エンキリハイシン⑧
八
「そうですか、まだ癒えてませんか」
蜂駆除サービス代行から1週間、久恒は事務所でクモを撫でていた。
「あぁ、背中は治ってるけど脚はさすがに」
久恒の肩に乗り事務所に訪れて膝に降りる時、脚を引きずっていたのを確認している。
「ところで、ここで良いんですか?ちゃんと撫でられてます?」
「大丈夫、自分で調整してるよ」
あれだけのことがあってもまだ久恒には守護が見えていないようだった。
僕には見えている以上、久恒に見せるつもりがないらしい。
「ところで配信は大丈夫なのか?1週間休んでるんだろ?」
興味が無いとはいえ、さすがに確認はしていた。
しっかりと依頼金も頂いている以上、アフターサービスくらいはしないとな。
「それなりに動画のストックはありますので。せっかくならしっかり休もうかと」
それならいいんだが。
「しかし、よくあれだけの蜂、見えたな?」
実際に動いたのはクモとはいえ、その判断と反応をしたのは久恒本人。
誠ですら捌き切れないラッシュを、いとも簡単に見切ったコイツは何者だ?
ふふっと手を口に当てながら微笑む久恒。
「私、シューティング好きなんです。物足りなかったのは本音で」
……命のかかったあの場所でゲームすか。
「それに……くもちゃんが戦ってくれて、パターン見せてくれてましたから」
ちらりと目を下ろす。
気持ちよさそうに撫でられているクモがふんっと鼻を鳴らす。
「……怖くないのか?」
クモで守護。
しかも目に見えない存在。
「怖いですよ」
久恒の言葉にびくっと跳ねるクモ。
潤んだ眼で見上げている。
泣きそうになるなよ、うっとうしい。
「でも、守ってくれているのはわかりますし。それに見えないのは普通なんです」
ほう?普通?
「はい、守護遣いさんにはわかりにくいかもしれません。でも、私には普通」
「うぱ?」
久恒の隣でココアを啜るあほちゃんを見る。
当然、その姿は見えていないだろう。
「今回もそうじゃないですか。蜂……は当然ですけど私に対しての感情も見えていなかった」
蜂は久恒に向けられた下卑な感情を利用していた。
その思いを、考えを持つ者を操った。
「そのコメントからも守ってたんだろうな」
初めて見た配信、裏でアンチが集まる掲示板があるほどにも関わらずコメント欄が綺麗だった。
「やり過ぎ、とは思うんですけど……めっ」
久恒は軽くぽんっと手を振る。
クモは前脚で頭を掻いている。
「……普通に接し過ぎじゃないか?」
「だってここに来ないとちゃんと構って上げられないので。どうですか?この子、嬉しそうですか?」
身を乗り出して尋ねてくる久恒。
その目は輝いている。
「……良いんじゃないか?」
ちらりと目を下ろすと薄い眼を8つ並べている。
少なくとも、僕に対しての敵意は感じない。
だけど、良い感情を向けていないのも伝わっている。
その傾向は危うい。
なぜなら……。
「大丈夫ですよ」
僕の思考を切るように久恒が告げた。
「え?」
「大丈夫。私も、怒りますから」
最後の言葉は。
久恒であり。
「それでは、次の感染で」
ツネビだった。
クモを抱きかかえる仕草をして、肩に乗せる。
掴めてない、乗ってない。
そんなことをわからず立ち上がると、出口に向かった。
ひょこひょこ脚を庇いながら追いかけて背中をよじ登るクモ。
「……そうだ」
ぴたりと足を止めた久恒。
「栗宮さんはよく来るのですか?」
栗宮、くりみや……あぁ、誠か。
質問の意図が図りかねて言葉に詰まる。
「あぁ、厄介事を持ち込みに」
僕の言葉に久恒はちらりと机に目を下ろす。
カップを置くために避けられた資料をじっと見る。
「でしたら、いらしたときにお伝えください……その……」
なぜか、目を伏せて言いにくそうだ。
「き、嫌ってませんから!それじゃ!」
くるりと振り向き走り出す。
首を掴んでいたクモが左右に振れていた。
「……だってよ?」
「ふぇぇぇ……ずっと推すー、一生推すー」
キッチンに隠れていた誠が泣きながら姿を現す。
「あの感じなら隠れる必要無かったんじゃないか?」
「余計無理ー、尊すぎるー」
面倒くさい感情だな。
これも、見えない方が楽なのかもな。
「絶対、絶対遊びに誘うー、でもすぐは無理ー、逝くー」
戻ってこい、ポンコツ。
「……あの光景が配信にされてたって?」
そう、本題はこっち。
蜂と戦った光景、あの瞬間まで配信が続いていたという事実。
「うんー、一旦切れて再接続ー。……ツネビさま降臨からトドメまではノンストップだったそうです」
ようやく戻ってきたな。
「少なくとも、あの光景を見せたい誰かがいたと……」
「うぱっ!」
あほちゃんが手を挙げた、そして頭を差し出した。
まるで、撫でて貰いたいように。
『……は?』
処理が追いつかない。
え?そゆこと?
「えと、あほの子?アンタがやったですます?」
ブレっブレじゃねぇか。
「うぷー!」
あほちゃんは鼻から荒い息を吹き出す。
なんでそんなことしたのかなぁ?
どうにかこうにか問いただし、身振り手振りを解読し。
ようやく意図を掴めた結果はこうだった。
「……つまり、クモを助けた、と?」
「うぱっ!」
僕の頭に飛び乗りわしゃわしゃ撫でる。
……頭痛が広がってきた。
「確かに、アレを見てツネビさまに手を出そうとするモノは減るでしょう」
アゴに手を当てて僕の解読を聞いていた誠は目線を下ろす。
あの配信の反応は否定多めの賛否両論。
外から見たら演出だもんな、あれは。
見せたい相手は視聴者じゃなかった。
あの蜂と同類の怪異、もしくは守護。
ヒトを食い物にし、自らを満たす外法者。
ソイツらから、久恒を守るのがクモの願い。
「アレですか、もしあほの子が配信を流して、ツネビさまここにあり!しなかったら」
「また、湧いたかも知れないな」
真剣な場面だ、お前も落ち着け。
道理でクモの態度が柔らかくなったわけだ。
「覚えてるか、久恒の配信を最初に見た時」
「ええ、探偵さんのPCがお釈迦になった」
経費よろしくな。
「アレ、明確にこっちに向けたメッセージだったよな」
ノイズ交じりの映像。
指を向けたツネビ。
『こノ配信を見てイるお前ラ』
『こノ子は渡サない』
考えたら女王は流暢に喋っていた。
「……ありがとな、あほちゃん」
あの言葉の主は、わかってる。
今は守る対象に認知されて、撫でられることを喜びをしているあの守護。
「……接待用なら、ケーキも経費で落ちますよ」
「うぱっ!」
今回、僕らを守ってくれた偉大なる守護。
ケーキと聞いて両手を拡げて満面の笑みを浮かべている。
もしたったひとつでも歯車が噛み合わなかったら。
その考えは、冷めたコーヒーと共に飲み干すのだった。
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