クビキリトウゲ④
四
ヤンキーはすぐに見つかった。
近所で買ったネコ缶を開けて、カゴに棒をつっかえて近寄ってきた時にばさー。
「なにか、アホなこと考えてません?」
ヤンキーを組み伏せている誠が呆れ顔でこちらを向いている。
「うぱー!」
あほちゃんが呼び方に過剰反応している。
「っめぇら!ふざけてんのか!」
1番の被害者は地面に組み伏せられているヤンキーか。
「こんなことして警察が許すと思ってんのか、あぁ?」
「はい、こちら」
誠は躊躇なく警察手帳を取り出した。
「あなたは私に逆らいました、公務執行妨害の現行犯です」
あまりの暴論に口をパクパクさせるヤンキー。
「栗宮さん、警察だったので……?」
一米も目を丸くする。
驚くよねー、僕もまだ信じてない。
「俺はなにもしてねぇだろうがぁ!」
「あらぁ、官警侮辱罪が加わりますねぇ」
明治時代か?
「ざっけんなよ!」
「私たちはあなたに話を聞きたいだけなので。峠の話を聞かせてくれたら逮捕を取りやめようかと」
「栗宮さん!イカれてますねぇ!」
「お前が逮捕されろよ!」
ヤンキー君が憐れになってきた、いいぞもっとやれ。
「で、結構真面目な話。キミ、峠からの生き残りなんですって?」
その表現は戦地帰りなんだよなぁ。
それまでじたばたと暴れていたヤンキー、野沢五郎はぴたりと動きを止めた。
「……離せよ」
「良いんですかぁ?そんな反抗的な」
「離せって言ってんだろ」
その声は、誠の動きを止めるのに充分だった。
静かに、しかし重い。
それまでの五郎では考えられない程、深い声。
「何聞きてぇんだ、話してやるよ」
こちらを睨む目は、どろりと濁っている。
「連れが済まないことをした、ほら謝って」
「なんで私が」
「謝って」
「……申し訳ございませんでした」
誠は不承不承は隠していないものの、しっかりと頭を下げた。
それに釣られて一米も頭を下げる。
ヒトには触れちゃいけない傷がある。
それは他者から見たら大したことないのだろう。
しかし、本人にとってはそのひとつの出来事で殺し合いに至ることもある。
僕は外から見てたから気付けたけど、もし一緒になって茶化していたら。
彼はなりふり構わなかっただろう。
「……で、何話せば良いんだ」
謝罪は、受け取っていない。
でも話してくれる。
話そうとしている。
断絶寸前に至った相手に手を伸ばしている。
それは、つまり。
「……僕たちは今、峠の事件を調べている。アレはヒトの仕業じゃない。ついでになっちゃうけど仇討ち、僕らに任せてみない?」
「……けっ」
五郎は目を逸らす。
すまんな。
必ずと言えなくて。
「けーっきょく!あの子に話を聞いてもなんの情報も無かったじゃないですかぁ!」
年端もいかないヤンキーに深々謝罪させられた誠のご立腹から始まる山登り。
そういう意味で収穫があったとは言えなかった。
「ですねぇ、彼も何があったかわかっていないようですし」
一米も今回は同行して付いてきている。
絶対に危ないから辞めろって言ったのだが。
『ボクしか知らない、陸衛門の苦手な物あると言ったら?』と強引に押し切ってきた。
「絶対僕より前に出るなよ?」
まぁ、そんな注意もアイツと出会ったらどうなるかわからないけどな。
陽はまだ高い。
来るなら、たぶん日没後だ。
それまでに昨日の場所まで行ければ良いのだが。
「その苦手な物って?ネコが怖いとか?」
「言いますよね、幽霊はネコを怖がるって」
この遠足気分2人組、守らなきゃダメかぁ?
「でも、なんででしょうね。私たちは両方斬られず、あの子は友だちだけ斬られた」
五郎から聞いた話をかいつまむと、友だちがいつの間にか斬られた。
そして彼自身は何もされなかった。
そう、何に斬られたか、なぜ斬られたかすらわかっていなかった。
「でも、友だちの形見が木刀って……」
実は僕らと最初に遭遇した時に持っていた木刀、あれは先日首を落とされた友人の遺品だそうだ。
「たまたま掴んで持ってきた、とか言ってたけど」
それだけできたのは幸いだよな。
もしかしたら、出てくるのに武器が条件かとも思った。
だが、違う。
僕らが襲われた時には何も持ってなかった。
「うぱ?」
あほちゃんが僕の頭の上から覗き込む。
手にはチョコひとかけら。
「ありがとう、もらうね」
少しでも、少しでも体力が欲しい。
「ここ、ですね」
昨日、僕と誠が気絶していた山道。
まだ日の入りには少し時間がある。
周囲を見回し、紫の炎がないことを確認。
「専門家の意見は?」
一米に促すとゆっくり調べ始めている。
手にはご自慢のスクラップ。
「陸衛門の処刑された場所がここ、首を晒された場所がここだとして。この峠の位置と照らし合わせると……」
小声でブツブツ何か言っている。
しゃがみ込み、地面に目を伏せているため、完全に無防備だ。
誠と背中を合わせて、見回す。
その時。
ぞわりと。
急激な寒気に襲われる。
「なんでっ」
僕よりも先に誠が声を挙げた。
まだ陽は残っている。
峠を照らす赤い炎。
その景色にひとつ。
紫の光。
「来やがった……!」
日没すら条件じゃないのかよ!
ゆらり、ゆらりと。
徐々に形が人型に。
そして輪郭がはっきりと。
昨日と違い、更に濃く。
明確な形で武者と成った。
「下がれ、ふたりとも!」
心の準備も、身体の準備もできていない。
そんなこと言っていられない。
紫武者とふたりの間に差し入ると、頭の上のあほちゃんをトントンと叩く。
「貸して、すぐに!」
「うぴっ?」
妙な声を上げたあほちゃんはすぐさま僕の頭から飛び降りた。
上に口を開ける、手を突っ込む。
「動物虐待!」
言ってる場合か!
手を引き上げると、柄が。鍔が。刀身が。
赤く波打つ波紋を宿した刀が姿を現した。
「来いよ、怨霊。恨みつらみがあるかもしれんが、こっちにも生きた恨みを背負ってるんだ!」
ガラにも無いことを言いながら切っ先を紫武者に向ける。
自分を鼓舞してもあっちから来る威圧感は微塵も減りやしない。
「……断ツ」
ゆらりと。
揺れる。
紫の炎。
緩慢に見える炎が目の前に迫るのはすぐだった。
「鳩尾っ!」
コイツの初手はわかっている。
急所に向かって一撃昏倒。
つまり身体を逸らせば!
ひとつ覚えの柄尻に寄る打撃をギリギリ躱し、その回転を以て刃を薙ぎ当てる。
響く金属音。
紫武者は手首を返して刃を立てていた。
上から刀を押し込まれ、体勢を流してくる。
一歩、いや半歩で留まった。
だがその半歩だけで終わっていた。
目の前に、頭上に刀を振り上げた紫武者。
刀を上げて、どうにか……。
ひときわ大きな金属音、なんとか直接の唐竹は免れた。
「おっ……も……!」
最初こそ衝撃だけだった。
しかし徐々に増えていく上からの圧。
支えるも、受け流すこともできず。
「しま……」
唐突に抜ける膝。
押し下げられる刀。
地面に目を取られ、再び上げた視線が捕らえたのは眼前に迫る紫の拳だった。




