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悲しい知らせ

 2時15分。

 仕事中、彼女の携帯が鳴った。

 相手は、彼女の友人からだった。

「ねえ、百合。今日、さくらちゃん来てないんだけど、何か聞いてる?」

 作業をしながら会話していた彼女の手が止まる。

「いいえ、何も聞いてないわ」

「そうなんだ。いつも時間より早く来るから、珍しいなって思って。そっか、わかった。もうちょっと待ってみる」

電話を終え、既に待ち受け画面に切り替わっている携帯の画面を見ながら 腑に落ちないといった顔で小首を傾げる。

 そこから間を置かず、彼女は息子に電話をした。

「海李? 今どこに居る?」

「陽介と一緒に買い物に来てる」

「今日、さくらちゃんからアルバイト休むって聞いてる?」

「いや、帰りに迎えに行くって約束してるけど」

「そうなのね、わかったわ」

「どうしたの? 何かあった?」

かげりのある声で、彼は母親に質問をする。

「うーん、まだ喫茶店に着いてないんだって。もしかしたら、海李と一緒にいるのかなって思って電話した」

「一緒じゃないよ。何かあったのかな?」

「まだ15分しか経ってないしね。また友美から連絡が来るだろうから、もう少し待ってみるわ」

「わかった。何かあったら連絡して」

 

そこから2日間、さくらの消息は不明となった。



 3日目の朝。

 彼女の携帯が鳴った。

「さくらの叔父の松多部です。留守電を聞きました」

「さくらちゃんから叔父様の番号をお聞きしていたので、何度かご連絡差し上げたのですが。電源をお切りになっていらっしゃったので、メッセージを残しました」

「……はい」

「さくらちゃんと連絡が取れないんです。何かご存じですか?」

「さくらは……、亡くなりました」

「えっ!? 悪い冗談は、おやめになってください」

「日曜日、喫茶店に向かう途中、車に轢かれて……」

「えっ!? うそ……」

「あなた方が、あの子にとても親切にしてくださったと聞いています。ですので、大変申し上げにくいのですが、遺体の損傷が激しかったので、妻と2人でさくらの葬儀を済ませました」

 彼女は茫然としたまま、血の気の引いた顔で立ち尽くしていた。

「それで、さくらの部屋に、あなたと息子さん宛のプレゼントが用意されていたので、お渡ししたいのですが」

「……」

「有富さん?」

「……はい」

「これから、お宅にお伺いしても宜しいですか?」

それは、感情が欠落しているような、とても淡々とした話し方だった。

「今、仕事中で……。直ぐに帰宅しますので」

「いいえ、結構です。玄関先に置いていきますので、帰宅されたら確認してください。それでは」

そう言って、彼は返事を聞く前に電話を切った。

 彼女は、まるで時が止まったかのように、携帯を耳に当てたまま動けずにいた。

 そして我に返り、何も持たずに店を飛び出した。



 事情を聞きたくて急いで帰宅したが、既にそこに彼の姿はなく、代わりに玄関の前に2つの小さな紙袋が置かれていた。

 力なくそれを手にしてリビングに入れば、携帯を握りしめて、ソファーに腰掛けている息子の姿があった。

 彼は、母親の姿を見定めると、精気のない顔を向け、おもむろに尋ねかける。

「ねえ、何かさくらちゃんのことで連絡あった?」

 彼女は、息子の問いに対し、ポツリと一言だけ発した。

「さくらちゃんが……」

そうこぼし、膝から崩れ落ちていく。

 彼は床に膝を付いたまま、微動だにしない母親の元に歩み寄ると、同じ体勢となって彼女の体を揺さぶった。

「何かあったの!? 誰かから連絡来た? おふくろ! ねえ、何か言ってよ!」

「これ!」

 息子の言葉を遮るように、手にしていた紙袋を差し出す。彼は母親と袋を交互に見やると、震える手でそれを受け取った。袋の外には、自分の名前。ゆっくりと、中を覗く。

 袋の中には小さな箱と、一枚の便箋が入っていた。

 彼は少しだけ迷い、便箋を取り出した。慎重に封を開ける。

『好きです』

短い、短い、手紙だった。

白いキャンバスの上、象られた四つの文字が、すました顔で並んでいる。周囲に漂う陰鬱とした雰囲気も、早鐘を打つ心臓の鼓動だって、しらんぷりで。ただ、四つ。誰かの心情の一部を形として、そこに並んでいた。

「……さくらちゃん、亡くなったんだって」

よりにもよって、彼を現実に引き戻したのは、一番聞きたくないと思っていた言葉。ずしんと重くなるを体を半ば引きずるようにして、母親へと視線を移す。聞き間違いであればよかったと、そうであってくれという願いは、ぐっと堪えて、喉の奥へと流し込んだ。

「どういう、……こと?」

「……事故だって」

それきり、後に続く言葉はなかった。

「……何それ。面白くないんだけど。全然、笑えないんだけど」

彼女の頬を涙が伝う。

「……嘘だ、絶対に嘘だ。……そんなの信じない。ねえ、嘘って言ってくれよ! お願いだから、嘘って言ってよ!」

彼は、母親の両腕を掴んでその体を揺さぶった。嘘なのだと言ってほしかった。目の前で起きていることの一切合切を否定してしまいたかった。腹の底が焼けるような思いがして、衝動のままに母親の体を揺さぶっていく。

「なんで? ねえ、なんで? どうしてだよ! なんで、さくらちゃんなんだよ!」

 泣き叫ぶ彼の声は、いつまでも止まなかった。 



 クリスマスイブの、ことだった。

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