ミリアの秘密
夜中の密会を見た翌朝。私は、書斎で紅茶をすすりながら考えていた。
ダルトンの横領は、ほぼ確実だ。王都のゴルド商会と繋がって、領地の金を抜いている。問題は、証拠だ。
昨夜、中庭で見た金の袋。あれは決定的な瞬間だった。でも、目撃者は私だけだ。父親に「夜中に怪しい受け渡しを見た」と言ったところで、「夢でも見たんだろう」で終わるのがオチだ。
前世でもそうだった。営業部長の架空発注を暴いた時、決め手になったのは「現場の写真」と「業者の証言」だった。数字の矛盾はきっかけにすぎない。最後は、人の口が物を言う。
帳簿の数字だけでは、父親は動かない。十年かけて築いた信頼を、娘の「なんか変だよ」で崩せるわけがない。前世で学んだ——不正を暴くには、数字と証言、両方がいる。
で、証言を集めるには、屋敷中に耳が必要だ。
「……ミリア」
朝食を片付けに来た侍女を、呼び止めた。
「は、はい! お嬢様」
十八歳。機転が利いて、度胸がある。昨日の噂話収集でも、いい仕事をした。この子は使える——いや、味方にしたい。
でも、その前に。一つだけ、確かめなきゃいけないことがある。
前世の会社で、新人を重要なプロジェクトに入れる前、必ずやっていたことがある。面談だ。履歴書じゃ分からない「その人の背景」を聞く。秘密を預ける相手は、選ばなきゃいけない。
「ミリア。ちょっと座って。お茶でも飲みながら、話をしよう」
「えっ……わ、私が、お嬢様とお茶を!?」
「いいからいいから。ほら、クッキーもあるよ」
ミリアはおそるおそる椅子に座った。貴族のお嬢様とメイドが向かい合ってお茶——元のエリザベートなら、絶対にありえない光景だ。まあ、私は中身が元OLなんで、上下関係より効率重視なんだけど。
「……あの、お嬢様。今日は、どうされたんですか? いつもは帳簿とにらめっこなのに」
「たまには息抜きも必要でしょ。……それに、あんたのことが気になったの。毎日、私の朝食を運んでくれる子が、どんな子なのか」
ミリアの頬が、ぱっと赤くなった。ちょろい。いや、素直でいい子だ。
「でね、ミリア。あんたって、どこの出身?」
「……下町の、貧しい家です。両親は早くに亡くなって」
ふむ。両親死亡。これは本当だろう。でも——
「給料、ほとんど送金してるよね? 帳簿で見た。メイドの給金台帳、ついでに読んじゃった」
ミリアの手が、ぴくりと止まった。
「……どこに、送っているか、ですか」
「うん。借金? それとも——誰かを養ってる?」
沈黙。ミリアは唇を噛んで、下を向いた。図星、って顔だ。
前世で、こういう顔を何度も見た。経理部にいた頃、給料のほとんどを実家に送っていた後輩がいた。親の介護費用だった。誰にも言わず、黙って送り続けていた。お金に困っている人ほど、言わないんだよね。プライドもあるし、心配かけたくないし。
「……妹が、いるんです」
ぽつりと、ミリアが言った。
「七つ下の妹がいるんです。リナっていいます、十一歳。両親が亡くなって、私は奉公に出たんですけど、リナはまだ小さくて……領都の孤児院に、預けています」
孤児院。
昨日の帳簿を思い出す。孤児院助成金。三年間、受領印の筆跡がまったく同じ。あの金は、孤児院に届いていなかった。
「ミリア。孤児院には、援助金が出ていることになってる。知ってる?」
「……え?」
「帳簿上は、毎月きちんと支払われてる。でも、受領印が三年間ずっと同じ筆跡なの。つまり——誰かが、孤児院に届くはずの金を、抜いてる」
ミリアの顔から、血の気が引いた。
「そ、そんな……じゃあ、孤児院は……」
「うん。おそらく、ずっと無援助で回してる。院長先生が、自腹を切って」
ミリアの目に、涙が溜まった。でも、こぼれる前に、ぎゅっと拳を握って堪えた。強い子だ。
「……知ってました。うすうす、気づいてたんです。妹に会いに行くたび、子供たちが痩せていくのが分かって。でも、私にはどうすることもできなくて。メイドの分際で、管家様に逆らうなんて」
そこで、私は決めた。この子を、味方にする。バルトに続く二人目——いや、違うな。バルトは「忠誠心」からの協力者だ。でもミリアは違う。この子は、私と「同じ敵」を見ている。ダルトンに金を抜かれて、苦しんでいる側の人間だ。
秘密を共有する相手として、これ以上の適任者はいない。
「ミリア。私に協力して。ダルトンの嘘を、一つずつ暴いていくの。あんたの耳と足が、必要なんだ」
「……私に、務まりますか?」
「務まるよ。昨日だって、いい仕事したじゃない。『メイドの嗅覚』ってやつ」
ミリアが、小さく笑った。涙を拭って、まっすぐ私を見た。
「……分かりました。お嬢様がダルトン様と戦うなら、私も戦います。妹のためにも、孤児院の子供たちのためにも」
よし。味方、二人目確保。
……と、そこで書斎の扉がノックされた。バルトだ。
「お嬢様。少々、よろしいでしょうか」
バルトは、ミリアがいるのを見て一瞬躊躇した。でも、私が頷くのを見て、声を落とした。
「……ダルトン様が、お嬢様の動向を、使用人に探らせておられます。『お嬢様が誰と話したか、報告しろ』と」
来たか。牽制の第二弾だ。昨日は父親経由で帳簿閲覧を止めさせようとして、失敗。次は使用人を使った監視か。
「へぇ。で、バルトはどう答えたの?」
「『お嬢様は書斎で帳簿をお読みです』とだけ。嘘はついておりません——帳簿は、もうお読みにならないかもしれませんが」
老執事、なかなかやる。報告は報告、でも中身はゼロ。これが「従順な執事」の演技だ。
「バルト、ありがとう。引き続き、今まで通りでいて。……あ、それと。ミリアは、こっち側の人間になったから」
バルトはミリアを見て、にっこりと笑った。
「……お嬢様のお目に適ったなら、間違いありますまい。よろしく頼むよ、ミリア」
「は、はい!」
昼下がり。私はミリアに、最初の任務を与えた。
「孤児院の、今の状況を調べてきて。子供たちの様子、院長先生の様子。……無理はしないで。ダルトンに気づかれないようにね」
「分かりました!」
ミリアは駆け出していった。足が速い。メイドの嗅覚に加えて、足の速さ。いい人材を確保したもんだ。
夕方。戻ってきたミリアの顔は、青ざめていた。
「お嬢様……聞いてきました。孤児院の、今の状況を」
彼女の声が、震えていた。
「リナにも、会ってきたの?」
「……はい。痩せてました。去年の冬より、ずっと」
「援助金は、もう半年以上、一銭も届いていないそうです。院長先生は、自分の持ち物を売って、なんとか子供たちを食べさせてきました。でも……先月、五歳の男の子が、栄養失調で倒れたんです。医者を呼ぶお金もなくて、院長先生は……自分の髪を切って、売ったんです」
私は、拳を握りしめた。
帳簿の上の数字は、ただの数字じゃない。その裏には、痩せていく子供たちがいる。髪を切って売る院長先生がいる。給料のほとんどを送り続ける、十八歳の侍女がいる。
断罪まで、あと二年。その前に——この領地の『嘘』を、全部暴いてやる。ダルトンから、金を、取り戻す。
……それにしても、昨夜、厩舎の陰で見た金の袋。あの金は今頃、王都のどこかで山分けされているんだろう。取り返す。全部、取り返してやる。
まずは、領都の市場だ。金がどう流れているか、自分の目で確かめる——
「お嬢様……私も、お供します。変装くらい、メイドの嗜みです」
ミリアが、不敵に笑った。昼間の涙は、もうない。いい顔だ。
「よし。じゃあ明日、市場に行くぞ。……バレないようにな」
第3話をお読みいただき、ありがとうございます。ミリアの秘密は、孤児院に預けられた妹のことでした。帳簿の数字の裏にいた子供たちの現実に、エリザベートも拳を握ります。面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると嬉しいです。皆さんの応援が、エリザベートの力になります。次回は、変装して領都の市場へ潜入調査! お楽しみに!




