微睡の中でただ終わりゆく世界を見る
「え、僕が身代わりになったら生贄はしばらく要らないんじゃ無かったのか!」
……許せない。僕の大切な妹や弟たち家族が傷つくなんて。確か、この時間の教会には神への供物(人体実験の被験者)になる詩音に迎えが来ていたのだ。
「そうだね、オレも一人来てくれたからもう充分だと遣いの者には伝えたんだけど。……まあ、あわよくばもう一人くれるなら俺は嬉しいけどな」
他人事のようにニコニコして言う話でもないと思う。人間はゲームのガチャやキャラクターじゃないのだが。
「おい、いくら神様でも彼に無下な扱いをするなんて許さないからな」
「おっと、急に怖ぁいこわーい。ちゃんと役目は果たすつもりさ。それに、君が出来ることは少なからずはあるよ?例えばその目とか手足はどうだろうか」
「目……?」
以前は並の視力しかなかったはずだが、今では誰の魔力なのかもよく視える。
色濃く纏うオーラの流れがモヤのように視える。
あれは雰囲気からも詩音だ。いやいや、この距離感で?
「何でこんなにもハッキリ視えるんだ?詩音が誰かと戦ってる。でも、あの色は?」
「わぁ、そんなにはっきり見えるの?カマかけたつもりだったんだけど」
「あーうるさいな、黙れよ?好きなんだよアイツのこと。僕の命掛けるくらいには」
「ふーん、物好きだねぇ君は」
僕に出来ることがあるのなら急ごう。早く教会に向かって詩音を助けないと。
「俺も久しぶりに見に行こーっと。詩音君に会うのは久しぶりだなぁ。元気かな〜」
教会までは徒歩でも五分とかからない近さで、周りには避難した弟、妹たち、聖職者たちがいた。
「ミィちゃん!おかえりなさい!」
元気良く飛びついてきたのは四歳になったばかりの妹、カナリアだった。
「あぁカナ、ただいま。あと誰が中に残ってる?」
「あとはシィにぃだけだよ。先に逃げてって言ってた」
「シィにぃがそう言ったのか?」
「うん。ミィちゃんが居なくなってからシィにいはしばらく元気なかったの。今日久しぶりにお部屋から出てきたと思ったらなんかすごく怖い顔してて、とにかく変だったの」
詩音がお告げ以外で動くことがあるなんて。取り乱しながらなんてあまりにも珍しいことだから驚いた。
既に生活棟の中にいた侵入者はそこに居た痕跡と思しき血痕しか残っていない。シンが存在ごと消したのだろう。
少し開いたドアの隙間から見える変わり果てた教会の中は猛炎と黒煙に包まれている。あの時は確か、自分が納骨堂の所に居たはずだと朧げな記憶を頼りに探す。床にべったりとついた致死量の血痕を辿っていくと、そこには息絶え絶えの俺が倒れていた。
「おい詩音、返事をしろ!」
「ぁ……ミニュイだ。もう天国に来たのか。また……逢えたな」
「縁起でもないこと言うなよ……今は喋らない方がいい。すごい血だ」
手足の壊死が始まっている。怪我が骨にまで達している部分も見られる。長くは無いが急げば助けられなくも無い。
「みんな悪い奴から逃げられた……かなぁ。俺はもう動けそうに無いや」
そっか、そういう奴だったな。俺は
「お疲れ様。君のお陰で家族は……みんな守れたよ」
「──魔術の痕跡、今はミニュイ君の方がオレより良く見えてるよ」
「……本当か?」
魔術の痕跡を見るからに、詩音の魔力だ。それは彼が好むような心地の良いものではない。
怒りや悲しみ、憎しみを煮詰めたようなものだった。それらが絡み合っていて術者以外が触れたら最後、解く事はできない高等な術式。
「こんなものは……使えたとしても──呪いだ」
これを使ってしまった詩音はもうすぐにでも人間では居られなくなる。はなから自分が生き残る事を考えていない自己犠牲の魔術だ。
「アイツらがここに火をつけたんだ。俺はそれが憎くて魔術を使ったんだ。そうしたら溶けるみたいに苦しんでから消えたよ」
俺がみたことのない俺自身の気持ち悪い表情。
「俺はこんなことに魔術を使いたく無い。でも、俺が死ぬまで戦ってみんなが助かるなら……俺は」
「こんなの……こんなことってあるか!禁忌魔術じゃないか」
「ごめんね、ミニュイ」
僕が生きる事を諦めたから。みんなを危険に巻き込んで、詩音を死の淵に追いやってしまったんだ。
後悔の念に飲まれそうになったけれど、火の手がこちらに向かってきている。
窓から詩音を抱え、空を飛んで脱出した。人を抱えながらはバランスが難しくて、
「うああああ!?落ちる!」
「──浮かべ、天へ」
シンが何も正体を隠さずに能力を使って助けてくれた。周りの人達が驚いたように目を丸くしている。
「すまない、助けて貰ってしまった」
その間にも僕の腕の中で浅い息をしている詩音。
「急がないと。本当に死ぬよ」
目の前に来ていた救急車の担架に乗せられて病院へと向かう。
「助かってくれ、詩音」
そう思った時にはさっきまでいたはずの救急車の車内から中東風の絨毯、クッションが敷かれた部屋に変わっていた。シンの結界と言うやつか。
「……あーあ。詩音君が破っちゃったか。この世界のルールを。ホント、この国のニンゲンは死に急ぐしかできないのかなぁ?」
「は?何だよ……ルールって!詩音は皆を助けようとしたんだろ?」
「人が熔け落ちるのは人殺し。人助けとは言わないだろう。キミも言ったじゃないか……呪いだって」
自身の発言にハッとさせられる。
「この国では人が溶けるのは二回目の事だ。見当ならもうついているだろうから、賢い君ならすぐに理解するさ。君もオレの大切な子どもたちの一人だからね」
この国の歴史や今の状況などとにかく詩音に確かめたいことが沢山あった。
「ここからは歴史のお話をしようか、詩音君が助かるまで時間もある事だし。さて、この国の一度目の滅亡は何だったかな?」
「……ある医者が禁忌の魔術を使ったこと?」
「ご名答。でも、何が禁忌なのか、どう滅んだのかはハッキリとは書かれていない。これはなぜだか分かるかい?」
医者なら誰しもが思う命を助けたいという願いの先に禁忌魔術が含まれる。現行の医療行為に魔術は行使不可能なものが多い。
「医者もかろうじて残った人も溶けてしまったとか?」
「うーん、君は話の論点と少しズレてしまう所がある。何とも面白みに欠けるよ、普段は上手に物を創っているというのに。夢、でっかい方がいいよ〜」
コイツ……!一体何なんだ。掴みどころがないし、段々と腹立ってきたな、この神様。
「半分正解。半分は不正解だよ。大火災により一国の人間全てが一瞬のうちに死に絶えた時、最後の医者は国全ての人間を蘇生する魔術を使ったんだ」
「国全て……そんなの対象が多すぎて魔術が不安定になるだろ」
「そう、魔術の怖いところはそこだ。対象が多過ぎると失敗をした時の反動はさらに大きくなるんだ」
「魔術の失敗の反動で死に絶えたはずの人間は”人ならざるもの”になり、術者を含め全ての生命が溶け落ちたよ」
「……じゃあ、詩音は何故溶けなかったんだ?対象者だけが溶けたのは魔術の成功って訳か?」
「いや、あれは失敗だよ。ただそこに反転する力が作動して奇跡的に呪いだけが対象者に向いたんだろ」
「は、反転する力って。そんな大層な力を聖職者見習い、それも一般的な人間が持ってる訳……」
「いや、あの場所なら可能だよ?聖遺物の反転ノ盃があるからね」
何だそれ。そんな大層なものが施設の教会にあるなんて。
「……まぁ、表向きは皆死に絶えたと言い伝えるようにとお告げをした。でもその過程を唯一知っている人間が実は一人だけ生き残ったんだ」
「え?生き残りは居ないんじゃ」
「いや、居るよ。その人は黒の国の最後の王子にして白の国第一国王、シン。この国を作った王様であり、今は神として祀られているオレだ」
「なるほど、納得が行ったよ。でもどうやって生き残ったんだ?」
「王宮に聖遺物があることは当たり前で、王族は必然的にその過程で殺されることになるだろう?オレも最終的には王宮内で戦って心臓と腹に穴が空いてしまった。誰でもいいので見つけてもらえればと、聖遺物の箱の中に入っていた。あれは万能の盃だ。心臓と腹の穴はすぐに塞がったよ」
「詩音もその箱に入れば助かったんじゃ……」
「何事も上手い話には代償が伴うものだよ。外から戦いの音が聞こえなくなった時、箱から出た俺は成人したての姿から七歳の姿に変わっていたよ」
「何て物を祀ってるんだよ!?」
この世界には恐ろしいものが身近に溢れているものだ。王宮にあるとされる聖遺物が教会にあるとそこまでアイツが状況を読めていたことが分かる。
「大層、勉強熱心だね。それでいて想像力が豊かな事だ。旧黒の国の王宮はこの場所にあって、慰霊のための教会として建てられたんだよここは。実際、俺が入っていた聖遺物、その箱もこうしてここにあるからね」
聖遺物。数多の色の名の付いた国にひとつずつ存在するとされる神や聖人が遺した貴重な物。
これを元に争いが起きていたと聞いたが、王宮の物と別に白の国には旧国のものがもうひとつ存在すると聞いたことがあった。どこにあるのかと大人たちに聞いたが、口を噤んで教えてくれなかった。が、知らない方が幸せなこともある。今ならわかるが”誰も知らなかった”がその答えだったのだ。それはこの施設と教会を危険なことに巻き込みたくないからだろう。
「オレの命に背いた遣いのものはどっちにしろ処理しないといけなかったし。反転がなければ詩音君は今頃跡形もなく消えていただろうね。いやぁ彼は運、持ってるね〜」
仲間内を処理って言うのもなかなかに異常だが。
「さっきみたいに、跡形もなく仲間も消すのか?身内だろう」
「え?要らないものは人間だって捨てるだろ。ああ、この話とは別でまだシオン君のことは諦めたくはないし供物として次回の祭典には来て欲しいんだよね。やっぱり仲良し二人の力が必要だからね」
神様って図太いな!まだ要求してくるのか
「おい、諦めろよ俺が身代わりになってるんだから」
「そっちがオレのものを壊したんだろ。だから俺も壊したんだよ」
は?ってことはシオンの手足を使えなくしたのも意図的にしたってことなのか?こいつはやっぱり何とかしないと。
「甘ったれてんじゃねぇよ、相応の対価だろ。シオン君の意識が戻るまで数百年は掛かるだろうから、君は約束通り俺の遣いの代わりとして天界に連れていくよ」
「数百……?そんなの死ぬまで意識が戻らないってことじゃないか!」
「おい、何を驚いてるんだ?君はもうとっくに人間なんかじゃないだろ。人間がそんなに目が良かったり、空を飛ぶなんて不可能だ。供物より過酷な天使として働いてもらうよ」
突然突きつけられた現実に押しつぶされそうになる。ああ、僕はもう……。死んだんだ人間としては。
「辛いのは最初の数百年だ。聖遺物の代償はそういうものだよ。彼の手と足はもう使い物にならないだろうから寝たきりも覚悟した方がいい。まぁ、俺は使いの者を溶かされてるからね」
使いの者を溶かされたことにも怒っている。
「シオン君を延命させるには種族の変更、ヒューマノイドになるしか方法は無い。まぁ、あの行動は人体実験後の暴走と見たからヒューマノイドにはもうなっている。あとはシオン君の手と足がどうなるかお医者さんに聞いてみるとしようか」
気がついた時には空間が病院の診察室に移されていた。
「御家族の方……残念ですが、詩音さんの手と脚は切断を余儀なくされています」
「……っ!それしか方法が無いのであれば。彼が生きていてくれるのであれば僕は何だってします。お願いします。シオンを助けてください」
「ベストは尽くしますが……寝たきり、昏睡状態に陥ることは覚悟していてください」
「……わかりました」
「さぁ、これでシオン君の命は助かるよ。これで君の人間界での役割は終わった。残念だけどルールだから、白の国には一度リセットをかけることにしよう」
ただそこには蒼く眩いばかりの空。
「ふふ、とても素敵な終末だね」
「ああ。勿体ないくらいに良い日だった」
今日が世界最後の一日とは露知らず、教会の外では何一つ変わらない日常が広がっていた。神様は真っ黒な瞳をして取り繕った笑顔を張りつけながら少し残念そうな顔をしていた。




