【Side-story】 前夜
花街でも指折りの高級サロン《ヴェラーダ》。
客の身元は完全に守られ、酒は薄く、笑みは上品。
深夜、二階の一室では、薄紫の香煙がゆらゆらと漂っていた。
「……最近、裏路地がうるさくてねぇ」
娼館の主人は、指先でワイングラスを揺らしながら愚痴った。
相手の貴族は高価な外套を脱ぎ、面倒くさげに眉をひそめる。
「何かあったのか?」
「子どもですよ。どこからか湧いて出たみたいに、昼は遊ぶ声、夜は物乞い。見目も悪いし、客足も悪くなる」
「はん。野良犬と同じだな」
貴族は鼻で笑った。それから少し思案した様に、白髪の混じる顎鬚をザリザリと擦ってほくそ笑む。
「まあ、放っておくのも不憫だが……、ああそうだ」
男はニヤリと笑った。
「お前のところは、適当な荷が必要だったろう?」
娼館の主人は、貴族の視線をじっと覗いた。
目が合えば話は早い。
「…まさか、いや…ははは」
「いや、まさかじゃあるまい」
貴族は口元をゆっくりと歪めた。
「交易路の途中で、荷がいくつ変わったところで、誰も困らん。
奴隷は生きてさえいれば値がつく」
「雑種の子は? 痩せて小汚い子も多いですよ」
「寧ろ扱いやすい。“育て直せる”方が、都合がいい」
ふたりは息を合わせたように、グラスを合わせた。
軽い音が夜の空気に溶ける。
そこで、主人はふっと思い出したように笑った。
「そういえば……あの白い宮廷の医官ご存知です?」
「ほう」
「いい格好して、毎週のように子どもらに食べ物を配ってね。ああいう、澄まして汚れを知らない奴が一番、迷惑なんですよ」
貴族は、喉の奥で愉快そうに声を立てた。
「はは。いいじゃないか。
次は子どもを食ったとでも噂がたつのではないかな」
その夜の会話を、まだ誰も知らない。
翌夜。
普段は光の灯らない路地裏は騒然としていた。
松明の炎に囲まれて、セリウスは引き摺られるように連れて行かれた。
再び戻った闇の中——子どもたちはの姿は静かに消えていた。
元より、数えられたことのない命。
失われても誰も騒がない。
ただひとつ、不運だったのは。
のちに「子どもをさらったのは白銀の宮廷医官だった」と、都合よく結びつけられたこと。




