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泡沫のアノマリー  作者: 柚木 桜舞
3/16

雨の音がする

「……ただいま」


「週末から長期の連休となりますが、不要不急の外出は控えるようにしましょう」


「本日の感染者、重症者、死者数が発表されました」


 連日の報道、増え続ける感染者、死者。ドアの向こうから雨の音が響く。雨は嫌いだ。嫌なことを忘れさせてくれない。


──とても不快だ。


 その日は体が鉛のように重く、食事を取る気分にもなれなかった。連日の上司からの叱責(しっせき)、自分の不甲斐(ふがい)なさに嫌になる。何で自分だけこんなにも辛いんだろう。暗がりの部屋の奥からパタパタとかけて来る音。


「あ、四季おかえ……!?」

「本日の感染者、重症者、死者数が発表されました」


 テレビキャスターの重苦しい声とアイルの心配する声が響く部屋、その言葉が頭の中で反響して──五月蝿(うるさ)くて仕方が無い。


 口先に触れた柔らかな感触と温かさ。それだけが私がまだここで生きていけることを実感させる。


「っハッ……はあ、四季」

「ああ、ごめん……(しばら)くこのままでいさせて」


 いつからだろう。こんなにも歪んだ感情を押し付けるようになったのは。彼女に両の手を揃えて絞めるように少し力を入れる。


「うぁ……分かった四季のこと大事だから。四季だったら私、何されても嬉しいか……げほっ……かハッ!?」


「嘘つき……誰にでも言ってるんでしょそういうこと」


 私は、アイルが本当に好きだ。とても従順で私の言うことを何でも聞いてくれて、彼女の虚ろで視点の定まらない目を見ると酷く安心した。


「私だけのために、この場所にずっといてね」


 そう言った時には床に虚ろな目をしたアイルが横たわっていて……泡沫(うたかた)のように彼女は消えてしまった。


 幻覚と幻聴。そろそろ薬が切れてきたのかな。

 

──ああ、そうだ。私があの時に××てしまったのだった。ちょうどこんな雨が降っていた。この一室が酷く冷たく、一人で住むには広すぎることを思い知らされるのだった。

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