閑話 ザビエル神父の不思議な遺体 改訂版
閑話 ザビエル神父の不思議な遺体
「ところで、皆さんはフランシスコ・ザビエル神父をご存じですね?」
マカオで一行を迎えた宣教師が尋ねた。
「もちろんです。日本にキリスト教を伝えた方でしょう?」
少年の一人が答えた。
「そのとおりです。では、ザビエル神父が亡くなったあと、どのようなことが起きたか、ご存じですか?」
四人は顔を見合わせた。
日本での布教の話は聞いていた。しかし、亡くなったあとのことまでは、詳しく知らなかった。
「神父様は1552年、中国沿岸の上川島で亡くなられました。その遺体は、のちにインドのゴアへ運ばれました」
「インドまで?」
「ええ。そして、遺体を確認した人々は、腐敗が予想されたにもかかわらず、著しい腐敗が見られなかったことに驚いたと伝えられています」
「腐らなかったのですか?」
一人が目を丸くした。
「少なくとも、当時の記録には、そのように伝えられています。ただし、なぜそのような状態になったのか、簡単には説明できません」
少年たちは黙り込んだ。
人は亡くなれば、やがて身体が変化していく。それは、誰もが知っていることだった。
なのに、ザビエル神父の遺体には、不思議なことが起きたという。
「それでは、今も、その遺体は残っているのですか?」
「インドのゴアにある教会に安置されています。ザビエル神父は、カトリック教会で聖人とされていますから、その遺体は多くの人々にとって、特別な意味を持つのです」
四人は、しばらく考え込んだ。
日本へキリスト教を伝えた人物。
遠い海を渡り、異国で亡くなった宣教師。
そして、死後も人々の記憶と信仰の中に残り続ける、その身体。
旅に出る前には、考えもしなかったことだった。
「……不思議ですね」
誰かが、ぽつりと言った。
「ええ。不思議な話です。しかし、伝えられていることと、原因がわかっていることは、分けて考えなければなりません」
宣教師は、静かに答えた。
四人はうなずいた。
海の向こうには、知らない土地だけでなく、知らない歴史もある。
そして、その歴史の中には、今も答えがはっきりしない謎が残されているのだった。
◾️インド・ゴアのボン・ジェズ教会
現在も、フランシスコ・ザビエル氏の遺体とされる聖遺物が、銀製の棺に納められています。
教会は現在も一般公開されていますが、通常は棺が高い位置にあり、遺体を間近に見る機会は限られます。
遺体が公開される特別な機会もあります。
およそ10年ごとの公開では、多くの巡礼者が訪れます。
直近の公開は2024年11月から2025年1月にかけて行われました。
歴史の教科書では、ザビエルは「1549年に日本へ来た宣教師」として数行で紹介されることが多い。
ですが、そのザビエルが、実際に生き、海を渡り、亡くなった後の身体まで何世紀も伝えられている。
そこまで知ると、教科書の人物が急に現実の人間として感じられます。




