〇月1日2
ガチャン。
扉の開く音が響き、椅子に座っていた男――鬼霧朝日は、玄関に近い扉へ視線だけを向けて言った。
「やっと帰ったか」
「はい」
声のした方を見ると、そこには妹の鬼霧世良が立っていた。
「なあ、この依頼……どう思う?」
朝日の問いかけに、世良は少し考え込んでから口を開く。
「……私は、この依頼は受けない方がいいと思います」
そう前置きして、世良は続けた。
「あの依頼人、本当に記憶がないのでしょうか?
記憶がないと言っていますが、証拠はあのノートくらいです。確かに病院や大学は実在していましたが、それだけなら普通はまず病院に行くはずですし、身元の調査なら警察がするものです」
一呼吸置き、静かに言葉を続ける。
「何らかの理由で警察を避けている。
つまり、危ないことに巻き込まれる可能性が高い依頼だと思います」
世良の言葉を聞き、朝日はコピーしたばかりの資料を睨みながら小さく息を吐いた。
「……やっぱり、そう思うよな」
部屋にしばし沈黙が落ちる。
やがて朝日は、意を決したように立ち上がった。
「それでも――一応、受けてみることにする」
はっきりと言い切ったその言葉に、世良は一瞬だけ表情を曇らせる。
「……分かりました」
それ以上は何も言わず、世良は自分の部屋へと戻っていった。
だが、早足で廊下を歩きながら、世良の胸には拭えない嫌な予感が残っていた。
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世良が出ていった後、朝日は一人、事務所の部屋で依頼人の身元調査について考え始める。
とりあえずパソコンを開き、依頼人が通っているという大学を調べる。
場所はすぐに特定できた。
(……明日は依頼人と一緒に大学へ行くか)
それ以上考えるのをいったん止め、朝日は背伸びをしてメモをまとめる。
昼食のカップラーメンを食べ終えると、バイトへ向かう準備を始めた。




