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殷龍国物語~じゃじゃ馬貴妃の後宮譚~  作者: 織原深雪


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 晴れ渡る空。

 夏の盛り、幼き頃の思い出にはいつも兄さまと龍安(ロンアン)様が居て、二人の兄に追いつきたい、同じことできるもん!と思っていた七歳の梓涵(ズハン)は必死で武術を学び体得していった。

 そのスピードは後継者で優秀と目されていた兄星宇(シンユー)にも引けを取らず、父采庵(トーアン)は梓涵の性別について実に惜しんでいた。

 『男だったなら星宇(シンユー)と共に武官として立派に大成しそうなものを。梓涵は女子だからな』

 女子と言うだけで、武官にはなれないと言われた時の梓涵の顔は見事な仏頂面であり、兄の星宇と皇太子の龍安様は可愛い妹を見て笑った。

 その笑いがますます梓涵の仏頂面に磨きをかけたところで、龍安様は梓涵に言ったのだ。

『そうだな。未来で俺に大切な人が出来たとき、その人を梓涵が守ってくれたら、その時は皇帝たる俺が梓涵の好きな相手と結婚できるように後押ししよう』

 それは家長が娘の結婚相手を決める殷龍国では、家長に逆らっても好きな人と結婚できる唯一の手と言っても良かった。

 まだまだ、恋愛なんて知らない梓涵だったが父の決める相手が好みとは限らないと、幼いながらに父が買ってくる服選びの時点から察していた。

 なので、幼いといえどもはっきりした性格の持ち主だった梓涵はここですぐさま決めた。

『龍安様、絶対のお約束ですよ。梓涵は必ずや未来で龍安様の大切な方をお守りしてみせますので、その時は必ずや梓涵の想う方と結婚させて下さいね!』

 幼き日の梓涵の約束は、十年後梓涵と皇帝となった龍安様の現状から果たされることになるのだった……。


 殷龍国、白華五年。

 私、劉 梓涵(リュウ ズハン)は十七歳になった。

 そろそろ、父が本気で嫁ぎ先を探し出す年齢になった私の内心は最近焦りでいっぱいだった。

 五年前、私が十二の年に皇太子だった龍安様は父親である皇帝から帝位を継いだ。

 三年前に皇妃を迎え、皇妃一筋なのだが周辺国が二十歳で帝位を継いだ龍安様を若さゆえに御せると思うのか王女たちを次々後宮へ入れ始めたので、現在の後宮は女同士の皇帝を巡る寵愛合戦でかなり殺伐としているという。

 そんな話をなぜ皇宮にも後宮にも属さない私が知っているかと言えば、後宮内の警備担当であり、現在の皇帝の武官の側近にあたる武官長補佐の兄星宇がいるからである。

「梓涵、家は落ち着くね。梓涵もすごいと思っていたけれど、後宮の各国の王女たちって、ほんと怖い。精神的に疲れるよ。皇妃様も最近だいぶ気落ちしておいでで、どうしたものか……」

 極太マッチョな兄、星宇の手でぐりぐりと撫でられた私の髪は現在鳥の巣になりそうだ。

 それをたまたま目撃したうちのお手伝いの露露(ルールー)に星宇兄さまは絶賛怒られている。

「若様、姫様の髪は毎朝私たちが丁寧に手入れしているのです!雑に扱わないでくださいませ!姫様の婚活も、もうすぐなのですから!」

 などと、大きな声で一喝する。

 露露は既に亡き母に仕えていたのだが、母亡きあと残された幼子の私の乳母を務め、その後も我が家で一心に働いてくれている。

「露露、そんなに怒らないのよ。お父様に私より強い人じゃないと嫁ぎませんって言ったら、相手が見つかるわけがないって絶望していたから心配ないわ」

 そんなすました調子の私の言葉に露露と星宇兄さまは顔を合わせて苦笑い。

「はぁ。姫様より強い方など旦那様か若様か、皇帝陛下しかおられないではないですか。皇帝陛下は既に皇妃様をお迎えですし……。姫様、ずっとここにおられるおつもりで?」

 なんて露露には深いため息とともに言われてしまう。

 別に、物理的に私より強い人と言う意味でもないのだけれどね……。

 そこは黙っておいた方が得策。

 すでに私より精神的に強くて、頭の良い殿方で、好いた方は居るのだけれど武門家の筆頭であるうちとは真反対のお家柄だから。

 想いだけは目いっぱいあるのだけれど、私では難しいのかなと思っていたりする。

 兄とも仲が良く、文官部門で皇帝陛下を支える人。

 知的でうちの父や兄にないすらりとしていながら整った体躯と穏やかな雰囲気が素晴らしいと、一目で気に入ってしまったのよね……。

 だって、身近の男性にはいないタイプだったのだもの。

 しかも初対面から優しくて、本当に素敵なのよ。

 でも、きっとお兄さまと同い年のあの方から見れば私は妹なのかもしれないと、最近思ってもいて……。

さて、どうしたものかと思案に暮れているのだった。


 そんな恋路に悩んでいる、お年頃といえる私の元に、大変珍しい人物が訪れた。

「久しいな、梓涵。大きくなったじゃないか」

 兄、星宇とお忍び姿で我が家の鍛錬場に訪れたのは久しぶりにお会いする皇帝陛下、龍安様。

 武道場での鍛錬中にやって来た陛下を、私は配下であることを示す跪拝の礼を持って迎える。

「お久ぶりでございます、陛下。御健勝そうでなによりでございます。私も十七になりましたので、流石に大きくなりましたよ」

 そんな私の返しにも成長を感じたのか、龍安様は微笑んで言った。

「しっかりと、大人になったと言った感じか。さすが采庵の娘だな。武術の仕込みも万全とみえる」

 ニコッと笑ったその笑顔は、幼き日に兄星宇といたずらを企んでいた時より大人になっているのに表情の雰囲気はそっくりそのままだ。

 どうやら、面白い話を持ってきてくれたらしいと私は内心でニンマリする。

 表面上はなんでもないように、すまして見えるように表情を抑えて答える。

「あの頃でも、すでにそれなりに強い武官の相手ができたでしょうけれど。今だと父か兄しか練習相手になりませんので、日々は自己鍛錬ですよ」

 私の返しに龍安様は、ニヤッと一気に悪だくみ顔を加速させた。

「そうか、そうか。それは上々。では、梓涵にお願いをしようか?」

 陛下からのお願いだと結構大変そうだなと思いつつも、我が家は陛下をお支えする武官の筆頭家門だ。

 陛下のお願いに否やなど言うわけがない。

「して、陛下のお願いとはなんでございましょう?」

 私の問いに、陛下は言った。

「うむ。梓涵に貴妃となって後宮入りしてほしい」

 ………。はい?

 私が陛下の後宮に貴妃として? え?情は情でも家族愛的なものしかないとお互い認識していますが? え? 違うの?

 やや混乱した頭で、ずばりと聞いた。

「その内情は?」

 私の返しに、陛下はニッコリいたずらっ子の微笑みで答えた。

「皇妃の後宮での護衛を頼みたい。そのための後宮入りだ。梓涵は妹だから奥さんにとは思っていない」

 きっぱりとした陛下の言葉に、私は頭を下げて答えた。

「劉・梓涵。陛下の御心に従って皇妃様をお守りいたします」

 私の迷いのない返事に、陛下はホッとした顔を見せた。

 やはりことのほか、陛下は皇妃様が大切なご様子。

 良き妃さまをお迎えなさったのが分かる光景だなと思う。

「あぁ、皇妃を守るには武官だけでは心もとなくなってしまったのだ。こうなった以上、今はそなたが頼りだ」

 そんな陛下に私はニコッと笑って言った。

「お任せ下さいまし。昔の約束を果たしますので、陛下もお願いしますね?陛下の大切な方を守ったら私の好きな人との結婚の後押し。してくれるのですよね?」

 私は十年前の約束を持ち出すと、陛下はちょっと驚いた顔をして言う。

「よく昔の約束を覚えていたな。断られたら、それを出そうと思っていたが、梓涵はしっかり覚えていたのだな。つまり、嫁ぎたい先があるのだな?」

 その言葉にニコッと最上の笑みを浮かべてしっかり答えた。

「はい。なので、護衛が落ち着いた暁にはお願いいたします」

 こうして、私の下心も満載な後宮入りが決まったのだった。


 まず、今回の後宮入りに関しては武官の長たる父の内諾をしっかり得ていて私に話が降りてきていた。

 さすがに、護衛のためとはいえ貴妃として後宮入りするのだから父の内諾は必須。

そこは今回の計画にあたって、陛下と兄でしっかり根回しはしてあったようだ。

国内貴族である劉家からの後宮入りのためか、私に話が来てからトントンと準備が進み一週間後には後宮入りが実現していた。

実に、仕事の早いことであると同時にそれだけ皇妃様の立場が危ういことの表れだと、意識して気を引き締めて臨んだ後宮入り。

私に当てがわれたのは皇妃様の後宮銀華宮のお隣の碧玉宮だった。

現在他の国から来た貴妃は軒並み、後宮でも後方の下に位置する妃に与えられる宮のみに集中しているため後宮入りすぐからの皇妃の隣の宮への貴妃入りは後宮内に衝撃を与えた。

他の貴妃からすれば、自分たちに見向きもしない皇帝がとうとう、皇妃以外の妃を寵愛するのか?!と言った驚きだったのだろう。

かなりの貴妃が様子を伺いに来ていた。

後宮入りのために本日はかなり貴妃らしく着飾っているので、それなりに面目は保てただろう。

内心ほくそ笑んでいると、実家から来たルールの娘で私の世話役の舜娘(ジュニャン)は私を見てぼそっと言う。

「梓涵お嬢様は、黙っていれば花も恥じらう深窓の姫君に見えますからね。立派に貴妃として振る舞えていますし、いい刺激になるのではないでしょうか?」

 さすが、舜娘。

 一言多いけれど、間違っていないからね。

 私は寛大なのでこのくらいで大事な世話役を罰したりしない。私と舜娘は姉妹のような関係なので。

「えぇ、たくさん釣って大いに大失敗を遂げて、早々に後宮からお帰りいただきましょうね」

 ニコッと微笑んで武官を見れば、崩れた笑みになる者もいる。

 まだまだしつけの必要そうな武官も多くて、私は楽しみで仕方ない。

「たしか、後宮の武官の育成。私がしても良いのよね?」

 ぼそっとした私の問いに、舜娘は是と短く答えた。

「なかなか充実した日々が過ごせそうね」

 弾んだ私の声に、小さなため息をこぼした舜娘はぼそりと返す。

「ほどほどになさいませ、お嬢様」

 そんな会話をしつつも私は自身に与えられた碧玉宮へとたどり着いた。

 ここは、今日から貴妃の部屋であると同時に皇妃様の護衛拠点の一つになるのだ。

 室内に入れば、さっそくすでに控えていた兄、星宇がいた。

「よく来たな。これから頼むぞ、劉貴妃様」

 後宮内では身分がすべて。自身の兄であっても皇帝の貴妃になった私の方が一応身分は上である。

 皇妃の宮の側にある碧玉宮の主人になったということは、貴妃の中では筆頭を意味するからだ。

「えぇ、でもお兄様。私が来るからといってもネズミを泳がせすぎではなくって?」

 言葉と共に私は忍ばせていた暗器を八本一気に飛ばし、的確に各所に忍んでいた怪しい人物の側に警告よろしく刺さっている。

「さすが劉貴妃様。ですが、残ったものは梓涵の護衛なのだが?」

 そんなお兄様の問いかけに私はフッと笑うと一刀両断する。

「こんなに様子伺いの子飼いを仕込まれているのにそれに対応しない護衛は使えないわ。それを踏まえて飛ばしたのよ?あなた仕事してないじゃない?って」

 そんな私の遠慮ない回答にお兄様は苦笑を漏らすと、一言。

(セイ)、今回は分が悪いぞ?」

 そんな兄の声に合わせて、スッと姿を現したのは今回私の護衛に任命された諜報部門の者だろう。

確かによそに気配を悟らせてはいなかったけれど、だったらその技を駆使してネズミの駆逐が出来なければ皇妃を守る人手にはならないと判断する私は間違っていないと思う。

「さすがは劉家の姫君ですね。動きに無駄が無いし、牽制としても的確過ぎます。諜報部、来ません?」

などという始末。

そんな清と呼ばれた護衛の諜報員はのほほんとした糸目の優男風な見た目ながら、その身体は鍛えているのを見逃さない。

これは、しごき甲斐がありそうで私はニッコリ微笑んだ。

この笑顔の意味に気づけるのは、この部屋では兄星宇くらいであろう。

「清、お前……。梓涵に鍛えてもらうといい」

そんな兄の言葉に清は、小首を傾げている。

「梓涵様もかなりの手練と見ますが、鍛えられるのですか?私を?」 

心底不思議そうだが、まだ磨ける所はあるのよ、あなたと清の体つきを観察してほくそ笑む私。

人を鍛え育てるのが大好きな私の癖を兄は間違いなく気づき見抜き、やる気を感じていることでしょう。

後宮の守りの強化も、皇帝である龍安様から頼まれた私の仕事ですからね。

「えぇ。だって清、あなたまだ自分自身の身体を使いこなせていないわよ?私のメニューを訓練に組み込めば今より素早い動きも、重量感ある動きも出来るし、気配ももっと消せるようになるわ。やってみない?と言うよりやって部下を鍛えなさいよ」

 私の言葉に清は私たちに近い部類なのだろう。目を輝かせて頷くではないか。

 やはり、そうでなければつまらないわ。

「諜報部の長たるもの、自身を鍛え上げてさらには部下も育成しなければね」

 私の言葉にお兄様と清が揃って目を見開いた。

「護衛だと言いましたし、隠れていた点から諜報だとは気づかれたと思いました。ですがなぜ、私が長だと?」

 その問いには私はニッコリと背後を見た後に答える。

「だって、今まだ不完全な気配断ちの者が四人ね。ここを伺っているのはみんな清と同じような気配の消し方だもの。清の方が上手いということはこの子たちにこの気配の断ち方を教えたのはセイだからかと。それなら自然立場が上と判断したまでよ」

 私の言葉に、清はお兄様を見る。

 そんな清の視線にお兄様は一つ頷くと、劉家の現状をあっさり話した。

「現在の劉家の私兵の鍛錬はすべて梓涵の監修で、ここ二年で父が監修していた時より私兵の力はおよそ二倍増加している。人員はそこまで増員していない現状でだ」

 そんなお兄様の言葉にセイは今度こそ糸目を大きく見開いた。

「まず、梓涵は倒れないぎりぎりのトレーニングメニューを組む。そしてそれを十日続けてさせる。その後にその時の動きを見て、その人に最適な武器を選び、これまた一か月かけて最適な武器を最適に使えるまで徹底的に鍛え上げる。すると、一気に兵力増加したのだよ」

 お兄様は乾いた笑いをしながら清に説明しているが、事実私の観察と訓練によって劉家の私兵はもはや皇国の師団の上を行くレベルに強化されている。

 私は父が忙しくなったの時に我が家の私兵団の訓練教育を任された。

 それまでは私兵団の一部だけは、私の訓練メニューを積み、得意武器を極めた状態だった。

 それを私兵団すべてに向けられるなんて楽しいしかなかった。

 ゆえに、テンション高くギリギリを極めた特訓と訓練とを繰り返すとあら不思議。

 個々人の能力が飛躍的に上昇し、私兵団は皇国師団も真っ青の最強軍団にレベルアップしたのでした。

 強いのは正義だし、筋肉も正義だから仕方ないよねと言ったら舜娘が深いため息をついたのはご愛敬よ。

「劉家の真の支配者は、梓涵様だったのですね……」

 いやいや結局は父、采庵がすごいのよ。

 私が鍛える前に基礎を叩きこんだのはもちろん父だもの。

 私は父が作ってくれた素地を強化したうえで、ここの適性を見極めた武器を持たせてひたすらその武器の訓練を課しただけである。

 大したことはしていないし、体術が得意そうなもの数名は兄星宇の元に送り出しただけである。

 そうして劉家私兵団は、ここ二年で歴代最強と言われるようになった。

 皇国師団が太刀打ちできない場面でも、劉家の私兵団なら解決できたこともしばしばある。

 それが私に起因することを知った皇帝龍安様が、今回の皇妃の護衛と皇国師団や諜報部の底上げのテコ入れを提案してきたのである。

 父も兄も自分の手柄にすればいいものをと思ったのだが、この人たちは脳筋であり実直、嘘の付けない人柄ゆえに正直に話したようだった。

 そうして皇国の後宮に貴妃として来ることになったおかげで私は新たな楽しみと、その先には好きな相手との結婚が約束されているのだから。

 やる気しかないと言っても過言ではないわ。

 むしろそれしかないわ。

 そんな私の考えが読めたのは、舜娘だけであり、そして私の側仕えであり侍女の舜娘は先の苦労を思い浮かべて海より深いため息をこぼすのだった。

 その内情は、うちのお嬢様も主様や若様と同じく脳筋だから……。

 そんな考えだったようである。

「素晴らしいですね。さすがは劉家の秘蔵の姫君。その手腕は星宇様にも引けを取らないのに、女性だから家を継ぐことはない。それでも武勇が聞こえてくる、期待の武闘姫です」

 この国は男子のみが家を継ぐので、女の子にはよほど女子しか生まれていない家でない限り女子が家を継ぐことはない。

 有能な子女はあまたいるというのに、この国では女子の活躍の場はほぼないに等しいのだ。

 結婚して子をなし、家の繁栄に勤めるのが女子だと思っている。

 子を産んで一人前と言うのが、価値観であり根底に流れているものだ。

 私が結婚もせず、このまま劉家で私兵団を育て続ける道もあったとは思うけれど。

 父と兄はそれを許してくれるだろうことは見越していたし。

 でも、それでは無理な相手を好きになってしまったからには仕方ない。

 私は自分の好きになった人の元へ嫁ぐため、新たな場後宮での仕事を全うして見せましょう。

 皇妃様の護衛も、師団や諜報部の育成もやってみせるわ。

 私は、外で見せていた穏やかな笑みの貴妃姿を捨てて不穏すぎる微笑みを浮かべて清とその部下四名を鍛え始めることにしたのだった。


 後宮入り初日から、謎に鍛錬を行ったがその日の夕餉にはしっかり皇妃様の宮に招かれて顔合わせを果たした。

 龍安様の最愛の皇妃、欣怡(シンイー)皇妃だ。

 欣怡様は明るい亜麻色の髪と淡い黄色の瞳を持つ。

 この国には少ない色だが、御母上が西の国出身で、お母様のお色を引き継いでいると聞いている。

 そのお姿は凛としていて美しい。

 龍安様、美人好きなのねぇと内心で思いつつもまだ猫は被っている。

 そこそこな巨大猫である。

「本日は新参である私をお招きいただきありがとう存じます。皇妃様」

 私は龍安様にするのと同じ跪拝の礼を取り、皇妃様に挨拶する。

「顔をあげて頂戴。ようやくお会いできましたね。龍安様から、梓涵様のことは聞いていたのです。こうした形でお会いするのはどうかとも思うのですが、会えてうれしいわ」

 欣怡様はどうやら私のことは陛下から聞いていた様子。つまり、この猫被り続ける必要性とは?

 もう、巨大猫脱いでも良い?ちらっと部屋の端に護衛として佇む兄星宇を見るも、まだ駄目だと横に首を振られた。

 あぁ、またここにもネズミさんが居るのね……。

 ちょっとお灸をすえとこうかしら?

 私は隠し持っていた小さな球を、壁裏に続く小さな隙間に投げ込んだ。

「ぶはぁ!!」

 大きな声がすると、苦しそうにした怪しい男が壁から出てきてむせこみ涙を流してゴホゴホと倒れている。

 私のちょっといた動きの後に、まさか部屋の壁から見知らぬ男が出てくるとは思わなかったのだろう欣怡様が驚いている。

 ネズミに気を取られて、フォローが出来ていなかったのは反省点かもしれない。

 反省をしていても、私は現在目の前に現れた怪しい男をロックオン中である。

「さぁ、あなたはどのお妃さまの手駒かしら?教えてくれるわね?」

 ニッコリと微笑みながら突きつけるのは先のとがったかんざし型の暗器である。

 かんざしって、いい武器なのよね……。

 出て来た覗き犯は、投げ込んだ激しく臭いにおい玉で感覚は麻痺していることだろう。

 なにせ大型のクマ、イノシシ用に作っていたにおい玉である。

 匂いが強烈なのはもちろん、その威力と継続時間には劉家の私兵団でも評価の高い一品である。

 ちなみに開発者は私だ。

 劉家の領地は皇都から少し離れた山間の土地柄、大型の獣も多く住んでいるため日々農地の民が大型の獣に苦慮していた。

 簡単に、畑に来ると大変になると教え込ませるために開発した一品なので匂いの刺激感はとてもではないが人間でも耐えられないレベルに特化されてしまっている。

 投げる前に、兄に欣怡様や侍女達にも口元を覆う布を渡してから実行しているので私たちはやや無事である。

 壁の間で炸裂させてこの感覚。

 まだまだ改良の余地がありそうね、いい実験になったわ。

「さぁ、あなたはどの妃の手の者なの? 答えなさい?」

 この時私はとっても楽しく、煙も出るにおい玉の改良を考えていたので笑顔が輝いていて、とっても怖かったのだという。

 兄星宇の言葉にやや不服ながらも、私は確かに楽しんでいたので反省したのだった。

 皇妃様を怖がらせてはいけない。

私は皇妃様の専属的な護衛になるのだから……。

『答えるわけが無かろう? 我が主の望みの妨げになるならばそなたも害される覚悟をなさるといい』

 そんな返事を自国語で語るのだから、おのずとどの貴妃の手の者か分かるというもの……。

 話した言語は呉貴のお国訛りである。

 派遣したものは呉貴関連の人物とみる。

 呉貴本人か、それとも呉貴に仕える者の仕業かは分からないけれどこの人物を尋問して、何をしようとしたかによっては呉貴を追求しお国元に帰せるはずである。

 まぁ、そんなすぐすぐ尻尾を掴ませるとは思わないが……。

『あなたの話しぶりで、大体見当はついたわ。だから、しっかりお話して頂戴ね?』

 そう、自身の話し方と同じ言語で話されてネズミさんは顔色を青ざめさせた。

「清、このネズミはあなたに任せるわね?」

 兄の側に控えていたセイは私の言葉に頷くと、ネズミを受け取りサッとこの場を離れてくれた。

「欣怡様、ご無礼をお許しください。なにかあってからでは遅いので、まず潜んでいるものを捕らえさせていただきました」

 私はしっかりとひざまずき、欣怡様に頭を垂れて報告する。

「さすがは星宇の妹だけあります。劉家の姫は武闘姫と聞き及んでいましたが、その言葉は真実でしたね。梓涵が私を守ってくれるのならば、こんなに心強いことはありません。これから頼みますよ」

 顔合わせでネズミを即座に捕らえたことで、欣怡様から大きな信頼を勝ち取ることができたのはいい出だしでしょう。

 あとは、このしっかりした貴妃擬態をいつ解くか……。

 え?しばらくはこのまま大猫被っていろ?

 私は早くお兄様と同じ格好で、バンバンと皇妃様を害するものを捕獲したいのですが?

 まだその時ではない?

 もっと私自身で敵を炙り出せということですね?

 それならば、致し方ありません。

 今しばらく、貴妃として優雅なふりをいたしましょう。

 苦手だし疲れるけれど、一応劉家の姫ですからね。

 優雅に振舞うことも出来ないことは無いのです。

 鍛錬と捕獲の方がとっても楽しいのだけれども、自分の貴妃らしさそれも楽しめますものね。

 がぜんやる気に満ち溢れる私を、深いため息で不安そうにするお兄様。

 その隣に控える私の侍女舜娘の、お嬢様をどうお説教しようかの顔に私もピキッと引きつるのだった。

 私、姉のような侍女舜娘にだけはお兄様以上に勝てないのである。

 露露と一緒に私を育て上げたと言っても過言ではない舜娘は、露露と共に私たち兄妹にとって頭の上がらない人物なのである。

 ちなみに私より小柄で、幼く見える舜娘が実はお兄様よりもちょっと年上なのは驚きの事実である……。

「梓涵、今日より私の護衛となり後宮の綱紀を粛清せよ。これを、皇妃として命ずる」

 直接の指示に私は、しっかりと最跪拝を取り返事をした。

「是。これより後宮の綱紀を粛清せんと、しかと動いてまいります」

 私の返事に欣怡様は微笑んで頷かれた。

 その姿は龍安様とおなじく、人々を導き正す上に立つ者の姿勢そのものだった。

 龍安様は本当に、良き皇妃様を迎えられたと改めて実感する。

 実に仕えがいのあるお方だもの。

 私は、そうして皇妃様との顔合わせを終えるとまだ粛清を始めるばかりなので皇妃様との関係は貴妃としての者になるよう滞在は短めに。

 仲はそこまで悪くないと言った感じに装うこととなったのである。


 さて、皇妃様の元を去って自分の宮には真っすぐ戻らず諜報部門の本部。

 その地下にある捕らえた者の収監場所へとお兄様に案内されつつ向かう。

 まぁまぁ忠誠心のありそうな人物だったので、素直に話してないだろうなという予測の元向かった。

 到着すると、やはりまだ口は割っていなかった様子。

 なので、私は清にあるものを授けることにした。

 龍安様が私を欣怡様の護衛に選んだ第二の理由。

 私は先ほどの煙玉などと共に毒薬やその解毒についても詳しく、そちら方面の警戒も出来るからだった。

 そしてそれはさまざまに応用の効くものであり、素直にお話したくなるお薬も作れるのである。

「清。はやり強情なタイプだった?」

 私の問いかけにセイはニッコリと頷いて答える。

「えぇ、渡されるときに姫様におっしゃられた通りでしたので、しっかり姫様印のお薬を飲ませておきましたよ」

 私の素直になるお薬は、お口からの摂取を拒まれた時ように経皮でも効果が出るように開発した優れもの。

 つまり、反抗的な態度を取った相手に水をかける様相で薬を掛ければあら不思議、飲むよりは時間がかかっても素直にお話してくれるようになるのである。

 観察していれば、捕らえた者の表情がトロンと緩んでいく。

 この様子は薬が効いてきた合図。

「さぁ、あなたは誰に頼まれて皇妃様のお部屋に潜んでいたのかしら?」

 私の問いかけに、焦点が合わなくなったネズミさんは素直にお話してくれる。

『もちろん、我が主。呉貴妃様には皇妃様がお邪魔だからだ』

「へぇ、たかだか呉の末の姫の癖に?人質同然で来た姫に、あなたはとっても従順なのね?」

『呉貴妃様は我々を拾い育ててくださった恩人。その恩に報いるためなら死など恐ろしくもない。かの方の邪魔になる皇妃様を消すこともためらわぬ』

 あぁ、あの噂は本当だったのか。

 呉貴妃は自国ではあまり顧みられない末の姫で、第十六王女という異母兄弟多数の環境で育っている。

 呉貴妃はそんな立場だったので、自分より悪い境遇の者を救うことで自身の味方を増やしていったのだと……。

 そんな足場固めの最中にそれが不快に映った王太子によって呉貴妃はこの殷龍国へと嫁がされたのだという。

 しかし、嫁いだ先の皇帝にはすでに寵姫であり最高位の皇妃がいた。

 嫁ぎ先でも低い位の貴妃として扱われることが、呉貴妃は不服なのだろう。

 しかし、皇妃様に手を出すのは利口ではない証なのでは?と思わされる。

 こんなにわかりやすく龍安様は皇妃様である欣怡様とほかの貴妃への態度は違うし、御渡りは皇妃様以外には行っていない徹底ぶりなのに。

 そんな状況下でも諦めないタフさが、ここに残る貴妃たちにはあるのだろう。

 すべてを国元に帰すのは、なかなか骨が折れそうではあるがやりがいはある。

 どんな手を使ってでも皇妃様を守り、後宮を粛清するのが私に課せられた両陛下からの仕事なのだから。

 だって、私の力を思う存分発揮できるチャンスなのよ。

 女と言うだけで、ただ嫁ぐ道具でしかないと思っている父をあっと言わせて、さらには自分の好きな人に嫁ぐことが出来るようになるのだからこの仕事は言うことなし。

「では、あなたの大事な呉貴妃にはあなたのその働きと、皇妃様に毒を盛ろうとした罪をしっかり償ってもらいましょうね?」

 私はあの場に出た夕餉に毒が仕込まれていることにも気づき、皇妃様の食事を止めていた。

 近場に居た子ネズミにご飯を食べさせれば、即動かなくなるような毒物の混入である。

 明らかなる殺意、その証拠と実行犯、その黒幕に繋がる人物の証言。

 これだけ揃えば、まず呉貴妃は貴妃から外れて国元に帰されることとなる。

 後宮入り早々に、まずは一人を返せるめどがたったけれど。

 それは同時に今後ほかに残った妃を返すのは難儀することを意味する。

 今日の出来事は、後宮で起きたこととして知れ渡るであろうことは明らかだから。

 詳細を明らかにせずとも呉貴妃が後宮から去れば、残った貴妃達はおのずとなにが起きたのか察せるものである。

 尻尾を掴んで引きずり出すのが難しくなるが、それでもその先に私の望む方との結婚が待っているのなら……。

 やるしかないじゃない?

 私は、この証言をしっかり記録させて皇妃様と龍安様へ報告するよう清に言い残し自身の碧玉宮へと戻ったのだった。

 実に、濃い後宮一日目になったと思う。


 翌日から、私は碧玉宮に居ながらにして武官の格好になりほぼ皇妃様の宮に詰めることとなった。

 私が休んだ後、これはチャンスと思ったほかの貴妃がこぞって皇妃様に刺客を放ち、兄星宇は立ち回りで大変だったそうだ。

 気づいていたけれど、お兄様でなんとでもなる相手と見て私はそのままにしていたのだけれど。

 起きて早々にお兄様は私に言うのだった。

「気づいていただろうに、絶対助ける気なかったよね? 梓涵が来ればもっと早く始末が終わったのに……」

 そんなお兄様に私はニッコリと朝のお茶を頂きながら返事をする。

「昨夜の襲撃位は武官で片づけてくれなきゃ困るわ。私は皇妃様を一身に守るための専属護衛。御身の一番側で控えるからこそ、最後の砦のようなものなのよ?」

 私の言葉にはさすがにお兄様も納得しているため、反論は無かったけれど不満はありますってお顔をしていたので、私はくすっと笑って言った。

「でも、私の代わりで舜娘が出たから少しはマシだったでしょう?」

 そう、私の侍女としてついてきた舜娘はお兄様よりも少し年上で、私たち兄妹と共に育った。

 劉家流の子育ての中で育った舜娘は、私やお兄様には劣るものの立派に武門の家に仕える者として一通りの武器体術を扱える。

 そして昨夜は夜目も強い舜娘が、あちこちに潜む者を弓で仕留めて回ったのである。

 そのため私の身支度を手伝った後、舜娘には休みを与えているところである。

 夜頑張ったのだから、休まないと体に悪い。

 人間、睡眠を削ると良いことはないので、眠れるときに寝るのが劉家の鉄則だ。

「そりゃ、舜娘は弓の名手だから助かったけれど。危うく、うちの若手が巻き込まれそうに……」

 そんなお兄様の言葉に私はニコッと笑って言う。

「若手、育てがいのある子たちが沢山いそうね。さ、劉家の鍛錬法の出番かしら」

 にこにこと、お兄様とお揃いの武官服で私は碧玉宮の近くの鍛錬場に赴く。

 そこでは武官の早朝訓練が実施されており、私はその動きを見て改善点が多いことに頭を抱えた。

「基礎すら危うい若手ばかりじゃないの。これでは皇妃様の守りが厳しいはずで、私が呼ばれるわけだわ」

 まだまだ腰が引けている者や、体幹が維持できない者ばかり。

 三十人を相手取っても、このレベルの集団なら私が圧勝してしまうレベルである。

「お兄様、これは育成怠慢ではなくって?」

 私は思わず凄んでしまうが、お兄様は慣れているからちっとも効き目がない。

 しかし、鍛錬場の若手で感覚の鋭いものは私の凄んだ覇気に気づいたらしい。

 多少は使えそうなのもいるみたいだけれど、全体的にレベルが低すぎて驚いた。

「ここは、最近は入ったものが多い区画だからな。ベテランはそこまで多くないから監視のためにも各貴妃の宮に配置するしかなくて。この状態だ。だから梓涵が呼ばれたともいえる」

 お兄様の言葉に深くて長いため息を吐いた私は、鍛錬場の武官たちに声をかけた。

「私は、碧玉宮に来た劉貴妃である。本日より、劉家仕込みの鍛錬を課すので這いつくばっても付いてきて己が技量を磨くように」

 私の言葉に、武官たちは素直なものは頷いて簡易礼を取り答えたが一部はだいぶ態度が悪い。

「は、劉家の出とは言え姫だろう?俺たちを鍛錬させるなんて、無理に決まって……」

 口答えする武官の背後に立ち、私は忍ばせていた短剣をしっかり突き付けてあげる。

「この距離まで来られて反応できない時点で、私の相手にもならないけれど。それでも、まだなにかあるかしら?」

 力はないけれど態度の悪い武官は少しいいところのお坊ちゃんだろうことは分かっていて、あえての挑発行動。

 やはり、彼は私の挑発に乗って近くの同じようなタイプの武官たちと束になって私に攻撃を仕掛けてくるが……

 私は短剣を素早く戻すと、組み立て式棍棒に切り替えて迫りくる武官を一閃に弾き飛ばす。

 五人で一気に迫ったが、私の棍棒のまえではその人数でも相手にはならない。

 場面と場合で武器を使い分けて戦うのが劉家の技。

 おかげで特異な武器というのは誰しもあるが、劉家で戦い方を習うと基本ほぼどんな武器も扱えるようになって一人前とされるのだ。

 そして、己の戦い方や戦法を身につけて最低でも五種類は常に武器を身につけているのが劉家である。

 そんな劉家の中では私はさらに特出して武器を常時十種類は忍ばせている。

 髪のかんざし、髪結いの紐、短剣に組み立て式棍棒、針投げ、指輪に仕込まれた針、腕輪に仕込まれた針、足にも短剣があるし、腰には短い作りの弓矢、などなど仕込んでいるので接近戦から遠距離戦まで対応可能な万全の状態で過ごしている。

 私はここに皇妃様の護衛として来ているのだから、万全を常に期さねばならない。

 こんな基礎のままならぬ若手武官にやられていては、護衛など務まらない。

 しかし、私が結婚するためには皇宮と後宮の守りも強化しなくてはならない。

 だから、私はこの若手を劉家の私兵団レベルに鍛え上げると決めている。

 すべては結婚への道を突き進むためである。

 吹っ飛ばした武官たちは一様に驚いた表情で私を見ている。

 女性である私に吹き飛ばされたのがまだ理解しきれていない様子で、私はニッコリと微笑んだ。

「大丈夫よ。今は吹き飛ばされたけれど私の鍛錬メニューを半年もこなせば、立派な武官になれるわ。でも、今のままでは私に勝つことはずっとできない。さぁ、どうする?」

 私の問いかけに、武官たちは顔を見合わせると一同揃って気持ちが切り替わったらしい。

 私に頭を下げて、一気に素直になる。

「劉貴妃様、どうか我々を強くしてください。自分たちは男だから、女性より強いと自分のことを過信していました。それは間違いでした。劉貴妃様のように、どんな武器でも戦うことのできる武官になりたいのです」

 良い覚悟ね、其れなら希望通り。しっかり育てて見せましょう?

 劉家の私兵団がさらに強くなったように、基礎からしっかり叩き込んであげましょう。

「そうね。まずはこの鍛錬場三十周からスタートしましょうか? 武官の基礎は体力ですからね」

 こうして後宮二日目から武官の鍛錬計画をスタートさせた。

 体力をつける持久力鍛錬に走り、その後は体幹を鍛え、筋肉を鍛え、まずは武官に渡される長剣の基礎型からスタート。

 たった一日でも、彼らは大いに成長したことだろう。

 なにせ、一応毎日鍛錬はしていたのだ。鍛え方が違っていたけれど。

 それでもまっすぐに鍛えてはいたから、基本の習得が早かった。

 若いというのは素晴らしい。

 呑み込みの早さは、若さの現れだと思う。

「劉貴妃様。三十周終わりました」

 最初にたてついた武官は、吹き飛ばしたらしっかり改心し私の側でこまごまと仕事をしている。

「筋肉の鍛錬も、長剣の基礎型も終わりました」

 そんな報告に私は立ち上がると、微笑んで言う。

「さぁ、今度はその基本の型で撃ち合う訓練を開始なさい」

 私の言葉に、吹き飛ばされた武官を筆頭にみんなしっかり着いて来てくれる。

 そして指示通り二人一組になると、長剣の打ち合いになった。

 やはり、まだまだそのあたりは難しいようだ。

 素振りで基本の型は出来ても、それは誰かが作ったひな形。

 それだけでは完全再現は難しいということ。

 相手は形通りに動くわけがないのだから、打ち合いは必須。

 経験こそがものをいうのが武道なので実践を積むことは大切だ。

 それには相手はいくらでも変えるべきであり、同期だけでなく経験値豊富なベテラン武官と打ち合いも大切であるし、集団戦を試みるために私やお兄様が一人で複数相手に打ち合いをしたりもする。

 そして極限まで疲れても短時間の休憩で再び鍛錬に臨む。

 それを昼まで繰り返せば、武官の打ち上げられた浜辺状態が完成する。

「まぁ、頑張った方かしらね?午後はお兄様にお任せいたしますね。私は皇妃様の元へ行かねばなりませんから」

 私の言葉に、お兄様は頷き答えた。

「あぁ、この後もビシビシ訓練させるから。明日にはきっとこいつらの顔つきも変わるだろうよ」

 そんな言葉を聞いて私は満足して碧玉宮に戻り、貴妃の装いに着替える。

 休ませていた舜娘もしっかり回復して、私の装いを手伝ってくれる。

 朝から昼までは武官服で過ごしていたし、滞在地が鍛錬場だから許される装いであって現在後宮において貴妃と言う立場にある以上装いは一種の戦闘服のようなものである。

 しっかりとしていなければ足元をすくわれかねない、後宮は寵を競う女たちの戦場である。

 私は別に寵のために動いているのではないのだけれど、立場と場に合った装いは大切だから。

 一応自分もそれなりに釣り餌とならねばならないので、着飾るのも仕事なのです。

「はぁ、武官服って楽なのになぁ……」

 たくさんの衣を重ね、かんざしできっちり飾って結い上げる頭の重いこと。

 いつも妃として装いを崩さない欣怡様や、ほかの貴妃様方をちょっと尊敬する。

「うちの姫様は、規格外ですからねぇ。でも、ここではこれですら控え目なのですよ?もう少し飾りを増やしたっていいくらいですのに」

 舜娘は頬に手を当てて、大きなため息と共に言う。

「だって、結局武術時は武官服が一番動きやすいもの。この服でも戦えるけれど」

 そう、女子には女子の格好であることの方が多いのだから、着飾っても動けるようにあるべしというおばあ様の考えの元訓練もされたので、貴妃の装いでも十分戦うことは可能であり、服装で戦闘力に差が出ることはないところまで鍛え上げられてしまった。

 ゆえについた通り名が劉家の武闘姫である。

 間違っておらず訂正のしようもないので、そのままにしている。

「うちの姫様も、着飾れば立派にご令嬢ですもの。この見た目に騙される輩はきっと多いでしょう」

 舜娘も、今の格好が格好の獲物になることを狙ってのものであることを理解していて綺麗にしてくれているのだ。

「まぁ、見た目に騙されるようではいけないというのもこれで学んでくれるといいわね?」

 私の強気な発言にも舜娘は苦笑と共に、最後の仕上げの紅を引いてくれた。

「さぁ、今日もたっぷりと私に引き付けて潜んでいる後宮の不審者たちを早々におびき出さないと。後宮の治安と安全化は私に掛かっているものね!」

 そんなわけで金華宮の主である欣怡様の元へと参じる。

 移動は優雅に、私を見せるように移動していく。

 すると、あと少しで金華宮と言うところで意外な貴妃に出会う。

 黄国の姫である、黄貴妃である。

「そなた、皇宮入りしたというのに先に入った妃である私に挨拶も出来ないものなのかしら?」

 くすくす笑って話す黄貴妃の従者や侍女達に、私は演技で教えた。

「あなた方の本拠地は大丈夫かしらね?」

そんな私の一言ののち、黄貴妃さまの従者たちの奥では不意の表情に揺れる者を見つける。

私は小さな合図で清から付けられた諜報部の護衛に黄貴妃の部屋にしっかり監視を付けるよう指示する。

「いくらこの国で高い地位にあるお家の娘であろうと、黄貴妃様は黄潘国の王女様ですからね。身分が違います」

 なんてことを偉そうに言うので私はとっておきを暴露して差し上げることにする。

 幼馴染でもある私とお兄様と龍安様は実は遠いが血のつながった親族である。

 私たちのお母様と龍安様のお母様は従姉妹同士。

 そしてその親である祖母たちは同じく皇国の皇族出身であり、皇女だったが降嫁しているので皇族からは離脱しているのだが、私たち兄妹も一応皇族の血筋なのである。

 継承権も無いし、そこにこだわりが無いので公にしていないだけである。

 劉家の名前だけで殷龍国内では皇族の次に通るくらいの名家ではあるので。

「王女であることがそんなに偉いの?劉家の家系図を知らないの?私の祖母はこの国の皇女。龍安様とも親戚なのだけれどね、私は」

 私の言葉に驚いている従者や侍女は、王女の嫁ぎ先について情報不足だろうと内心呆れる。

 次の問題を起こしてもらって返送するのは黄貴妃かもしれないなと、次のターゲットの目星を付ける。

「親戚って、こうして嫁げるくらいには遠いということでしょう?ならばやはり黄貴妃様の方が偉いのです!」

 うん、この侍女は我が家だったら即不採用。主に盲目すぎるのも良くないわね。

 その点うちの舜娘は、私がおかしいと思えば速攻で指摘してくれる大変優秀な侍女である。

 こんなのばかりでは黄貴妃も大変だと思うが、これで良いと思っているなら黄貴妃は貴妃の資格にあらずと心のメモに書き加えておく。

「でもここは、殷龍国よ?ここでは同じ貴妃だし、私は碧玉宮の主なのだけれど?それはどうお考えなのかしら?」

 私は扇で口元を隠しつつ微笑んで問うた。

 地位を振りかざすのは好きじゃない、けれど権力や地位に弱いものにはしっかりとその差を知らしめねばつけあがるのだから仕方ない。

 彼らもこの国に来てから二年は経っているのだから、この後宮の宮の立地で地位がはっきりしていることも知っているだろう。

 自分たちの主の宮が遠く離れていて、小さく皇帝のお渡りも無いこと。

 そして、なにも無かったとはいえ昨夜いつも金華宮にしか行かない龍安様が私の碧玉宮に来ていたこと。

 それがどんな意味があるのかも、ここで過ごすものには分かることである。

 どんなに自分たちが頑張っても振り向かない皇帝が皇妃以外の貴妃の元に初めて行った。

 それはこの後宮では衝撃的過ぎて、一気に話が駆け巡ったのだから……。

「それは……。お渡りの無い貴妃の虚しさは同情いたしますが、私は皇妃様に次ぐ貴妃なのです。お前たち、道をいい加減お開けなさいな」

 そう言うと私は空いた道を突き進み、皇妃様の金華宮へと向かい招き入れられるさまも見せつけて姿を消した。

「ずいぶんと私の宮の近くが賑やかだったこと。どうだった?梓涵」

 私は恭しく跪拝すると、欣怡様にお話しする。

「昨日の龍安様の行動から、一番気位だけは山のように高い黄貴妃の侍従や侍女が待ち構えておりましたので、しっかり教育をいたしつつも証拠固めのため今しばし泳がせます」

 私の報告に、欣怡様は頷いて答える。

「さすがは梓涵ね。黄貴妃は野心家であられるけれど、周りの教育には手をお焼のようね。このままではご自身は賢くていらっしゃるのだけれど、自身の側仕えに足元をすくわれてしまいそうね?」

「えぇ、そうなると思います。すでに清の部下には見張るように指示を出しておりますので、黄貴妃がどう動くかによりますが、恐らくそこまで時間はかからないかと……」

「本当に、梓涵は劉家の中では頭脳派で優秀ね。そうは思わなくて?浩然(ハオラン)

 なんと、欣怡様の部屋には文官長の陳 浩然(チン ハオラン)が居た。

「浩然様、ご無沙汰しております。梓涵にございます」

 私が欣怡様へと変わらぬような挨拶をすると浩然様は、少し顔をしかめて言う。

「梓涵、今はあなた貴妃なのですからその態度はいけません」

 相変わらず、真面目で凛とした佇まいの浩然様は欣怡様と並んでも見劣りしない美人さんである。

 男性だけれど、長い青みがかった黒髪を髪紐で結っている姿が実に似合っている。

「ですが、私の貴妃のくらいは皇妃様である欣怡様を守るためのかりそめの地位。表でこそ出しませんが、ここでは元のままでもよろしいでしょう?」

 そんな私たちのやり取りを欣怡様はにこやかに見守っている。

「仕方ないわよ、浩然。梓涵は私たちみんなの妹分なのだから。許してあげましょう?外では本当によくやっているでしょう?」

 そんな欣怡様の言葉にも小さくため息をこぼしながら浩然様は答えた。

「確かに清やその部下から、頑張って位という報告は来ていますよ。さっそくたくさんのネズミを釣り上げて、呉貴妃をすでに呉国へ送還する手はずが整ったのは上々ですが……。梓涵、あなた今後どうするつもりなのです?」

 浩然様には私の初日と二日目の段階ですでに二人の貴妃に迫っているので、勢い良すぎだと思われているのだろう。

 しかし、引っかかって来たのはあちらの方で私は応戦しているにすぎないので何も悪くないのでは?と思う。

 引っかかるように仕向けてはいても、引っかかる動きをしたのは呉貴妃と黄貴妃だけなのはほかの貴妃はしっかりしており、攻略難度が高いことを示している。

今後の攻略の振るい出しにもぴったりだったと思うのだけれどね。

「梓涵、今回で動いた貴妃は早々に送り返す手はずなのでしょうけれど。ほかの貴妃はどうするのです?」

 それには私は浩然様を見つめて一言。

「そこは、頭脳派の浩然様にお任せします。だって私がやりやすいのは昨日今日みたいな挑発に乗って来る短気な方々と、武力でお話することだし?」

 実にあっけないほどにあっさりとした態度で堂々と言う私に欣怡様も浩然様もポカンとしていたけれど次の瞬間には声をあげて笑い出した。

「本当に星宇といい、梓涵といい。あなた方兄妹は考えるより動く方が好きなのだから、仕方ありませんね。君たちを動きやすくするのが昔から私や欣怡様、龍安様の役割分担でしたね」

 いつでも、私たち兄妹が先陣切って突撃できるのは後方支援に龍安様に欣怡様、浩然様が居るから。

 三人で画策、計画し、それを実行に移すのが私たち兄妹の役割だった。

「そうでしょう?今回のためにたくさん演劇も見たし、欣怡様のお母様に雅な振る舞いも習ってきたし、体を動かして覚えることならなんとかなるのよ!」

 私の開き直った一周回って強気発言に、二人の肩の力も抜けたようだ。

「梓涵ぐらい真っすぐな者が多ければ、苦労は無いのですがね。後宮はそうもいっていられぬ場所です。欣怡様だけであれば問題なかったのですが、周辺国に侮られたのは本当に不本意です。そろそろ、蹴りをつける頃合いでしょう」

 ニヤリと微笑む浩然様は不敵であり、お兄様にはないカッコよさでますます好きになってしまうけれど現在まだそれは決して表に出せない。

 あぁ、早く隣であなたを眺めていられる権利が欲しいです。

 梓涵は頑張って欣怡様の周りをお守りして、安全を築きサクッと浩然様との結婚をつかみ取って見せる! 

 やる気に溢れる私を、欣怡様が微笑ましいと言った感じで見守ってくれる。

 そして、ポツリとこぼす。

「こんなに梓涵が分かりやすいのに、なぜ浩然は気づかないのかしらね?」

 この呟きを拾う者は、今はいないのであった。


 二日目の夜、さっそく碧玉宮には招いてないお客様がバンバンとやって来た。

 楽するため、もとい早期解決のために碧玉宮は現在私とお兄様と舜娘の三人しかいない。

 なぜって、碧玉宮は現在お客様満員御礼のための罠だらけのためその罠をものともせず動ける者のみが残れる邸とかしているからだ。

 新作の罠も多数あるので、どれにどのくらいの人間が引っかかるか今から楽しみで仕方ない。

 ちなみに罠は基本お兄様の得意分野で、私はそれをさらに改良するのが好きなので、合作すると浩然様いわく『えげつない捕獲罠が爆誕している』という評価だった。

 そこかしこにばらまいた罠の数は三桁を超えており、碧玉宮は現在そこらの武官の施設より大変強固な守り捕獲特化の宮に変貌を遂げた。

 今だけなら劉家より守りに特化している状況だし、金華宮も同じく守り捕獲特化状態にしている。

 これには諜報部のメンバーと武器に特化した武官メンバーで初日に大量作成に挑んでおいた結果である。

 殷龍国は文官も武官もいるところには優秀な人物が多くいるのである。

 まぁ、無茶ぶりした自覚はあるので、今夜からはゆっくりお休みください。

 数日後にはまた大変になるかもしれないので……。

 などと思いながら、現在お客様絶賛対応中です。

 そこかしこから、上がる声はなかなか上々ではありませんか?

「ギャー! なんでここにサソリが!?」

 とか声がするし。

「どうしてこんな大きなカエルが居るの?! うわ、手がかゆいぃ!」

 なんてお声も届きました。

殷龍国産、オオヌマ毒ガエル。

ものすごく大きくて、ずんぐりむっくりの佇まいの毒々しいオレンジカラーの化け物カエルである。

「わぁ、ここになんでリュガス蛇が居る?!」

 サソリに毒ガエルに毒蛇、どれも接触したものに証拠を残してくれる生き物たちである。

 そう、今回は黄貴妃以外の貴妃もきっとどさくさ紛れに人を送るだろうと予測して、誰がどれくらいこの場に手を出したかチェックするための罠である。

 あとはそこかしこから飛んでくるインク玉で証拠を残す。

 そのインク洗おうとなにしようと絶対一週間は落ちない、私が作った特殊インクである。

 証拠隠滅に燃やせば土にすらそのインクの後を残す特殊インクで、証拠として確実に残るよう作った力作である。

 劉家の領地に咲く珍しい花から作ったインクであるので、これはかなりの劉家の秘蔵物品でもある。

 しかし、陛下と皇妃様のためであれば惜しみなく使うがいいと父から許可は取っているので思う存分使わせてもらった。

 ありったけの在庫を投入して、パチンコでどんどん人にインクを付けているのは私と舜娘である。

「さすがうちの姫様が自信をもって作った特殊インクですね。しかもこれ、改良していませんか?」

 舜娘は私が施した改良に気づいた様子。

「そうよ、今回は消えないうえに匂いも三日は消えないものを作ったの。少しでも身につけば三日取れない匂いで、その者がそこの人間かを判別できるのよ?なかなか良い改良でしょう?」

 自信をもって答えれば、舜娘はため息をこぼしつつ返す。

「確かに、いい案ではございましょう。こんなに臭くなければ!」

 そう、ドクダミと強烈な薬草を掛け合わせてインクに入れ込んだらこんな強烈激臭物に華麗に変身したのだから、褒めてくれても良いと思うのよね。

 追跡はインクより分かりやすいレベルに匂うのだから、影からの追跡にももってこいでしょう?

 すれ違うだけでこの激臭がすれば疑いようもない、証拠なのだから。

 まぁ、私も作ったときに激臭過ぎてやばいかなと思っていたのよ?

 でも、こういう機会なら逆に激臭でいいじゃないかしらと思って今回そのまま採用しちゃったのよね。

 味方の被害、考えてなかった。

 激臭祭りの現場にいる、お兄様。ごめんなさい。私は確かに今回やりすぎたかもしれません。

 お兄様の声が聞こえました。

「臭すぎる‼ 味方のことも考えて作れよなぁぁぁ!」

 の言葉には、本当にごめんなさいとしか返せませんでした。

 しかし、そんなのお兄様の頑張りもあって、碧玉宮での一幕で結構な成果をあげられました。

 黄貴妃の周辺人物以外にも楊妃や張妃の周囲の人物もまぎれていたことが判明したので、そちらにも監視を置くことにして今後の動きを観察すること気出来るようになったのだから。

 しかし、この作戦の翌朝。

 碧玉宮の匂いけしに更なる労力を必要とし、結果ものすごいにおいも消せる匂い消しも誕生したのは余談である。

 しかもその匂い消しがまさかのお父様世代の中年オジサマ男性たちに大好評になるのは完全に余談だが、加齢臭にまで効果が出たのは世の女性たちにも喜ばれたのだという。

 副産物で、様々なものを生み出すのも私の特徴だなと龍安様は楽しそうに笑っていたし、欣怡様はそれに頷きつつ『だから、本来は梓涵が劉家を継げたら、もっといろいろ発展するのにね。星宇は本当に戦闘特化だもの』と言ったのだという。

 あの夜、お兄様は結構素手に特化していたので、かなりの捕獲者数になったのだが、それも強くて主に近いものばかりを捕獲したものだから素直にお話しするお薬もかなり使うことになった。

 浩然様にお兄様が聞かれていた。

「どうしてこんなに近しいと分かる人物を捕獲できたのだ?」

 その問いに、戦闘特化野生児出身のお兄様は素直に答えた。

「強そうで、眼光鋭く、龍安様や浩然みたいなやつ捕まえてみただけだぞ?」

 との返事だったそうだ。

 そう、お兄様って感覚で動く人だからね。

 根拠とかそんなのではなく、感なのよね。

 でも、それが特化されているゆえに外すことが無いのも私たちの中ではいつものこととして思われているので、この返事には納得するしかなかった。

「まぁ、それでまさかどの貴妃とも近しいものが居たことは驚きでしたが。これはどういたしましょうね?」

 それに関しては私にも意見があった。

「それじゃあ二重スパイにしてみませんか?」

 私の発言には浩然様や欣怡様も少々驚いていた。

「すべてを話さず、こちらに都合のいい話をしてくれる人もこの先必要かなと思いまして。そして、出来ればそれは貴妃に近しい者が良いので」

 私の意見はそこから話に参加した龍安様も含めて欣怡様、浩然様の三人で協議の結果、採用されることとなった。

「確かに今後のために各貴妃の元に何かしらの人材を派遣する予定ではいましたから、いい案かもしれませんね。もちろん戻す人間だけをあてには出来ないので監視要員も置きますが。良い手でしょう」

 そんな評価ののち、お話しするお薬でたくさんお話を聞いた後は二重スパイとしてこちらに与するように誓わせ、各貴妃の元へと戻したのである。

 後宮へ入ってすぐから、貴妃としての立ち回りをしつつ皇妃様の敵の炙り出しはかなり順調だった。

 だが、それがまさかの罠であることにはまだ誰も気づいていない。

 やはり、ここまで後宮に貴妃が居るとなると一筋縄で万事解決とはいかないのである。


 初日と二日目に、大捕り物状態だったのがウソのように、現在後宮は平和な状態になっている。

 おもに表面上はなのだけれど。

 私に差し向けられる刺客が、人数も回数も増えた。

 まぁ、諜報部の清たちにも満たない刺客なので日々返り討ちにしているけれど、こうも続くと各貴妃の抱える人材の多さに辟易してくる。

 捕まえても、裁いても、どんどん湧いてくる様はさながら世間で嫌われているとある虫のよう……。

「殺虫剤でも開発しようかしら……」

 私の呟きに、日々同じく対応している舜娘もほとほと飽きてきているのか同調する。

「殺虫剤はもちろん、捕獲機も作りませんか?もう、どこまでも湧いてくるので最近手加減するのも疲れてきました」

 そう、あれこれ事情と共に証拠とするため基本生け捕りにしているけれど、その加減が私や舜娘、お兄様には大変なことで……。

 全力でやっていいならそれこそ、すぐに鎮圧できるような状況でも生け捕りになると気を遣う。

 急所を一発とかで仕留めるのはダメだし、動けず適度に生かした生け捕りって難易度高いのよ。

 出来るけど、続けざまだと疲れるしやるのが面倒になってきてしまう。

 それでも、それすら鍛錬にしてしまう兄はこの短期間で動けなくなるツボへの攻撃をマスターして現在嬉々として碧玉宮の刺客捕獲に乗り出している。

 今まで暗器は私の得意分野だったのに脅かされそうなのが悔しくって、私もいかに動けないままの生け捕りにするかを実戦で検証中だ。

「うちの坊ちゃんと姫様は競うように自身の手管を増やしていくので私も頑張らなければならず、とにかく大変です。さっさと片付けちゃいましょう!」

 舜娘の叫びと共に三者三様に潜んでいた刺客に向けて暗器を飛ばして捕獲していく。

 動けなくなった刺客を回収するのは、もちろん清とその部下たちだ。

 あちらも、どんどん送られてくる刺客たちに、牢がパンクするとこぼしている。

 なんと刺客送り合戦になってから、現在一か月が経過しているのだから本当に人材の無駄遣いである。

「しかもそれだけの人数がこの後宮に潜んでいたと考えると怖いわね。欣怡様がよくぞ無事だったわ。まぁ、一番強い人が常に夜は警護していたわけだから無事だったのだろうけれど」

 龍安様と欣怡様は相変わらず仲の良いご夫婦で日々夜は金華宮でお過ごしである。

 しかし、昼間は私の宮に来ることも多い龍安様のため夜間はこちらに集中するという状態になった。

 欣怡様をどうにかしたくても夜は常に龍安様と一緒のため、そこに刺客は送り込めない。

 それに、昼間の陛下は私の元に通っている。

 それも気にくわない。

 夜こそ渡りが無いものの、昼間は存分に会っているのだから各貴妃が気にくわない要因だろう。

 まぁ、昼間は今後どうするかの作戦会議なのですがね。

 お兄様もいるし、時には浩然様も来る。

 そんな宮で陛下と二人っきりにはならないというのに、そこに通っているという事実だけで想像であれこれ補完されてしまうのだから怖いものだ。

「龍安様とは兄と妹みたいなものだから、どうこうなりようもないのに。周囲には仲の良い皇帝と貴妃に映るのでしょうね」

 私の言葉に舜娘は頷いて答える。

「龍安様も梓涵様と一緒の時は表情が和みますし、良くお笑いになりますからね。朝議の際やほかのお妃に会った時は無表情でしか答えないのでかなりの挑発行為になっているだろうことは明らかですね。この刺客の数的に……」

 本当に、日夜連日お送りいただいている刺客さんはご丁寧にお返ししているのに、どこかから日々調達されてくる刺客にうんざりしている。

 そろそろ本気で刺客は処分しても良いのではないかと言う考えが頭をかすめる位には、刺客が多いのでどうにかしたいところだ。

 そんな折、季節の行事。

 春の儀の催しが開催されることになった。

 皇宮には花園があり、春は花が咲き乱れた見事な園になっている。

 春の儀は、寒い冬を終え春の訪れに感謝し種まきの始まりを合図する大切な儀式。

 これは皇妃様と皇帝である龍安様が揃って儀式を行うもので。

 その場に参加こそするものの、貴妃は見学のみである。

 それも、見やすい位置は高位の貴妃からなるので今回一番いい席は私になる。

 納得できないだろう妃は、私が後宮入りする前まで先頭に座っていた周貴妃だろうと思われる。

 しかし、今のところ送り込まれてくる刺客に周貴妃の周辺や手のものは居なかった。

 唯一、今もって動いていない妃となる。

六華宮と言われる花園に近い宮を与えられている周貴妃は私の次に位の高い貴妃である。

今まで動いていなくとも、春の儀で席が変われば動き出すかもしれない。

 そんな警戒の中で、春の儀の準備は進み当日を迎える。

 先に各席に貴妃達が座ると、後方にほかの貴族たちも入って来る。

 ここには今日も父は警護の監督責任者として詰めているので劉家の代表は星宇お兄様である。

「劉貴妃様、はじめてお目にかかります。周貴妃でございます」

 一応しっかりとした挨拶をしつつも、どんな貴妃かもわからない私には、愛想笑いを浮かべているしか逃げ道が無いのだ。

「えぇ、周貴妃様、ごきげんよう。すっかり温かくなり、ようやっと春の儀が始まりますね」

「えぇ、ようやく温かくなって過ごしやすくていいですね。先日はうちのお庭の花に虫がついていたので除去したのです。すっきりしましたわ」

 私の晴れやかな笑顔に周貴妃は微笑まし気に私を見ると、言った。

「それは大変でしたでしょう?今後は周囲に協力を仰ぐのも悪くないと思いますわ」

「えぇ、そうしようかと思います。陛下も頼れと言ってくださいますので」

 私の返事にも微塵も揺らがない周貴妃。

 この方は手ごわい相手となりそうだと、この時実感した。

 周国は、後継者争いは男女問わず優秀なものが引き継ぐ生業の国。

 そこでこれほどまでに立ち回れるというのに、嫁がされているのではかわいそうとしか思えなかった。

 自由の利かぬ貴妃と言う立場。

 隣国とはいえまるで違う文化圏の国。

 私にとっては、女の子でもお家を継げるのは少し羨ましいけれど。

 そこでお家が継げなかった周貴妃としてはいかばかりかと思う。

 周国の王太子である周貴妃の兄は、賢姫と言われた周貴妃に追われることに疲れたのだろう。

 弱い五つにして、文字の読み書きと計算、其れだけでなく帝王学に天体学まで飲み込んでいく様は確かに少し想像がつかないのだけれど……。

 妹に野心が無ければ問題も起きないし、支えると言えたならどれだけ良かったのだろうか。

 しかし、兄弟間でそんな会話は成り立たないので、こうした形になってしまったのだろう。

 五歳の時十五歳だった王太子は二十歳で立太子すると妹である周貴妃の賢さは、近隣諸国が欲しがるだろう。

 「龍の守国、殷龍国ならきっと喜んで受け入れるであろう。あちらの王は私と年が近いのだから」

 そんな王太子の言葉に騙され、周囲の人々は周貴妃の言葉には耳を傾けられないまま。

周貴妃は殷龍国へと嫁いできたのだ。

 そんな経緯のある周貴妃は、やはり賢姫の呼び名にふさわしく私たちにどう思っているのかを悟らせることはこの時なかったのである。

 そんな周貴妃を見つめる、悲しそうな思いつめたまなざしを見つけた私は清にしっかりと合図を送ったのだった。

 やはり、この方は賢いところのある方だが周囲は嫁いで二年。

 陛下のお渡りのない周貴妃へと、侍従や侍女は周国へ戻ることを促し始めたらしい。

 しかし、周貴妃は国に戻ることには頷かなかった。

 始まった春の儀の中で各貴妃を観察していた私は、周貴妃の視線の先に気づいてしまった。

 周貴妃が陛下の寵を得るために活動に積極的でない理由。

 まさか、まさか……。

 周貴妃の視線の先がお兄様って。

 周貴妃の周囲も貴妃の視線の先に気づいているもの、数人。

 周貴妃に近い、侍従や侍女としては位の高い者たちだったので何も起こさなければ、その道も開けるかもと私はそっと見守ることにしたのだった。

 一か所に勢ぞろいするから分かることもあるのだなと感じていたその時。 

 皇妃様の元に放たれる刺客からのナイフを私は弾き飛ばしてしっかり護衛し、なおかつナイフを飛ばしてきたものに同じようにナイフを投げてやると、こちらはヒット。

 静かに、清たち諜報部が片付けに回収していく。

 春の儀を滞りなく進めるための措置としては最善で正解。

 私の行動に気づいた欣怡様と龍安様は私に微笑むと、そのまま儀式を続行し、春の儀は混乱なく無事に終えることができた。

 しかし、やはり刺客が多すぎる……。

なんとか刺客対策も進めなければいけないと、新たな課題にぶつかるのだった。


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