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さて、春の儀は無事に完遂したものの、新たなる問題の浮上。
それは後宮の警備が完全に大甘な件である。
春の儀はそこまでの間に清をはじめとした諜報部と若手武官を大急ぎで教育したため、行事もあって普段監視に向けられているベテラン武官も参加したおかげでなんとか無事に済んだだけ。
毎夜、訪れる碧玉宮のお客さんは相変わらず舜娘や私に星宇兄さまで相手をしていて、回収のみ清たち諜報部のお仕事になっている。
「このままでは、私たちの蓄積疲労が尋常ではないわ。早急に武官と諜報部員の武力対応の底上げをしなければ……」
私の言葉に舜娘もしきりに頷いて同意を示している。
「お嬢様のおっしゃる通りで、流石に三人で連日連夜お客様の相手はそろそろ限界ですよ」
一番頑張っているのが星宇兄さまと舜娘なので、疲労度は二人が一番上である。
私も毎夜出ているので、それなりに疲れているが劉家の中では兄に次ぐ体力の持ち主ではあるので耐えられているだけで確かに三人とも疲労度合いは危ない辺りまで来ている。
そんな私たちに朗報をもたらしたのは、諜報部の長たる清と浩然様だった。
「さすがに、連日連夜碧玉宮にお客様が来るのは憚られますので。本日より三日ほど、劉貴妃護衛のために劉家の私兵団の碧玉宮警護の許可を出しました」
私兵団の護衛許可は何よりありがたい。
他国の妃にはさすがに自国からの兵を入れる許可は出せないが、殷龍国出身である劉家の私兵団は皇宮師団とも連携を取ることもあるため許可を出しやすかったようだ。
皇宮師団の師団長が父である、劉采庵だからこその采配ともいえる。
「それは助かります。さすがに星宇兄さまも私も、舜娘も疲労が強くて。ありがとうございます、浩然様」
改良を重ねたインク弾やにおい玉など以上に攻撃系の罠を仕掛けてもなお、昼間に密談会議会場となる碧玉宮へのお客様が途切れないのだ。
そのおかげか、碧玉宮が狙われてからの金華宮は平和そのものであり、一夜にお二人ほどのお客が来る程度らしい。
それくらいであれば、諜報部と皇帝直属の暗部で始末がつけられるとのこと。
皇妃である欣怡様の安全のためならばと耐えてきたものの、疲労の蓄積には人間も抗えないものがある。
睡眠不足は、活動能力を低下させるには十分なのである。
「むしろ、武官の育成が滞っていたのは皇宮の怠慢でもあるので、ビシビシしごいてくださいね」
良い笑顔で、更なる訓練と鍛錬の許可が出たので私は若手武官たちを早急に育成せねばと気合が入る。
そろそろ、武官たちの得意な武器への特化訓練に入りたいと思っていたところだ。
武官は基本剣か弓か槍の三種の武器に分かれるものだが、見ていると星宇兄さま同様に素手が強そうな者もちらほらいるのでそちらは兄に鍛えてもらおうと算段を付けている。
しかし、今回に限ると若手は剣と槍に比重が大きく弓はやや少数と言った感じだった。
夜間の警護には弓の得意な者を配置したいのだが、夜目が効き弓の扱いが上手いとなると育成に時間がかかるのである。
「やはり、育成にはどう頑張っても最短半年、弓に至っては一年教えなければ難しいか……」
私の呟きに、星宇兄さまは静かに答えた。
「基礎を鍛えて、これから武器一本特化の育成をするなら確かに弓はそれくらいの時間がかかるだろうな」
私たち兄妹の会話を聞いて、龍安様と浩然様は若干唖然としていた。
「若手の武官を一年で後宮の護衛として使えるように育てるのに半年から一年であれば、十分早いのではないか?」
そんな風にこぼしたのは武術に心得のある龍安様だった。
確かに、それで護衛の武官として鍛えられたのなら十分なのかもしれないが、私とお兄様は先を見越してまだ十分でないという見解なのだ。
「だって、これから欣怡様は後継者を懐妊すると身動きに支障のある時期もありましょう? その時の守りが万全でないのはいただけないので、急ぐ必要があるのです」
私の言葉に、龍安様も浩然様もそこに至ると唸るように納得していただけた。
「まぁ、私がやや嫁ぎ遅れになる覚悟で御子がお生まれになるまで警護するという手もあるにはありますが。今後を考えれば御子様にも護衛が必要なのですから、守り手は多いに越したことはないのです」
そんなわけで、強固で強い武官の育成は急務で優先事項的にはかなりの優先度を誇っていると言ってもいい課題だと思う。
「では、星宇と梓涵的には現在の武官の状況はいかがですか?」
それには武官を率いる星宇兄さまが答える。
「ベテランは、経験値もあり、監視なども出来るほどに技能もあるが若手は経験値も基礎もなにもかもが足りていなかった。特に梓涵が後宮入りする前までは。この一か月で梓涵はまず体力持久力の底上げと共に基礎を徹底的に叩く込んだうえで、若手武官各人の向く武器の検討までは終わっている。ここからはひたすら特化訓練で早いものなら三か月で劉家の私兵団と手合わせできる位にはなるだろう」
それは私の育成訓練のメニューを確実にこなしきってついて来られる者限定である。
少しでも遅れると、育成期間も伸びると考えてほしいと星宇兄さまは付け加えた。
「それと、劉家の私兵団がいるうちに数名ずつ若手武官も碧玉宮の夜間警備に加えようと思う」
私の発言に、お兄様と龍安様が驚いた顔をした。
「まだ、早いのではないか?」
龍安様の言葉はごもっともだが、私は一言。
「彼らは圧倒的に実地経験が足りないのよ。だから、本気の相手との訓練が必要なの。それには私たちがかなり間引いて、現在お客様の質が低下した今が実地訓練にはうってつけだと思うのよ」
私の言葉に、浩然様は考えた後に言った。
「見守り、フォローのできる劉家の私兵団がいるうちに実地を体験させたいのですね?」
「えぇ、そうです。うちの私兵団のベテランたちなら、若手が危なくなってもフォローしつつ、お客様の相手が出来るはずなので」
うちの私兵団の実力を知るお兄様と龍安様は頷いて浩然様に言った。
「梓涵の案が一番育成に重要かもしれない。実地で本気の相手とやり合う機会は、若手が自分の実力を自身で把握するのに有効だ。明日からの三日若手武官も碧玉宮の夜間警護に組み込んでくれ」
お兄様と浩然様は龍安様言葉に是と応えて、頭を下げると碧玉宮から夜間準備のために退出したのだった。
話がついたところで、碧玉宮へ欣怡様がお忍びでいらしたので、迎え入れる。
「欣怡様、ようこそ。陛下はここにおりますよ」
私が、対面にいる龍安様に視線を向けて話すと龍安様は振り返り欣怡様を迎え入れる。
「欣怡、ここに来るのは珍しいな?」
「だって、陛下や浩然ばかり梓涵と過ごすのはずるいもの。私も可愛い梓涵と過ごしたいのよ?今日は週に一度のお茶の時間なのよ」
欣怡様微笑みながら、筆頭侍女に持たせた菓子と茶器を示して話す。
後宮に来てから一か月余り。
週に一度は皇妃である欣怡様とお茶会を開催している。
基本は金華宮で行われていたのだが、碧玉宮の池がいたく気に入った欣怡様の提案で先週からは碧玉宮でお茶会を開催している。
「さ、今日は梓涵の好きな月餅とゴマ団子にしたのよ。お茶は茉莉花茶を持ってきたの。さぁ、会議は終わりにしてお茶にしましょう?もちろん、陛下の分もありますわ」
そんなわけで、碧玉宮では本来の立場であればライバル同士である皇妃と貴妃の穏やかな茶会が毎週開催されているのであった。
前回の春の儀の様子であれば、そのうち周貴妃も参加できるかもしれないなと思う。
それに今までの襲撃に確実に周貴妃の近辺のものが紛れていないから、いずれとも言えるのだけれど。
それでも現在の碧玉宮は毎夜、満員御礼のお客様をおもてなし中なのでまだまだ落ち着かない限りは周貴妃を招いてのお茶会は難しいかもしれない。
取り調べに関しては、諜報部が嬉々として実施し現在では要警戒されている貴妃は周貴妃と胡貴妃以外の三人の貴妃である。
二日目に金華宮への移動中に喧嘩を売って来た黄貴妃、隣国張波国の姫の張貴妃、少し離れた島国から嫁いできた楊貴妃の三人の貴妃達の関係者から私の碧玉宮へ刺客が贈られているのが現状だ。
お国元に送り返された呉貴妃の関係者もしばし混ざっていたので、そちらは劉家の私兵団を向かわせたところやっと大人しくなったところである。
呉国と劉家は国境にて接しているので、売られた喧嘩は買って差し上げました。
領地の私兵団こそ、皇都の私兵団よりも国境を守る辺境の私兵団として辺境領の皇宮師団との日々の連携もあり、かなり強い。
そこに鷹便で、後宮での私の現状と出来事を知らせたので私兵団のベテランたちが殺気立って喧嘩を買ってくれました。
劉家の娘として、年に数か月は領地の私兵団でも過ごしていた私は領地の私兵団からも可愛がられている。
なので、喜んで私兵団のベテランたちがガッツリ国境でお仕置きしてくれたらしい。
そんな振り返りをしているさなか、欣怡様の持ってきた茉莉花茶の香りに異変を感じる。
「欣怡様、その茉莉花茶はどこから?」
私の問いかけに、お茶を入れていた欣怡様の筆頭侍女が答える。
「こちらは島国出身の楊貴妃様からの頂き物ですわ」
そんな回答に、私はとうとうやや大人しかった楊貴妃も、要観察対象に入ったことを察してしまった。
「これは飲んではいけません。このお茶には月の巡りをゆっくり悪くさせる効果のある毒が仕込まれています」
亡くなったお母様の家系が薬師の家だったおかげで、資料と素材が存分にあり毒にも慣らされているからこそ気付けるもの。
露露にお母様の実家の薬師関連の教育も受けたからこそ、分かるもの。
お母様も結婚するまではしっかりと薬師の教育を受けていたし、その侍女だった露露もお母様と共にその知識をしっかり蓄えていた。
おかげで母の実家の支援もあり、私は武門の武術と共に薬師の知識も付けることができた。
こればっかりは、兄の星宇には向かなかったために私が引き継いだ形である。
「まぁ、それはいけません!」
欣怡様の筆頭侍女は急いで茶器を片付けようとしているのを止める。
「これは、本当に楊貴妃からの差し入れの茉莉花茶ですか? 茶葉の残りを確認させていただけますか?」
私は、その腕をつかみながら、確認する。
やはり、茶葉には何の問題もない。
片付けられそうになっている茶器の方を、鼻先に持ってきて確認する。
茶葉には匂いが全くなく、茶器から匂う微かな毒の香り。
もしかしたら、日常的に摂取させられていたかもしれないという疑いすら持つ。
「星宇兄さま、この侍女を拘束してください。茶葉ではなく、茶器に毒が仕込まれています」
私の言葉に星宇兄さまは、侍女を拘束し部屋から出す。
「欣怡様、侍医と共に私も診察させてくださいませ」
私の言葉に、顔色を悪くした欣怡様は頷いて答えた。
「分かったわ」
そうして侍医と私の診察により、欣怡様にこの毒をふた月ほど間飲んでいたことが分かり、量も少しずつだったことから今から辞めれば飲んだ期間と同じくらいで抜けていくだろうということが侍医の意見だった。
私はそれを踏まえて、さらに抜けやすくするためのお薬を処方することを侍医に相談すると許可された。
「まさか、雪蘭が二か月も……」
欣怡様は後宮に来てから、ずっと側に居た筆頭侍女からの仕打ちにショックを隠せていない様子だった。
それは、侍女として雪蘭を付けた龍安様も同様だった。
真面目な人柄から、信頼して欣怡様の侍女にした雪蘭がまさか毒を盛り続けていた。
しかも、子が出来にくくなるように仕向けるような毒を盛るなどあってはならないことだった。
その後、諜報部と武官の取り調べに雪蘭は素直に話したという。
幼少期から後宮にて働き、龍安様のことも見て来た雪蘭は憧れ続けていたが下級貴族の出身ゆえに貴妃にもなれず侍女のまま。
それが、皇妃の侍女になると龍安様とも近くなったが、それでも欣怡様とは違って自分が龍安様の瞳に映ることはないと気づいてしまった。
そうなるとこのまま欣怡様が幸せになり、御子まで抱く姿を見るのは耐えがたいと犯行に及んだという。
皇妃に身近にいる侍女が毒を盛るなどあるまじき事態であり、雪蘭はひっそりと侍女から外されてのち皇妃に手をかけたとして闇に処された。
表立った事件にこそならなかったものの、少しの間皇帝夫妻に影を落とすこととなった。
私が来てから、何度かお茶をしていたがその時には普通のお茶しか出さなかった。
今回楊貴妃からの差し入れが来たことで、ほかの貴妃を警戒しているからこそ雪蘭を疑わせないためにあえて出したことがあだになった。
私が毒に詳しいことは知らなかっただろうから。
その後、龍安様の乳母を務めた女官長が皇妃である欣怡様のお世話の責任者として着任することになった。
少しでも気安く過ごしやすいようにと有能ながらも年の近い侍女を付けたことが災いしたので、陛下も考えた様子だった。
楊貴妃への疑いは、少し残るものの毒を盛られる事件は一つ解決したのだった。
どんな事件があったとしても、後宮では表向きは華やかに裏では数々の嫌がらせや陰謀が渦巻いていても表面上は穏やかなように過ぎていく。
「星宇兄さまから聞いてはいたけれど、ここまで満員御礼の刺客は正直いい加減にしてほしいし、私と星宇兄さまと舜娘の睡眠への犠牲がいい加減我慢の限界よ?」
私の呟きには、だんだん化粧ではクマが隠しきれなくなってきた舜娘も同意を示したうえで、お茶を入れながら言う。
「えぇ、えぇ。一番若い梓涵様ですら疲労が隠せないのですから……。劉家の私兵団も大変頑張ってくれていますが、それでもここまでの刺客の数は正直異常でしかありません。欣怡様がこれまでこの数の刺客を向けられていたならば、よくぞご無事であったというよりほかにありませんね」
まったくもってその通り。
欣怡様が無事だったのは龍安様と星宇兄さまの二枚岩での守りがあったからに外ならず、その二人が疲弊し始めたからこそ私が呼ばれたとも言える。
「ここに来て、一か月と少し。そろそろ貴妃の擬態を解いて武官の格好で過ごしても良いと思わない? 私が劉家の武闘姫なのは、結構有名なのだし? そろそろ公で刺客を返り討ちにして無意味だってことを分からせてみるのも一つの手だと思うのよ?」
私の言葉に、舜娘も一計の間を開けたが頷いて、同意を示した。
「星宇様や陛下にも意見を聞かねばなりませんが、たしかにそちら試してみる価値は大いにあるかと思います。武官の訓練場など、ほかの貴妃はご覧になりませんから、お嬢様の本来のお姿は隠されたままです。ぱっと見だけは良家で愛され育った麗しい姫にしか見えませんから。それゆえに刺客送り放題なのかもしれませんし。無意味と分かれば止むかもしれませんからね、お客様も」
そんな舜娘との話し合いののち、部屋に今後のための話し合いに来た星宇兄さまと浩然様に相談した。
本日は欣怡様との公務での皇都視察のため、龍安様は不在だった。
「さすがに劉家の私兵団の一週間の派遣は、他の貴妃からもいろいろ意見が出てくると思うのよ。私兵団を入れるなんて謀反を企んでいるのでは? とかね。私が劉家の武闘姫なのは、この後宮に居ても聞いていたと思うのよ。でも、現在の私は見た目からは戦えそうにない普通の貴妃じゃない? だから侮られて刺客祭りになっているのでは? と言うのが私と舜娘の意見。だから、思いっきり公で刺客を撃退しちゃえば、刺客を送るのが無意味だと思うのではないか?と言うのが舜娘と話した結果なのだけれど。どうかしら?」
私の言葉に、連日一緒に刺客祭り参加の星宇兄さまは確かにと言った顔をする。
浩然様は、考えている様子でまだ表情にそれほど出てはいない。
「確かに、梓涵様の意見は一理ありますが。もっと手練れの刺客が送られてくる可能性もりますよ?」
「それは確かにそうだけれど、手練れの刺客がそんなに複数いるとも思えないのよね。それなら数打てば当たるというように数で物を言わせても、私がぴんぴんしている時点で手練れを投入しそうなものでしょう? だから、私としても今回の案を採用して、少しでも睡眠時間の確保を検討したいの」
私の返事に浩然様は、一つ頷いて言った。
「そうですね。確かにやってみるほうが現状を変えられるかもしれません。しかし、龍安様に判断を仰いでからになりますので早くても明日からになるでしょう事をご承知おきくださいね」
そんな一言で、明日から実施できそうなことにホッとしたものの今夜もお客様の相手があると思うとげんなりする舜娘と私なのだった。
いい加減、朝まで一度くらいぐっすり寝たいものだわとこの一月ほどの生活にぼやく心が止められないのだった。
きっと星宇兄さまと舜娘も同じだと思う。
私たちは今夜を超えれば打開できるはずと言う気持ちで一致団結し、いつもよりやや刺客に対して当たり気味にその夜のお客様をお迎えして撃退したのだった。
後日、その場からなんとか逃げ出した刺客はのちに語ったという。
劉家の兄妹も私兵団も、何ならその侍女に至るまで敵に回しちゃなんねぇ。あいつら、ほぼバケモンだから……。
そんな話が、裏界隈で流れることは知らないままに私も舜娘も星宇兄さまもガッツガッツこの一か月近いお客様のお相手のうっ憤を晴らすかの如く暴れました。
一緒にお迎えしていた私兵団のベテラン格の浮柳は言った。
「お嬢と坊ちゃんが壊れるとここまでになるのだから、人間睡眠は大事なのだと思ったよ。私兵団でも睡眠を削る訓練は、考えて実施するわ」
とのことでした。
確かに訓練だと最高は五夜連続訓練までだから。そのあたりでも、人によっては幻覚、幻聴に苛まれたりするから難しいところなのよ?
でも、国境境を守る時にはそれほど戦いが続くことも想定しなければいけないし、皇都からの応援が最速で到着までを見込んでもこの訓練の年一回の実施は欠かせないと思う。
それで、ローテーションでしっかり休むことの大切さも身に染みて学ぶし、そうならないうちに撃退できるように普段からの訓練で強くなれるようにいつも頑張るようになるのだ。
それがね、五夜どころかほぼ一か月ではね……。
ずっと仮眠よ?日々三時間睡眠で一か月お過ごしくださいませ?
睡眠の大切さが骨身に染みるわ……。
乳母だって赤子の世話は数人で回して睡眠するものだと露露だって言っていたわ。
城下町のお母様方もご近所でお手伝いして、お母さんが倒れないようにしているのだと聞いたわ。
つまり、現状私たち三人は赤子の世話を一人で一か月しているようなものだと考えれば過酷なのは言うまでもないと思う。
「世間のお母様方は産まれて数か月の赤子の世話はそりゃあ一人ではきつくって、協力するようになるわよね。経験者こそよくわかるものだし、子育ての協力体制が城下町には根付いているのも納得だわ」
「そうですね。寝られないとこんなにしんどいのだということは、ここに来て学びましたね」
本当、後宮ってすごいところですわと舜娘がしみじみと言うのに同意しかないのだった。
そうして翌日、浩然様は早めに話をしてくれたのか碧玉宮に龍安様がやってきて今日から好きにやって良いぞと言う許可が出たので貴妃の装いを軽めの衣装に変えて、武器を携帯して金華宮へと移動する。
今日は欣怡様との定例お茶会の日なのだ。
金華宮への移動中、またもや黄妃とその侍女たちと遭遇した。
「まぁ、ややみすぼらしくありません事? 同じ貴妃として恥ずかしいですわ」
私の装いがやや簡素であることを見越して、これ見よがしに言ってくれるがこの衣装は絹道から来た高級な絹生地なのだが、どうやら黄妃には見目からの価値しか伝わらないようである。
やはり、残念極まりない黄妃なのだがそちらの侍女一名。私への刺客のようですが、殺気が隠せていない。
全然低レベルなので、思わず苦笑をこぼすとそんな私の態度が癇に障ったらしく黄妃が手持ちの扇子で殴り掛かってきた。
なので、しっかりその腕掴んで捻り上げてその首筋に簪を突きつけてあげる。
「黄妃さま?!」
叫び近寄ろうとする殺気を隠さない侍女に笑顔で一言。
「ねぇ、先に殴ろうとしたのはどちらか見ていたわよね? そこの侍女、答えなさい」
殺気立つ刺客の侍女の後ろにいる、本当の侍女だろう娘に声をかける。
「黄貴妃様でございます。劉貴妃様はそれに対処したにすぎませぬ」
頭を下げて、そう話す侍女に殺気立った侍女は苦いものを食べたときのような渋い顔をしている。
「離せ! 大したことない、劉家の小娘の癖に!」
なんて抑えられた黄妃が、そんなお声を出すのだから笑ってしまう。
「ふふ、ただの小娘を殴ろうとして止められるのだから、あなたはその小娘以下でしょうに。私がどこの娘かお忘れなの? 劉家の武闘姫の名前は飾りではないの。私は戦える娘ですので」
そう話しながら、殺気を隠していない侍女はここに来てようやく不利を悟った様子で後ずさる姿勢を見せたが逃すわけがない。
「しかも、堂々と殺気を隠さない刺客を侍女として連れ歩くなんて謀反の意志ありと見なされてもおかしくなくってよ? ねぇ、侍女さん?」
話しかけるとほぼ同時に、裳裾を縫い留めるように投げナイフを投げつけて見事足止め成功。
「逃げられると思わないで。 劉家私兵団の今の強さがどこから来ているか知っていて? 五年前から私が訓練メニューと訓練指導を始めたからよ。そんな相手をどうにかしようだなんてえらく強気に出たものね?」
フフっと声だけ聴けばお淑やかなのに、その行動は隙のない武人そのものだったと舜娘は大絶賛。
「さすが、うちのお嬢様です」だそうな。
金華宮に近い場所でこんな騒動を起こしたので、流石に皇妃のための護衛の二名が様子見に来てくれて事情を説明。
黄妃側の侍女と私の侍女と話に齟齬が無かったことから、その日の夕方には黄妃は自身の宮の月下宮で一月蟄居することと陛下に沙汰を下されていた。
「お騒がせしまして、申し訳ありません。欣怡様、本日もお招きいただきありがとう存じます」
挨拶をして、ニコッと微笑めば欣怡様も微笑んで答えてくれた。
「無事にたどり着いて良かったわね。梓涵、あなた貴妃の振る舞いを最低限にするつもりね?」
そんな欣怡様の問いかけには、武官の立拝で是と応える。
「もう、せっかく貴妃として後宮に来たからにはたくさん着飾らせて遊ぼうと思っていたのよ? 妹は可愛がるものでしょう?」
欣怡様の一言には自分には下の兄弟が居ないので分からず、首をかしげてしまったが舜娘は分かるのか頷いていた。
「兄さまには、武芸で可愛がられた記憶しかないので、姉妹の可愛がるは想像がつきません」
私の素直な一言に、欣怡様の深いため息が室内に吐き出された。
「まったく星宇は、女の子らしい可愛がり方もしなさいと散々言ってきたのに! 劉家は武に偏りすぎていますね。だからこそ、今回私のために梓涵が後宮に来る羽目になってしまったのですが……」
欣怡様はそれでも微笑みながら言う。
「梓涵が来てくれたことは、正直守りが強固になるので安心ではあるのです。でも、そのために梓涵の嫁入りが遅れてはと心配しています。浩然は全然、梓涵の気持ちに気づいていないしねぇ」
やれやれと言った感じで、話し出した欣怡様に私はピタッと止まって恐る恐るお顔を見つめて聞いた。
「私、そんなに分かりやすいでしょうか?」
私の問いかけに、欣怡様はにこやかに答えた。
「だって、陛下を挟んで私と星宇と浩然は幼馴染で、そこに梓涵も一緒することがあったでしょう? その時、いつも梓涵の視線の先は陛下ではなく浩然へ向かっていたもの。見ていたら分かるわ。わかっていたのは私と陛下くらいだけれどね」
にこにこと暴露されて、私はいたたまれなさに小さくなりたくて肩をすぼめた。
「だから、昔陛下はあんな約束を口にしたのですね?」
私の問いに、頷いて微笑んだ欣怡様。
「えぇ。このままでは浩然が梓涵の気持ちに気づくのは難しく、変に采庵が結婚を決めたら梓涵の可愛い恋が叶わなくなるからって。結局、陛下も、私も妹分の梓涵に甘いのよ」
可愛いのだから仕方ないわって、欣怡様は言いながら女官長に笑いかける。
「確かに、劉貴妃様は皆様の妹分でございますから、致し方ございませんね。陛下もその昔、言っておりました。星宇はずるい、我にも妹がいればよかったのにと」
そんな昔話に花を咲かせつつ、綺麗に咲き誇る池を眺めながらののどかなお茶会はつつがなくお開きを迎えるのだった。
陛下からの許可を得たので昼間からどんどん、表向きで刺客を捕獲しては武官に渡すということを繰り返した結果……。
私に刺客を送るのは無意味だということに、ようやく気付いた黄妃、張妃、楊妃からの刺客が二日で止みました。
三日目には朝までぐっすり眠ることが出来て、睡眠不足が解消されたのは大変すばらしいことでした。
本当に、睡眠は大事だよ……。
星宇兄さまも昨晩は信頼できる腕のいい部下に任せてようやく夜ぐっすり眠れたことで、今朝からの若手武官の訓練は大変やる気に満ちており到着した私は元気な阿鼻叫喚を眺めています。
うん、三週間でだいぶ基礎固めが出来てきているのは上々よね。
そろそろ皆さんに得意の武器を持たせて訓練するのも良い頃合いでしょう。
「皆さん、各々基礎固めを行いましたが、まずますの成長です。では、本日から各武器に分かれての訓練を開始します。槍部門、弓部門、剣部門、そしてお兄様直接指導の格闘部門とします。素手が強いと判断したものはお兄様に格闘術を学び、そのほかのものは劉家の私兵団からその武器のベテラン武人を呼んで指南してもらいます」
私の説明に頷きながらも、ある武官が一言。
「劉貴妃様は、どれか指導に入られるのですか?」
最初にかっ飛ばして相手をしたお坊ちゃん武官も、今や立派に成長し私への意見を求めたり、改善指摘をすればすぐに直すようになりめきめきと上達している一人だったりする。
「あぁ。私が教えられるとするなら、剣か槍だろうか。棍棒は槍に近いものがあるからねぇ。でも、私の最も得意な武器はね、コレなのよ」
シュッと出して投げつけた小型ナイフは武官のすぐ後ろの木にサッと刺さる。
そのナイフが仕留めているのは、落ちかけた一枚の葉。それに付随した、毒蛾である。
「さすがは劉貴妃です。つまり飛び道具と言うことですか?」
との問いかけに、ニコッと笑って一言。
「私、あまり苦手武器は無いのよ。星宇兄さまも同様にどんな武器でも扱えるの。それが劉家に生まれたものの務めとも言えるわね。でも、私が得意なのは暗殺に使われる暗器と言われる類のものよ。武官にはあまり必要ないわね?」
それには、コクっと頷いて武官たちは一様に思った。
この国では劉家の兄妹が一番怒らせたらヤバイじゃないかと言うことに。
劉家の嫡流は一騎当千を当たり前として、幼いころから武器、戦略、戦術について学び、武官としての心得を叩き込まれ国防を担う者として育つ。
それは、受け継がれてきて長きにわたるが、それは何も嫡男だけではない。
女子も、己が身を、使える主の奥方を守れるようにと日々鍛えられる。
たとえ跡継ぎとならない女子であっても、戦えてこそ劉家の者であるというのが根底にある。
そのおかげもあって、梓涵も立派に武門の家の姫として戦えるように育っていった。
それは、兄と並べるほどの出来であった。
本当に父が惜しむくらいには腕が良く、近年の劉家の中では随一の武闘姫と呼ばれるに相応しい実力を備えている。
父の姉であり、辺境領地を預かってくれている伯母の琳華は年に一度会う梓涵に言う。
「こと戦略も、戦術も本当は星宇より梓涵の方が向いているけれど。こればっかりは仕方ないね。私みたいに辺境を守れれば言うことも無いかもしれないが、梓涵にはきっと別向きの仕事が来るだろうね」
それは当たっていたと言えるし、実際後宮に行くことになった経緯と理由は琳華には手紙にしたためて送った。
きっと読んだときには、おやまぁと言いつつも頑張るんだよと言ってくれるに違いないと確信している。
「劉貴妃は、女性でも武官になれるのならばきっと良き武官となりましょう。惜しいですね」
そんな風に話す武官たちにニコッと笑うと無残にも告げた。
「さぁ、今日から武器訓練も追加なのだからしっかり訓練を行いなさい」
そう送り出すと、梓涵は少し外れた訓練場の端にいる諜報部の若手たちに向かっていく。
「それでは、あなたたちは気配の断ち方、足の進め方の初歩から行きましょうか」
こうして、梓涵の午前中は武官と諜報部の若手育成となっている。
最近は清に依頼されて諜報部の若手育成もしているが、流石は清が基礎を叩き込んだからか基本は出来るようになっている。
しかし、諜報という部門に居るからには応用が出来て、さらに気配は完全に断ってそのうえで行動できなければいけない。
一朝一夕に身につくものでもないから、そこは反復訓練が必要なので努力するしかない。
そして夜間のお客様はめっきり減ったし、昼間に狙われることも減ったが。
まだたびたびこちらを伺う視線は無くならないので煩わしい。
しかし、視線だけなので現状即捕らえないままにこちらも様子見している。
少しでも動けばこちらは容赦しないぞと言う気配はしっかり出しているからか、見られるだけで済んでいる。
「この視線、相変わらずですね。消しますか?」
うん、諜報部若手の中で一番の若手。
猫鈴、13歳。若いというより、まだ子どもである。
しかし、身体能力がとてつもなく高く成長期ゆえに教えたことの吸収も早い。
気配の断ち方も、移動の仕方も最初にマスターしほかの若手に教えられるほどに成長しているが、それを教えた梓涵のことを大変気にかけてくれるゆえに、こうなる。
めちゃくちゃ好戦的なのが、若さゆえならそのうち落ち着くと思うが、さて、どうなるやら。
心身の成長も見守らねばならない、梓涵にとって初めてできた妹分といえるのが猫鈴である。
「いいえ、あちらも様子を見ているだけでしょうから。そのままでいいわ。猫鈴はだいぶ気配断ちもそのまま行動するのも上手くなったわね。次の訓練をしましょう?」
そう話をそらしてみたものの、視線の主にしっかり気配はロックオンしている猫鈴に苦笑してしまう。
これだけできれば、諜報部で情報収集任務には付けそうである。
そのためにも、身を守り情報を持ち帰るための体術を仕込まなければならない。
猫鈴は身体能力が高く、素早い動きを得意とするため暗器と体術の組み合わせが一番理想的だと思っている。
私の得意な暗器を教えられる相手が出来たことを喜んでいいのかは少し武器的に複雑ではあるのだが、これはきっと今後の猫鈴のためになると私自身が確信している。
ならば全霊を持って彼女に教えなければならない。
訓練をしていくうちに、猫鈴はすっかり私の妹分であるし、私は陛下や星宇兄さまたちに大事にされてきた。
妹分とは大切にするものであると刷り込まれているので、すっかり姉の気分になりつつ指導していた。
それを清と星宇兄さまも見守ってくれていた。
「お嬢様、すっかり猫鈴を気に入りましたね」
清の言葉に星宇は笑う。
「そうだな。ずっと我らの間では梓涵が妹だったから。守るべき妹分が出来たのは張り合いがあるのだろう」
そうして、猫鈴は着々と実力をつけていくことになる。
刺客祭りも落ち着いて、平穏さが漂っていますが。
現在、私に与えられた宮で事件です。
碧玉宮に、大穴が開いています。
なんでかと申しますと、後宮には家畜小屋もあります。
家畜小屋には、乳牛やヤギ、鶏やら鴨やらと飼育されています。
後宮で美味しく食べるために。
しかし、中にはなぜここに?という生き物もおりまして。
それが絹の道にある国から送られてきた、ネコ科の生き物。
豹と言うらしいのですが、脱走して弾丸のように駆け抜けて碧玉宮に激突して来たのです。
幸いにも、壁と家具が一部破損したものの豹も、中にいた私や舜娘やほかの侍女も無事でした。
しかもこの子、可哀想に無理やり口にされたにおい玉が嫌で暴走してしまった様子。
しかし、調子が悪いのは可哀想なので、ここはしっかりせねばならぬと腹をくくり私は豹に向かって言います。
「お前、腹の子のためにもこの薬は必須だよ。しっかり飲んで、お産を頑張るのだよ」
私の言葉が理解できたのか、激突後にその後の暴走を止めた恩人だからかは分からないものの、私の手からならお薬を飲んだのを見た飼育員が大層喜んで、そして豹自身もなぜか懐いてきたので。
壁激突から二時間。
なぜか碧玉宮でくつろぎ始めた豹の様子を見て、ここでの飼育が検討され始めました。 解せぬ……。
まぁ、かなりの大きさのネコ科の猛獣のはずなのですが……。
野生にいた生き物らしく、自分より強いものは本能で察するのか、分かるよう。
薬の影響も落ち着くと、ごろんとお腹を見せて甘える様子は、大きいけれど猫。間違いなく猫でした。
そして、私は猫が好き。
すっかりそんな許した姿の豹を撫でまわして過ごしてしまったのが運の付き。
度重なる脱走に頭を抱えていた飼育員は、この様子に光明を見出して、現在碧玉宮の壁の修理と共に早急なる飼育小屋の作成だとトントンと騒がしくなっています。
これには、少し聞いていただけで様子を見に来た龍安様も驚いた様子でこちらにやって来る。
「豹が宮に激突して壁に穴を開けられ、さらにはその豹が梓涵に懐いたと聞いてきたが……。本当だったな」
現在、外の喧騒とは違って碧玉宮の中では絶賛撫でて、撫でての豹とそれを撫でまくる私の空間が広がっている。
豹の大きさに慄く侍女たちは現在、他の部屋を整えるのを任せて一緒に居るのは大丈夫な舜娘くらいである。
「この子、暴れるように嫌なにおいのにおい玉を無理やり口に入れられて困っていたの。壁に激突してやっと吐き出せたけれど、口の中が不快だったみたい。私の落ち着くにおい玉を嗅がせて、鶏の乾燥肉を食べさせたら落ち着いたのよ」
そう、この子が暴れるように仕組んだ人物がいるということ。
それも、碧玉宮に向かうように仕向けた人物が……。
刺客がダメなら、野生に近い大型動物でどうだと言わんばかりの仕打ち。
それで、動物に対してひどいことを平気で出来る人物だなどと、許せないという思いがふつふつとしている中で気配を感じる。
「猫鈴、誰の仕業か分かったの?」
私が育成中の諜報部の期待の新人、猫鈴がスッと室内に姿を現し私の言葉に答える。
「是。この豹が胡国付近からの贈り物。胡貴妃の手のものがこの子ににおい玉を仕込んだのを確認しています。栄」
猫鈴の声掛けに、栄と呼ばれた猫鈴と同じ諜報部の若手が姿を現す。
「胡貴妃の担当をしております。胡貴妃の連れて来た下女の一人が、この豹ににおい玉を飲ませて暴れ出すのを見てから碧玉宮へ通ずる道の門だけ開けておりました。その前に碧玉宮までの道のりにネコ科の好きな香りを蒔いてそこに進むように仕向けることも行っておりました」
この報告に、陛下はスッと目を細めて私に問う。
「諜報部の報告だけで捕らえることも可能だが、どうする?」
私は嫣然と微笑むと、それにはしっかりと返事をした。
「それは、私とこの子が許せませんわ。この子は自身の腹の子まで危うくされた身なのですから。自分の手で仕返し、したいわよね?」
そんな私の問いかけに豹は「ガウガウ」と答えた。
その瞳は、やり返したいとやる気に満ちている。
「それじゃあ、私の言うとおりに出来るかしら?」
そんな問いかけに、賢い子である母豹は「ガウ」と低く短く答える。
「さすが、いい子ね。私と陛下と一緒に胡貴妃の宮にお邪魔しましょう?あなたをうちの子にしてくれたお礼詣りに行きましょう? そこで、嫌な人のお洋服をちょっとかじって破いてあげるの。お洋服だけよ?器用だから出来るわね?」
私の言葉に豹はやはり視線を合わせて、任せろと言わんばかりに「ガウ」と返事をする。
そんな私と豹の様子に、見守るメンバーはそれぞれの表情をしている。
舜娘は、また動物を従えたといった呆れた様子を。
龍安様は、まぁ、いつものことだよなと言った様子で。
栄は、豹って懐くんだという驚きの様子で。
猫鈴は、すごいッといった表情で。
そしてすべてを総括するように、舜娘は言った。
「動物に懐かれるのは、梓涵様においては日常ですからね。犬も猫も絶対服従で、すりすりゴロゴロとなり、犬に至ってはゴーと言われれば駆け出し子ウサギを仕留めてきますし、馬はもはや乗ってもらえることに至福の表情で、指示通りに駆け抜けますもの」
身近な動物はだいたい懐かれてしまうので、じつは劉家の庭は結構犬猫が入り乱れ、伝令役の鷹もお兄様より先に私のところに来てしまうくらいである。
劉家では動物と言ったら私に任せとけと言う感じだ。
「そうだな、これは梓涵にとっては日常的風景だった。ちょっと今回は普通の猫とは違うけれど、ネコ科はネコ科だからな」
そんな納得の仕方をしたのは龍安様だった。
それを聞いた諜報部の二人は、身近な二人が納得しているのならばそういうものなのだろうと納得した様子だった。
そんな面々の言葉もしっかり聞いた豹は私が撫でると柔らかく「ガウ」と一鳴きしたのだった。
「さぁ、それじゃあこの子のために行きましょうか」
私は豹を横に従えて、陛下と共に胡貴妃の宮のある鏡花宮へと向かったのである。
さて、鏡花宮近くなると宮の周りの者たちが遠巻きにしている。
それは私の隣にいる、大型のネコ科の猛獣にあたる豹のせい。
「ガルル」
とやや唸るような声を上げながら、私の近くをついて歩く姿は堂々としたもので大変良い見栄えである。
威嚇としても、護衛としても大変優秀であるのでこのまま碧玉宮での飼育は決定で良いなと思ったのは間違いなかった。
凛々しい豹を従えて、龍安様ともに鏡花宮へと向かう。
「陛下!ようこそ、鏡花宮へ」
そんな声かけをして来た侍女に、豹は一層低く唸った。
「ガルル。ガウ」
あぁ、この侍女がこの子に嫌なことをしたのね。
私は豹の様子から、今回の事件の犯人を早々に発見してしまった。
そして微かに香る、この子が吐き出したにおい玉の香り。
「あら?一緒に居るのは陛下だけではなくってよ?」
今回は胡貴妃の宮に行くため、ばっちり貴妃スタイルで臨んでいるので会話はお上品にね。
微笑んで声を掛ければ、私が一緒なのは気に入らないのをそのまま態度に出してしまう。
侍女としては、レベルが低すぎるわね。
私の舜娘をごらんなさい、主への態度にイラついても武器発射五秒前で耐えて顔にも出さないわよ?
なんて私が思っていると、舜娘は地味な嫌がらせに害虫の好きな餌をそっとばら撒いていたのを目線の端で確認してしまった。
舜娘、なかなか地味でも効果のある報復をと内心感心している横で陛下が話し始めた。
「胡貴妃が飼育していたと思われる豹が脱走して、劉貴妃の碧玉宮の壁を破壊した。今回の脱走が、故意と思われる故に調べに来た。被害者でもある豹も、劉貴妃に励まされ報復を考えているようだし、この子は賢いから誰が原因か教えてくれるだろう」
陛下の言葉に、私への態度の悪かった侍女は目に見えて顔色が悪くなった。
まず間違いなく、彼女が脱走の犯人なのだから仕方ないと思うが、やったことが悪いことなのでしっかり裁かなければならない。
しかし、今回の一番の被害者はこの母豹なので、まず母豹には私が話したように上手に服だけ破いて差し上げるのが良いだろうと考えていたところ……。
「まぁ、素敵。陛下がここにいらっしゃるなんて初めてですわね!」
可愛らしい声と、それに似あう可愛らしい桃色の祷裙姿の胡貴妃が現れた。
侍女が侍女なら、その主の貴妃も同じか。
綺麗に無視する胡貴妃に、微笑みながらブリザードしちゃいそうです。
武門のうちの姫として、礼儀と挨拶を徹底されていたので挨拶の無い人見ると、力業で教えそうになっちゃうのよね、危ないわ……。
「ごきげんよう、胡貴妃」
本来なら筆頭貴妃の私に胡貴妃が挨拶しなければないのだが、その様子が一向に見えないので私から声をかけてあげた。
すると胡貴妃はわざとらしく、今気づいたかのように返事をする。
「まぁ、劉貴妃もご一緒でしたの? ごきげんよう。 あら?この子がどうしてここに?また逃げ出したの?」
なぁんて暢気なことをおっしゃっております。
猛獣はしっかり管理なさいよ!
こういう人は責任感も無いのだから飼ってはいけないと思うのよね。しつけだってしないだろうし……。
この子はしっかり人の言葉のわかる賢い子なのに……。
野生から捕まった子は、二度と野生には帰れない。
だからこそ責任もって飼うのならお世話をしなければいけないのだ。
それが出来ている環境とはとても思えない。
やっぱりこの子は、私がしっかり面倒見ましょう。
「逃げ出したのではなくって、逃がした人物がここにいるのです。だからこの子に、その人を教えてもらいに来ました」
ニッコリ私が言えば、私の足元で良い子に座っていた母豹は「ガウ」としっかりお返事を返してくれる。
その頭を撫でてあげると嬉しそうに目を細めてもっと!と私の手に頭を擦り付けている。
本当に可愛くて賢い子だわ。
「さぁ、あなたに悪いことをして私の宮に行くように仕向けた人は誰?」
私の問い掛けに、母豹は最初に陛下に話しかけて私を鼻から相手にしないような態度を取った侍女だった。
私の予測に間違いはなく、彼女が今回の犯人だったようだ。
そして初めに話していたように、彼女自身には傷をつけないようにしつつもしっかり服を咬み千切って戻ってくると私にその布を渡してくる。
そして、その布を見ればこの子に飲み込ませたにおい玉の汁が滲んでいた。
大変間違えようのない証拠に私は頭を撫でて褒める。
「さすがね。これは間違いない証拠だわ」
頭を撫でながら言う私の言葉に、服を千切られてショックを隠せていない侍女がハッとして顔を上げる。
「どんな証拠があるというの? この子は脱走癖のある子だから、きっといつも通り小屋から抜け出していったに違いないわ」
そんな風に話す彼女をしり目に、私は母豹が千切って来た布地を陛下に渡す。
「陛下、ここにこの子が苦しまされたにおい玉の汁が付いています。この子が吐き出したものと比較すれば間違いないかと。匂いを嗅いだ私が同じだと思うのですが、他にも意見を聞くと良いでしょう」
そう言って私は布地には確かに黒を感じる中に緑がある、微かな汁がしっかり着いた布地を見えるように渡したのだった。
「確かに、着いているし微かに匂うな。こんな匂いのきついものを、においに敏感な生き物に飲み込ませようとするなど正気に思えないな」
そんな感想を抱くくらいには微かな汁でさえ、とっても匂うのだということが伝わるだろうか?
こんなものをイヌ科には劣るとはいえ、ネコ科も人の数倍の嗅覚を持つ生き物だからひとたまりもないのだと、なぜ分からないのか?はなはだ疑問だ。
仕掛けた本人ですら、きっと臭かっただろうと思わずにはいられない産物だったので本当に母豹には同情を禁じ得ない。
「とっても苦しそうで辛そうで、どうにかしたくって建物に激突して、その衝撃で喉につっかえていたにおい玉が取れたのです。お腹に子を宿しても耐え切れずに暴れるほどのものだったとお伝えいたします」
私の言葉に、陛下は一つ頷き一緒に来ていた武官に言った。
「この侍女を捕らえよ。後宮に住まう生き物はみな私のものであり、私のものを害した者は許せぬ」
そんな陛下の沙汰に胡貴妃は驚きを隠せていない。
「まぁ。この子は確かに陛下への献上品でそのまま私の宮でお世話しておりましたから、てっきり私の子かと思っていました」
なんて、のたまうので陛下はニッコリと言う。
「それなら碧玉宮の壁の修理は胡貴妃に拠出願おうか? それに、この子は既に自身の主を決めてここから立ち去る気のようだ」
そう、あの後も母豹は私の足元でしっかり座って良い子に人間のお話が済むのを待ってくれている。
本当に賢いいい子なのである。
「後宮はすべからく皇帝である私のものだ。だから、どこに行くかも、何をするかも私が決める。そして、貴妃のゆくすえも生き物の住処を決めるのも私次第なのだと自覚せよ」
その言葉に私は皇帝を表す如く跪拝して答えた。
「承知しております、陛下」
私に習い、私の侍女に護衛の武官も習って陛下に跪拝する。
しかし、胡貴妃の周囲は立ち尽くしたまま。
胡貴妃もまた胡国の姫であるがゆえに、跪かれても跪くことは殆どなかったのだろう。
その後も殷龍国で貴妃となりかしずかれる日々なのだから。
それでもこの殷龍国では皇帝たる龍安様にはどの者も跪かねばならない。
この国で一番偉いのは龍安様だからだ。
この国で誰にも頭を下げることのない人物は龍安様だけなのである。
「さぁ、そなたは誰を主とするかしっかり主張せよ」
そんな陛下の言葉に母豹は「ガウ」と答えると私の足元でしっかりと立ち、私の側に従うとクルっと回ったあとにしっかりまた座ることで示した。
ネコ科の大好きを示す、尻尾をぶつけることも、その後巻き付けることも忘れない。
「うむ、実に分かりやすいな。この豹は今後碧玉宮にて世話し、梓涵に任せる」
「御意」
私は答え、さらに陛下が告げる。
「此度は胡貴妃の侍女の怠慢による被害故、監督不行き届きとして胡貴妃に蟄居二週間を命ずる」
こうして、壁に穴あき事件は、最短で犯人確保と豹の保護が成立し私の宮でお世話することが決まったのだった。
まさか後宮に来て一か月ちょっとで、ここまで各貴妃の皇妃への野望が渦巻いているとは思わなかった。
ここまでで、刺客を送ってこないのも嫌味を言って絡んでこないのも周貴妃のみである。
胡貴妃もここに来て、私に仕掛けてくるあたり隠れて欣怡様へも何かしらしていたのではないかと疑いを持つには今回の事件は十分だったと思う。
「栄、居るわね?」
私の問いかけに栄は、音もなく現れた。
「だいぶ上手に隠れるようになったわね。これなら十分諜報に出られると思うわよ」
私の言葉に、栄は嬉しそうにしつつもそれでも少し悔しさをにじませた。
「確かに上手くはなりましたが、まだ梓涵様には気づかれてしまいます。もっと、精進します」
そんな真面目なのが栄の良いところだ。努力も怠らないから、猫鈴といい感じに切磋琢磨して成長している。
なんだかんだ諜報部は若手の一番手の猫鈴と二番手の若手の栄が成長たくましいのだ。
そんな年少組に負けられないと、ややお兄さん組になるメンバーも鍛錬に余念がないので諜報部若手はめきめきと成長中なのである。
「それで、胡貴妃はやはり欣怡様にも何かしら行動を起こしていたのかしら?」
私の問いかけに、栄は答える。
「是。微々たる毒だったり、呪いの品だったりを悪びれも無く送るという地味なものだったので欣怡様に届く前に排除されています。今回がかなり派手にやらかしたと言った形ですね」
栄の報告に、たしかに今回は派手だったが周囲も胡貴妃もそこまで考えて行動できていないとは感じる。
そもそも、あんな猛獣を使えば確実にどこから来たものかすぐに調べられることなど分かりそうなものなのに、短絡的過ぎると言える。
しかし、だからこそ実行犯しか捕まえられず指示したのは胡貴妃自身かもしれなくても本人が自白するはずもないのでここまでといったところか……。
「ちょっと面倒な相手かもしれないわね。今後どうしていくかは浩然様とも相談になると思うわ」
「はい。清にも報告してありますので、浩然様にもしかと報告されることと思います」
「分かったわ」
そうして、母豹は私の宮で飼うことになりその白い毛から雪と名付けた。
自分の名前も覚えたので、呼ぶとすぐに来るようになり日々私は毛並みを整えてやるのを楽しみにしている。
雪は寒いところの生き物なので、ふかふかの毛が最高に気持ちいいのだ。
保護してからそろそろ一月、お腹もだいぶ大きくなったのでそろそろ赤ちゃんが生まれてくるはずだ。
そのために、小屋も整えられているので最近雪はそこで落ち着いていることが多い。
ちょっと前までは木登りもしていたけれど、やっぱりお腹が大きくなると難しいようだ。
「雪、無理せず元気な子を産むんだよ。子どもたちもまとめて面倒見るからね」
私の言葉はやっぱり理解しているのか、雪は嬉しそうに「ガウ」と鳴くと私の手をざらざらの舌で舐めるのだった。
そんな話をした二日後の朝。
みゃーと言う鳴き声を聞いた飼育係が小屋を覗き込むと、二頭の豹が誕生しており雪はしっかりお世話しているようで雪のための栄養価の高いお肉をしっかり用意したと報告があった。
武官たちとの鍛錬の後に小屋を覗くと親子三頭で寄り添って眠る姿を見てほっこりした。
私は近づくのもどうかなと思って、ちょっと離れて見守ろうと思っていたら雪はなぜ私の可愛い子見に来ないの?となったらしく一頭ずつ咥えて私の前に連れてきて紹介してくれました。
二匹とも、お母さんそっくりの白い長めの毛を持ち一匹は黒曜石みたいな目で二匹目は蒼玉のような目の子だった。
「もう、これは黒と蒼しかないのでは?」という私の名づけのセンスはみんなに疑問視されたが、雪が気に入ってしまったこと。
本豹というか、子豹たちも自分の名前だと認識してしまったことで黒と蒼になった。
分かりやすくていいでしょ?と私が言うと陛下も星宇兄さまも苦笑いだったが、子豹たちは母豹そっくりの賢い子たちなので呼べば来るので早々の名前付けは結局正解だったということになったのだった。
この際名づけのセンスについては、突っ込み不可である。
猛獣事件からこちら、春を過ぎて夏が近づくと問題になるのは暑さ。
冬寒くて、夏暑いという立地の殷龍国の皇都の夏は冬以上に過酷。
なので、皇都の貴族たちも各領地の方が過ごしやすいので夏季はバカンスに領地に帰るのだ。
うちの父すら、暑さの前には勝てぬと早々に白旗を上げて皇宮師団の団長代理に星宇兄さまを据えてさっさと避暑にと旅立っていった。
こういう時も迷わぬ行動力を発揮するので周囲が迷惑をこうむるのだが、主にこうむるのが兄さまなのでそれは不憫だなとは思う。
「今年も、父さましっかり星宇兄さまに軍務投げつけて避暑に行ったんだ?」
熱くて仕方ないが、宮廷着や武官のお仕着せは着崩せないもので……。
皆、夏はいかに涼しく過ごせるかの工夫に余念がない。
それでも夏の終盤に入るとバッタバッタと暑気当たりで倒れて人員不足、職場環境は火の車、そして残った人が頑張って余計に人が倒れていく負のループがここ近年の皇宮でのありさまだという。
「皇都の暑さは問題よね。うちの子たちも結構しんどそうだし」
私の部屋は大理石の床のため、幾分冷たく涼しいので雪とその子どもたちの黒と蒼にも部屋が解放されている。
あの猛獣激突、壁破壊事件から一か月余り。
碧玉宮でのびのび過ごし、私に可愛がられて甘える豹の親子はだんだんと碧玉宮のアイドルとなった。
今では子豹たちはまだギリギリ抱っこのできる猫サイズなので、撫でまわされ、抱き着かれ、大いに可愛がられている。
豹は産まれて半年もたてば、母豹より少し小さい位のサイズに成長してしまうものらしい。
子豹の期間は大層貴重なのだ。
そんな豹の親子は見た目にたがわず暑いのが苦手。
ぐでぇと横になっては大理石の床で右に左にゴロゴロして、なんとか熱の放出をして暑さを我慢しているようだ。
「この子たち、野生では絶対生きて行けないよね? この姿じゃ」
私の呟きに雪はなんてこと?!みたいなショックな表情をしていたが、子どもたちは気にせず床に寝そべったままだらりとし続けている。
事件の後から一緒に暮らし始めると、雪は表情豊かな女の子でありとっても可愛らしく愛嬌も良く、元気いっぱいじゃれて遊んだりもする社交性の高い子である。
そんな雪と一緒に遊ぼうとするのが黒で、パワーが余っていると言わんばかりにパワー全開で遊ぶ。
二匹のパワフルさの陰でのんびりしているのが蒼だ。
本当にマイペースな子だが、甘えるのは好きで良く私の元にも撫でろとやってきて満足するまで撫でるとまた離れてマイペースに遊び続ける。
そんな感じで母とも兄とも違うのが蒼だった。
三者三様で面白いと、私の日々は豹の親子と武官、諜報部若手の育成、欣怡様の護衛となっている。
護衛の際には豹の親子も金華宮に行き、一緒に過ごしている。
欣怡様にも良くなついていて、金華宮でもりっぱにアイドルと化している。
そんなアイドル達も暑さには形無しであり、現在の状況となっている。
「今年は去年以上に暑いから、すでにかなりの官吏や武官が倒れ始めているそうです」
とは、後宮の侍女さんの言葉。
そんな後宮で過ごす私たちは、皇都から逃れることが出来ない。
ゆえに、各々の宮で工夫を凝らしてなんとかこの暑さを乗り切ろうとしているところだ。
「氷の山でも出来れば少しは涼しくなるかもしれないのにね」
私の言葉にピンときた舜娘は、私の宮の厨房に行くと凍らせた氷や果物をもって戻って来た。
氷はこの時期だと殷龍国のはるか西の国の魔道国フェルビエントの魔導師でもなきゃポンと出てこない代物である。
しかし、ここ後宮にはかの魔道国から留学に来ている魔導師が居たおかげで氷を頼むことが出来るようになっている。
大変ありがたい、でもそんな氷が作れる魔導師でも氷で山は作れないのだとか。
そんな貴重な氷は飲み物に浮かべる以外だと、氷を削って甘いシロップをかけた氷菓子が現在大人気である。
今回はへばる私や豹の親子のために氷菓子を持ってきてくれた舜娘は、この暑さでも平然としている。
確かに昔から舜娘は夏も平気そうに過ごしていたけれど、今年は夏の初めですでに暑さに倒れる人続出の異常さの中で、平気な顔の舜娘はどうなっているのだと思う。
しかし、その秘密は教えてくれないのでいまだに謎のままである。
昔から、私が暑がるといつも冷たいものを持ってきてくれる舜娘。
どうやっているのかは絶対見せてくれない。
その頑なさは、某島国にあるおとぎ話のツルそっくりじゃない?なんて言ったりもしたのだけれど。
微笑んでうやむやにされて以来、劉家では突っ込み禁止にカテゴライズされてしまった謎なのである。
「ねぇ、そろそろこの冷たい魔法も教えてくれても良いと思うな?」
私の言葉に、舜娘は深いため息をつき私に答えるがごとくその両手から氷を生み出しみるみるうちに氷菓子が完成した。
フルーツも持てば氷って冷たい果物に早変わり。
舜娘は、露露の娘である。
間違いなく露露は舜娘を産んでいるが、露露は実は結婚はしていない。
お母様が父、采庵に嫁ぐ前に露露には良い人がいたらしい。
でも、結婚できず相手は殷龍国から去っていき、舜娘の父親は今ではどこにいるかもわからないという。
ある時露露に、どうして相手と一緒にそっちの国に行かなかったの?と純粋に疑問で聞いてみた。
そこに、露露は素直に答えた。
「殷龍国が好きだから、なにより梓涵様のお母様の桃華様が大好きだったからですよ」と答えた。
でも、この氷の魔法の片鱗を見れば舜娘の父親の母国がおのずと見えてくる。
「いつか、魔道国にも行ってみたいわね。どんなものがあるのか興味があるし。後宮から解放されたら、私と舜娘で行きましょう」
そんな私の言葉に舜娘は微笑んで頷いた。
「そうですね、いつか行ってみても良いと思います。父親は見つけ次第ぶん殴りますけど」
それ、文字通りかっ飛ばす方向性のぶん殴るだよね?
まぁ、露露が一人で舜娘を育てて来たのだからそれくらいは受けて当然か。
私にとっての母替わりの露露。
露露は、実の娘舜娘や星宇兄さま、私と三人の子を育てたと言っても過言ではないビッグな母なのだけれど。
「いろいろあって吹っ切れていても、ぶん殴るくらいはしたかったよね。その代わりだよね」と納得していたその空の向こうで、盛大なくしゃみを巻き上げた魔道国の宰相が居たんだとか、居なかったんだとか。
舜娘は今日もへばる私に優しく氷を出して労ってくれるのだった。
夏は一家に一台舜娘!と言うと、冷静な舜娘は一言。
「頭まで残念になりましたか、お嬢様」と言ってやっぱり氷を出してくれる。
私に甘い、姉代わりの侍女なのであった。
皇都の暑い夏の名物は夜空を彩る花火である。
たくさんの花火が打ちあがる日は、夏の宵祭りと言われ殷龍国の始まりの龍が陽気で楽しいことが好きだったのに由来してたくさんの花火を上げて祝う一日となっている。
この日は後宮内でも祭りの日とあって、外から外商を呼び、美味しいものを食べ、異国のものを愛で楽しむ一日とされている。
普段から外商を呼びつけている貴妃も居るが、私は基本着飾ることにはあまり興味が無いので、貴妃の体面を保つためだけに月一利用しているだけだ。
しかしお買い物は私に似合うものは把握している舜娘任せであり、そんな光景も最初は侍女を驚かせたが盛大な猫を脱いだ後の私を知る侍女たちは既に慣れたものである。
舜娘と共に、ここぞと私に似合いそうなものを吟味して購入していく優主な侍女達である。
美容も服飾も、宝飾品もお任せだが、そのおかげで劉貴妃は保たれているので良きに計らうのである。
お世話するみんなの目に狂いは無いからね!信頼しているよ!
そんな私をジト目で見つつもその手はしっかりと商品を選んでいるので、仕事のできる侍女です!
舜娘!大好きよ!
そんな碧玉宮でも、今夜の花火を楽しみに侍女たちはそわそわしている。
最近の碧玉宮は後宮内でも侍女たちが働きに行きたいナンバーワンの職場なのだという。
私は穏やかで優しいという評判だし、訓練場には若手武官が多数出入り。
お婿さん探し中の侍女さんたちには、お相手を見つける場として大人気。
なので、結構後宮にいる侍女達でも殷龍国出身の侍女は私の宮によく来ている。
刺客や不穏分子の炙り出しもしているので、碧玉宮は結構後宮にて働くものは自由に行き来できる宮としている。
若手の武官も可愛い侍女に見つめられればやる気も出るというもの。
鍛錬は、張り合いも必要なので可愛い侍女さんたちの視線は大変良きスパイになっています。
そんな碧玉宮の午前の鍛錬場は大変人気の場所となっており、二か月前より武官たちの気合が三割は増している。
しかも武器訓練に入っているので、見学する侍女たちも動きが派手な武官たちが格好良く見えるのだろう。
実に、いい循環である。
「こりゃあ、近いうちに何組かは話がまとまりそうねぇ」
雰囲気の良い何組かを眺めながら、私がこぼした言葉に舜娘は同じく同意を示す。
「えぇ、何組かは親御さん同士でも話が進んでいるようでまとまりそうですよ」
さすが舜娘は情報も早々掴んでいるわね。
「そうなのね。武官たちって、いいとこの出でも次男とかで家督は継がない子も多いでしょう?そうなると自分で身を立てて結婚相手も自分で探す。結構家督を継ぐ子より苦労あるから、こういった場で互いを良いと思える相手に出会えたらいいよね」
侍女になる子もたいていが良いとこの子でも、次女、三女と兄妹の数が多い下の子が付いていることが多い。
兄姉たちと違って、やはり良縁は自分で探すものという彼女たちは若手の武官と姿勢が似ているのだろう。
惹かれる部分もあるのかもしれない。
「いい感じにまとまると良いわねぇ」
「一番若いはずなのに、一番年寄りくさい発言になっていますよ」
そんな舜娘の言葉に、私は笑って返した。
「いいじゃあないの。周りが幸せってことは、平和の証よ!」
私の言葉に、舜娘は笑ってそうして次々武官たちをしごいていく。
そんな私がじつは侍女たちの一番人気だったと聞いたときはずっこけた。
お願い、頑張っている武官を見て!と思ったのである
貴妃としての装いでありながら武官たちを指導して、しっかり打ち負かすのだから目立ってしまったのだろう。
反省しきりなので、武官の格好で次回手合わせしたらさらに黄色い声援を私が受けることになってしまった。
舜娘いわく、男装の麗人状態の私は貴妃の服でやり合うよりさらに格好いい状態に見えるのだという。
そんなことってあるの?!と驚いた私に欣怡様の侍女をしている女官長様が、そっと差し出した本は男装の麗人と、騎士様の恋の物語だった。
侍女たちの間で大人気のお話で、まさにそのシーンが目の前にと大フィーバーが起きてしまったのだとか……。
そうなのか、そんなお話もあったのかと驚いたものだが読んでみたら確かにお話も楽しくて引き込まれたので納得してしまったのだった。
そうして私は貴妃と男装の麗人の日を分けて作って、お楽しみの日を設けることにした。
結果、男装の日が大人気だったのは言うまでもなく武官たちはややへこんだのだというのは後日談である。
それでも数組はしっかり縁組も決まったのだから、結構良い出会いの場だったこともここに補足しておく。
それに、諜報部の猫鈴と栄の組み合わせも可愛くって大人気なのだ。
可愛いツンツンのやり取りをほほえましく見守る会も発足されていたりして、実は結構なオタクに需要を提供する場になっていたとかいないとか……。
殷龍国にもいろんなカルチャーが入ってくるのは国の変わる時期でもあるのかもしれないなとも思う。
皇帝に付いた龍安様も今年で二十五歳。欣怡様も二十歳。
結婚から三年、そろそろ次代のお声を聴きたいという周囲の期待の高まる頃。
その兆しが見え始めた欣怡様。
殷龍国の、次の時代の誕生までもが私にも託されることとなる。
「みんな幸せが良いよね。だって、幸せが続けばみんなが穏やかに暮らせるのだから。平和のためにも私たちは常に強くあらねば」
そうして私の鍛錬メニューが三割増しになって武官たちがゴリゴリになってしまったのはそれこそ完全に余談である。
そして、兆しに関してはごくごく内輪のみの話だったはずが、どこから漏れたのか……。
私に引き付けていたはずの刺客が欣怡様を狙い始めたことで、私の護衛生活が本格化することとなる。
「ほんと、幸せに水を差すような奴は馬に蹴られておしまいなさい!」
私の暗器が違うことなく刺客をしっかり狙い撃ちしていく。
訓練に紛れ込んだ刺客なんて私や私が鍛えている武官たちの敵ではないわ。
「さぁ、この国の未来を守るお仕事の始まりですよ」
周囲の武官たちも私の言葉にキリリと表情を引き締める。
諜報部の面々もやる気十分。さっそく、送りこんできた先をつかんだ様子。
「じゃじゃ馬貴妃? 上等よ! だって私は劉家の武闘姫ですからね!」
私の後宮護衛生活の本格化の鐘が鳴り響くのだった。




