↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『天正遣欧使節/De Missione Legatorum Iaponensium ad Romanam curiam』  作者: 東曌


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/12

第2話 マカオ上陸 / 海の向こうは面白い 改訂版

【少年たちを導いた宣教師 / 宗教改革と東アジアへの夢】



 天正遣欧使節の四人の少年たちを理解するためには、彼らに同行した宣教師ディエゴ・デ・メスキータ神父と、イエズス会について知っておく必要がある。


 そして、もう一つ。


 彼らが旅立った1582年のヨーロッパが、どのような時代だったのかも。


### 海を越えて広がるイエズス会


 イエズス会は、1534年にイグナチオ・デ・ロヨラらによって創設され、1540年にローマ教皇から正式に認可されたカトリックの修道会である。


 その活動の柱の一つが、海外への布教だった。


 16世紀、ポルトガルやスペインの船は、ヨーロッパからアフリカ、インド、東南アジア、そして東アジアへと航路を広げていた。宣教師たちもまた、その航路に乗って遠い土地へ渡っていった。


 日本にフランシスコ・ザビエルが到着したのは1549年。


 以来、イエズス会は日本で布教を進め、キリスト教を受け入れた大名たちとの関係を築いていった。


 日本は、イエズス会にとって重要な布教地となった。さらに、その先には中国という大きな文化圏があった。


 異なる言語、思想、社会制度を持つ人々に、どのようにキリスト教を伝えるのか。


 それは、宣教師たちにとって大きな課題だった。


### ヨーロッパを揺るがした宗教改革


 同じころ、ヨーロッパでは宗教をめぐる大きな変化が起きていた。


 1517年、マルティン・ルターによる宗教改革が始まり、カトリック教会のあり方を批判する動きが広がった。やがてルター派やカルヴァン派など、プロテスタントと総称される諸教会が各地に成立する。


 イングランドでも、ローマ教皇との関係が断たれ、イングランド国教会が形成されていった。


 1582年には、カトリックとプロテスタントの対立は、すでにヨーロッパの政治や社会を左右する大きな問題になっていた。


 カトリック教会も、内部の改革を進めるとともに、海外での布教活動に力を注いでいた。イエズス会は、その活動を担う重要な修道会の一つだったのである。


 ただし、宣教師たちが海外へ渡った理由は、宗教改革への対抗だけではない。新しい土地の人々に信仰を伝えること、現地の言葉や文化を学ぶこと、そして各地のキリスト教徒との結びつきを築くことも、彼らの重要な目的だった。


 日本での布教もまた、この世界規模の動きの中に位置づけられる。


### 四人の少年に託された使命


 この時代、日本での布教活動を進めるうえで重要な役割を果たした人物が、アレッサンドロ・ヴァリニャーノだった。


 彼は日本の事情を理解し、日本の文化や言葉を尊重することの重要性を認識していた。そして、日本のキリスト教徒の存在をヨーロッパに伝え、ローマ教皇をはじめとする要人との結びつきを深めるため、少年たちをヨーロッパへ派遣する計画を進めた。


 こうして、天正遣欧使節が誕生した。


 正使は伊東マンショと千々石ミゲル、副使は中浦ジュリアンと原マルチノ。彼らは九州のキリシタン大名たちの名代として、長い海の旅に出ることになった。


 同行したメスキータ神父は、少年たちを支え、導く立場にあった。


 四人の旅には、ローマ教皇への謁見という明確な使命がある。


 しかし、彼らは使命を帯びた使節であると同時に、まだ若い少年たちでもあった。


 初めて見る港町。聞いたことのない言葉。食べたことのない料理。日本とは異なる服装や習慣。


 目の前に広がる世界を知りたいという気持ちは、きっと彼らにもあったはずだ。


 歴史の記録には、彼らの名前や旅の足跡が残されている。


 けれど、記録だけでは、彼らが何を見て驚き、何を食べて喜び、何を不思議に思ったのか、そのすべてを知ることはできない。


 だからこそ、この物語では、史実を大切にしながら、歴史の記録の隙間にいる少年たちの姿を想像してみたい。


 彼らは、何を見たのだろう。


 何を知りたかったのだろう。


 そして、遠い異国で何を感じたのだろう。


 宗教改革がヨーロッパを揺るがし、イエズス会が海を越えて布教を進めていた16世紀。


 四人の少年たちは、日本から世界へと踏み出した。


 その旅は、ローマ教皇に会うための旅であると同時に、彼ら自身が、まだ知らない世界と出会う旅でもあった。



 船がマカオに近づいたとき、四人の少年たちは、甲板から身を乗り出すようにして港を眺めていた。


船がある。


一隻や二隻ではない。


大きな船もあれば、小さな船もある。港には荷物を運ぶ人々が行き交い、聞いたことのない言葉が飛び交っている。


「……すごいな」


マンショが、思わず声を漏らした。


「これが、マカオか」


ミゲルも、目を輝かせていた。


「日本の港とは、ずいぶん違うね」


マルチノは、行き交う人々の服装に目を向けた。


ジュリアンは、船の数を数えようとして、途中で諦めた。


「数えても、きりがないよ」


「それだけ、たくさんの船が来るということだろう?」


マンショが答えた。


四人は、まだ知らない。


この港が、遠く離れた土地を結ぶ交易の拠点であることを。


そして、自分たちの旅もまた、この港を経由して、さらに遠い世界へ続いていくことを。


* * *


船が港に入ると、すぐに上陸できるわけではなかった。


船の乗組員や、乗っている人々の身元を確かめる必要がある。どこから来た船なのか。何のために来たのか。誰が乗っているのか。


港は、見知らぬ船を何でも受け入れる場所ではない。


海には商人だけでなく、海賊もいる。


船の安全を守り、港の秩序を保つためにも、確認は欠かせなかった。


四人は、メスキータ神父が関係者に説明する様子を見守っていた。


神父は、使節団の目的を伝え、日本から来た少年たちがローマの教皇に会うために旅をしていることを説明した。


もちろん、四人が自分たちの使命を忘れているわけではない。


ただ、目の前の港があまりにも珍しく、つい周囲に目を奪われてしまうのだった。


「神父様」


マンショが尋ねた。


「船が港に入るだけでも、いろいろと確認が必要なのですね」


「そうです。船がどこから来たのか、誰が乗っているのか。それを明らかにすることは大切です」


「なるほど……」


マンショは頷いた。


世界を旅するというのは、ただ船に乗って海を渡ればよい、というものではないらしい。


* * *


上陸が許されると、四人は初めてマカオの町を歩いた。


目に入るものが、どれも新鮮だった。


建物の造りも違う。


人々の服装も違う。


聞こえてくる言葉も違う。


四人は、あちらを見たり、こちらを見たりしながら歩いた。


「ねえ、あの人たちは何語を話しているんだろう?」


ミゲルが尋ねた。


「わからないな」


マルチノが答える。


「こちらの人たちは、中国の人々とも、ポルトガルの人々とも、商売をしているのでしょうか」


ジュリアンが言った。


「だから、いろいろな言葉が聞こえるのかもしれないね」


マンショは、納得したように頷いた。


日本にいたとき、海の向こうにこんな世界が広がっているとは、どれほど想像できただろう。


彼らは日本から遠く離れた場所に立っていた。


そして、これからさらに遠い土地へ向かうのだ。


「ところで……」


ミゲルが、急に真剣な顔をした。


「お昼は、何を食べるんだろう?」


三人は、思わず笑った。


* * *


食事の時間になった。


四人は、用意された料理を前にして、顔を見合わせた。


見慣れたものもあれば、見たことのないものもある。


香りも違えば、味付けも違う。


「これは、何という料理ですか?」


マンショが尋ねた。


説明を聞いても、すぐには想像できない。


「食べてみるしかないな」


ミゲルが言った。


「そうですね」


ジュリアンも頷いた。


四人は、それぞれ料理を口に運んだ。


「……あれ?」


マルチノが、少し驚いた顔をした。


「思っていた味と違う」


「おいしくないのか?」


ミゲルが尋ねる。


「いや、そうじゃない。知らない味なんだ」


その言葉に、マンショも頷いた。


日本で食べてきた料理とは違う。


けれど、違うからといって、まずいわけではない。


知らない味に出会うということは、知らなかった世界に出会うことでもある。


「帰国したら、こういう料理の話もしたいね」


マンショが言った。


「旅の話をするのに、食べ物の話ばかりになりそうだな」


ミゲルが笑った。


「それも、旅の思い出でしょう?」


ジュリアンの言葉に、四人はまた笑った。


* * *


ところが、旅には楽しいことばかりがあるわけではなかった。


食事をすれば、お金がかかる。


宿泊すれば、お金がかかる。


船を乗り継ぎ、必要な品をそろえれば、また費用がかかる。


四人が自分たちの旅費を細かく管理していたわけではない。旅を支えるのは、彼らを送り出した人々や、同行する宣教師たちの仕事でもあった。


それでも、少年たちにも、旅に必要なものがたくさんあることはわかり始めていた。


「神父様」


マルチノが尋ねた。


「私たちは、これから何年も旅をするのでしょう?」


「そうなるでしょう」


メスキータ神父は答えた。


「それだけ長い旅なら、着替えも必要ですよね」


「もちろんです」


「では、服が傷んだら、どうするのですか?」


神父は、少し考えた。


「直せるものは直します。必要なものは、旅先で調達することもあるでしょう」


四人は、顔を見合わせた。


日本なら、家に帰れば着替えがある。


困ったことがあれば、知っている人に相談できる。


しかし、今は違う。


帰る家は、遠い海の向こうにある。


「……服まで、心配しなければならないのか」


ミゲルが、ぽつりと言った。


「当たり前でしょう。ずっと同じ服を着るわけにはいきませんからね」


ジュリアンが答えた。


「それは、そうだけど……」


ミゲルは、自分の服を見下ろした。


冒険とは、未知の世界を見に行くこと。


そう思っていた。


しかし、未知の世界で暮らすには、食べるものも、寝る場所も、着るものも必要なのだ。


しかも、必要なものが、いつでも手に入るとは限らない。


「ねえ、マンショ」


ミゲルが声をかけた。


「なんだ?」


「冒険って、もっと楽しいことばかりだと思っていたよ」


マンショは、少し笑った。


「私もだよ」


* * *


夜。


四人は、それぞれ旅の疲れを感じていた。


見たことのない町を歩くのは楽しい。


知らない料理を食べるのも楽しい。


けれど、言葉が通じないこともある。


慣れない食事に戸惑うこともある。


そして、いつ日本へ帰れるのか、まだわからない。


「……日本が、少し懐かしくなってきたな」


マルチノが呟いた。


ミゲルも頷いた。


「家で食べていたものが、急に食べたくなるね」


「でも、まだマカオに着いたばかりだよ」


ジュリアンが言った。


「この先には、もっと知らない世界が待っているはずだ」


マンショは、窓の外を眺めた。


港には、さまざまな船が停泊している。


その向こうには、まだ見たことのない土地が広がっている。


彼らには、日本から託された使命がある。


遠いローマへ行き、教皇に会う。


そのために、長い旅を続けなければならない。


けれど、それだけではなかった。


彼らは、自分たちの目で世界を見たいと思っていた。


知らない人々に会いたい。


知らない言葉を聞きたい。


知らない料理を食べてみたい。


その気持ちは、今も変わらない。


「明日は、どんなものが見られるだろうね」


マンショが言った。


「おいしいものがあるといいな」


ミゲルが答えた。


「また食べ物の話ですか」


マルチノが笑う。


ジュリアンも、楽しそうに笑った。


四人はまだ知らなかった。


これから先、マカオよりも暑い土地があることを。


見たこともない香辛料の料理が待っていることを。


そして、旅の途中で、世界の広さだけでなく、自分たちの知らなかった現実にも出会うことを。


冒険は、思っていたより大変だ。


それでも、次の港へ行ってみたい。


その気持ちは、四人の中に、まだしっかりと残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。