Avsnitt 3 好意的であるようだ
いくつかあるフォトフレームに収まる写真。家族はまああるんだろう。
故郷の写真だろうか。長閑な雰囲気の場所だなあ。平屋建ての赤い壁と屋根の家に窓枠は白。シンプルでいて自然と調和が取れていそうな。
「写真見てるの?」
戻ってきたようだ。振り向いて見るとトレーを手にしてる。
「これって」
「前に住んでた場所。Njutångerって言う町。なんにも無いんだけどね」
ストックホルムより約二百九十キロ北に位置し、少し歩くとボスニア湾に繋がる入り江に出るらしい。内海だから波は穏やかで、ボートで釣りに出ることもあったとか。
それと近くにバス停はあるから、多少はマシな場所だとか言ってる。そのバスは一時間に一本とかじゃないのか。
だとしたら不便だよなあ。どこに行くにも。
「一時間に一本はあるよ」
「だろうと思った。でさあ、時間通りに来るの?」
「時間通りに走ってるよ」
「へえ、時間に正確なのって日本だけかと思ってた」
スウェーデン人と日本人の共通点には、時間厳守ってのもあるらしい。いろいろ似たような部分があるんだな。
バスで北の隣町に向かえば鉄道駅もあるとか。「Iggesund station」だそうだ。駅は「station」と書いてスタフーンと発音すると教えてくれた。スタショーンと発音することもあるとか。地域や人によりけりの面も。あれか、方言みたいなものか。
遠出する時は隣町からとか。とは言え一日十本だけらしい。やっぱ不便だ。
「あ、バスってスウェーデンだと発音がね、ブスになるんだよ」
「ブス……」
「スペルはBussで英語よりSがひとつ多いの」
日本だとブスとか言うと問題になりそうだね、とか言ってる。微妙な言葉の問題も理解してるんだ。
トレーを机に置いて「Kaffe飲む?」と。
「カッフェって、コーヒー?」
「そう。あとねkanelbulleも用意したから」
「カネ? なに?」
「シナモンロール。一般的なんだけど」
スウェーデンの定番。「Fika」の際によく口にするんだそうだ。
ついでにお手製だそうで。幼い頃から手作りしてるらしい。
「で、フィーカってなに?」
「Tea timeとかCoffee brakeと同じ」
発音いいなあ。英語がネイティブだ。俺の英語はカタカナになるけどな。
勉強の前にコーヒーブレイクって、どうなのさ。まあそれでも、コーヒー飲んでシナモンロールを食って、適当に会話を交わすとやっと本題。
漢字を覚えたいと言っていたが、四字熟語やことわざを知りたいらしい。
「言葉の意味も知りたいの」
「日本人でも知らないものあるぞ」
「だったら海斗も勉強になるね」
それもそうか。知らないより知ってた方がいい。
辞書、ではなくスマホで調べながら、細かく教えたり自分が覚えたり。で、思った。
「四字熟語にしてもことわざにしても、読みも意味も自力で理解できるだろ」
エメリにそう言うと「ひとりよりふたりだよ」だそうで。ひとりで机に向かって覚えようとするより、ふたりで話をしながらだと、より深く印象に残るんだとか。
「楽しく学べるでしょ」
それはあるか。ひとりで黙々とやるのもありだけど、こうして一緒に覚えると楽しいのは確かだ。
どんなシーンで使うのか、当て嵌まるのかなんてのも、会話の中で使えばより理解が及ぶ。ただの暗記とは違うってことだな。
「暗記じゃないから該当する場面で、それとなく口にできるってこともあるか」
「実践できると思うの」
日本の学校の勉強はただの丸暗記。実際に使おうとすると使えない。出てこないんだから。会話を通して様々なシーンを想定することで、身に着くってのもはあるんだろう。
「賢いな。勉強方法が」
「Detta är vanligt」
「あ、それ。前にも聞いた」
「普通だよ」
正確には「これが普通」という意味らしい。
一時間もやっていると「Fikaにしよう」と言い出す。さっきのは何だったんだ。
「集中力なんてそんなに続かないよ」
「そうだけど」
おかわりを持って来るから待っててと言って、部屋をあとにするエメリだった。
室内を改めて見る。白いデスクとチェア。収納棚とハイチェストにベッドも白。なんで壁の一部だけ色違いなのか。白壁が大半でありながら、ベッドサイドの壁だけ濃い緑。
クローゼットの扉はあとから色を塗り替えたみたいだ。統一感を出すためだろう。
「変わったものなんて無いでしょ」
見てたら戻ってきたようだ。
「きれいに片付いてるなって」
「普通だよ。余計なものは持たないし」
エメリがベッドに腰掛けると、こっちを見て「Kaffe飲んで」と。
それにしても距離が近い。肌が白くてきれい、かと思ったが意外にも産毛が多い。近くで見る機会も早々無いから、女子の産毛がどうかなんて分からんけど。ただ、やっぱ多いような気がする。
視線が気になったのか、またしても分からん言葉で問われたような。
「Vad hände?」
「あの、せめて英語で」
「What’s up?」
「えっと、失礼かもしれないけど、その、腕の毛」
言われて腕を見て首傾げて……。やっぱ失礼すぎたか。
「気になるの?」
「いや、あの。腕の産毛」
「文化の違い、だと思うけど」
母さんは腕に生えてる毛を気にして、時々剃ってるようだし。だから長めの産毛が腕を覆ってるのをほとんど見ない。周囲の女子を見ても腕の毛が気になったことがない。
生えてないんじゃなくて、手入れしてるんだろうと思うけど。
エメリは気にならないってことは、それが文化の違いってことか。
「欧米の文化?」
「脚とか脇は処理するけど、腕は気にしたことないよ」
急に顔を近付けてきて「könshårは処理してる人多いよ」と言いながら、なんかいやらしい笑顔を見せてるし。
そのシェンなんたらってなんだよ。
「何の処理?」
「聞いちゃうんだ。それ」
「いや、だってさ、意味が」
「Mammaもやってるみたいだけど、そのうち分かるよ」
まんまって何? 猫まんま?
「まんまって」
「お母さん」
「ママ、ってのと同じか」
適当にはぐらかされたけど、そのうち分かるってのも気になるな。なんか勿体付けてるって言うか、誤魔化されてる感じがしないでもない。
もう少し距離を縮めないと、なんでも気さくに話せるわけじゃないか。
なんて思ってたら、また顔が近いって。
「Pubesなら分かるかな?」
「ピューブズ?」
「分かんないなら、あとで辞書で調べてね」
家に帰ってから調べるんだよ、と。今は調べさせてもらえないようだ。
なんとなく察した。如何わしい話をしてたんだ。
その後、また四字熟語やことわざの勉強をするが、午後四時半すぎた頃にエメリの母親が帰宅したようだ。
階下からエメリを呼ぶ声がする。
「あいさつ、しておく?」
「一応。礼儀だし」
一緒に一階に降りてリビングに入ると、母親がこっちを見て「Välkommen」と。意味はもちろん分からんけど、すぐに通訳してくれた。ようこそ、って歓迎の意味らしい。
少しエメリと母親が何やら話をしていて「夕飯はどうするの?」とか聞かれたけど、自宅に用意されてるからと断った。
「スウェーデンの家庭料理を食べる機会だったのに」
「でも、食事までって」
「気にしなくていいんだけどな」
時間も時間だからそろそろ帰る、と言うとエメリが引き留める。
「もう少しゆっくりしてればいいのに」
でもさあ。なんかやっぱ居辛い。夜まで居るのはさすがに。
「今度、機会があれば」
「遠慮しちゃうんだ」
「普通はすると思うけど」
「じゃあ、今度ご馳走するね」
少し残念そうだけど長居してもね。
エメリの母親、確かダニエラさんだっけか、あまり歓迎されてる気がしないし。




