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直販計画

第5話 直販計画


 計画書を作ることにした。


 前世の会社では、新規事業の提案書は「課題・打ち手・数字」の三点セットが鉄則だった。情熱を語る奴は二流、数字を語る奴が一流。経理部八年の佐藤美咲は、その流儀を、骨の髄まで叩き込まれている。


 机に向かい、羽ペンを取る。羊皮紙に、さらさらと書きつけていく。


 ——課題その一。農民はゴルド商会に麦を買い叩かれている。相場の半値以下。

 ——課題その二。商会は「お嬢様の命令」という嘘で、独占を正当化している。

 ——課題その三。来週、下流の村の麦が「借金のカタ」として全部持っていかれる。


 打ち手は、一つだけ。商会を迂回する、直販ルートを作る。


 仕入れは農民から直接。輸送は領主館の馬車。販売は、市の日に「領主直営」の天幕を張る。ゆくゆくは王都の行商にも声をかけて、販路を広げる。


「……よし。骨子はできた。あとは——」


 書いていて、手が止まった。


「ねえ、ミリア。致命的な欠陥を見つけたわ」


「なんですか、お嬢様」


「金がないの。仕入れ資金が」


 ミリアが、固まった。そう。金庫は空だ。ダルトンに抜かれて、すっからかん。麦を買い取るにも、馬車を走らせるにも、天幕を張るにも、金がいる。計画書は立派でも、種銭ゼロではただの紙切れだ。


「……お嬢様の、私物を売るというのは?」


「私物?」


「宝石やドレス。お嬢様なら、お持ちでしょう?」


 一瞬、考えた。前世の私——佐藤美咲は、へそくりOLだった。給料の端数をこっそり別口座に貯めるのが趣味で、「いざという時の金」こそ正義だと信じていた。


「……売るわ。十六の誕生日に父親からもらった、宝石の首飾り」


「よろしいのですか!? 侯爵様からの贈り物を!」


「断罪回避のためよ。首飾りより命の方が大事。それに——」


 私はにやりと笑った。


「売るのは『悪役令嬢の浪費の象徴』。経費削減の第一歩よ。経理部の魂が、燃えるわ」


 その夜。宝石箱を開けた。指輪、耳飾り、髪飾り——悪役令嬢の「武装」が、ずらりと並んでいる。前世の佐藤美咲には、縁のなかった世界だ。経理部の給料では、こういうものは一生買えない。


「……ミリア。どれが一番高く売れると思う?」


「えっ、わ、私が選ぶのですか!?」


「遠慮するな。お前は今日から、私の財務顧問だ」


 ミリアはおそるおそる、真珠の首飾りを手に取った。十六の誕生日に、父親から贈られたものだ。侯爵は、管家に丸投げの頼りない父親だけど——この首飾りを選んだ時の、あの照れくさそうな顔は覚えている。


 ……少しだけ、胸が痛んだ。


「——よし、これにするわ」


「お嬢様……」


「感傷に浸っている暇はないの。断罪されたら、首飾りどころか首が飛ぶんだから。固定資産の現金化よ、現金化」


 前世の会社でも、赤字部門の備品は容赦なく売り払った。情は、数字の前では無力だ。……少しだけ、自分に言い聞かせるように付け足した。


 翌朝。例の変装——町娘エリーゼに化けて、領都の質屋に向かった。


 店の主人は、私の首飾りを見て、目を細めた。虫眼鏡を取り出して、真珠をじろじろと眺める。


「……いい品だ。だがな、嬢ちゃん。ほら、ここ。珠に傷がある。こういうのは足元を見られるのが相場だ。二十枚がいいところだな」


 金貨二十枚。安すぎる。この首飾りは、どう見てもその倍の価値がある。それに——「傷」なんて、ない。虫眼鏡越しの主人の目が、わずかに泳いだのを見逃さなかった。


 前世の会社で、こういう手合いは何度も見た。素人だと思って、難癖をつけて吹っかけてくる業者。経理部の佐藤美咲は、こういう相手のあしらい方を知っている。


「傷? どこかしら。……あら、ないわね。残念だけど、難癖で値を叩くお店とは、お付き合いできないわ」


「なっ……!」


「じゃあ、隣の通りの店に行くわ。あそこなら三十枚は出すって、ミリアが聞いてきたもの」


 ミリアは、そんなこと聞いていない。でも、にこにこと頷いた。メイドの嗜み、名演技。


「ま、待ってくれ! ……二十五枚だ。これ以上は無理だ」


「三十枚。即金で。嫌なら本当に帰るわよ」


 主人は唸った。やがて、渋々頷いた。


「……分かった。三十枚だ。まったく、嬢ちゃんは手強いな」


 金貨三十枚。ずしりと重い革袋を受け取った瞬間、前世の給料袋を思い出した。残業代の明細を見る時の、あのささやかな幸福感。


「……お嬢様。すごいです。値切り返したの、初めて見ました」


「経理の基本よ。『言い値で買う奴は、カモ』。覚えておきなさい」


 種銭はできた。次は、仕入れ先の確保だ。


 その日の午後。ミリアを下流の村へ走らせた。商会の手代の目を盗んで、村人たちと話をつけてくる——「来週、商会が麦を取りに来る前に、うちが買い取る。値段は商会の倍。ただし、秘密で」。


 夕方。戻ってきたミリアの顔は、明るかった。


「お嬢様! 村の人たち、乗ってきました! 『本当に倍で買ってくれるのか』って、何度も聞かれましたけど」


「そりゃそうよ。『お嬢様の命令』で散々買い叩かれてきたんだもの。信用ゼロからのスタートだわ」


「最初は、村のおばあさんが『また騙す気か』って、ほうきで追い払われそうになりまして。でも、麦の袋を見せて『商会の半値で売るくらいなら、焼き払った方がましだ』って言ったら、みんな黙っちゃって」


 ミリアの報告に、胸が痛んだ。農民にとって、麦は命だ。その命を、半値で叩き売らされてきた。


「で、どうやって説得したの?」


「『お嬢様は変わられた。証拠に、種銭はお嬢様の私物を売った金です』って言いました。そしたら、おばあさんが『……あの方が、私物を?』って」


 ——効いたか。悪役令嬢が私物を売る。それが、何よりの証明になる。


「でも、一つ問題が。商会の取り立ては、三日後だそうです。『借金のカタ』って言って、麦を全部持っていくつもりらしいです」


 三日後。思ったより早い。


「……分かった。三日で仕上げるわ。明後日の夜、馬車で麦を運び出す。市の日は、その翌日。直営天幕の初売りよ」


「お嬢様……無理じゃありませんか?」


「無理を通すのが、悪役令嬢の仕事よ。……前世の決算期に比べれば、かわいいものだわ」


 決算期。経理部OLの地獄。締め切り前の三日間は、会社に泊まり込んだものだ。あれに比べれば、麦の運搬計画なんて朝飯前——のはず。


 ついでに、値段の算盤も弾いておく。


「値段はこうするわ。商会は相場の半値以下で買い叩いている。うちは相場の八掛けで買い取って、相場通りで売る。差額の二割は領主館の取り分——堂々と稼ぐのよ。『お嬢様の命令』の嘘を、実績でひっくり返すんだから」


「……お嬢様、商売人の顔になってます」


「経理OLの顔よ。間違えないで」


 夜。計画書の仕上げをしていたら、バルトがノックもそこそこに飛び込んできた。老執事の顔が、青ざめている。


「お嬢様! ……これが、届きました」


 差し出されたのは、封蝋の押された手紙。蝋には——見覚えのある紋章。ゴルド商会だ。


 嫌な予感がした。封を切って、読む。


 ——震えた。怒りで。


『ローゼンハイムのお嬢様へ


 商売の邪魔は、おやめなさい。

 商会が動いているのは、お嬢様の『ご命令』によるもの。領民は皆、そのように信じている。

 ご自分の立場を、よくお考え直しください。


                ゴルド』


 脅迫状だ。しかも、質が悪い。


 「お嬢様の命令」という嘘を、逆手に取ってきやがった。言うことを聞かなければ、「悪役令嬢の苛政」の噂をもっと広めるぞ、という脅しだ。


 ミリアが、私の顔色を見て、小声で言った。


「お嬢様……どうします?」


 私は、手紙をくしゃりと握り潰した。


「……決まってるでしょ。売られた喧嘩は、買うのよ」


 前世の会社で、取引先に脅されたことがある。「値下げを飲まなければ、発注を切る」と。あの時、私は言い返した。


 ——「どうぞ、切ってください。その代わり、次の発注先は見つけましたから」。


 今回も、同じだ。脅しに屈するくらいなら、こっちが先に仕掛ける。


 三日後。直営天幕の初売りで、商会の独占をぶっ壊す。


 机の上の計画書に、最後の一行を書き加えた。


 ——宣戦布告、受諾。

第5話をお読みいただき、ありがとうございます。直販計画、始動です! 種銭がないという致命的な問題に、エリザベートが出した答えは「私物を売る」。前世OLのへそくり精神と値切り交渉で、金貨三十枚をゲットしました。でもその夜に届いたのは、ゴルド商会会長からの脅迫状で——。「お嬢様の命令」という嘘を逆手に取られたエリザベート、どう出る!? 次回もお楽しみに。面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります!

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