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雪の日の別れ

 12月に入り、私は、早々にクリスマスプレゼントを用意した。

 真結さんが言っていた。

「そんなに高価な物じゃなくてもいいから、有富君に腕時計をプレゼントしたら? 腕時計はねえ、同じ時間を過ごしたいって意味があるんだって。お洒落じゃない?」

 今の私の気持ちにぴったりだと思って、躊躇うことなく腕時計を選択した。

 百合さんに聞いた。

「腕時計を贈る意味を知っていますか?」と。

「うん、知ってるわ」

「海李君に、贈っても、いいですか?」

 緊張で顔を上げられずにいた私を、優しく抱きしめて「もちろん」と囁いた。


 臆病な私は、海李君への気持ちを言葉で伝えることはできないだろうから、一緒に手紙を送ろうと思った。

 それなら、好きだと告白できる気がした。

 一人きりの部屋で、緊張しながらペンを持った。

 上手に想いを書き表せなくて、何度も書き直しては溜息をついた。

 何枚も便箋を無駄にして、大量のゴミを生み出した。

 どんな言葉を連ねても気持ちが伝わる気がしなくて、

 結局、最後に選んだ言葉は

 『好きです』

 の4文字だけだった。





 似顔絵の仕事は順調で、毎週、色々な人と会話をする機会が増えた。

 そこに集う人達と仲良くなり、その輪が大きく広がりを見せている。

 叔父さんとも、本当の親子のような関係を築いていた。

 毎日、私を温かく迎えてくれる場所があって、

 友達ができて、

 恋をして……

 一人きりだった生活のほうが幻なのではないかと思うほど、私の生活は美しく光り輝いていた。

 とはいえ。

 こんなにも眩しい日々を愛おしく思う反面、あまりにも充実し過ぎていることを怖く感じてもいた。

 いつか『この日常は夢でした』と言われそうで……

 けれど、これが現実だと、自分に言い聞かせる。

 この現実を与えてくれた、私を大切にしてくれる人達に、私の幸せが伝わりますように……

 そう願った。


 翌週にクリスマスを控えた日曜日。

 そんなことを考えながら、私は喫茶店に向かっていた。

 去年も思ったけれど、師走の街中はそわそわしている。車の往来が増えて、道行く人も慌ただしい。

 その喧噪とは対照的に、私は、のんびりとした歩幅で先へ進む。

 道路脇の街路樹を彩るイルミネーションを眺めながら歩いていた。

 まだ点灯していないけれど、私が帰るころには輝きを放っているだろう。

 海李君が迎えに来てくれると言っていたから、綺麗な光景を一緒に見られると思うとドキドキした。

 目の前を、白い物が落下した。

 何だろうと思って上を見上げると、ちらちらと細かい白が舞っている。

「えっ? 雪?」

 珍しく雪が躍っていた。

 温暖な気候のこの辺りで、雪が降ることは滅多にない。

 地上に向かって、優雅に飛来してくる風姿に胸が高鳴った。

 舞い降りてきた冬の使者を手の平に迎え入れると、あっという間に溶けて姿を消す。

「海李君と一緒に見たかったなぁ」

 思わずつぶやいていた。

 この美しい時間に彼が隣にいたら、きっと今以上に感動していただろうと。

 儚い雪をいくつ集められるかと、目の前に腕を差し出し、着地しては消えるそれを握りしめる。

 痕跡を、手の中に残せる気がした。

 再び空を見上げると、白い使者が、沢山の仲間と戯れるように楽しげに踊っていた。

 そんな夢幻的な時間に酔いしれていた。

 

 ――その時

 突如、全身に衝撃が走った。

 それと同時に、視野が水平を失う。

 見たことのない様々な角度の景色が、視界に飛び込んできた。

 体中を襲う激痛。

 経験したことのない凄まじい痛みのせいで朦朧としていた。

 遠くで誰かが騒いでいる。

 かろうじて、今、目に映っているものがアスファルトだと認識できた。

 指1本すら動かせない状況の中で、

 もしかして死ぬの?

 そんな不安がよぎる。

 急に怖くなった。

 怖くて体の芯から震える感覚。

 体の痛みに対してなのか、心が恐怖を感じ取っているからなのか、止まることのない涙が溢れてきた。

 得体の知れない恐ろしい何かが私を覆いつくした。

 怖い、助けて。

 誰か助けて。お願い。

 海李君、助けて……

 嫌だ、死にたくない。

 まだ死ねない。

 生きたいの。

 死にたくないの。

 朧げな意識の中で、何度も何度も心が叫び続けた。

『お願い、神様助けて』その存在を信じていないけれど、何度も何度も懇願し続けた。


 視界の先に、海李君の笑顔が見えた気がした。

 その笑顔を最後に、私は暗くて深い穴に吸い込まれた。

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