誤解
次の日、高橋さんと顔を合わせることに少しだけ憂鬱を感じつつ、いつもと同じように登校した。
教室に入って、窓際に最後尾に目を向ける。
既に彼女は着席していて、教科書を黙読しているようだった。接近して来ないことに安堵して、私は自分の席に向かう。
おはようの挨拶すらない静かな空間。
朝から懸命に勉学に励むクラスメイト。
何も変わりない日常。
その中を、鞄を抱きかかえて音を立てずに歩く。これも日常。
しかし、今日は1つだけ非日常の出来事があった。
机の上に鞄を置こうとすると、黄色い付箋の先客が鎮座していた。それを手に取ってみる。
紙切れには、お手本から飛び出してきたと思える程の綺麗な字で『昼休み、体育館横のベンチにて待つ』と書いてあった。
その呼び出しの文言が、小学生の頃に再放送のアニメで観た、喧嘩の挑戦状を思い出させた。
他人に興味を示さない群衆の中に、こんなことをする人の心当たりなどない。と言うか、誰からの挑戦状かは明白だった。
振り返って隣の列の後方に目を向ける。
動きを確認していたのか、私と目が合った高橋さんが小さく手を振っていた。
手を振りながら金魚のように口をパクパクさせて、何かメッセージを送っている。
『おひる、いっしょに、たべよ』
多分、それで正解だと思う。
言いたいことは色々とあった。けれど、それらを全て飲み込んで小さく頷いた。
本当は拒否したいけれど……
4時限目が終わって机の上を片付ける。
体育館まで一緒に行くのかと思って後ろの席を見ると、高橋さんの席は空になっていた。『待つ』と書いてあったのだから、別行動を意味していたのだと気付いた。
私は、パンの入った袋を手に教室を出る。もう向かっているであろう彼女の後を追う形になった。
普段の昼休みは、自分の狭い領地で、教科書を眺めながら食事を摂るのが習慣になっている。クラスの大半が同じスタイルの時間の過ごし方をしていた。
ただ、私が周りと1つだけ違う点があるとすれば、クラスメイトは勉強が目的だけど、私は、それ以外にすることが無くて、暇つぶしの相棒として教科書を開いているだけということ。
今日は、その日常から抜け出して戦地へ向かう。
一緒に食事をするだけなのか、それ以外の目的があるのか……
考えても仕方がないことを考えながら階段を下りる。1段ずつ地上に近付くたびに、私の気分も比例して下降していくようだった。
正直、憂鬱。
暇つぶしの手段だとしても、教科書の相手をしているほうが気が楽なのは否めない。このまま引き返そうかと悩んだけれど、了承してしまった手前、合意もなく背を向けるのは敵前逃亡にも思える。
体育館は校舎の隣にあるから、3階の教室から1階に到着すれば、約束の場所はすぐそこだ。
「はーっ……」
下駄箱で靴に履き替え、大きく息を吐く。吐いたところで憂鬱が消える訳もない。
辛い事とか悲しい事とか、負の感情を溜息と共に吐き出せたら、人はどれだけ楽になれるだろう。
「はーっ……」
無意識の溜息が連続で出た。
仕方ない、行こう。
少しだけ気合を入れて前進する。体育館の角を曲がれば、嫌でも顔を合わせなければならない。足取りが段々と重くなってきた。
あと5歩、あと4歩…… 3、2……
カウントダウンも虚しく、あと1歩の所で高橋さんが角から顔を覗かせた。
「うわっ」
突然の対面に驚いて、大きな声を出してしまった。心臓がバクバクしている。
「高橋さん、早いですね」
「さくら殿は遅いですね」
『ふん』と鼻息を鳴らして、足音を立てながら荒々しくベンチに向かって歩いて行く。
これは怒っているな……
天を仰ぐと、豪雨状態の心とは裏腹に、青く輝く晴天が広がっていた。
「はーっ……」
本日、何度目かわからない溜息が出た。
先にベンチに座った彼女に恐る恐る近付く。視界から私を排除するように、逆の方向に顔を向けている高橋さんに頭を下げた。
「遅くなってごめんなさい」
「ふん」
「怒ってますよね?」
「怒ってるけど、何に怒ってるかわかってる?」
「遅くなったことですよね?」
「それと?」
「はい?」
「さくら殿は3つのブーだよ」
「3つ?」
「遅かったこと、敬語、高橋さん」
「ああ……」
「永遠に『殿』から卒業できないね」
横を向いたままだった彼女が私を見た。
威嚇している時のフグのように膨らんだ頬が、最大限の怒ってるアピールにも見て取れる。
「ごめんなさい」
「もう、いいよ。昼休み終わっちゃうから食べよ」
「はーっ」と長い溜息の後、隣に置いてあったランチバックを膝に乗せ、私のスペースを作ってくれた。そこへ恐々と座る。
「さくら譲は敬語しか使わないの?」
お弁当を広げながら、横にいる私を見て聞いた。
「言葉遣いに気を付けるよう教育されてきたので」
手に持っているパン入りの袋の口を握りしめた。
「で、敬語?」
「母に、家族と親しい友達以外には敬語を使うようにと……」
「今までクラスの子とかにも敬語使ってたの?」
「学校で、先生以外とは全く会話がなかったので」
「何それ」
「昨日も言いましたが、友達がいなかったので。だから、ため口って言うんですか? そういうのに慣れていないんです」
「なんで友達がいなかったの?」
まるで尋問のような時間が、心の傷をえぐって私を惨めな気持ちにさせた。
彼女が詮索を目的として呼び出したなら、やっぱり来るべきではなかったのかもしれない。
質問に答える意思は無いと気付いてもらえるよう、無言で時間が過ぎるのを待った。
高橋さんが、好奇心を満たすのを優先させる人ならば、また質問の攻撃が始まるのだろうけど……
しばらの間、聞こえてくるのは体育館でボールをドリブルしている音と、女の子達の楽し気な声だけだった。そこに、そよ風が木の葉を揺らして、サラサラと伴奏を奏でる。
2人の間に流れる重い空気とは真逆で、周りには平和が溢れていた。
重い沈黙を破ったのは高橋さんだった。
「ごめん。言いたくない事もあるよね」
お弁当を箸で突きながら、自分の非を認めるように謝った。底に箸が当たって、コツコツコツと小さな悲鳴を上げている。
それは、予想外の言葉だった。
これ以上は立ち入らないでと願った反面、もっと色々と追及されるかもしれないと構えていた。きっと、尋問の時間は、まだ終わらないだろうと考えていた。
けれど、彼女が選択したのは謝罪で、驚きのあまり、あやうく手に持っていたビニール袋を落とすところだった。
「私、考えずに話しちゃうから、いつも家族から怒られるんだ。だから、気に障る質問だったらごめんね。なんかね、さくら譲のことを知りたいなぁって思ったら、つい口から出てた。ほんとにごめん。それより、早く食べないと休み時間が終わるよ」
「……はい」
私は、その言葉で、いつもと同じお昼ご飯に手を付け始めた。
いつもと同じパンを口に入れる。毎日ほぼ同じ物だから、食べる前から味はわかっている。
高橋さんも、無言のままお弁当を食べていた。
何だか気まずい空気が流れているけど、雰囲気の切り替え方など知らないから、私も無言でいた。
「ねえ、これ、あげる」
下を向いていると、可愛くラッピングされたカップケーキが目の前に出現した。
顔を上げた私は、顔を反対に向け、手だけを伸ばしている彼女に聞いた。
「これは?」
「さくら譲、いつも菓子パンだけで体に悪いから、米粉とバナナとナッツで作った」
「高橋さんが、私の為に?」
「そう。勉強はできないけど、お菓子作るの得意だから」
「……ありがとうございます」
それを両手で受け取った。
彼女を見ると、顔はこちらに向けていなかったけど、耳が真っ赤になっているのがわかった。
私の引いた境界線を越えようとしなかった事、謝罪の件、私を気遣ってくれる気持ち、考えていたより悪い人ではないのかもしれない。
と言うか、誤解していたと認めなくてはいけない。
偏見を持っていた私は、彼女に対して失礼だった。
「あの、実は、友達になりたいと言ってくれた言葉が、悪意を含んだものではないかと勘繰っていました。ごめんなさい」
そう謝罪すると、彼女が驚いたように振り向いた。
その表情で私を見つめたまま、何故かしばらく動かなくなってしまった。
私は、目が合った状態が気まずくなってしまって、視線を外し、足元に広がる芝生を見つめる。
静寂の後、まるで一言一言を噛みしめるように、彼女がゆっくりと自分の過去の告白を始めた。
「その気持ち、わかるよ。うち、親がお金持ちだから、中学の時に近寄ってくる子のほとんどが私のお財布目当てだったんだ。遊びに行っても、一緒に勉強しよって言われてファミレスに行っても、毎回支払いは私だった。友達になろうと近付いてくるのは、仲良くしたいから? それともお財布目当て? いつも、そんな疑問だらけだった。仲間外れにされるのが怖くて、お金出すのを断れなかった私も悪いんだけどね。私には心を許せる友達がいなかった。さくら譲に友達がいなかった理由はわかんないけど、人が近付いて来た時に警戒しちゃう気持ちはわかるよ。でも、そんな人達しか周りにいなかったからこそ、さくら譲は他と違うって感じた。私と対等に接してくれる気がした。だから友達になりたかったの」
にっこりと笑った高橋さんは、呪縛から解き放たれたような清々しい顔をしている。
それは、私が百合さんに自分の過去を話した時と、似たような心境なのかもしれない。
彼女の告白に、この人なら信用しても大丈夫かも、と別の自分の声が聞こえた気がした。
「じゃあ、これから宜しくお願いします」
そう言って、頭を下げる。彼女は、私を見て微笑んだ。
「ありがとう。これで正式に友達だね。で、1つだけお願いしてもいい?」
「何でしょうか?」
「今は敬語は諦める。でも、高橋さんだけはやめて」
両手を顔の前で合わせて「ね? ね?」と何度も可愛くお願いされた。
その手の向こう側から見つめる視線が余りにも必死で、私は承諾するしかなかった。
「わかりました。では、真結さんで」
「うーん…… 本当は『さん』も納得できないけど…… 贅沢は言わない」
「では、私からも1つ宜しいでしょうか?」
「なにっ! 怖いんだけど」
私から距離を取るように、体をのけ反らせる。
「質問したいことがあって。付箋に書かれていた文章ですが、何故、喧嘩の挑戦状のような書き方を?」
「あーっ、あれ、この前、昔の不良のドラマ観て、ちょっと真似してみたくなっちゃったんだ」
「……なるほど」
「まあ、そういうお年頃ってことにしておいて」
「……はあ」
「ねえ、そんなことより明日も一緒に食べよ」
瞬時に話が切り替わった。
「あっ、もしかして、ご飯食べながら勉強したい? いつも教科書見てるもんね。ここに持ってきてもいいよ」
「いえ、やることがないから教科書を開いているだけです」
「あー、塾で詰め込むタイプ?」
「塾には未だかつて通ったことがありません」
「えっ!? じゃあ、どうやって勉強してるの? カテキョ?」
「カテキョとは?」
「家庭教師」
「いえ、誰からも教わったことはありません」
「それで、どうして転入試験でオール満点な訳!? 特進クラスでオール満点で入学したのは、さくら譲が初めてだって。どうやって勉強したら、そんな頭良くなれんの?」
「私は、一度見たものは瞬間で覚えられるので、勉強ができるというより記憶力ですね」
「えっ? 何それ。そんな凄い特技あるの? 見たものを瞬間で覚えられるって、どういう仕組み?」
「写真を撮るように記憶に残るんです。それを頭の中の引き出しにしまっておいて、欲しい情報があるときにはその中から探す、そんな感じです」
半開きの口のまま、信じられないというような顔で、首振り人形のように何度も頭を横に振った。
話せる人がいなかったから、小学生までは、それが普通だと思っていた。
中学で先生と会話していて、真結さんと同じ反応をした事を覚えている。その時に、これが普通ではないと知った。
「凄い特技だね。羨ましい。ほんとーに羨ましい。私にも、そんな能力があったらいいのになぁ。私、頭悪いから、毎回テストの点で父親に怒られる。兄と姉はいい大学に行ったのに、お前は行ける大学があるのかって。私の実力も知らないで、この高校以外は認めないとか言ったのに、周りに付いていけないのは努力不足とか怒るの。理不尽じゃない?」
怒ったり笑ったり、表情が顔変化みたいにコロコロと変わる。表情筋を成長させる機会に恵まれなかった私は、そんな彼女の愛らしい魅力を羨ましく思う。
話しながらお昼の片づけをしたところで、丁度、予鈴のチャイムが鳴った。私達は同時に立ち上がって「行きますか」と言う真結さんの声で歩き始める。
話し相手のいる初めての休憩は、とても楽しかった。
「また明日も一緒に食べよ」
「はい」
行きとは正反対の気分で、午後の授業に向かった。
「学校で、初めての友達ができたんです」
夕飯の席で百合さんと海李君に報告した。
「ほんと!? 良かったじゃない! 明日、お祝いしましょうよ。さくらちゃんの食べたい物を作ってあげるわ」
百合さんが大喜びしてくれた。まるで自分のことのように喜んでくれているのが嬉しかった。
その反面、海李君は浮かない顔で「それって……」と言ったきり、沈黙の世界に身を置いてしまった。
動かなくなってしまった海李君に困ってしまい、百合さんと私は、互いに視線を交わしながら首を傾げて無言の会話をした。
二人で彼の様子を伺っていると、突然、大きな声で
「それって男?」
とテーブルに手を着いて身を乗り出して立ち上がり、私の間近まで顔を寄せて聞いてきた。
その声の大きさと迫力に驚いて唖然としていると、一瞬の間を置いて、隣に座っていた百合さんの大笑いが始まった。
質問の意図も大笑いしている理由もわからなくて
「いえ、女性です」
とだけ答えたけれど、それが重要なことなのだろうか。
海李君は、私の返答を聞くと顔を真っ赤にして「ああ」と一言発して座り、両手で頭を抱えて下を向いてしまった。
横を向いて、肩を震わせながら無音で笑っている百合さんと、何やら落ち込んでいる感じの海李君と、呆然としている私。
不思議な光景だと思った。
あの日から毎日、昼休みの時間に真結さんと体育館横のベンチで過ごしている。
流石に、もう挑戦状のような付箋を貼られることはないけれど、同じ場所に向かうのに教室を出る時は別々だ。
これは真結さんたっての希望で、理由を尋ねると「そのほうが待ち合わせしてるみたいで楽しいじゃん」と。
楽しいの基準がわからないけど、それで彼女が喜ぶのなら、別に無理強いして一緒に行くこともない。
という事で、私は一人で目的地に向かう。
昨日の帰りに「明日は、パンを持ってこなくていいからね」と言われたので、今日は手ぶらで来た。
先にベンチに着いていた真結さんが「待ってたよぉ」と、大きく手を振った。
「お待たせしました」
「私も、今、到着したばっかりだけどね。早く座って」
お弁当の袋を膝の上で大事そうに抱え、少しだけ右にずれて私が座るのを待っている。そこに腰かけると、
「最近ね、私、料理を始めたんだ。だから、さくら譲に味見してもらいたくて、お弁当を作ってきました。ご賞味ください」
そう言って、袋からお弁当箱を1つ取り出して私に手渡した。ちょうど両手くらいの大きさの使い捨てのランチボックスは、見た目以上にずっしりとしていた。
「ありがとうございます。お料理するんですね」
「意外?」
「いえ、私は全くできないので、お料理ができる人が羨ましいです」
「さくら譲にもできないことがあるんだね。勉強では勝てないけど、料理では勝てそう」
歯を見せて得意げに笑い「食べてみて」と促される。
私は、そっと蓋を開けて、目に入ってきた中身に驚いた。
「凄い。これ、真結さんの手作りなんですか?」
「そうだよぉ。さくら譲に喜んでもらいたくて張り切った」
それは、まるで宝石箱のようなお弁当だった。花がモチーフになっていて、チーズやハム、人参、トマト、お肉、ご飯までも全てが花の形になっていた。
このままの形で残しておきたくなるくらい、とても感動的なお弁当だった。
「どう?」
「これ食べられません」
「えっ!? 嫌いなもの入ってる?」
「そうではなくて……」
「じゃあ、アレルギー?」
「こんなに素敵なお弁当、形を崩してしまうのが勿体なくて」
『ぷっ』と吹き出すと、私を覗き込んで言った。
「食べてもらう為に作ったんだからね」
彼女は自分のお弁当を広げて、花の形のおかずを惜しげもなく口に入れた。
この華やかな形状に箸を入れるのを残念に感じながら、私も食べ始めることにした。
「ありがとうございます。頂きます」
どれもが美味しくて、目も舌も楽しいお弁当だった。
叔父さんに料亭に連れて行ってもらった時、息子さんが作ってくれたデザートでも同じような気持ちになった。
食べ物で人を幸せにできるのは、とても素敵な才能だと思う。その領域に、私が到達できる日は来ないだろうけど……
「ご馳走様でした。お料理がお上手なんですね。本当に、どれもみんな美味しくて感動しました」
「ほんと? 喜んでもらえて良かった」
嬉しそうに笑って、ランチボックスの回収までしてくれた。
こんなに素敵なお昼を頂いたのに、私には返すものが無い。嬉しい気持ちを形にしたくても何もできないし。私も料理を作ってくる? いやいや、それでは罰ゲームになってしまう。何かないだろうか……
「そうだ! 真結さん、紙とペンをお持ちですか?」
「紙とペン? メモ帳とシャーペンなら持ってるよ」
「ちょっとだけお借りしてもいいですか?」
脇に置いてあった巾着袋から取り出して「はい」と渡された。
縦が15cmくらいの大きさだから、これならギリギリで収まるかもしれない。
「あの、最後のページを使わせてもらってもいいですか?」
「いいよぉ」
「で、5分ください」
「なんで?」
「それは、出来上がるまでお待ちください」
私は体を左に45度回転させ、真結さんから手元が見えないように背を向ける。
似顔絵を描いて、お返しをしようと思った。
見ながらでなくても記憶だけで彼女の顔は描ける。シャープペンでデッサンしたことがないから、鉛筆との勝手の違いに少し手間どってしまって、コツを掴むのに多少の時間がかかった。
しばらく隣で静かにしていたけれど、待つことに飽きたのか、何度か背中を指でつつかれた。その度に「あと少し」と返事をする。
「おーい、さくら譲、何してんのぉ?」
耳元に気配を感じ、覗き込もうとしていた真結さんに気付いた私は、手元を隠すように体を左にねじる。
「あと2分くらいで出来るのでお待ちください」
陰影をつけて、目に光を入れる。重ねた線を指先でぼかして……
まあ完璧とはいかないけれど、それなりに描けてはいると思う。
「お待たせしました」
体を元の向きに直して、お借りした物を彼女に返却した。
その返ってきたメモ帳を見て、彼女の声の大きさが変わった。
「えっ!? えっ!? これ私じゃん! すごっ! めっちゃ上手」
「もう少し手を加えたいところですが、今日は制限があるのでこれで。お弁当のお礼です」
「えっと、マジで凄いんだけど。この短時間で、これだけ描けるの? さくら譲は画家ですか!? それともマジシャンですか?」
「いえ、しがない学生です」
「しがなくないよ。マジでビビった。すごっ! ねえねえ、いつかさぁ、もっと大きい紙に描いてほしい」
「わかりました」
素敵なお弁当の足元にも及ばないけど、彼女が喜んでくれたのが嬉しかった。




