エンキリハイシン⑥
六
「ツネビさま!」
あほちゃんが残した傷跡を辿り、クモを追う。
その先は予想通り久恒の部屋。
扉を蹴破り、部屋に飛び込むとすでにそこはこちらではない。
ノイズ、壁にへばりつく砂嵐。
そして中空に浮かぶ文字化け。
『驍ェ鬲斐□』
『雋エ讒倥°』
『1蛹ケ縺?』
『髢「菫ゅ↑縺?』
何が言われているのかわからない。
しかし不快感が止まらない。
悪意。
悪意あくいアクイ。
この部屋に満ちているのは悪意そのものだった。
「どうして……どうして……」
部屋の中心にはうずくまり震えている久恒がいる。
常火ノ命の振舞いなどできていない。
恐怖に怯え、見ることをやめ、たったひとりでコワれてしまった。
ただひとりの女の子。
『鬟溘∴繧具シ?』
ひとつのコメントが久恒に向かって飛び込んでいく。
響く銃声。
逸れる文字化け。
『驍ェ鬲斐?繧ケ繝ォ繝奇シ?』
「抗議なら日本語で!!」
ここまで空気読めないなら清々しいわ。
「効いてません、効くと思ってもいませんでしたが」
誠は拳銃をホルスターに戻し、トンファーを構えてる。
その判断はある意味正解。
銃弾が当たる。
つまり。
『殴れる』
嫌だなぁ、ゴリさんとハモっちゃったよ。
「ボクの分、無い?」
「素手でどうぞ!」
死ぬわ!
「援護よろしく!」
「囮よろしく!」
駆け出すのは同時、目的は真逆。
久恒に向かって駆ける。
飛んでくる文字化け。
殴るゴリ。
勢い任せに壁に吹き飛んでいく。
「……軽い?」
壁にぶつかって、その後床に落ちた文字化けは再びこちらに向き合った。
文字が向き合ったってなんだよ。
「大丈夫か!?」
トンファー乱舞で文字化けと振り払う誠の後ろで久恒に声をかける。
「私は、ただ……」
震えて。
肩を抱えて。
虫が鳴くような小声で。
「誰も傷付けたくない、誰にも傷付けられたくない、なんで、なんで!」
久恒の声に反応した文字化けは一斉に久恒に飛びかかってくる。
間に立って左右に文字と吹き飛ばす。
「ひとつ行った!」
むしろいくつ捌いたんだよ。
「1%!」
「うっぷぅ!」
文字が飛んで来る。
目の前に迫る。
視界が炎で満たされる。
一瞬のファイヤーウォール、防ぐだけで充分だ!
「ぎいい!!」
炎の中では文字ではなくて。
……そうか、だから針!
後ろに飛び退いた時、文字に戻っていた。
「スーツ焦げました!」
あらかた吹き飛ばし、硬直状態になった誠は文句たらたら下がってきた。
文字は、無限を描く警戒飛行をし始める。
今更か、舐めやがって。
「誠、もっと来る」
「バカじゃないです!?」
僕に言うな!
「飛んでくるぞ、窓から」
遅かった、真後ろの窓ガラスを突き破ってくる無数の文字。
降り注ぐガラスから庇うため久恒に覆い被さる。
その中に、ひときわ大きい文字の固まり。
まだ隠せていると思ってるのか。
「女王さまの御来訪だ」
「決めました、あなた囮、私とツネビさまで撤退。これぞパーフェクト」
「狙ってるのは久恒だっての」
誠は反応すら返さない。
代わりにぽたりと頬を伝う汗が床に落ちた。
仕方ない、アイツが来るまで時間を稼いでやるか。
「このような下賤な場に女王陛下自らいらっしゃるとは、僕たちはずいぶんと買われたようですな」
「バカですね!?」
うるさいな、これからすべての元凶を解してやるんだ、黙ってろ。
女王はじっと動かない。
その周りを取り囲む兵隊たち。
「しかしずいぶんと回りくどい方法を取った」
本来の目的は久恒の捕食だったハズだ。
でも、予想以上に手こずった、兵隊をいくらけしかけても一向に食えない。
普通ならここで引く。
高い知能があるのなら。
「お前は意地になったな?だからやり方を変えた」
直接ではなく、搦め手。
自分の配下だけでなく、物理の手を求めた。
「その方法はご自慢の針か?それで操りでもしたか?」
女王は左右に揺れている。
「お前の誤算続きは兵隊にしようとしたニンゲンたちが思ったより弱かったことだ」
「……もしかして被害者は」
そう、コイツに兵隊にされそうになった成れの果て。
操る時には死んでいた。
「もしくは、その悪意や欲望をエサにしたか?趣味が悪いな」
趣味が悪いと聞くとひとつの文字化けが突っ込んで来る。
中段蹴りで迎え撃つ。
吹き飛んでいく文字化け。
……蹴れてよかった。
「煽りに弱いのは元のヤツの性格か?だから荒らしなんかするんだよ」
「つまり、この文字は……」
誠の声色は恐怖ではない。
反吐。
ヒトの汚い、欲望のエキス。
「そ、見た目から文字通りの匿名になっちまった」
「そんな、なんでそんなことに」
『お主が旨そうだからだ』
初めて、文字から聞き取れる声が聞こえた。
化けていた文字が高速で動き本来の形に戻っていく。
最初に見えるは2つの眼。
続いて4枚の翅、6本の脚。
姿を現す女王蜂。
鋭い1本の針を出し入れしていた。
ひっ、と小さく悲鳴を上げる久恒。
「そろそろ観念したのか?」
『観念?言葉が過ぎるぞ、虫けら』
お前が言うな、見た目から虫けら。
気が付くと周囲の文字化けも蜂の姿になっていた。
何匹かは甲殻が凹み、誠を睨んでいる。
『妾が下賤なる存在にその姿を見せてやること、誇るがいい』
口調だけ貴族の真似事をする虫にこみ上げる嫌悪感。
「それはそれは僥倖だよ。その不幸のついでにさっさと消えてくれないか」
『笑止』
女王は兵隊を2匹飛ばしてくる。
同じく蹴り飛ばそう身構える、
しかしチカチカ光る蜂を見て思わず叫ぶ。
「撃て!!」
誠は即反応してくれた。
蜂にヘッドショット。
その2匹は閃光を上げて吹き飛んだ。
「……ナイス、判断です」
蹴っていたら、間違いなく足が無くなっていた。
「エグいことするじゃん」
『所詮、使い捨てであろう?』
蜂はいくらでもいる、これをやられ続けたら……。
「私が何をしたというの……?」
顔に涙の筋を残しながら久恒がこぼす。
『お主が、妾にふさわしいモノだからだ』
蜂は恍惚に告げる。
『オスの情欲を煽り、虜にし、従えている。それが欲しい』
「私はそんなことしていない!」
久恒は叫ぶ。
『そうか?しかしオス共は思っておらぬようだぞ?』
女王の声に新たな文字化けが生まれる。
しかし意味がすぐに見えていく。
『襍、謚輔£縺溘i繧ェ繝輔▲縺ヲ縺上l繧九°縺ェ』『赤投げたらオフってくれるかな』
『繧ゅ≧蟆代@縺ァ隹キ髢?』『もう少しで谷間』
『陬上〒縺ッ繝、縺」縺ヲ繧九s縺?m??』『裏ではヤってるんだろ?』
それは、表に出ていなかったツネビへの、久恒への歪んだ欲。
「嫌だ、見たくない……」
『ほれ、この通り。オスを誑かし、操り、エサとする』
軽やかに入ってくる雑音がうるさい。
『妾とお主は同類だ』
「違う!私は……私は好きなことをしたいだけ!」
『そうだろう?故に共にエサを貪ろうではないか』
「そろそろ黙れ」
泣き叫ぶ久恒を隠し、呻く虫けらを睨みつける。
「お前の物差しで計って同類認定だ?ホント知能虫けらか?」
『耳障りなさえずりよ』
からからと乾いた虫の音。
「そのまま返してやるよ」
『強がるな。ゴミ掃除からでも良いのだぞ?』
久恒はエサで、僕はゴミですか。
誠をちらりと見る。
「6発です、その間に逃げれます?」
足りるわけないだろ、わかって聞くな。
「ツネビさまさえ逃げればいいので。手足で4匹捌けますよね」
今後どうやって生きていけばいいんだよ。
『チリとなる順は決まったか?』
耳を澄ませる。
何かを駆け上がる音。
「あぁ決まったさ」
さぁ、ここまで引っ張ったんだ。
存分にやれよ。
「お前を消す相手の登場だ」
目の前で浮かれる女王蜂。
2つの眼、4枚の翅、6本の脚。
相対するは窓から出でた黒い影。
そいつが持つは対なる数の最上位。
8の眼と8つの脚。
威風堂々。
久恒を守る守護。
クモが女王蜂に向き合った。
文字化け変換使用
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