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女神の国 1  作者: 大福駒子


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手紙


 あれから少年は二、三日おきに訪れるようになった。

 最初こそ「ジャガイモの様子を見に来た」と言っていたが、最近はセリウスと過ごすよりも、もっぱら従者と共に屋敷の手伝いをしている。


 セリウスがカーテンを指先で少し持ち上げると、窓の外では執事と庭の草取りをしているローワンの姿が見えた。

 まだ声変わりもしていない高い笑い声が風に乗ってこちらに届き、セリウスは小さく目を細める。


 ローワンは聡い子だ。


 無邪気に笑っていながら、人の感情の陰りを見逃さない。

 だが、ただ踏み込めば良いとは思わない子でもある。

 あの日、サンルームでセリウスが一瞬だけ揺らいだのを、きっと彼は気付いていた。


 ——僕、誰かに似ているのですか?


 年相応のあどけなさを装って尋ねたあの声。

 もう少し、上手く答えられれば良かった。


 季節は夏へと移りはじめていた。

 窓を開ければ、熱を帯びた風が薄いカーテンを揺らしている。


「……似て、いるか」


 独り言のように呟く。

 シンディに言われるまで思いもしなかったが、あの少年には幼い頃の幼馴染にどこか似たところがあった。

 真っ直ぐな眼差し。静かに燃える茜色の瞳。

 あどけなさの奥に、どうしようもなく気高いものを秘めている。


 ——アルヴェル。

 最後に見た、あの眼差し。


 日差しが触れた手首に、ひりつくような痛みが走る。

 セリウスは窓から手を離した。

 薄い皮膚はすぐに炎を抱え、赤く染まる。


 この身体は、生まれながらに世界から拒まれていた。

 色の薄い肌、白い髪、光に焼かれる瞳。

 物心ついた頃にはすでに捨てられていた。教会に引き取られてなお、状況はそう大きくは変わらなかった。


 だから、あの家に迎えられたことは奇跡に近いと言っていい。

養父の兄が治める領地に、王妃が避暑に訪れた夏。

 アルヴェルと出会った。


「君、とても綺麗な瞳をしているね。ほら、こうするとよく見える」


 そう言って、セリウスの瞳を覆っていた長い前髪をすっと上げた。

 笑うアルヴェルの瞳は、まっすぐで、温かかった。


 ひと夏のあいだ、二人は影の様に寄り添って過ごした。

 夏の終わり、別れが辛くて、二人手を繋いで納戸に立てこもった。

 毎年引きずり出す役は、彼の兄——アーサーで。


 あれは、きっと守られていた時間だったのだ。


 捲りあげていた袖を整え、セリウスは机上に置かれた封筒へ指先を滑らせた。

 封蝋はない。ただ丁寧に糊で閉じられた、控えめな白い封筒。


 《セリウス様》


 貴族からの正式な手紙に必ず押されるはずの王印は、どこにもない。けれど、中からのぞく便箋は、縁に微細な唐草のエンボスが施された高級紙だった。

 差出人は——アーサー。現国王その人からだった。



親愛なる弟、セリウス


 この度は、お前を王都より遠ざけることとなった一連の件について、改めて詫びを述べる。

 臣下たちの間に不安と猜疑が渦巻き、私は場を収められなかった。


 王都は依然として不安定であり、貴族の中には、未だに「白い悪魔が災いを呼ぶ」と吹聴する者もいる。

 しかしながら、全ての原因はこの王の政の手腕無さ故に起きた事。お前が早く王都に戻ることができる様、引き続き国の安寧に努める事を約束する。


 アルヴェルについて。

 あの騒ぎのあと、彼は近衛師団の長としての任から退いた。望んだ形ではなかっただろうが、己のやり方で、無謀もせず焦りも見せず、その力を淡々と人々のために使っている。

 その様は、以前よりもむしろ落ち着きがあるほどだ。

 どうか案ずるな。あいつは無事だ。


 今回の件について、お前が気にしている子供達の行方は引き続き調べさせている。

 分かり次第、改めて文を送ろう。


 追伸、

 どうか希望を捨てず、健やか過ごせ。

 お前がそうして立っていてくれることが、どれほどあいつを救っているか、お前は知らないだろうが。


 アーサー




 行を追い終えた目頭に、微かな熱が灯る。

 今や国の主であるアーサーからの文は、王家の書簡に相応しい威儀ではなく、少年だった頃のまま。

 情に満ちているのに、その温度を露わにすることがない。

 気遣いはするが、抱きしめる手は決して持たない。

 生まれながらに王であるということは、きっと、そういうことなのだ。


 セリウスは手紙を静かに折り畳むと、そっと引き出しに収めた。

 書斎の椅子に深く身を預けると、遠くから笑い声が届く。

 アーサーからの手紙を読んだからか、その楽しげな笑い声が、セリウスの胸をじわりと締めつけた。


 「どうか、無事でありますように……」 


 ——あの夜も、誰かの無事を願っていた。

 祈ることしか、できなかった。

 淡い灯と、かすかな笑い声と、ひどく冷えた夜気。

 記憶の底が、薄氷のようにきしんだ。

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