第5話 この草、食べれる?
第5話 この草、食べれる?
マラッカの港町。
日本を出てから、見たことのないものばかりに出会ってきた四人の少年たちは、その日も、昼食を前に目を輝かせていた。
テーブルに並んだのは、見慣れない香辛料を使った料理。
そして、その皿の上には――。
緑色の葉っぱが、山のように盛られていた。
ミゲルは、しばらく黙ってそれを見つめていた。
「……ねえ」
隣に座っていたマンショが顔を向けた。
「どうしたの?」
ミゲルは、料理を指さした。
「この草、食べれる?」
「草?」
ジュリアンも皿をのぞき込んだ。
「本当だ。葉っぱがいっぱいだね」
マルチノは、少し警戒したように身を引いた。
「飾りじゃないの?」
「飾りにしては、多すぎない?」
ミゲルは、皿の上の緑を指で示した。
「これ、料理が見えないんだけど」
四人は顔を見合わせた。
そこへ、食事を用意した人がやってきた。
メスキータ神父が、現地の人に尋ねてくれた。
「これは、食べられる香草だそうです。料理と一緒に食べるのですよ」
「香草?」
ミゲルは、もう一度、葉っぱを見た。
「つまり、草ですよね?」
「植物の葉ですからね」
神父は、穏やかに答えた。
「そういう意味では、草と言えなくもありません」
「神父さままで!」
マンショが吹き出した。
ミゲルは、しばらく考えたあと、葉っぱを一枚つまんだ。
鼻に近づける。
「……なんだ、この匂い」
独特の、青々とした強い香りがした。
ジュリアンが顔をしかめる。
「ちょっと、変わった匂いだね」
マルチノも慎重だった。
「本当に食べて大丈夫なの?」
「食べられると言っているじゃないか」
ミゲルはそう言ったものの、まだ葉っぱを口に入れようとはしなかった。
やがて、意を決して、ひと口。
もぐもぐ。
……。
「どう?」
マンショが尋ねた。
ミゲルは、首をかしげた。
「……わからない」
「おいしくないの?」
「いや。まずくはないんだけど」
もうひと口。
「なんだろう。変な匂いなのに、料理と一緒だと……」
ミゲルは、今度は肉と葉っぱを一緒に口に入れた。
そして、目を丸くした。
「あれ?」
「どうしたの?」
「これ、なんか、おいしいかも!」
マンショも試してみた。
「本当だ。葉っぱだけだと不思議な匂いだけど、料理と一緒に食べると、味が変わるね」
ジュリアンも、少しずつ口に運んだ。
「香りが強いけれど、肉の味にも負けていないね」
マルチノは、三人の様子を見てから、ようやくひと口食べた。
「なるほど……。日本で食べている葉物とは、ずいぶん違うね」
四人は、夢中で食べ始めた。
さっきまで「草だ」「飾りじゃないのか」と言っていたのが、嘘のようだった。
ミゲルは、皿の上の葉っぱを見つめた。
「ねえ。これ、日本にもあるのかな?」
「さあ。少なくとも、ぼくたちは、こんなにたくさん食べたことはないね」
マンショが答えた。
「帰ったら、誰かに教えてあげたいな。外国には、こんな葉っぱを料理にたくさん入れるところがあるんだって」
ジュリアンが笑った。
「そのとき、最初に『この草、食べれる?』って聞いたことも話すの?」
「もちろん!」
ミゲルは胸を張った。
「だって、最初は本当に、ただの草に見えたんだから!」
その言葉に、四人は大笑いした。
食事が終わるころには、皿の上の緑色の葉っぱも、ずいぶん少なくなっていた。
ミゲルは、最後に残った葉を見つけると、そっと自分の皿に移した。
マルチノが、目ざとく見つけた。
「ミゲル、それ、まだ食べるの?」
「うん」
「さっきまで草だって言っていたのに?」
「食べてみなきゃ、わからないだろ!」
ミゲルは、得意そうに答えた。
そして、最後のひと口を食べた。
「……うん。やっぱり、これ、おいしいかも」
こうしてミゲルは、異国の香草と出会った。
もちろん、これは史実に残る出来事ではない。四人が実際にパクチーを食べたという記録もない。
けれど、世界を旅する少年たちが、初めて見る食べ物を前にして、
「この草、食べれる?」
と尋ねたとしても、不思議ではないだろう。
知らないものに出会ったら、まずは驚く。
そして、ちょっとだけ疑ってみる。
それでも、ひと口食べてみる。
もしかしたら、そこから新しいお気に入りが生まれるかもしれない。
――世界は、まだまだ知らない味でいっぱいなのだから。
【パクチーは、じつは古株だった】
今回、四人の少年たちがマラッカで出会う香草として登場したパクチー。
独特の香りに驚く少年もいれば、意外と気に入る少年もいる。そんな場面を想像してみました。
ところが、調べてみると、パクチーは日本でも平安時代にはすでに知られていたと考えられています。
当時は「胡荽」などと呼ばれ、薬用だけでなく、食用にも利用されていたようです。
つまり、天正遣欧使節の少年たちが生まれるずっと前から、日本にも縁のある植物だったのです。
パクチーは、日本では平安時代にはすでに知られていたと考えられています。薬草として使われたのは、葉よりも種子でした。
平安時代:中国から伝わったと考えられ、当時の文献には「胡荽」の名が見られます。
10世紀ごろ:『倭名類聚抄』には「古仁之」という和名が記され、魚や鳥のなますに用いることも紹介されています。つまり、薬用だけでなく食用でもあったのです。
薬としての利用:成熟した果実(一般にコリアンダーシードと呼ばれる部分)は、伝統的に健胃などの目的で使われてきました。




