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第四話 お前は本当に国を守りたいのか?

「将軍!」

広間を出ると別室で待たされていた燕如が駆けてきた。

「資料は見つかりましたか?」

「あぁ、見つかった。だが急いで調査しないと相当まずいようだ。すでに部隊から報告が上がっているということは、それなりの数の者が使用している可能性が高いな」

とりあえず他の軍の所でも報告が上がってないか情報を共有する必要があり、事態は一刻も急を要する。

「確か過去にもこういう事例があったと聞きましたが」

「戦場だとこういう物を使う輩が一定数出てくる。興奮作用がある物を使うことで恐怖も疲労も感じずに戦い続けることができるが徐々に摂取する量が増えていき、肉体、精神の両方が蝕まれていく。そのうち自身を制御できずに暴れ出し敵味方構わず斬りつけるようになるが、そうなるともうどうしようもない」

とりあえず蒼玄にも今夜軽く話しておこうと考えながら執務室へと戻る。

「それにしても何か物騒ですね」

「あぁ、嫌な予感がするな」

もちろん燕如は幻夢香のことを指しているが、雲嵐にとってはそれだけではない。

(過去に戻る前にはこんな話を聞いたことがなかった……)

もちろん幻夢香に類するような物は昔から存在していた為、注意を払うようには言われていた。

だが自分が過去に戻ってからこのような報告が出るのは何やらできすぎているような気がする。

(もしや裏で私を生き返らせた者が手を引いているのか?)

そうなれば時期は合うのだが────。

問題はまずその裏にいる者が全く掴めないことだ。雲嵐が真っ先に思い浮かべたのはもちろんあの神官長だ。だが彼が国を裏切ったのであれば、わざわざ時を戻して自分を生き返らせる必要などない。むしろ余計な手間が増えるだけだ。それに幻夢香を広めたいのならば、それに関する資料をわざわざ渡して警告するような真似をするだろうか。

執務室まで続く長い廊下を歩きながらひたすら考える。

「………不愉快だな」

「えっ?」

「すまん、何でもない」

思わず心の声が漏れてしまったことにため息を吐きながら、雲嵐は拳を握りしめた。

陰でこそこそと他人を操り謀をするような輩が雲嵐は嫌いであった。そしてそのような人間の手の上でいいように踊らされている自分にも苛立つ。

(必ず炙り出してやる)

執務室に着き扉を開けながら、そこにはいない誰かに対して静かに決意を固めた。



執務室で机に向かい資料を読んだことで幻夢香についていくつか分かったことがある。

まずその香は西域が原産とのことだった。どうやら過去に大規模な争いが起き、国を追われた民族がもともと使用していたらしい。

それをたまたま見つけた商人がその効用に目をつけ、売り出すようになった。しかし当初は痛み止めなど医術に用いられており、現在のように有害なものという認識はなく、むしろ医者などからは非常に有難がられていた。だがそれが広まるにつれ徐々に医術以外の目的でも使われるようになってきてしまった。

それが花街での媚薬のかわりとしての使用だった。

少量では感覚を鈍らすことができるが、一定以上摂取すると多幸感を味わえる、ということで使用する妓女や客が増えた。しかし段々と量が増えてしまいには禁断症状まで引き起こすようになり、各地で大きな問題となった為即座に禁止されたのだった。

「それが今更出てくるとは」

眉間の皺を揉みながら雲嵐は唸るように呟く。

「こういった品々は高く売れますからね。密売人が後を絶たないようです。私の親戚の中に西域で商いをしている者がおりますが、密売人には相当手を焼いているみたいです」

「例え密売人を捕まえたとしても大本の者が分からないのならきりがないな」

雲嵐の横に立って資料をまとめたり、報告書に間違いがないか確認したりしていた燕如はその言葉に頷いた。

「役人と手を組んで市場に売り出している事例が多いのでなかなか解決するのは難しいですね」

「都だとさらに中央の有力な役人や商人まで絡んでいて、下手を打つと消される可能性もあるからな」

報告書をまとめ終わった雲嵐は資料に書いてあった幻夢香の特徴や症状を、さらさらと手近にあった紙に書きつけていく。

筆を動かす度にふわりふわりと漂う墨の香りがなぜか神殿を思い起こさせる。

そう言えば蔵書館だけでなく神官長の部屋にもこの香りが広がっていた。あの神官長にはこのしん、とした墨の独特な香りが似合う気がした。

彼の持つ冷たさの影響だろうか、感情も考えも全く読み取れない男だった。

(………本当によく分からない男だ)

ぶくぶくと泡のように浮かんでは消える雑念を払うように雲嵐は首を一つ振るとことりと筆を置いた。




女達が冷やかしに来た男を誘う声に白粉のむせかえるような香り。灯りが酔っ払った男の顔をゆらゆらと照らす。時折近くの建物からどっと笑う声が聞こえてくる。

連れてきた数名の従者や護衛達が物珍しげにきょろきょろと眺めている。

「旦那様、本当にこの辺りであっているんですか?」

進めば進むほど立派になっていく店構えに、呉陽が怖気付いたような声を出す。

「大丈夫だ。数回付き合いで行ったきりだがこの辺りでも特に大きな妓楼だからよく覚えている」

「いつの間に花街で遊んでいたんですか?!」

「上官や同僚に連れて行かれただけだ」

そう言いながら雲嵐その中でも特に立派な、朱塗りの門があるところで足を止めた。

「ここだ」

その門の上には大きく”金蝶亭”と金の文字で書かれていた。門をくぐれば横に池があり、そのほとりには季節の花々が植えられていた。

上の階の欄干から時折妓女達が顔を覗かせ、雲嵐を見ては黄色い声をあげる。その中からひょっこりと見慣れた顔が現れ、雲嵐を見つけるとにっと笑みを浮かべ手で上がるように示した。

雲嵐が従者達と別れ、上の階まで案内され部屋に着くとそこにはすでに蒼玄が寛いだ様子で座っていた。

「遅かったな雲嵐」

「少し厄介ごとがあってな」

雲嵐も蒼玄に向かい合うようにして座ると妓女が酒を並々と注いだ杯に口をつけた。

「で、話とは一体なんだ?人払いした方がいいか?」

「あぁ」

その途端側に控えていた妓女達がさっと部屋から出て行く。

「さすが金蝶亭だな」 

雲嵐の呟きに蒼玄が得意げな顔をする。

「当然だ。そこらの妓楼とは格が違う」

二人だけの空間は先程までと打って変わった静かな空気に包まれていた。雲嵐は蒼玄を見つめると覚悟を決めた。

「私がこれから話すことを信じてくれるか?」

「あぁ、信じるさ」

「どんなに荒唐無稽な話だとしても?」

「もちろん」

そこで深く息を吸うと雲嵐は話し出した。

「実は私は未来から来たんだ」

その途端蒼玄は飲んでいた酒を思い切り噴き出し、爆笑した。

「冗談だろ?!」

「真面目に言っているんだ」

当然そういう反応になるだろうと予想はしていたが、雲嵐は若干むっとした。自分でもにわかに信じられないような内容だが、蒼玄なら信じてくれるかもしれないと少しばかり期待していたからだ。

とりあえず雲嵐はことの経緯を一から説明した。

「つまりお前は国が滅びるのを防ぐためにその……過去に戻ってきたのか?」

首を捻りながら蒼玄が確認する。それに雲嵐は頷きながら話を進めた。

「だが何のために自分が生き返ったのか、誰がやったのかも全く分からない」

「だから俺の力も借りたいと?」

「そう言うことだ。お前は顔も広いし横の繋がりも私以上にあるだろう」

協力して欲しい、と頭を下げた雲嵐を蒼玄はじっと見つめると顔にいつもの、あの気安い笑みを浮かべ、ばんっと雲嵐の肩を叩いた。

「よし、乗った!でも全てが片付いたらお前にたくさん奢ってもらうからな」

「助かる」

杯に入った酒を一気に飲み干し、蒼玄は口元を拭うとふと思い出したように雲嵐に訊いてきた。

「そういえばここに来た時に厄介ごとがあった、とか言っていたが何があったんだ?」

「幻夢香とか言う物を使う者が軍の中に現れたという報告が上がってきたのだが」

懐から執務室で資料を書き写した紙を出すと蒼玄はそれを手に取って素早く目を走らせた。

「馴染みの妓女から聞いた話だが、とある客が持ち込んだことからあっと言う間に広まったらしい。金蝶亭のようなところは幻夢香の使用を禁止しているからいいが、下級の妓女や場末で春を売っている者の間ではこのせいで何人も死んでいるらしい。それが軍でも使われるようになっているなんてまずいな……」

「とりあえず後日会議で話すつもりだ」

「うん、そうした方がいいだろう。それについても同時に調べておこう」

紙を雲嵐に返しながら酒を飲む蒼玄を眺めていると彼に突然尋ねられた。

「お前まさかこのまま帰るつもりじゃないだろうな」

「いや……」

図星を突かれて雲嵐は目を逸らした。

「せっかくお前が来たからと妓女達も張り切っていたのになぁ、可哀想だろ。お前に人の心は無いのか?」

「そこまでいうか?」

このまま帰りたい雲嵐と帰したくない蒼玄の間で静かな攻防が繰り広げられる。

「お前以外の将軍は皆結構ここに来ているんだぞ」

「だからなんだ」

「……お前は本当に堅物だな!たまには息抜きしないとそのうち持たなくなるぞ!」

そこは本気で心配そうにいう蒼玄の言葉に雲嵐は思わず黙り込んだ。その隙に蒼玄は雲嵐の腕を掴み逃げられないようにすると、

「どの妓女がいい?」

と聞いてきた。

「美しい者に可愛らしい者、詩歌に秀でた者から楽器、舞が得意な者まで、お前の好みは何だ?」

「好きに選んでくれ……」

諦めが混じった声でそう言うと蒼玄はさっさと決めたらしい。

「じゃあ紫蓮にしよう!美貌だけでなく芸事にも秀でていて尚且つ教養深い。いいだろう?」

「分かった、それじゃあ彼女にしてくれ」

何故か雲嵐本人よりもうきうきと楽しそうな様子の蒼玄に結局雲嵐は何も言えなくなった。蒼玄が彼なりに自分を心配してくれているということが分かっていたからだ。

そこからは驚くほどの速さでことが進んでいった。まず蒼玄が人を呼ぶと楼主が出てきて何故か顔に満面の笑みを浮かべながら用意を整え、あっという間に隣の部屋の支度が完了した。

どうぞこちらへ、という楼主について行こうとした時だった。

「雲嵐」

「うん?」

「お前は本当にこの国を守りたいの?」

「えっ……」

なんてことないように杯を弄びながら頬杖をついて蒼玄が聞いてきた内容に雲嵐は絶句した。

突然何を言い出すんだ、と彼を問い詰めたい気持ちに駆られたが、なぜか身体が言うことを聞かない。蒼玄の元へ一旦戻ろうとしたが、周りを楼主達に囲まれてしまっている状況では叶わなかった。


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