クビキリトウゲ③
三
結局、その峠で一晩過ごすことになった。
完全にKOしている誠を背負って山道を下るなんて考えられなかった。
クマはいないだろうけどイノシシやサルはいるかもしれない。
正直、そんな動物なんてどうでも良かった。
注意するべきは炎だけ。
それも目の前の焚火などではなかった。
その色は、鮮やかな紫。
紫の炎なんて見間違えるわけもない。
あれだけ怪しい色の炎は一度見たら忘れられるものか。
先ほどの炎が抉った地面を見る。触れる。
やはり炎で焼き切ったような荒さは無く鋭利な物で切られたようだった。
ようだった、じゃないんだよ。
目の前で見てるんだから。
あの炎武者。
この峠で32人の首を飛ばした怪異。
あんなあっさり、手も足も出ないとは思っていなかった。
「覚悟を決めるしかないかねぇ」
「うぱぁ?」
隣に座り、焚火の番をしているあほちゃんの頭を撫でる。
チョコはね、焼いちゃダメなのよ。
とろけた液体をあほちゃんに返すと嬉しそうにぱくり。
どこから出したんだろうねぇ。
こんなふやけたことをしていても目の前の焚火以外の炎は生まれてこない。
その炎の赤だけがほんのり心を休ませるのだった。
「……屈辱です」
誠は目を覚ますなり細い目でこちらを睨んでいる。
やっと明けた夜闇、横ばいの陽を受けて身体を起こした。
「あっさりやられたことが?」
「乙女の寝顔を無粋な輩に見られたことです」
それだけ悪態吐けるなら上等だ。
「とりあえず降りよう」
「ですね、やり返せるのは夜でしょうから」
その負けん気は頼もしいことで。
山道を降りる道中、ふたりは静かなものだった。嘘だ。
こういう時って普通はお互いに黙々と降りるものでしょう?
「なんであっさり負けてるんですか!」
「僕より先に吹き飛ばされてただろう!」
「乙女を庇いなさい!」
「うぱぁ」
「だよな、あほちゃん!」
道中、こんな感じ。
我ながら、というか誠の体力あり過ぎるだろ。
すっかり朝の日差しも高くなった頃合い、僕らは村まで戻ることになった。
「まずはうどんです!」
本当に元気なことだよ。
そのままうどん屋に突き進み、駆けつけ三杯している誠を横目に僕はウーロン茶を飲んでいた。
「もし……」
そんなわんこうどんを食べているこのテーブルへ近寄ってきた見知らぬ……見知らぬ。
「ボク、こういうものです」
その人が差し出した名刺には「H大学非常勤講師 一米柚希」と書かれていた。
「いちこめ」
「いちまいです」
慣れてるんだろうな、このやり取り。
黒いボブヘア、中性的な顔立ち、小柄な体躯。声も中音。
名前も相まって性別がどっちかわからない。
「そんな疑似ショタが何の用?」
「そんな風に言われたのは初めてです」
意外と器が大きかった。
うどんと天ぷらを突きながら話を聞く。
普段は都内で郷土学の講師をしながら週末にはフィールドワークをしているとのこと。
「それで今回このトウゲに調べものをしたくて」
寄りにも寄ってこのタイミングで?
怪しくないか?
「今、この峠で連続死傷事故が起きているのはご存じですか?」
誠はアナゴの天ぷらを頬張り一米に尋ねる。
こちらの身分を明かしていない、ややこしくなることがわかっているからだ。
「えぇ、だから来たんです」
一米は何かを決意するように深くうなずく。
「自分が死ぬかもとか考えてないのか?」
もしかして自殺志願かと思い尋ねると、表情は一変した。
「だって!今蘇る怪異でしょう!」
……はい?
思わぬテンションに声が出ない。
誠も動揺にうどんをすする手を止めている。
「うぱー!」
あほちゃんはお代わりを頼むように空になった丼を突き出してくる。はい、空気読もうね。
「実は昨日峠に向かうおふたりを見てたんです!」
昨日感じた視線、村人Fはお前かい。
「そうしたら昨日は帰ってこずに今朝泥だらけで帰ってきた!」
朝も見られてたのか、そっちは気付かなかった。
「地域に根付く怪奇現象!すごいなぁ!怖いなぁ!」
怖いのはこっちだよ。
「おうどんごちそうさまでした!私たちは帰ります!」
「自分の分は払ってください!」
なんなのだ、この地獄。
「真面目な話、あなたたち陸衛門も知らないでしょ?良いんですかぁ?どうせまたヤられますよぅ?」
痛いところを付くな。
「あなたがいたところで何の役に立つんです?」
「立ちません!」
清々しくて好きだわぁ。
「ですけど陸衛門のこと、知っておきたく無いですか?置きたいでしょう?しょうがないなぁ」
一米はどぱんっと仰々しい音を立てながら分厚いスクラップを取り出して開き始める。
「迷惑なんで余所でやってくれます?」
店員の目は冷ややかだった。
場所を移して。
こんな峠近くの村にカフェなんかこじゃれている場所があるわけがなくて。
3人揃って公民館の長机でスクラップを拡げている。
「どうです?ボクが集めた情報は!」
一米の持っていた資料は新聞の切り抜き、ネットの印刷といったゴシップ寄りの物から明らかに古びた本そのまま挟んであったり。
「こんな物まで。よく集まってるな」
こちらはネットで調べても全然出てこなかったのに。
「実はですね、陸衛門は調べても出てこないようになってるんです」
鼻を鳴らしながら胸を張る一米。
「じゃあお前はどうやって集めたんだよ」
「これだから素人はっ。これはですね、すべて米澤半兵衛を調べた結果なんですっ」
誰じゃい、半兵衛。
「……ヒットしました。米澤半兵衛、地方大名のひとりで圧政を強いていた先代を討った功績で領地を譲り受けた……あれ?」
誠はすぐにスマホで調べて概要を読み上げる。
しかし首を傾げながらスクロールとタップを繰り返した。
「どうしたのよ」
「その先代大名の名前が無いんです。普通ありません?」
確かにその通り。
有名な仇討ち、赤穂浪士もキチンと吉良上野介の名前はしっかり残っている。
「それが『佐竹陸衛門』なんです」
一米が続けた。
「どうやらあまりに横暴だったこともあったんでしょうね、陸衛門の記述は全く残ってません」
だったらなんであんな婆さんがその名前知ってるんだよ。
「その米澤半兵衛、そして佐竹陸衛門が治めていた土地がここだからです」
そんなことだろうと思ってたよ。
「一説では誰の意見も聞かずに逆らう者、即座に斬っていたらしいですよ」
「つまりあれですか、昨日のアレは自分が馬鹿な大名だったのの逆恨みですか」
誠さん、レスバが強すぎますよ。
それに対して一米はファイルを閉じた。
「それを見に行けるのが今回ですよ!」
倫理観、どこ行ってんだ。
「実際に人死んでるんだけど?」
「あなた方は帰ってきたでしょう?」
アレは……なんでだろうな。
「これまで生き残りなんていないのに、帰ってきただけで大金星じゃないですか」
「あれ、居ましたよね、生き残り」
誠は自販機で買ってきたココアを飲みながら首を傾げる。
その言葉に一米は目を見開いた。
「そんな!ボクが調べた時にはそんな人」
「あぁ、昨日のヤンキーか」
木刀振り回してたヤツ、確か婆さんがそんなこと言ってた気がする。
「話を聞きに行きましょう!」
目を輝かせた一米が今にも走り出しそうな勢いで荷物をまとめている。
「どうする?」
「この人の情報、あまり役に立たなかったので」
同感だ。
「理由は不服ですが善は急げ!……で、どこにいるんです?」
知らんのよ、僕たちは。




