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部屋に通された時から、息をすることをやめた。やめたままで居続ける方法は、簡単に思い出すことができた。
息をすることをやめたら、息をしていない方が自然だと思えた。
だって自分は、誰かが意図的に作り出したプログラム。
この戦盤という大きなシステムの中に落とし込まれた、バグデータなのだから。
「『-B/M』のメンツが着けてるピアスは、基本的に通信を主目的に俺が開発したモンだ。だが祥来からあんたに渡してもらったピアスは、通信用じゃなくて測定用の機材を積んでいた」
疾太のピアスを使って、戦盤のノイズは詳細に観測されていた。
結果、ノイズの発生源は、疾太であると断定されたのだという。
「ここ最近の戦盤の歪みの中心は、全部あんただった」
疾太が蒼月に帰還した時、錫杖を突き付けてきた青年は、この部屋で今度はそんな言葉を突き付けてきた。
もちろん、疾太はその言葉を否定した。
自分には、外の世界にいた頃の記憶がある。家族だって、友人だっていた。学校にも通っていた。
そのことをどう説明するのだと。
「じゃあ、あんたが住んでた場所の住所を言ってみろよ。通ってた学校の名前は? あんたは何年何組所属だったんだよ?」
問われたから、疾太は答えた。自宅の住所も、学校名も、よどみなく。
青年……皇は、羽織っていた白衣のポケットから端末を取り出すと、即座にその名前を検索にかけた。
だがその検索結果を示したページには『キーワードにヒットするものはありませんでした』の文字だけが表示されていた。『もしかして……』と誤変換を訊ねる文章さえ、そこにはなかった。
「あんたの記憶に書き込まれてんのは、全部デタラメな情報なんだよ。『それっぽい存在』を作り出すために書き込まれた『それっぽい情報』」
だから全部、架空の代物だ。
皇はそう断言した。
その言葉にどこかで納得しながらも、疾太は表面上では納得できないフリを続けた。
だが皇は、疾太にそんな無駄な抵抗を許さない。
「行政のデータベースをハッキングして調べた。『三五疾太』という名前は、一件も登録がなかった。あんたの言う家族も、存在が確認できなかった」
疾太が口にした住所は全国のどこにも存在していない。通学路だと証言した道の先は行き止まり。定期券に記載されたバス停の名前は、どこの路線にも該当するものがなかった。
「あと、あんた。鞄の中身、見たか?」
一週間前、自分が交番から引き取ってきたあの鞄のことだと、すぐに分かった。もちろん中身は確認している。
「中身、全部新品だったろ?」
皇の言う通りだった。
折り目ひとつない教科書。真新しいまま、何も書き込まれていないノート。使った形跡のない文房具。
まるで『学生の鞄』というテーマの元に寄せ集められたかのような物品達。よそよそしいのに、なぜか疾太はそれを全て『自分の物』だと認識した。
「そう設定された小物なんだよ、全部。……あんたがプログラムなんだと仮定した方が、全てに筋が通る」
冷たさの中に憐れみをわずかに溶かしながら、『-B/M』のエンジニアは疾太を観察していた。




