第4話 ゴアの食卓―世界には、こんなにおいしいものがある! 改訂版
第4話 ゴアの食卓―世界には、こんなにおいしいものがある!
「……いい匂いがする」
伊東マンショは、思わず足を止めた。
ゴアの町を歩いていると、どこからともなく、食欲をそそる香りが漂ってきたのだ。
焼いた肉の香ばしさ。
それに、嗅いだことのない、甘くて、少し刺激のある香りが混じっている。
「ねえ、何の匂いだろう?」
千々石ミゲルも、鼻を動かした。
「さあ。でも、お腹が空いてきた」
「さっき食べたばかりじゃなかった?」
中浦ジュリアンが笑う。
「それとこれとは別だよ!」
原マルチノが、真面目な顔で答えた。
四人は、顔を見合わせた。
日本を出てから、ずいぶん遠くまで来た。
海の色も、町の景色も、行き交う人々の服装も違う。
そして、食べ物までが違うらしい。
やがて、彼らの前に料理が運ばれてきた。
大皿に盛られた米。
しかし、それは日本で見慣れた白いご飯とは、まるで違っていた。
米粒には色がつき、香辛料の香りが立ち上っている。肉も一緒に盛られていた。
「これ、本当にお米なの?」
マルチノが、皿をのぞき込んだ。
「米には違いないと思うけど……」
マンショも、少し戸惑っている。
日本で食べるご飯は、白くて、ほのかな甘みがある。
焼き魚と一緒に食べたり、汁物と合わせたりする。
ところが、目の前の料理は、見た目からして違っていた。
米そのものに、肉や香辛料の味が染み込んでいるように見える。
「食べてみようよ」
ミゲルが言った。
「でも、どんな味なのか、想像もつかないな」
ジュリアンは、慎重に匙を手にした。
「お腹は空いているんだ。食べてみればわかるよ」
マルチノは、そう言って、ひと口食べた。
そして――。
ぴたりと動きを止めた。
「……どうしたの?」
マンショが尋ねる。
「辛かった?」
「変な味だった?」
ミゲルとジュリアンも、心配そうに顔をのぞき込んだ。
マルチノは、ゆっくりと顔を上げた。
「……おいしい」
「えっ?」
「これ、すごくおいしい!」
その言葉を聞くやいなや、三人も匙を伸ばした。
ひと口食べる。
香辛料の香りが、口いっぱいに広がった。
米の甘みがあり、肉のうまみがあり、その上に、いくつもの香りが重なっている。
ひとつの味だけではない。
食べるたびに、違う香りが感じられる。
「なんだ、これは!」
ミゲルが目を丸くした。
「お米なのに、こんなに味が違うなんて!」
ジュリアンも、驚いたように皿を見つめた。
「日本のご飯とは、まるで別の食べ物みたいだ」
「でも、お米だよね?」
マンショが念を押す。
「うん、お米だよ!」
「なのに、どうしてこんなにおいしいんだろう?」
誰にも答えられなかった。
ただ、四人とも、もう一口食べたかった。
「ねえ、これ、どうやって作るんだろう?」
マルチノが尋ねた。
「お米を炊くときに、何かを入れるのかな?」
「肉と一緒に煮るのかもしれないよ」
「香りのするものを、いろいろ入れているんじゃない?」
四人は、食べながら、あれこれ考えた。
食べることに夢中になっているのに、作り方も気になる。
知らないものを見たら、知りたくなる。
それが、この四人の少年たちだった。
そこへ、もう一皿、料理が運ばれてきた。
今度は、米料理とは違う。
豆や野菜が煮込まれた、汁気のある料理だった。
香辛料の香りに、少し酸味のある匂いが混じっている。
「これは、さっきの料理とは違うね」
ジュリアンが言った。
「また、食べたことのないものだ」
マンショが、少しだけ口に運んだ。
豆はやわらかく、野菜の味もする。
そして、あとから香辛料の風味が広がった。
「これも、おいしい!」
マルチノが、すぐに声を上げた。
「さっきの米料理とは、まったく違う味なのに!」
ミゲルは、感心したようにうなずいた。
「同じ場所にいるのに、こんなに違う料理があるんだね」
「日本にも、いろいろな食べ物はあるけれど……」
マンショは、匙を動かしながら考えた。
「僕たちは、まだ、知らないことばかりなんだな」
その言葉に、三人は黙ってうなずいた。
彼らは、ローマ教皇に会うという大きな使命を背負っていた。
けれど、目の前の料理を食べていると、そんな使命のことさえ、少しだけ遠くに感じられた。
知らない味に驚く。
おいしいものを見つけて、うれしくなる。
もっと食べたいと思う。
そんな気持ちは、日本にいても、ゴアにいても、変わらないのかもしれない。
「ねえ、これ、日本に持って帰りたいね」
マルチノが言った。
「料理を?」
「そうだよ。日本のみんなにも食べさせてあげたい」
「作り方がわからないと、無理じゃないかな」
ジュリアンが笑った。
「じゃあ、作り方を教えてもらおう!」
ミゲルが、勢いよく言った。
「それなら、僕も賛成!」
マンショも笑った。
四人は、もう一度、料理に向き直った。
そして、またひと口。
「……やっぱり、おいしい!」
誰かがそう言うたび、食卓には笑い声が広がった。
ゴアでの暮らしは、暑さもある。慣れない言葉もある。長い旅の疲れもある。
それでも、こうして新しいものに出会うと、世界は急に面白くなる。
日本では、焼き魚とご飯を食べていた。
それが当たり前だった。
けれど、海を越えた先には、米ひとつでも、こんなに違う食べ方があった。
そして、まだ見ぬ土地にも、まだ知らない料理があるのだろう。
「次は、どんなものが食べられるのかな?」
ミゲルが尋ねた。
「また食べ物の話?」
ジュリアンが笑う。
「だって、大事だろう?」
マルチノが、真顔で答えた。
四人は、また笑った。
旅は、まだ続く。
知らない土地へ行くたびに、新しい景色が待っている。
新しい人々が待っている。
そして――。
**もしかしたら、今まで食べたことのない、おいしい料理が待っているかもしれない。**
そう思うだけで、四人の少年たちは、次の土地へ向かうのが楽しみになった。
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※本話の会話と食事の場面は創作です。
料理は16世紀のインドの食文化を参考にした想像上の描写であり、使節団が現代のビリヤニやサンバルと同一の料理を食べたことを示す史料がある、という意味ではありません。




