実験の果てに
この記憶は、俺自身の持っていた記憶?それとも最初からそう仕組まれていたことなのか──己がずっと悔やんでいる罪であることしかわからない。
何度だって君のことを探し出すから。
飾 詩音の日記より。
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これは俺とミニュイの昔の話。生まれ変わってから容器の中で目を覚ました俺は、ミニュイにこれまでの事を聞くことにした。
「なあ、俺って死んでるの?」
「あぁ……そりゃあ五百年は経ってる、もちろん僕も死んでいる」
俺たちは軽い命として弄ばれた。切り刻まれた痛みと冷ややかな目、あの煩い声、身を焦がすような火の熱さを。決していつまで経ってもあの感覚は消えない。
「シオンはその姿……一体何になりたいと願ったんだ?」
「俺に願い……そんなものはなかったはず。ただ、それが神の意であればって」
「なるほど、君らしいね。僕は科学者たちの実験で××されるくらいなら……ゴボッ!?」
「うん……ミニュイおい、どうしたんだよ!?」
彼の瞳にはノイズがかかっていて、血を吐き出しもがき苦しむように床に倒れ込む。一方、目の前の状況から俺の脳内には異常検知の通知音が鳴り響く。
『エラーコード、セキュリティーに問題が生じています。管理者ID、パスワードを入力の上、再起動を推奨します』
……何だこれ。ミニュイに一体何が起こっているのか、俺には一切分からない。
ミニュイの瞳にかかっていたノイズから俺と同じ何らかのヒューマノイドモデルなのは間違いない。
俺がミニュイを調べてみるしかないのだろう。それにしても、俺がミニュイの過去に干渉することが向こうにとっては都合が悪いのか?
「アがっ……ゲホッ……!」
「ごめん、ミニュイ」
苦しみ、のたうち回っているミニュイを押さえつけるのは良心が痛むがこの際仕方がない。方法を選んでいられるような余裕がなかった。俺の勘が正しければ首の前か後ろに強制停止ボタンがついていると脳が知らせてくる。
「あ、あった!」
「……シオン、お願い……僕を×してから僕の記憶を消してくれないか?」
「ぁ……ああ、前々から決めていた事だからな」
舌先から滑り落ちる言葉ひとつも自分の意思と反するものでそこに違和感しかなかった。前々から決めていたこと?
その約束は俺には全くもって覚えがない事だった。俺の意思と記憶が混濁して口任せに話すと支離滅裂な言葉ばかり飛び出すものだからどうしたものか。
「はッ何で、そんなこと言うんだよ!自己修復、再起動してみれば治るはずだろ!?」
「それでは一時的なんだ。君が再起動するまでにその方法はもう何度も試した。僕や君の過去に干渉をする事が出来ないなんて……こんなものはこれまでの僕自身を否定されているってことだろう!」
「でも、どんな姿であれミニュイは俺の知るミニュイだよ」
「っ……もういいんだ、記憶や意思でさえアイツらは容易く、すり替えてしまえるんだ。一体僕ら自身の意思ってのは、あとどれほど残っているだろうね」
憂いを帯びた目で話すミニュイには希望が感じられなかった。そのやり取りの間にも俺の身体は自分の意思に反して勝手に動き続け、もう既にミニュイの首元に両方の手を添えていたのだった。
「嫌……やめろ、止めてくれ!」
「君には断れない。だって、僕が後からプログラムに組み込んだんだよ、君が僕を×す為にね」
軋む音がして、しばらくするとミニュイはピクリとも動かなくなった。それを俺はただただ見つめていることしか出来なかった。
「ァあああああああああぁぁぁ!」
どうして、こんなことをしてしまったんだろう。自分の腕や手足を傷つけてでも止められたはずなのに、何で?俺は見ていることしか出来なかったのだろう。
いや、コレが俺の本心だとしたら……?
「あ……はは。……ご……なさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!……俺のせいだ」
『強いストレスを検知、直ちにメンタルケアを行ってください。前方の対象、スキャン完了。緊急メンテナンスモードの為、活動を強制停止します』
そこで俺の意識は途切れた。目が覚めた時には現実と見境ないような場所、記憶領域だった。
目の前に俺そっくりの容姿をした男が立っている。
『あなたの日常から非常時までアシスタントを務めます、バーチャルアシスタント、アスター・アンベリールです。あなたの思考パターンを学習します』
「もう俺に話しかけないでくれ」
『こちらは記憶領域、わたくしはあなたの身体の危険を察知し強制停止させていただきました。悩みは抱え込まず、話してみませんか?カウンセリングを受ける際はこちらまで。推奨:心理面のサポート』
「……うるさいな、それで解決したら医者と薬、法なんて必要ないんだよ。でも、俺の知っているミニュイよりずっと幼かったあれは……生まれ変わりか?」
『推定:魔術によるもの。変身魔術は常時展開できるものでは無いこと、また彼自身の魔力の質や量にもよりますが』
「いや、それは生前から出来ていた。あいつは魔力量が多い方だったはずだが」
『現在は意識がカットされているにも関わらず姿が変わらないことからも彼は魔術を行使していないことがわかります』
「何の祝福なんだ?そうしたら」
ギフト。それは神や上位存在がもたらすことが出来る技のこと。彼が容姿や行動で目立ってしまうことを嫌がっていたのは知っている。と、言っても常時展開できるのは彼の魔力の質が変化していたからだとしてもそんなことは生身の人間には不可能のはず。
「ミニュイもまさか……アンドロイドに?」
『はい、あなたが首を絞めたミニュイ・レーゼルは鳥人型アンドロイドです。彼はメンテナンスモードのため一時的に機能を停止しています。脈拍正常、就寝時の平均値と同等と判断』
「……え、それは生きてるってこと?」
『はい、あなたがた元生物の概念ではそうなります』
「……ツッ!?アイツは本当に紛らわしいことする!二度と出来ないようにこのプログラムは破壊しておいてもらっても⁉︎」
『約束できかねます。詳しくはミニュイさんにお聞きしましょう』
俺が殺したとばかり思っていたが、眠っているだけだそう。生前の約束だとしても人道的に許されることではない。
『ミニュイ・レーゼルより過去のデータを受信できます。受け取りますか?』
「え、受け取っても大丈夫なのか、それは……?」
『本人の希望です。受け取りました、それではプログラムを実行します』
「おい、聞けよ!?」
次に目を覚ました時には、俺は夜中にも関わらずミニュイと俺の相部屋で工具を握りしめながら立ち尽くしていた。
俺は見慣れたアイツの、ミニュイの姿そのものに変化していた。このプログラムが意味しているのは……
──あの日の追体験だ。
手元の端末を見ると、五百年前のミニュイと会話をした最後の夜だった。妙に心拍数が上がるのを感じてミニュイの思考が流れこんでくるかのようだった。だってこの後に続くのは──告白。
そうか、アイツらしい仕返しが返ってきたんだ。俺がミニュイの一世一代の大勝負に何と答えたかを覚えていなかったのにも腹が立ったのだろう。
俺が後ろを振り向くと、自分が日記を黙々と書いていた。こうして自分を他人の視点で見るのは不思議だ。一日を振り返り、自分を顧みるこの時間こそが俺にとっての習慣だ。
日記全てを文字で埋め終えてペンを置くタイミングを見計らう。俺は覚悟を決めて声を掛けた。
「シオン、お、お願いしたいことがあるんだ」
妙に声が震えて上手く話せそうにない。
「お願い?ああ、俺に出来ることならもちろん。横、座ったら?」
「あ、ああ」
あまりにも目に毒すぎる。自分自身を見つめることは中々ないことなのだが……。この頃の俺はこんなにも表情が固かったのか。何を考えているのか感情が読み取りにくい。でも、ミニュイに対しては少しだが、柔らかい表情を浮かべていた。
「どうしたの、改まって俺にお願いってあれ……いつもよりあまり元気がないようだけど、何か考え事?」
「あ、あのね?別に断ってくれても良いんだ。僕の一方的なお願いだから」
産まれてから今まで愛とは何たるかを物語や教典、親代わりの神父やシスターから知ったつもりだ。
僕は僕を大切にしてくれる人が好きだし、それを愛だと思った。それを確信したのが飾 詩音との出会いだった。
園庭での遊びの時間なのに木陰に机と椅子を準備していつも難しい本を読んでいる君とその木の上で施設のありとあらゆる物や機械を壊しては改造する僕。木の上から”僕らは似た者同士だね”と言うと、”俺は君みたいな野生生物じゃないから木登りはしない”と言われたのを覚えている。
失礼だな?
「同じ施設でシオンと出会って話すようになってから僕の毎日は変わったんだ」
普段は無表情でクールな君が語る話は説得力や夢に溢れていて、生き生きと語る時の表情や声がなんて言っても心地良くて、もっと話していたかった。これは一人の友人として?と思っていたがそれだけでは無いらしい。気がついた時には目で追っていたり、君のことを想って物を作ったり。
「どうやら僕は君の事になると必死になってしまうんだ。君の事がどうしようもないくらい好きだ。研究対象としての興味では無く、君に恋愛感情を抱いている。恋人として手を繋いだり、デートをしたり。それ以上の事だって君となら……僕の恋人になって欲しい」
シオンは目を見開いて頬を赤らめながら驚いていた。少し落ち着いてから口を開く。
「そうか……俺も。そう言ってくれて嬉しいよ。でもミニュイはこの気持ちをお願いだからと今夜限りで終わらせるつもりで来た……で、合ってる?」
「……あーあ、君にはお見通しって訳か。そう、急にこんな事を言われても困らせてしまうだろうから次に会う時、朝には友達として今まで通りの関係で居たくて。気にしないで……僕は今から──」
生まれ付きのオッドアイを気味悪がられた俺は人の顔色を伺い続けてきた。この目で俺は人の考えていることは手に取るようにわかるのだ。
「……研究室に戻ると。ミニュイのお願いには続きがあるはずだが?」
壁に追いやられ強い力で押えられて動けそうにない。彼は自分なのに体格差で勝てそうにない。理由は話せない。付き合いも長いし、仲が良いからこそ理由を話せばシオンをこの施設の秘匿された研究に巻き込むことになるから。
この時の俺はミニュイとはただ唯一の友達である関係を守りたかった。
自分自身の命を懸けてでも俺を守りたかったミニュイとでは根本的に守りたいものの重みが違っていたようだ。
プログラムは少し先へ進む。何だか腰が痛いような気がする。
「はぁ……全く、手加減ってものを知らないのか俺は」
手元の時計は午前5時。今から僕は人ならざるものに変わるのだ。枕元の手術着に着替え、口と手を拘束され、研究室まで歩いていく。
消毒液の匂いと怪しい器具、意識が朦朧とする中、科学者たちが何か話している。
「よし、この計画は被検体Mで試すか」
「貴重な検体だ、なんて言ったって跳ぶ宝石と呼ばれているんだから」
「おい、まだ子どもだろ!酔狂が過ぎるのでは?」
「だからどうなるか試すんだろ?」
何度だって僕は……あれ、ぼくは誰ダったっケ。
薬を流し込まれしばらくしてから耳元に走る激痛に叫び出したい衝動に駆られる。
痛い、痛い痛い痛い!
でも、自分自身の声すら出せない。僕が彼のことを守らないと。生まれ変わったらすぐにでも会いに行こう。
打ち込まれた薬が効いてきて、痛覚が鈍ってきた。意識が溶けてどこまでも落ちていくようだ。
瞼が落ちる瞬間。
一羽の虹色の鳥が華やかに羽を落として飛びたっていく。僕の手元に落ちてきた羽の色は見紛うことはない。
「な、何の鳥かは……俺には分からないけどミニュイに似てるなぁ……」
『そう、そのまま自分を保って──。形をイメージして。目が覚めたら君は僕と話したことを忘れるよ』
──何度だって×××のこと見つけ出すから




