エンキリハイシン②
二
数日後、久恒がライブ配信をすると連絡が来た。
「いやぁ、初待機ですよぅ。怪異さまさまですねぇ」
あの、仕事ですよ?
僕の事務所にスナック菓子や炭酸を持ち込み、いそいそと準備をしている。
あほちゃんはキリっとした顔でポップコーンにチョコをかけている。
「あほの子!キャラメルに追いチョコは破壊的です!」
あほちゃん、悠然とサムズアップ。
平和ダナー。
「こんな早く来たってことは、進展あったんだろ?」
配信開始まで1時間半。
準備にしたって早すぎる。
「いえ、ここでグラタンを作るためにですね」
ここにオーブンはねぇよ。
いきなり噓下手か。
「あほの子ー、ご主人がいじめるー」
飼ってないから。
「ほら、さっさと報告。じゃないと間に合わないだろ」
「そうでした、私のツネビさまデビューが」
人選合ってるんだか間違ってるんだか。
結論から言えば金髪ライバーは予想通り死んでいた。
「それだけで、この量は無いだろ?」
誠の取り出した紙束は5ミリを越えている。
ヒトひとりの開示請求にしたらこの厚みは出ない。
「掲示板、さらったんですよ」
紙束をぺらぺらと目を通す。
「……何人だよ」
「ざっと200。調査部に怒られましたよー」
久恒から話を持ち込まれて1週間経っていない。
そんな短い間に200もの人数を洗ったのだとしたらそりゃ血管も浮き出るってものだろ。
「200も死んでるのか……」
改めてこのネットの拡散力は恐ろしい。
「あー、かなり生きてます」
恐ろしくないかもしれない。
「なんでこんなに人数いるんだよ」
「しかたないじゃないですか、あの掲示板に書き込んだヤカラたちが200いたってだけですよぅ」
200という数字を多いと見るか、少ないと見るか。
「ヒト様をこき下ろす数としたら多いか」
「ですね、ヒマ人、窓際、イキりキッズ。そんなのばかりで」
その表現は方々に喧嘩売ってるだろ。
「善良な市民サマのストレス解消なんでしょうね」
誠はゆずサイダーをグラスに注いだ。
「そんな無意味な資料、重かっただけだろ」
紙束を再びめくりなおす。
50音順に並んだ資料の中、不規則に現れる名前の横にある赤いバツ印。
この意味は聞くまでもないだろ。
「シゴデキJKの称号を授けよう」
「バカにしてます?」
もちろん褒めてるつもり。嘘だけど。
「ただ、共通点がまるで無いんです」
「共通点が、無い?」
誠が言うにはただひとつのこと以外は年齢・性別・在住・家族構成etc。
すべてにおいて共通点が見い出せないという。
「日本在住、が共通と言えば共通ですけどそもそも掲示板が日本語ですからねぇ」
無論、翻訳機能があるにはあるが書き込むヤツの多くは日本に住んでいるだろう。
「で、このバツさんと生き残りで違うところは無かったと」
誠はポテチを箸でつまみながら頷いた。
「ですね、被害者だけの共通点は無し。掲示板に書き込んでる時点でツネビさまのこと全員誹謗中傷してます」
小声で「全員処してほしいです」とか言ってる。
それくらいツネビには強火なのだろう。
「ツネビだけに」
「探偵さん、油撒きました?」
やかましいから話を戻そう。
「つまり、この不幸になる理由は誹謗中傷じゃないってことか」
「もちろん、その度合にも寄るかもですけど現状では」
考えたらあの配信中に死んだライバー、少なくとも配信の中では暴言を吐いていなかった。
コメントを拾って、読み上げでブスとか言ってたけど。
「ですね、ただ私はあの人嫌いだったなぁ。ツネビさまの人気に乗っかってただけですので」
どうやら調査の一環でそこら辺を見ているらしい。
「別の人の配信で乗っかりなんてできるの?」
「できますよー、むしろ自分だけの方が稀です」
「……長くなる?」
「聞かれたから答えただけです」
助かる。ここで配信講義されても敵わん。
「改めて確認するが。被害=死亡で良いんだな?」
「残念なことに」
さっき全員処せとか言ってた口が言うかね。
「ツネビさまに害を成すなら処されて当然。だけど物理じゃなく社会的に、です」
現代社会でそっちの方が地獄じゃねぇか?
ふと、頭に嫌な考えがよぎる。
「……この資料、その掲示板に書き込んだ奴ら、ってことだよな?」
「そうですね、足跡があるのが書き込みだけなので」
この考えを伝えるか迷っている時にPCの画面からちゃちなBGMが流れ出す。
「始まりましたっ!」
誠がPCにかぶりつき、あほちゃんも頭に乗っている。
画面が全く見えない。
まぁ声だけでもいいだろう。
『今日も貴様の媒体に感染した。常火ノ命だ』
「きゃー!ツネビさまー!」
頭痛くなるわ。
『近頃、私の感染を見ると不幸になると聞く。それもそうだろう、私は常火ノ命、地の底より出ずる大怪異ぞ』
この煽りは僕が伝えた。
どうせ噂になってるなら利用しろ、と。
『しかし、そんな表立って不幸になると思うか?じわり、じわりと貴様らの骨の髄まで染み入る……それが私の力だ』
起きてしまっていることは隠せない。
だったら自ら否定する。
自分だったらそうはしない。
つまり『呪いが違う』
そのことをはっきり告げるように言ったのだ。
ツネビのキャラを守るなら、不幸自体は否定しないのは久恒の案。
見た目よりキモが座っているよ、この子。
『私の名に乗じ、下らない不幸を振り撒くのは下郎のすること。恥を知るが良い』
「ツネビさまー!カッコいいー!」
「うぱー!」
そこでアンタらが興奮する意味がわからんのよ。
「誠、コメントどうなってる?」
「打ちます、打ちます。弾幕です」
仕事を思い出せよ!
「じゃなくて、変なコメント湧いてないかってこと!」
「そっちですか、えっと……え?」
誠の熱が引く。
どれだけ異常が起きてるんだよ。
誠がゆっくりと画面から離れる。
映る画面を確認する。
「なんだこれ……」
画面には、うなだれた様子の久恒。
それはいい、髪を垂らすためのポーズだ。
それより異常なことはコメント欄。
『繧ュ繝「繧、』
『繧ュ繝」繝ゥ繧、繝?ぉ?暦ス暦ス?』
『繧ゅ≧蟆代@縺ァ閭ク隕九∴繧?』
すべてのコメントがこんな調子だ。
「こんなバグ、起きるのか」
「起きません……」
『こノ配信を見てイるお前ラ』
ノイズ交じりの声が聞こえてくる。
指がこちらを向いている。
『何ヲしてモ無駄だ』
明らかにこちらに向けて言っている。
その言葉の主はツネビでも、もちろん久恒でもない。
『こノ子は渡サない』
ぶつんと。
画面が落ちる。
「……居たな」
「えぇ、しかもロックオンされました」
茶化すだけの余裕があるならまだマシだ。
渡さない、だって?
どうやら「見ると不幸になる配信」は本物だ。
偶然などではなく、本物の怪異が関わっている。
今はただ、被害を受けなかったことに胸をなでおろす。
その意味も知らねばならないことから目を逸らすくらいは許されていいだろう。
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