ヒメゴモムラ⑤観測者
五
「やれやれ、見つかってしまいましたか」
暗闇の中、伸縮式の望遠鏡を覗いていた國立弥七はため息をこぼす。
村に侵入してきたふたりの動向を監視するように長から言われていたが、まさかこれほど早く白骨を掘り返すとは考えていなかった。
むしろ処理を任せた者の杜撰さが招いた結果だろうか。
弥七は首を左右に倒して骨を鳴らす。
長からは監視を命じられているものの、捕縛や処分を命じられているわけではなかった。
そのためふたりが座敷牢から抜け出し、森を彷徨い、そして地面を掘っている間、ずっと見ているだけに留めておいたのだ。
今の長になってから3日。
代替わりはいつもの如くつつがなく行なわれ、そして弥七自身も新たな長を違和感なく受け入れた。
この村を治める長を支える國立家。
たったそれだけのことだが弥七にとってこの村のしきたりを疑う理由などない。
先代も、先々代もそうして身を捧げてこの村に尽くしたと伝えられていた。
(違いましたね、尽くしたのは長にでしたか)
弥七が尽くすべきはあくまでも長ただひとり。
それがどんな人物であれ「長」という肩書にのみ奉仕するしきたりだった。
そのため先日までの老婆から若い女性に代わっても忠誠心は変わらなかった。
弥七が仕えるのは、この姫篭村を治める長だけなのだから。
(しかし、あのふたり……やはり先日の侵入者と関係がありましたか)
再び望遠鏡を覗き込み、ふたりを眺める。
先日湧いて出た男の始末が終わってすぐに訪れたため長も警戒していたが、その尻尾をすぐに出すとは弥七も考えてなかった。
その男は身分を現すものは何ひとつ持っていなかった。
免許証はおろか保険証やマイナンバーカードも何ひとつ。
そしてクレジットカードやキャッシュカードすら持っていなかったのは異常だと考えた。
身元を示す持ち物を完全に持たずに遠く離れる人間などいるだろうか。
まるで身分を徹底的に隠すためにわざと持たなかったのではないか。
村の情報網を使い、人相検めをしても出てこない。
なんだったら指紋も削り取られている。
ここまで来るとどれだけ鈍い思考の者でも察しが付く。
『この村を調べる何者かがいる』
そんな警戒をしているところにのこのこやってきたのがあのふたりという訳だ。
現にあのふたりは弥七の忠告を無視し、夜の森を探っている行動から見て男の関係者であることを確信していた。
もちろん弥七は今しがた掘り返された男、宮崎太一とふたりの関係性を全て知っているわけはないのだが。
遠方から見ている限り知人の白骨が出てきた割に慌てる様子がないことから、ふたりがそれなりの修羅場を潜ってきていると考えた。
「年若く見えましたが……」
男は自分と同年代、女はともすると成人を迎えていないように見て警戒レベルを下げていたが、その認識を改める必要を弥七は感じていた。
長に仕える関係上、人の生き死には頻繁に感じる生活をしている。
しかしその距離感は常識とはかけ離れていることに気付いたのは最近だった。
幼少より両親は居なかった。
血の繋がった親は居たのだが、その両親も自分のことを「長に尽くす人材」として接したためだった。
そのため父や母と呼んだ記憶はほとんどない。
ふたりが死んで役所に届け出を出すときくらいだった。
考えればその時初めて死というものは普通大事だと気付いたのだった。
もう6年も前の話になる。
両親に代わり長に仕えるようになって平穏な暮らしが続いていた。
長も自分も村から出る必要はなく、物資は村人に貢いで貰うことで成り立っていた。
それがここ3日で大きく乱れた。
外からの侵入者、そして初めて自分が経験する代替わり。
先達の残した書物はほとんど役に立たなかった。
侵入者が訪れた時の対処など一切書かれていなかった。
仕方ないので侵入者を捕らえ、長に伺うと答えは一言。
「ちょうどいい」
それだけだった。
その意図はすぐに分かることとなる。
「さて……」
弥七は懐から竹筒を取り出すと栓を抜く。
中から蚤のような虫が数匹飛び出して闇の中に消えていく。
女交じりとはいえ複数人を相手取るつもりはなかった。
見た目こそ優男と年端もいかない女だが、こちらの忠告を無視して動いている。
「問題があるとすれば、この虫が標的を認識しないことですかね」
本来であれば部屋に閉じ込めている時に使う毒虫。
こんな開けた場所でちゃんと仕事してくれるなど最初から思っていない。
そもそも白骨を見て動揺しないほど場慣れした相手。
警戒に警戒を重ねた方がいいだろう。
望遠鏡を覗いていると男がこちらを向いた。
次の瞬間、木を伝いその視線から外れる。
「……偶然、ですかね」
だが、もしこちらの気配を察して向いていたのだとしたら。
身元不明の男にしろ、今回の侵入者にしろ不測の事態が続き、弥七は眉間を押さえる。
「とにかく、長に報告しましょう。嫌だなぁ、あの人夜は機嫌悪いから」
どうやって機嫌を損ねずに伝えられるか。
そちらの心配が勝っていたことを、後悔することになるのをこの時の弥七は気付く由もなかった。




