産というタイミングで番に引っ付かれ続けても困りますので。我が主の人生の一大事に寄り添えないなど、専属侍女失格ですから」

 それに関しては、浩然様もザルクレンさんも頷くしかなかった。

「そうだね。梓涵の出産に知らぬ男が立ち会われるのは困るし、今回ばかりはタイミングが悪かったね」

 そうまとまると、一言。

「リカルド、今回ばかりはタイミングが悪い。舜娘の妹同様の主の出産が間近だから、お前にくっつかれると舜娘は仕事が出来ない。それは舜娘の矜持を傷つけることになる。今ばかりは堪えて、一度ファーレンへ戻ってくれ」

 まさかの番持ちの師匠にまで帰れと言われて、愕然とするリカルドさん。

 本当にタイミングで申し訳ないが、産後であれば舜娘も一仕事終えるので大丈夫だろう。

 それに産まれるのもあと少しなので堪えて、ファーレンで待機してくれれば、産後にザルクレンさんと舜娘でファーレンに行くこともできる。

 ほんの数日の我慢であるが、果たして番を見つけた人が我慢できるものなのだろうか? そこは私たちには分からないものなので、ここはザルクレンさんと舜娘の判断に任せるしかない。

「そんな、たしかに番の矜持は大事です。でも、ようやく会えたのに」

 とっても未練がましい単語が聞こえてきます。

 まぁ、三百年生きてようやく会えたんですもんね。

 ザルクレンさんは五百年ですけれども、なんて思いつつ。

 見守っているうちに、徐々に強くなる違和感。

 それは規則的になっていき、だんだん痛みが増してきた。

 あぁ、これがまさにってやつかなと思った時には今までで一番の痛みが襲ってきた。


「あぁ、話し合い中にごめん。でも、ちょっと舜娘と露露の力を借りるわ。浩然様は産婆さん呼んできて。思ったより早いかもしれないわ」

 私の顔色から察した浩然様は駆けだしていくのも早かった。

 産婆さんはご近所にベテランさんが居るので大丈夫だ。

 五分もしないうちに連れてきてくれるだろう。

 魔力の手で翳して、私のお腹を診てくれるザルクレンさんはびっくりしている。

「おやおや、一時間前はまだまだお腹に居る気だったのに。この会話を聞いて仕方ないから出ることにしたみたいだよ。この子はお腹に居る間から気遣い屋さんだねぇ」

 なんて言われて、たしかにと同意してしまう。

「だって、宰相と武闘姫の息子ですよ?周囲の空気など、お腹の中でも読んでしまう賢い子になります」

 私がニコッと笑って返せばザルクレンさんが微笑んで頷く。

「そうだね。君と浩然の子だもの賢く逞しい子になるよ。楽しみだねぇ。僕、親戚のおじいちゃんの気分なんだよ」

 なんてのんびり話しながらも魔法で浮かせて、私をお産用に準備していた部屋に移動させてくれる。

「リカルド、この際仕方ないからここに居てもいいけれど。結界内に絶対入らないこと。入ったら番に嫌われるからね?」

 そんなザルクレンさんの言葉に頷いて、リカルドさんは庭に待機になった。

 春先とはいえ、夜は冷えるのだが大丈夫だろうか?

 そんな心配をしていると、ザルクレンさんは言った。

「あの子もそこそこの高位魔導師だから、寒さやらも自分で何とかするから心配いらない。さぁ、梓涵は我が子との対面に集中しようね。少し痛みを緩和しておこう」

 魔法で痛んでいた腰をさすってくれるとじんわり暖かくなって、痛みが少しマシになった。

「完全に痛みを取っちゃうと陣痛が無くなっちゃうからね。緩和くらいしかできないんだよ、ごめんねぇ」

 痛いことは理解しているのだろうザルクレンさんは心配そうにしつつも、さすり続けてくれる。

 魔法の加減を絶妙にコントロールしてくれているのは明らかで、大変ありがたい。

「いいえ、本当に助かります。これが無かったら結構痛くて叫んでいたかも。ザルクレンさんが居てくれて本当に良かった」

 私の心からの言葉に、ザルクレンさんはにこやかにほほ笑んだ。

「ふふ、出会った時はお嬢さんだったのに。すっかりお母さんの顔になっているね。大丈夫、君はしっかり自分の子に会えるからね」

 そう言うと到着した産婆さんと、露露に舜娘とバトンタッチ。

 ここから先は、女性だけの空間でお産に挑む。

 部屋の梁からつるしたロープを握りしめて、ひたすら痛みを逃しながら耐えしのぐ。

 そうして二時間も過ぎたころ、産婆さんが言った。

「おやおや、だいぶ安産家系だね。そういや、お前さんの母も安産だったものねぇ。さ、そろそろいきんでいいよ。痛みの波に合わせて息を止めて力を入れてごらん?」

 そう言われて、次の痛みに合わせて私はお腹に力を入れた。

「うぅぅう、はぁはぁはぁは」

 痛みが結構しんどくて耐えている間にずいぶん体力が消耗していた。

 お腹が大きくなってからはあまり体も動かせていなかったので体力が落ちていたのだろう。

 今までにない感覚に戸惑いつつも、なんとか痛みに合わせて力を入れ続けること三回で、産婆さんからストップがかかる。

「もう、短い呼吸ではっはっと呼吸しな」

 そう言われた通りにするとお股からヌルンと出て行く感覚と共に大きな産声が上がった。

『んぎゃー、んぎゃー』

 大きな声の、我が子はザルクレンさんに聞いていた通り男の子で大きい。

「お母さんも大柄だし、お父さんも背丈は大きいもんなぁ。お腹でとんと大きくなったもんだぁ」

 産婆さんいわくここ数年で一番の大きさの男の子だという。

「まず、大きな赤ちゃんだ。頑張ったねぇ。さぁ、お母さんはもうひと仕事だよ」

 そう言うともう一度出てくる胎盤を引き出して、少し裂けてしまったお股を縫ってもらう。

 チクチクして少し痛かったけれど、綺麗に拭われて産着とタオルに包まれた我が子を見れば吹き飛んでいく。

「あ、ほんとに大きい」

 我が子を見ての第一声が大きいになるとは思っていなかったが本当に大きい。

 龍風様が産まれたときより大きかったので、思わず出てしまった。

「そうさね、ここ一番の大きさの子だよ。逞しくなるねぇ」と産婆さんも言うくらい大きかった。

「ふふ、星宇様のお生まれになった時とそっくりではありませんか?」

 そんな露露の問いかけに、産婆さんはあぁ!と納得顔。

「そうさね、星宇も大きかったなぁ。それとおんなじだ。こりゃ血筋だねぇ。采庵も大きかったから」

 さすがベテランの産婆さん。なんと父すら取り上げていたらしい。

「大きい子はたいへんだけれど、なにをするにも安定感は抜群さ。それも生まれてすぐの親孝行さね。いい子だわぁ」

 そうして、処置の終わったころには次のお産が始まるということで産婆さんは抱えられて運ばれていった。

 三時間という速さで出産を終えたおかげで、夜になる前に魔法結界は解除されて無事にリカルドさんも邸の中に入ることができた。

 ちゃんと空気を読んで生まれてきた我が子に私と浩然様は笑って我が子を迎えることとなった。

「名前は決まりましたか?」

 男の子と聞いてから、浩然様はいくつも名前を考えていた。

 そしてようやく見た我が子の顔から名前を決めたらしい。

「えぇ。祥然。祥然はどうでしょう?」

「いい名前だと思う。祥然、あなたは祥然ですよ」

 すると反射のように私の指を掴んで口の端を上げる。

「ふふ、気に入ったみたいです」

 こうして、ドタバタの中で陳家の跡継ぎは誕生したのでした。


 さて、私の出産の間は魔法結界の外で待たされていた舜娘の番。

 私たちが落ち着いたところで、舜娘が魔法結界を解除したでおかげで屋敷の中に入ることが出来ました。

 エルフのお母さんと竜人族の父を持つ、リカルドさんの見た目はエルフ寄りだが性質は竜人族よりの気質らしく番を探し続けていたらしい。

 竜人族も、エルフも子どもの時期は人族と変わりないが、成長がやや緩やかなので成人は三十歳なのだとか。

 人族であれば、十六歳が成人なのでほぼ倍の年数で成人になる。

 その後は魔力量に応じで緩やかに歳を取るが、基本は百年ちょっとが普通らしい。

 リカルドさんや女王陛下、ザルクレンさんが膨大な魔力を持っていて、ご長寿なだけらしい。

 そんなザルクレンさんの娘の舜娘もざっと二百年くらいと言われているからご長寿なのだけれど、今はまだそこまで顕著な差が出ていないから実感はない。

「さて、私の大切な主の出産は無事に済みました。でも、これからまだ何人か出産されるでしょう?」

 そんな舜娘の言葉からスタートした話の着地点はどこになるのだろうか?

 私の出産と子育てが落ち着くまでは殷龍国在住の予感をひしひしと感じる。

 せっかく舜娘のお相手が見つかったというのに、それで大丈夫なのだろうかと内心ではハラハラしている。

 しかし、番至上主義者を間近で見ていたはずなのだが。

 私の心配は、杞憂で終わる。

「主である梓涵さんの出産と子育てが落ち着くまで殷龍国から出る気は無いのだろう? むろん構わない。私がここに住めばいいのだから」

 とってもあっさりと殷龍国住まいを決定するリカルドさんに、私は問いかけた。

「あの、ファーレンと違ってこっちの冬は雪降りまくり、積もりまくりで結構寒いですけど。大丈夫ですか?」

 そんな私の問いかけにも実にあっさりとした返答があった。

「問題ない。番を探して北の果てまで回っているのだから。殷龍国の寒さも対応可能だし、いざとなれば魔法で常時膜を張るくらいたやすいことだ」

 高位魔導師は寒暖差にも対応できる術があるらしい。

 魔法って便利だけれど、人族には稀にしか魔力持ちは生まれない。

 それも舜娘のような他種族との間に産まれた子や、祖先に竜人族やエルフ族やドワーフ族の血筋が居ることが前提にある。

 劉家には残念ながらそういった異種族との婚姻は無かったので、魔力はもちろん持っていない。

 少々便利さが羨ましいところではあるが、どうやら舜娘もしばらくは殷龍国で過ごしてくれるようで少し安心した。

「ザルクレン様もこちらでしばらくは暮らされるのでしょう?」

 そんなリカルドさんの問いかけに、ザルクレンさんも頷いて返事をした。

「そうだね。梓涵ちゃんは舜娘と仲がいいし、しばらくこの国で番と娘と、二人が大切にしている人々と関わりながら過ごすつもりだよ」

 魔法でなんでも屋さんをしながらも二百年もファーレンで宰相をしていた政治手腕を買われて、ザルクレンさんは宰相になりたての浩然の相談役になっていたりもする。

 的確なアドバイスをくれるので、大変ありがたい存在となっており現在龍安様や欣怡様とも交流して国の発展の一助となっている。

「そうですか。なら、私も師匠の家の近くに住みたいと思います」

 そんなこんなで殷龍国は短期間ではあるが、魔導国ファーレンの高位魔導師を二人も臨時に雇い入れることになる。

 そしてその間に魔法について学び、書物に残したことで対魔法戦にも特化した物理特化部隊が編成されることとなった。

 しかし、二か国間は大変友好関係が長く続くので敵対することは無かった。

 殷龍国が周辺に攻められそうになるとファーレンの魔導師部隊が駆け付けることもあり、協力体制を敷き殷龍国の長い平和を守るきっかけとなった。

 その交流の始まりが殷龍国の発展の礎となった皇帝龍安と皇妃欣怡の治世であり、きっかけは宰相夫妻である浩然と元貴妃でもあった梓涵夫妻の新婚旅行からと言われている。

 その後も長い期間。

 それこそ皇帝夫妻のひ孫や宰相夫妻のひ孫の代まで、交流は続いた。

 その理由に関しては、のちに世界の生き字引とまで言われたファーレンの歴代最長の宰相ザルクレンが答えた。

「殷龍国は僕の愛した番の産まれた国で、そこで娘も生まれて育った。そして関わるうちに娘やその友人たちもみな、可愛い我が子みたいなものだったから。その子たちの子孫まで、見守れるうちは見守ると決めたからだよ」

 長きにわたり、発展した穏やかな国ファーレンとの交流があったことで周辺国の脅威も去り、殷龍国はますます発展していった。

 その後は武道と薬師の母と呼ばれた梓涵と発展の父と言われた浩然は、大変仲睦まじく六人の子を産み育てた。

 それぞれが、文官、武官、薬師として身を立て立派に国を支える人となりその頃にはファーレンの魔導師たちも国へと帰っていったが交流はさっきも言ったようにその子孫たちまで続いている。

 梓涵の孫の一人が、梓涵に聞いたことがあった。

「魔導師のおじちゃんは、よく来るけれど。それはどうして?」

 それに梓涵はこう答えた。

「私たちやあなたたちが可愛いんですって。自分にも子や孫も出来たけれど、魔導師のおじちゃんがきっと一番長生きなの。それでね、独りぼっちになるのは誰でも嫌でしょう?彼、寂しがり屋なのよ。だから、いつ来てもおかえりやいらっしゃいって迎えてあげてね」

 その言葉通り、殷龍国に長く訪れるのはザルクレンのみだった。

 彼も少しずつ老いていたが、それでも梓涵のひ孫の代になってもまだ五十代にも満たない容姿で過ごしていたという。

「おじちゃん、いらっしゃい!」

 梓涵の残した言葉通りに、彼女の子孫はその後も彼が老いて、その姿を現すことが無くなる時までいつまでもいらっしゃいと迎えた。

 それは、人と竜人族との新たな交流の形となった。

 そして、長い時の中でザルクレンの血筋と梓涵の血筋で家族となる日が来るのだけれど。

 永い時の中でそれを知る者は家族となった番同士だけだったが、その二人は昔からの流れを物語として残した。

 とっても強くて、国を守り発展させることに一役買った武家のお姫様がたどり巡った出会いと別れの物語。

 本人たちに読ませたら、きっと美化しすぎねと笑ったことだろうがそれは一つのお話として長く殷龍国で親しまれることになった。

 実際はヘタレの高位魔導師をちゃんと家族と結び付けただけなんだけれどと思っているだろうけれど。

 まぁ、遠い子孫がその頃の手記や、手紙を読み込んで作り上げた物語ということでお許しいただけるだろうか?

 殷龍国で物語が流行ると、きちんとファーレンにも伝わって寂しがりの高位魔導師の子孫ももちろんその物語を楽しんだそうだ。

 両家は今でも交流があり、しかもこの時代には末っ子同士が番となった。

 そこからも両国は仲良く、親交を深めていったがその傍らにはどちらの家にも雪豹がいたのだとか。

 そうそう、梓涵の側に居た雪豹たちはどうなったのでしょうね?


 雪豹の雪と名付けられた、私は温かく優しく、それでいて自分の敵には容赦ない、そんな人物と出会った。

 戯れに訪れた国で、子を授かっていた故に弱っていたところを突かれて人にとらわれたのは不覚だったが、そこを助けてくれたのが梓涵だった。

 我が子も無事に生まれ、その後も皇帝一家にも梓涵と浩然にもいろいろあったし、舜娘とその番の物語もなかなか楽しかった。

 私たちは精霊と呼ばれる、殷龍国より北に根付いていた。

 しかし、土地より気に入る人物を見つけてしまえば好奇心で生きて移動する我々はこの地にとどまることにした。

 何年も元気で毛並みも艶々、変わらず話に頷き、頼まれたことをこなす私たちに梓涵も浩然も出会って四年目にファーレンの宰相を連れてきたことで知ることとなった。

「なぜ、ここに雪の大精霊とその子どもたちが居るんだい?」

 そんな一言は、殷龍国で私たちと過ごしてきた梓涵や浩然、皇帝一家に舜娘まで驚かせた。

「え?ただの雪豹では?」

 梓涵が聞くと、ザルクレンは笑って答えるので私は尻尾でベチベチと引っぱたいてやる。

「いやいや、四十年前に北の果て近くで派手に山一つ吹っ飛ばしていたのを見たよ。気配も変わっていない間違いないね」

 まったく、口の軽い魔導師だこと。

 私はちょっと力を込めて尻尾で軽く飛ばしてやると、はははと笑って魔法で受け流して飛んで戻って来る。

 だから、この子面白くなくて嫌いなのよね。

「グゥ」

 やや不満の息を漏らすと、梓涵は優しく喉を撫でてくれる。

「ふふ、賢いとは思っていたけど大精霊だったのねぇ。納得だわ。北の果てに帰らなくていいの?」

 そんな梓涵の問いかけには、「ぐぅるるる」と答える。

 鳴き声だけでも、梓涵はちゃんと私の言いたいことを理解してくれる。

「そっか。一緒に居てくれるのね。ありがとう、雪」

 私たちは苦境から助けてくれた、優しくてまっすぐな気質の梓涵がすっかり気に入っている。

 ひそかに加護を与えているくらいには。

 それに気づいているザルクレンは何も言わずとも、私たちのことを見守り私たちの好きなようにさせた。

 ザルクレンは好きではないけれど、その番の露露は舜娘と同じく真面目で優しい人物で好きだし、舜娘も好きだ。

 だから、仕方ないからここに一緒にいることを許してやろう。

 私はそれなりに長生きで懐の広い、大精霊だからね!

 それからも、私は長い時の中で梓涵が亡くなるその時まで一緒にいたけれど、その後は北の果てに戻った。

 子どもたちの蒼と黒はそれぞれ梓涵の子と舜娘の子を守るように側に居続けた。

 その子どもたちの子どもたちはやっぱり気質が気に入るからか、それぞれ皇帝の子孫やら梓涵の子孫やら舜娘の子孫へと何代にもわたって側に居続けた。

 それが良いか悪いかは分からないけれど、たしかに精霊に愛される気質の人は居て、それは結構纏まって見つかるから精霊の親子がくっついて守護することも珍しいことではない。

 大精霊ともなると数も少なく、珍しいかもしれないが。

 とにかく、私の見守った梓涵はたくさんの子を産み、育て、たくさんの孫とひ孫に囲まれて満足そうに旅立った。

 私の子とも最後まで可愛がって、最後に一言。

「ずっと一緒に居てくれてありがとうね。雪がいつも一緒で幸せだったわ。雪は長生きだから、またいつか仲良くできる人に出会ってね」

 そんな優しい言葉を最後まで言える人間は梓涵だけだった。

 大精霊だと知っても変わらない優しさと愛情をもって接した人間は。

 寿命が違うから見送ると分かっていても少し寂しくって、北の果てに戻ったけれど、ふっと思って子どもたちの側に行ったら驚いた。

 生まれ変わっても、梓涵は変わらぬ輝きを持っていたし舜娘の子孫も同じく真っすぐで真面目な気質は変わらなかった。

 あぁ、こういうことがあるから関わることを辞められないんだな。

 私は、その後しばらく番になった梓涵の生まれ変わりの子孫と舜娘の子孫とともに暮らした。

 雪豹の側に居る人物は得てして、国を栄えさせる。

 そんな逸話も、物語に含まれたのは私たちのせいだけれど。

 人間が好きな大精霊がいたって良いのである。

 流れゆく時を同じく見守るザルクレンが、最後見たのは仲の良かった家族が番って結びついたこと。

 その魂の本質を見せてやると、ザルクレンはやっぱり楽しそうにほほ笑んで言った。

「ふふふ、やっぱりあの子たちはどこまでも仲良しですね。大精霊様、若いあの子たちを優しく見守ってください」

 長生きで寂しがり屋だった高位魔導師も、血筋の家族に見守られながら静かに息を引き取った。

 番を無くしても長い時を狂わなかったのは、ひとえに近くに増えた血筋の子孫たちのおかげだろう。

 もしもの世界が訪れず、幸せに流れるこの世界を今しばらく見守ってあげようか。


完結


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