エンキリハイシン③
三
その後PCを立ち上げ直したら電源が入らなかった。
中古で買ったPCだったから良かったもののこれからの仕事は差し支える。
「経費で買い替えて良い?」
「領収書は60%までですよ?」
なら20万まで毟ってやる。
「泊まってくか?」
さっきのこともある、何かあるなら一緒にいたほうが……。
「えー、私そんな安くないんですけどぉ?」
何を言っているかわからなかった。
「こう見えて理想は高いんですよー?まず年収が1,200万以上無いとー」
ニヤニヤしている誠の表情でなんのことか理解した。
「そうかぁ、残念だ。さっきの映像のヤツが自宅まで押しかけて来ても僕はワインを飲んでいて助けにいけないなぁ」
「鬼!悪魔!」
先にからかったのはそっちだろ。
「そもそも峠で手出してないだろ」
「……据え膳放置ですか、これは慰謝料請求しませんと」
寝ずの番して架空請求、さすが国家権力のやることは違うね。
「そこまで言うなら仕方ありません、せくしーな私の姿で悶々と」
「僕は奥で寝る。お前はソファーな?」
「普通譲りません!?」
なんでだよ、僕が家主ぞ?
「実際問題、寝て平気なんですか?」
「死ぬんなら、とっくにだよ」
配信の最中にそのまま息絶えたヤツがいたんだ。
もし僕らを殺す気なのであればあんな警告を入れることはない。
「つまり、僕らは今は安全だってことだ」
「その今は、ってのが引っ掛かるんですけど?」
仕方ないだろう、それ以外わからないんだから。
「久恒にはもう連絡したのか?」
「忘れてましたっ!」
誠は慌ててスマホを取り出す。
手に持つ、止まる。
「……お願い、してもいいですか、私には、送れません、畏れ多くて……」
仕事の報告だぞ?
公私混同している強火勢の代わりに明日のスケジュールを伺う。
返事は即届いた。
「問題無し、明日10時」
ちょっと早い気がするが、久恒からの希望だから仕方ない。
説明は省いている。
余計な不安を抱えて寝ることはないだろう。
「探偵さん、探偵さん」
ソファーの背もたれ越しにこちらを見ている誠。
少しばかりの猫なで声、面倒ごとの予感しかない。
「なんだよ」
「急に泊まることとなって、お泊りセットがありません。具体的には替えの下着です」
それが、なにか?
「鈍いですねぇ、私の買い物に行く護衛という名誉を差し上げると」
「同じので寝ろ」
それだけ言うとしっかりと施錠して眠りに付く。
『ちょっと!対策相談どうするんですか!』
その気持ちを折ったのはお前だろうが。
どうせ何を話しても想像にもならない。
明日、久恒にあるかわからない心当たりを聞くしかないのだから。
「失礼します、よろしくお願いします」
時間はぴったり10時。
扉の前で律儀に挨拶した後で入ってくる。
「昨日はお疲れ様」
「いえ、見てくれてありがとうございます……なにかわかりましたか?」
「宣戦布告された」
久恒の表情が固まった。
「探偵!」
ついに呼び捨てかニセゴリJK?
「……どういう、ことでしょう?」
「口頭になってしまうが」
僕は簡潔に昨日の配信で起きたことを伝えた。
文字化けコメント、ノイズ。
そして明らかに違う何かの意思。
「ただご覧の通り傷ひとつない」
僕と誠は無事それぞれの朝を迎え、変わらぬ朝日を拝んだ。
「それは本当によかった」
「だけどそれ以上の変化は無いんだ」
朝起きてからスマホで昨日のアーカイブを確認した。
もちろん、あんな変化は無く、平穏無事にツネビさまが飲酒雑談している様子が残っていた。
「やはりツネビさまのお話は聞いていてぞわっとします」
「そう言っていただけると嬉しいです」
ファン交流会に持っていくんじゃないよ。
「コイツは今言った通り、アーカイブを見直した。でも、そのアーカイブは普通に見れた」
つまり最初の想像通り配信では何か起き、アーカイブや動画では何も起きない。
その可能性が高くなったわけだが。
「ぶっちゃけ、逃げになるんだが。配信は絶対なのか?」
「おじ!」
肩書を外すな、ゴリ。
「……どういう、ことですか?」
久恒は眉を下げて尋ねる。
この子はわかってる、でもわかってくれ。
「この件、あまりにも威力が強すぎる」
僕は誠が持ってきた資料をどさりとソファーテーブルに置いた。
「これだけの数が被害にあってる。理由は不明、原因はライブ配信」
少なくとも、になるが他の媒体であれば被害が出ない可能性が高いだろう。
「ここから被害にあう理由を追求するのも構わない。だが、それは同時に配信を見ている人数を危険に晒すことになる」
この子が悪いわけじゃないのはわかってる。
でも、原因はこの子であることが昨日わかった。
──『こノ子は渡サない』──
あの言葉は特定には充分だ。
「だから、少なくとも配信だけでも」
「ぴー!!」
話の最中、あほちゃんが突撃してきた。
「守護遣いさん?」
「あほの子?」
久恒からしたらいきなり横に吹っ飛んだように見えただろう。
「いてて、大事な話をして……」
絶句。
最初に僕。
続いてふたり。
先ほどまで僕が座っていた場所がざっくり切り裂かれていた。
「辿れるか!」
「うぱっ!」
あほちゃんはこめかみにぐりぐりと手を当てる。
どう見ても一休さん、だけどあほちゃんは真剣そのものだ。
「うぴぃ……」
しかし俯く。
どうやら振り切られたらしい。
久恒は青ざめた顔で口を覆っている。
「アンタにこれを背負う覚悟があるのかい」
この宣告は酷なのはわかる。
しかしこのレベルとなれば話は別だ。
もし、あほちゃんが気付いてくれていなかったら。
この見えない刃に僕の身体は引き裂かれていただろう。
油断が無かったとは言わない。
だが、配信もしていない、時間も朝だ。
こんな全く条件の違うときにまで起こるのだったら。
その原因の根幹は久恒美織。
この子を取り巻く怪異。
配信ですら無い。
「配信は、続けてもらいましょう」
誠の言葉にまず反応したのは久恒だった。
「……どうして!」
「この件で久恒さんが怪異に取り込まれている可能性が非常に高くなりました。おそらく配信を止めることも被害の拡大に繋がります」
誠から久恒と呼ばれ、力無く手を下ろす。
「しかし、配信を続けていれば被害範囲が配信の最中、しかもそのライブ配信に来ている人間だけに絞り込めます」
「……解決まで囮にする、ということですか」
「そうなります」
誠の言葉に絶句する久恒。
今までのファン状態しか見ていないところからの落差がきついのはわかる。
「今回、原因の究明を彼に求めたのは久恒さん、他ならぬあなたです。彼は推測ながら原因を突き止めました。そこから被害を防ぐ現実的な方法も。ですが」
配信を辞める。
しかし、そのせいで被害が拡がってしまった。
「でも、でも……!」
「安心してください。原因はあなたを取り巻く怪異です、あなた自身ではない」
「でも私のせいで人が!」
久恒は涙をこぼしている。
拭うこともしない、流れ出るままに。
「良いですか。原因は、怪異です。あなたも被害者です。……一番被害を抑える方法が、今は配信を続けて頂くしかないのです」
誠に全部、背負わせちまったな。
「少なくとも、今週は配信の予定は無いでしょう?」
「……はい」
泣き濡れた久恒にハンカチを渡す誠。
「お送りします。捜査員として」
誠なりの、決意だろう。
久恒は力無く頷くと部屋から出て行った。
こちらに振り返り、頭を下げる。
ひとりきりになった部屋。
「うぱー……」
「そうだな、一緒にいてくれたか」
先ほどまでの大騒ぎが嘘のようだ。
「周りにいる?」
「うぴっ!」
手で大きくバツを作る。
「……しんど」
姿も見えない、感じ取れない。
なんで襲われたのかわからない。
これを鎮めろって?
「投げ出せるなら投げ出してー……」
聞いているのはあほちゃんだけ。
だから弱音くらい吐かせてくれよ。




