ツミビトビョウイン②
二
「こちらです」
誠が運転する車で件の廃病院に到着。
車中、無言。道中、無言。今も?無言!
「こちらの中で怪異の目撃情報があります。行きましょう」
片柳の先導で中に入る。
誠も頷きながらトンファーを構え、歩き始める。
「僕は手ぶらなんだけど?」
「構いません。私たちが守りますので」
片柳は相変わらず音で通信をしてくる。
懐に手を入れると拳銃を取り出した。
「エアガンです」
なんでだよ、ふざけてるのか。
「片柳警部補、こちらから」
相変わらずネコ被ってる誠は建物の亀裂を見つけて中に入っていく。
「お先にどうぞ」
促されるとまずあほちゃんから入り、後を追う。
中に入ると当然のように光など無かった。
「さすがに電源はありませんか」
誠は懐中電灯を取り出すと視界を確保。
「行きましょう。……ライトは持ってます?」
「無い」
後ろから来た片柳がため息を吐いた、ように感じた。
「こちらを。ですがはぐれないように」
片柳はマグライトを渡してくる。
「どうも」
3本の光の筋を作りながら、いい年こいた肝試しが始まるのだった。
コツンコツンと靴音だけが響く廊下、誰も話さないから間が持たない。
あほちゃんも空気を読んで肩車されながらお口にお手手を当てて見るうぱ、聞くうぱ、言わざうぱ状態。
その時、足元がぐらりと揺れた。
「地震?」
それほど大きく無い地震がすぐに治まると片柳が再びため息。
「震源は、近いですね」
スマホから漏れる光が辺りを照らす。
言っても、このくらいなら……。
その時、視界の端に白いモヤが通る。
ぼんやりとした、人型のソレはマンガに出てくるような幽霊そのもの。
が、消えた。
「行きましょう」
エアガンを構えた片柳が何食わぬ顔で銃を戻す。
「……何をした?」
「何とは?」
軽く首を傾げる。
「処理ですが、問題でも?」
機械音声は何を考えているのかわからない。
「害が無いかも知れないだろ」
片柳はぎょろりとした目を更に強調する。
「この世ならざる者が留まっている時点で害でしょう」
その目は僕ではなくあほちゃんを見ている高さなのも気に食わない。
「あんたが決めることでは」
「行きましょう、時間を無駄にしたくありません」
僕との話を強制的に打ち切り、踵を返す。
誠は後ろから目を伏せてこちらに合図を送り、プチ謝罪。
お前が悪いわけじゃ……いや、連れて来たお前が悪い。
先に進むと分かれ道。
地下と2階に向かう階段。
「……目撃情報が多いのは」
「2階ですね」
片柳は鷹揚に頷く。
「手分けしよう。栗宮、お前は地下へ」
「……了解」
「良いですか」
こちらに振り向きながら、形ばかりの確認を取る片柳。
拒否権は無いんだろ。
お前の仕事は僕の監視なんだから。
「構わないよ」
「では。何かあったら連絡を」
別に電波が通じない場所でも無し、スマホの充電も切れていない。
「時間は?」
「1時間。そんなにかかると思わないが」
ケーサツ2人は集合時間の確認か。
「お気をつけて」
誠の言葉は、怪異に対してか、この片柳に対してかわからなかった。
2階に上がっても状況は変わらない。
ただ、窓があったおかげで月明かりが廊下を照らしていた。
「コレ、いらないな」
片柳から貰ったマグライトを投げ返す。
とっさの返却に動じることなくキャッチする。
「今は、ですね」
ここでキャッチボールするつもりはないのか、受け取ったライトを懐にしまう。
「暗いことには変わりません。離れないように」
心がどこにあるかわからない音を発して2階の捜索が始まった。
1部屋1部屋、丁寧に引き戸を開き、中を確認していく。
片柳は開ける際にエアガンを抜いていて、時たま部屋の中に射撃して何も無かったように確認作業を繰り返す。
「……それは?」
間が持たなくなり、エアガンに顎をしゃくる。
「対怪異用武器です。ガスガンですが、故障が少ないので」
エアガンで除霊とは科学の進歩が目覚ましいことで。
まぁ、効果のほどは言うまでもない。
音もない、玉詰まりも少ない。
効率よく、怪異を潰すためだけの道具。
実に気に入らない。
「報告で浮遊霊が多いことが予見できました。本来ならもっとキチンとした武器を持ってきます」
聞かれてもいないことをお教えくださり、お手間かけさせて。
「相手に合わせるんなら、結局信じているんじゃねぇか」
この前事務所で言ったことを蒸し返す。
片柳は次の部屋を開こうとしていた手を止めてこちらへ向き直す。
「信じていることと、適材を携帯することは違います」
「違わないだろ、そんなおもちゃを持ってきて」
さっきから部屋を見るたびに撃っているエアガン。
それは伊達や酔狂で使っているのではなく、コイツが言うところの「処理」しているのだろう。
「上から経費削減を命じられていますので」
経費、経費ねぇ。
「一番経費かかってるところ、あるだろ……お前だよ」
「その通りです」
意趣返しのつもりで言った言葉が、ノータイムで無効化された。
「正直、あなたの適性があろうが無かろうが関係ないのですが」
大きくため息を吐く片柳。
ここまで苛立つのは久しぶりだ。
「だったら断ればいいじゃねぇか」
「断る?なぜ?」
初めて心の入った言葉。
その言葉が理解できないことの方が恐ろしい。
「組織に属して上の命令を断る者がいるのですか?」
皮肉ではない。
純粋な疑問。
まるで子どもが「なぜ空は青いのか」と世界に触れた不思議を問うような。
そんな透明な言葉。
だからこそ気持ちが悪い。
言葉は、どちらも続かなかった。
こちらからは出てこなかった。
あちらからも出さなかった。
それはこちらの言葉を待っているということで。
あちらはコミュニケーションを取ろうとしていて。
だからこそ、気持ちが、悪い。
「……行きましょう。あと48分で合流です」
向き合っていた顔を廊下に戻し。
規則的な靴音を鳴らし始める。
返す言葉は、無かった。
相対性理論の豆知識を思い出す。
好きな子とのおしゃべりは一瞬で、ストーブの上の手は長い。
どれだけ長く歩いたのか、そんなことは考える意味がなく。
スマホを見ても3分も経っていない。
それほどまでにコイツと同じ空間にいることは苦痛だった。
まるで、焼けた鉄板を歩かされているように。
お互い、言葉を交わさない。
どれほどの無言が……いや3分か。
「あれ……?」
気が付いたら、ひとりで歩いていた。
片柳を視界に入れないようにしていたことが災いした。
あのカカシが僕から離れると思えない。
監視の命令を捨てるとは思えない。
これは。
「ふ……ふふ……」
後ろから笑い声。
感情があるので片柳ではなく。
かわいげがあるので誠ではない。
振り向くと、白いモヤ。
相手の背丈はかなり低い。
「ねぇ、あそぼ?」
にやりと笑いかけたモヤは、ゆっくり指を差してくる。
「え?」
差されたのは右手。
視線を向けると、手首から先が無かった。
「は……?」
痛みもなく、衝撃もなく。
「きゃは、きゃははははっ」
あるのは少女の楽しげな笑い声だけだった。




