初めての恋
叔父さん曰く「贈答品の出回る時期は、仕事が忙しくて会う時間が作れない」とのことで、12月は半ばに1回だけ食事を共にした。
少し早かったけれど、その時にプレゼントを渡した。
喜んでもらえるか不安だったけれど、叔父さんの反応は予想外だった。
贈った私が恥ずかしくなるくらいの喜びようだった。
大喜びした挙句、配膳に来た女将さんや息子さんに「いいだろう」と自慢げに見せつけ、その後は、料理に手を付けることなく、タンブラーを両手で包み込んでしばらく眺めていた。
「食べませんか?」
私の声で、やっと箸をつけ始める始末だった。
こんな状態の中で息子さんにプレゼントを渡すのは無理だと思い、叔父さんが退室した時にこっそりと渡すつもりでいた。
けれど……
そういうときに限って息子さんは現れず、仕方がないので、バックからマジックを取り出し、袋に直接メッセージを書いて置いていく事にした。
『息子さんへ。いつも、素敵なデザートをありがとうございます』
私がイメージする息子さんの色はターコイズブルー。
その色のタオルをプレゼントした。
今年のクリスマスは、百合さんと海李君と3人で過ごした。
まるで絵本から飛び出してきたかのような豪華な料理が食卓に並び、海李君と2人で飾りつけしたツリーのライトが、室内を幻想的に照らしていた。
幼い頃に観た洋画のクリスマスが目の前にあって、こんなに素敵な日を過ごせるなんて夢のようだった。
2人からプレゼントを貰った。
百合さんからは、水彩絵の具のセット、
海李君からは、ワンポイントで小さな桜の花の付いたブレスレット。
私から海李君へ渡した手袋を見た時に、百合さんが「2人共……」と笑う。
どういう笑いなのか尋ねると「まあ、お互いに深い意味のあるプレゼントではないでしょう」と含意のある言葉ではぐらかされてしまった。
けれど、その言葉で海李君が真っ赤になった。
無言のまま、急いでリビングを出て行く。
彼の後ろ姿を目で追っていると「あらあら」と百合さんが笑顔でポツリと呟いた。
贈る物に意味があるなんて知らなかった。
今度、真結さんに聞いてみようと思った。
華やかなクリスマスが終わり、年末年始に向けて世間は忙しなくなっていた。
早くも大掃除を始めている家や、業者さんの車が忙しそうに走り回っている光景、そわそわとし出した空気感。
ほんの数日過ぎただけで、これほどまでに見える景色が変わるのだと驚いた。
「日付が変わったら初詣に行こう」と海李君に誘われ、夜の神社を初めて体験した。
沢山の人が参拝に来ていた。
屋台が数件出ていて、小さなお祭りのようだった。
お参りもした。
「やり方を知らない」と言うと「真似して」と、海李君にならってお願い事もした。
毎日が『初めて』と『楽しいこと』で溢れていて、現実を生きているのか不安になることがあった。
4月に、私の誕生日パーティを開いてくれた。
海李君から、ブレスレットとお揃いのネックレスを貰った。
そのプレゼントを見て、相変わらず百合さんは笑っていた。
5月10日が海李君の誕生日。
私も10日生まれだから、丁度、1か月だけお姉さんだった。
似顔絵の仕事が順調でお金に余裕のあった私は、そんなに高価ではないけれど、奮発して靴を贈った。
海李君の好きな赤色の物を選んで。
8月には、初めて海水浴に行った。
水着を着ることに多少の抵抗があったけれど、真結さんと買い物に出掛けて選んでもらった。
海李君と2人きりだから、露出が少なくて可愛いものを。
海に着き、不機嫌なのかと心配になるほど、彼の口数が少なくなった。
そうかと思えば、トイレに行く時まで私の横を歩き、出てくるまで入り口で待っていた。
それが、とても不思議だった。
迷子にならないか心配していたのかもしれない。
10月の終わり。
海李君が可愛い女の子と歩いているのを見た。
その光景に、何かモヤモヤしたものを感じた。
心臓が苦しくて、胸が張り裂けそうだった。
涙が溢れそうで、その感情が何なのかわからなくて、病気になってしまったのかもしれないと不安になった。
『彼女なのかなぁ』そう考えた。
海李君くらい格好良くて優しい人なら、彼女がいないほうがおかしい。
私と一緒にいる時間が長すぎて、彼女のことを疎かにさせてしまっているのかもしれない。
その日の夕方、海李君に会って「ごめんね」と謝った。
慌てた様子で「文化祭の買い出しに行っただけだし、他にもクラスの奴らがいたから」そう言った。
彼の言葉に、何故かわからないけどホッとした。
それは、お付き合いの邪魔をしていたのではないとわかったから?
けれど、その解釈だと、どこか釈然としないものが残った。
どうしてこんな感情を抱くのか……
私の心のことなのに、私の中に答えがなかった。
11月のある日。
ずっと抱えていたモヤモヤが気になっていて、真結さんが家に来た時に、意を決して聞いてみた。
「胸が苦しくなるのは、何かの病気なのでしょうか?」
「えっ? 病気なの?」
「わかりません。それをお聞きしたくて」
「走ってる時とか苦しくなるの?」
「そうではなくて……」
「じゃあ、お風呂に入ってる時とか?」
「いいえ」
「どんな時?」
「この前、海李君が女の子と歩いているのを見た時に、胸が痛くて苦しくなりました」
一瞬の沈黙の後、彼女は笑い出した。
「さくら譲、それを巷では恋と呼ぶのですよ」
「恋?」
……これが恋?
「自覚してなかった? 有富君の話をする時、さくら譲は、いつにも増して可愛くなるんだよ。世間の男どもが見たら、一瞬で好きになっちゃうやつね。話を聞いてると、有富君はさくら譲のことをめちゃくちゃ大切にしてるよ。で、さあ、本当は私の口から教えてあげるつもりなかったんだけど、ブレスレットとかネックレスを贈る意味って知ってる?」
「前に聞いた時、教えてくれなかった ……ですよね?」
「だって、さくら譲、自覚してなかったし。一緒にいるのが当たり前すぎて、恋してること気付いてないみたいだったからね。私が教えちゃうのはルール違反なのかもしれないけど、それを贈る意味は、ずっと一緒にいたいとか、独占したいとか、そんな感じだよ。まあ、その気持ちを込めて贈ったかは不明だけそね。でも、余程の理由がないかぎり、それって好きな人に贈る物だと思うよ」
「えっ?」
「もう、付き合っちゃえばいいのに」
「でも、この気持ちって、本当に恋ですか? 病気じゃないんですか?」
「えっ!? じゃあ、有富君に彼女がいてもいいの? 他の子が、彼の隣を歩くんだよ。手を繋いでキスとかするんだよ」
海李君が知らない人と微笑みあう姿を想像したら視界がぼやけた。
そうか、
私、海李君のことが好きだったんだ。
「……いや、です」
「まぎれもなく恋じゃん。涙が出るほど好きなんだから、告白しちゃえば?」
「えっ、でっ、でも、海李君も同じ気持ちかなんてわからないです。プレゼントだって、たまたま、それを選んだだけかもしれないし」
「いや、もう、誰がどう見たって両想いだから」
「でも、もし、告白して断られたら、もう海李君の家に行けない……」
「距離が近すぎて、怖くて告白できないパターンだね。だけど100%大丈夫。私が保証する」
この日、私は、自分が恋していると知った。
初めての恋だった。
自覚してから、海李君の隣を歩くだけでドキドキした。
触れそうで触れない距離が、その高鳴りに拍車をかける。
苦しくて苦しくて、この苦しみから解放されたくて、何度も何度も気持ちを打ち明けようと思った。
でも、臆病な私は、その度に言葉を飲み込んだ。
「どうしたの? 静かだね」
無口な私に、微笑んで問いかける笑顔があった。
何故かわからないけれど、目が合っただけで泣きそうになった。
この笑顔を他の人に向けてほしくなかった。
私以外に優しくしてほしくなかった。
ちょっとだけ勇気を振り絞って、海李君の服の裾を掴む。
彼に触れたくて……
それが、私の精一杯だった。
「どうしたの? 歩くの早い?」
「……違う。指先が冷たくて」
「そうなの?」
そう言って立ち止まり、私が上げた手袋を、左手だけ外してポケットにしまった。
服の裾を掴んでいた私の手を、そっと彼の手が包み込む。
「さくらちゃんの手、冷たいね」
「……海李君も」
心臓が、うるさいくらいに暴れていた。
「……恋人繋ぎ、しちゃう?」
「恋人、繋ぎ?」
「そう」
私の手を離して「上に手の平を向けて」と言った。
「こう?」
その手に、海李君の冷たい手が重なった。
まるでスローモーションのようにゆっくりと、海李君が指を絡める。
「……これが恋人繋ぎ」
そう言って、顔を隠すように反対を向いた。
ぎゅっと手に力を入れて「行こうか」と歩き出す。
心臓がうるさかった。
まるで恋人のようで、嬉しくて泣きそうになった。
手が繋がっている時間だけでも、海李君を独り占めしたい。
好きって言ってもいいのかな?
気まずくならないかな?
でも、結局、臆病な心が邪魔をして、海李君を目の前に気持ちを伝えることができなかった。




