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理不尽

 10分程車を走らせて叔父さんは料亭の前で車を止めた。

 行き先は聞いていなかったけれど、お気に入りのこの店に向かうのだろうと予想はしていた。

 入り口ではいつもの様に息子さんのお出迎えの姿があった。叔父さんは車から降りてドアを閉めると息子さんの元へゆっくりと歩み寄る。

「松多部様、いらっしゃいませ。ご無沙汰しております」

変わらぬ美しい所作でお辞儀をした。以前、ワックスか何かでオールバックに整えられていた髪は、今は後頭部の辺りで1つに縛ってある。こちらのほうが若々しく見えた。

「何か月ぶりだろうか。元気だったかい?」

「はい、お陰様で。松多部様はお身体の具合は如何でいらっしゃいますか?」

「まあまあかな。そうだ」

 運転席の窓が細く開いていたので2人の会話が聞こえていた。車から降りていいものか判断に迷っていると、窓を軽くノックして叔父さんが手招きで降りてくるように合図する。

 私は小さく頷いて助手席のドアを開け、向かい合う彼らの元に歩いて行った。

 息子さんが私を凝視する。そして不思議そうな顔で頭を下げて挨拶した。

「いらっしゃいませ。初めてお越し頂くお連れ様ですね」

「昨日、彼に世話になってね。お礼に昼食に誘ったんだ」

「左様でございますか。どうぞお食事をお楽しみください」

息子さんは笑顔で叔父さんと私を交互に見ると「ご案内致します」と先に立って歩き始めた。

 

 部屋に案内されて私達は対面で席に座った。

「下野伊君はこういう場所には慣ているのかい?」

叔父さんは使用したお手拭きをテーブルの上に置いて座椅子にもたれ掛かる。

「時々、……家族と」

「そうか。いやに場慣れしている感じがしたんだ。私の姪は、初めて連れてきた時に気の毒になるくらいオドオドしていてね。それがとても可愛らしくてね」

 そう言うと、体を起こして湯呑みを手に取り一口飲んだ。そしてテーブルに肘を付いて両手でそれを包み込むと、視線は私に向けたまま両親指で湯呑みを撫で始める。

「下野伊君は何歳?」

「18歳になりました」

「そうか、じゃあ姪と同じだ。高校3年生?」

「そうです」

「ご両親とお住まいかな?」

「いえ。親は海外にいるので僕だけがこちらで一人暮らしをしています」

「そう。大学は?」

「高校を卒業したら親の所へ行くので進学はしません」

「それじゃあ3月になったら海外に行くの?」

「そうですね」

「あっ、いや、すまない。何だか身辺調査のようになってしまったね」

「大丈夫です」

飲み頃になっているお茶を一口含む。

 叔父さんは手にしていた湯呑みをテーブルに置き、肘をついたまま両手を組んでその上に顎を乗せる。目線を上の方に向けて少し寂しそうに微笑むと、私に視線を戻して言った。

「この店はよく姪と来ていたんだ。最近は足が遠のいてしまってね」

「お一人ではいらっしゃらないのですか?」

「うーん、やはり一人で来るのは辛いかな。色々なことを思い出してしまうからね。それに話し相手のいない食事はつまらない」

そう言って腕を組んで座椅子に寄りかかり、少し俯き加減になって何やら考え込んでしまった。左の肘下だけを動かして人差し指で顎を撫で始める。それが言葉を選んでいるような仕草にも見えたので、私は黙って叔父さんが口を開くのを待っていた。


 しばらく無言でいた叔父さんがようやく言葉を発した。

「昨日会ったばかりなのに、こんな事を言うのはおかしいと承知してのことなのだが。何故だろう、下野伊君を昔から知っているように感じるんだ。だから親近感が沸く、というのかな」

「はい」

「もし下野伊君が迷惑でなければ、時々こうやって食事して話し相手になってもらえないだろうか。いや勿論、無理にという訳ではないから断ってくれても構わないが」

「いいですよ」

「えっ!? そんな即答していいのかい? こんなオジサンに食事に誘われて気味悪く思ったりしないのかい?」

「大丈夫です。信頼できる人なのはわかりますから」

「そうか、よかった。こんな頼み事をしたら不快に思って出て行ってしまうのではないかと心配だったんだ」   

 そう言って安堵の表情を浮かべた叔父さんは、照れくさそうに頭を掻いた。

 その願い事は私にとっても好都合だった。そもそも生活の場が異なる私達では、こういう機会でも設けなければ接触すら難しいだろう。そばにいられる理由ができた、それは一歩前進だ。

 それに、姿が変わっても叔父さんには本当の私が見えている気がして、この人の私に対する愛情の深さが嬉しくもある。叔父さんと一緒にいられる時間を増やして近くで見守りたい、それは私の願いでもあった。

「これから何とお呼びすればいいですか?」

「そういえば自己紹介もしていなかったね。私は松多部という。好きに呼んでくれて構わないよ」

「では松多部さんとお呼びしても?」

「ああ」

叔父さんは微笑みながら小さく頷いた。


「失礼致します。料理をお持ちしました」

会話が一旦終了したところで、障子の向こうで息子さんの声がした。叔父さんが「どうぞ」と声を掛けるといつもの美しい出で立ちで姿を現す。お盆を手にテーブルの横まで来ると、小皿を2つ私達の前に置いた。

「本日の前菜は私が作らせていただきました。お口に合えば幸いですが」

 小さなお皿の上に色鮮やかな3種類の料理が並んでいた。これまで私の為にデザートを用意してくれていたけど、息子さんの手掛けた料理を出されたのは初めてだった。

 美しく盛り付けられた小皿を眺める。いつの時も、ここで提供される物は全てが美しい。

「まるで芸術品のようですね」

私がそう言うと、息子さんは口角を上げて嬉しそうな顔をした。

「ありがとうございます」

 その時、叔父さんの胸元から振動音がした。スーツのポケットから携帯を取り出して相手の名前の表示を確認すると、それまでの温厚な表情が一瞬で急に怖いものに変わった。

「妻からだ。ちょっと失礼するよ」と急いで部屋を出て行った。

 叔父さんが退室したので息子さんと2人きりになり、静かな室内に料理を並べる『カタカタ』という小さな音だけが響く。とても気まずかった。

 何か話しかけたほうがいいのか悩んでいた。別に話さなくてもいいのかもしれないけれど、沈黙の時間が窮屈がに感じる。

 横目で様子を伺っていると、私の葛藤を他所に先に息子さんが口を開く。彼は私の顔をまじまじと見ながら言った。

「失礼ですが、どこかでお会いしたことはありませんか?」

「えっ? いえ、今日が初対面かと……」

「そうですか……。どこかでお会いしたことがあると思うのですが。……私の記憶違いかもしれませんね。失礼致しました」

そう言いながら仕事を続けた。

 自分の言葉を詫びはしたものの、何か燃焼しきれないものがあるようでチラチラと私の顔を盗み見る。そして視線が合うとゆっくりと目を逸らす、そんなことを繰り返していた。

 叔父さんと同じように、息子さんも以前の私の面影を感じ取っているということなのだろうか。その質問を彼に投げかけることはできないけれど……。

「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

一通り仕事のを終え、息子さんは正座して私の方を向いていた。その顔には笑顔が無く、こちらに向ける視線に鋭さがある。以前の彼に比べて棘があるように感じてしまうのは気のせいだろうか。

「下野伊 凌といいます」

「下野伊様の目は節穴ですか?」

いきなり意味不明の攻撃的な物言いをされて、私は唖然として返す言葉を見失っていた。

「……あの、どういう意味ですか?」

「はーっ」

息子さんは無表情で深い溜息をついた。綺麗な顔から表情がなくなると、怒りを面に出している人よりも恐怖を感じる。背筋がゾクッとした。

 彼の様子からして怒っているのだとろうということは何となくわかる。

 けれど身に覚えのない怒りをぶつけられているのだから、理由がわからず謝罪のしようもない。せめて何を怒っているのか言ってほしかった。

「あの……」

それを問いただそうと口を開きかけたところで叔父さんが戻って来た。

「席を外してすまない。あれ? 何かあった?」

2人の間に流れる微妙な空気を感じたらしく、叔父さんは私達を交互に見て心配そうな顔をした。

「何もございません。今、下野伊様のお名前をお伺いしていたところでございます。それでは私は失礼致します。ごゆっくりおくつろぎください」

そう言って、息子さんは本当に何事もなかったかのような顔をして部屋を後にした。


 食事を済ませ、次に叔父さんと会う日を決めてから建物の外に出た。

 帰りの見送りは女将さんだった。

「松多部様、あまり無理をなさらないでくださいね。次回もお待ちしております」

「心配かけて悪かったね。また彼と一緒に来るから。女将も体に気を付けて」

叔父さんが挨拶を済ませると、私達は車に乗り込んだ。

 結局、あれ以降、息子さんが部屋を訪れることがなかったので、あの怒りの意味を聞けず仕舞いで釈然としないものが残る。それに、今までの優しかった息子さんとは別人のようだった。

 折角、美味しい料理を頂いても後味の悪い昼食になった。

 今夜スッキリと寝られそうにないな……。

 モヤモヤする気持ちを抱きながら車の窓を流れる景色を眺めていた。

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