ツミビトビョウイン①
一
あほちゃんが必死にコントローラーを握り、ペンキを撒いていた時、ノックが響いた。
「失礼、ご在宅でしょうか」
……ご在宅でしょうか?
聞きなれた声、聞きなれない言葉。
誠がわざわざノックし、こちらの在宅を聞く?
「はーい、どちらさまー?」
茶番だ、あまりにも下らない。
気の抜けた声を返す。
「栗宮です。お話を聞いていただきたく……お時間ございますか?」
誠は固い口調を崩さない。
なるほど、厄介ごと。
しかも、今回は怪異より厄介なことを持ち込んだな。
「少々お待ちを、片付けますので」
「お気になさらず」
こっちが気にするんだよ。
「あほちゃん、スリープして」
「うぴゅぅ……」
寝ろって言ってねぇ!
「……わかりました。失礼しますね」
誠はドアを開けた。
見慣れた誠、見慣れぬ男。
でっけぇ。
誠の頭が男の肩まで届いてない。
長い手足。ぎょろりと光る目。
あほちゃんはぱたぱたとキッチンに引っ込む。
「お気遣い結構」
低い、感情の籠らない音。
そう、音。
言葉を発しているのに音にしか聞こえない。
「守護遣いさん、でいいのかな?私はこういう者です……座っても?」
無機質。意味しか伝わらない言葉。
差し出された名刺には「警察庁公安委員会怪異特別対策室警部補 片柳文寿」と書かれていた。
つまり、誠のご同僚ですか。
「こんな汚いところまでどうも」
「……気遣いは結構とお伝えしましたが」
あほちゃんが出したココアをぴたりと止める。
そうか、見えるのか。
「そう、言わないでくださいよ。お客には出すのがこの子の……」
「私は、こういった存在を信じておりません」
潤んだ目で抱きついてきたあほちゃんの頭を撫でつつ入れていたフォローを遮られてしまう。
「へぇ、ならなんでこんな仕事を?」
「適性、と言われて。組織に属しているのであれば命令に従うものですから」
感情の籠らないのは当然だ。
コイツに、感情なんてないんだから。
「今回も、組織の命令で?」
「栗宮」
こちらの言葉を聞く気が無いように誠へ顎をしゃくる。
茶封筒から書類束を出し、こちらへ向ける。
「今回ご依頼したいのは、廃病院に出没すると言われている怪異の調査、そして処理です」
「処理?」
聞き慣れない言葉が耳に入り、聞き返してしまう。
「今までも行なってきたでしょう?」
感情の無い音、リターンズ。
「そうですね、そういえば何度か」
「峠では個人規模で行なうには手に余ったのでこちらが引き継がせて頂きました」
よし、コイツのことをカカシと呼ぼう。
「今回も病院ごと解体したらいかがですか?」
「費用対効果が望まれませんので」
イヤミもわからねぇのかよ、コイツ。
「今回の件は、地元の不良集団が肝試しに入った際、幽霊を見たと通報したのがきっかけです」
誠が能面を貼り付けたような表情で説明を始めた。
「幽霊?その程度で?」
「ええ、今回は危険性が低いと判断しランクはD。ただしその土地に怪異の集まりやすい可能性を鑑み、早期調査と指示が出ました」
誠の説明の最中、カカシはずっとこちらを見ている。
膝に肘を置き、口元を隠して。
「僕は構わないけれど。調査にしたら人数が多くないか?」
つまりこのカカシが邪魔だ。
「上からの指示です」
僕の心を見透かしたのか、カカシが鳴る。
「宮崎さんの手に余る村ぐるみの怪異。そして峠の土着。短い期間に2つの調査にご協力頂いた件で大層感服しております」
なら言葉じゃなく誠意を出せよ。
いや、今出して欲しいのは感情が入った声だけど。
「ですが、今後の協力体制を鑑み栗宮だけにご協力を頼むのではあなたの能力を活かしきれないのでは、と」
だから公務員は嫌になる。
要するにこう言いたいんだろ?
『お前の素性を調べてやる、誠は信用ならん』
だったらこう返すしかない。
『お前の態度が気に食わない。疑うなら別に依頼なんかいらねぇよ』
翻訳器にかけるとこうなる。
「そんなに期待してくれるなんてありがたい。ただ、それくらいの調査なら僕がひとりでも構いませんよ」
「上からの指示ですので」
はいはい、わかったよ。
「今回の依頼、お引き受け願えますでしょうか?」
重くなった空気を誠の、これまた感情の無い声が切り裂く。
普段がおかしいだけで、本来これくらいなんだろうな。
ちらりと誠を見ると相変わらずの能面ヅラ。
……仕方ねぇなぁ。
「資料、貰っとく」
「ありがとうございます。日程のご相談はメールでも?」
僕はあいまいに頷くと、カカシは身の丈をアピールするように立ち上がる。
「よろしくお願いします」
それだけ言うと頭を下げてもうドアに向かっている。
誠はそれに従うようにドアから出て行った。
着信音。
『すみませーん!よろしくです!』
うん、いつもの誠だ。
あほちゃんの出してくれたココアを飲む。
「美味しいよ」
淹れたココアを無視されて拗ねているあほちゃんを撫でる。
信じていない、か。
能力があるのに、面倒なことだな。
『予定、どうしましょ?明日で良いですか?』
急なんだよ。
いつもの変わらぬ誠のメールに安心を覚えてしまうくらいの嫌な時間だった。




