〇月3日2
ひとまず手に入れた地図と日記を鞄に入れ、目印のある場所へ向かう前に、俺は別の場所へ足を運んだ。
そこは、戸西が通っていたと言っていた大学の近くにある、こぢんまりとした飲食店だった。
店に入り、簡単な手続きを済ませたあと、予約されていた席へ案内される。
そして席に座ると、向かい側にはすでに一人の女性が座っていた。
多少痩せてはいるが、それ以外に特筆すべき点はない。
ごく普通――どこにでもいそうな女性だ。
だが、この人物こそが戸西の情報を持っているであろう相手だった。
何度も連絡を取り、ようやく話をする約束を取り付けた人物。
しかし席に着いて視線が交わったものの、彼女はすでに注文を済ませていたらしく、テーブルにはラーメンと餃子が置かれていた。
――今は待つべきだな。
俺は口を開かず、彼女が食事を終えるのを静かに待った。
やがて、箸を置き、
「ご馳走様」
と手を合わせる。
彼女は一度目を閉じ、空気を切り替えるようにゆっくりと瞼を開き、こちらを見た。
「さて……あなたの名前は……確か、朝日さん、でしたね?」
落ち着いた口調だった。
「戸西さんの情報を集めている、と聞いています。
ではまず――なぜ、あの子を追っているのかしら?」
俺は一瞬、息を整え、答える。
「少し前、僕の事務所に戸西さんが来ました。
失った記憶を探してほしい、と」
視線を逸らさず、続ける。
「そのために関係者を探して、あなたに辿り着いたんです。
お願いします。戸西さんのことを、教えてもらえませんか」
声が少しだけ震えたが、噛まずに言い切れた。
相手の反応を待つ。
彼女はしばらく黙り込み、何かを決めたように、ゆっくりと口を開いた。
「……まず一つ言っておくわ。
私は、あなたを信用していないし、協力したいとも思っていない」
胸が少しだけ痛む。
「それでも……敢えて話します。
ただし、あまり多くの情報はない。それだけは勘弁して」
そして、語り始めた。
「戸西さんは……〇年前の〇月〇日、突然この大学を辞めたの」
俺は思わず手帳を握りしめる。
「それまでは、本当に普通の学生だった。
けれど、その日だけは違ったわ。まるで、何かに怯えるように退学して、どこかへ行ってしまった」
彼女は少し視線を落とす。
「このクラスの誰もが、あの子がそんなことをする人じゃないと知っている。
本人も、もしかしたら“探さない方がいい”と思っているのかもしれない」
一瞬、迷うような間。
「……でも、私の生徒たちは言ったの。
“絶対に、そんなことをする人じゃない”って」
だから――と、彼女は続ける。
「私自身で調べたわ。
けれど、どこにもいなかった。
中学、高校……行方を追って、最後に辿り着いたのが――」
彼女は、はっきりと言った。
「……あの村。
戸西さんの故郷よ」
話し終えると、彼女の表情はどこか安堵したように見えた。
長い間、胸の内に溜め込んでいたものを吐き出した――そんな顔だった。
少しだけ雑談を交わした後、俺は席を立つ。
次に向かう場所は、決まった。
――〇〇村。
そのための準備をするため、俺は家へと帰ることにした。




