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婚約解消ですね。実は私も、そのお話をしようと思っておりました  作者: 住処


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第3話 薔薇の前金でドレスを買った新しい婚約者、納品五日前に使い込みがバレました

 納品を五日後に控え、伯爵家の広間へ注文主の夫人たちと花商が集まった。


 床にはどうにか花をつけた八鉢が並んでいる。葉には茶色い斑点が浮かび、三鉢の花は首を傾けていた。夫人の一人が扇で口元を覆う。


「これを祝宴の入口へ並べろとおっしゃるの?」


「庭師が怠けたのよ。それにオデット様が去る前に何かしたのかもしれないわ」


 エステルは青いドレスの裾を広げ、傷んだ葉から距離を取った。


「……さすがにそれは通りませんわ」


 別の夫人が冷えた声で遮った。婚約解消の日、伯爵家の園遊会に出席していた人である。


「私、あの日もここにいましたの。鉢の焼き印まで確かめていましたわ。あなた、百株も残るから平気だと笑っていたでしょう?」


「だって、そう聞かされていたんですもの」


「三十鉢は自分で選ぶともおっしゃいましたわね。前金も受け取ったでしょう」


 ほかの二人も頷いた。エステルが言葉を探している間に、花商が紙へ数字を書き始めた。


「今から二十二鉢を集めるなら、前金の三倍はかかります。払って集めるか、八鉢分を引いて返すか。今日、決めてください」


 伯爵様は返金を選んだ。エステルの青いドレス、靴、髪飾りをその場で侍女へ外させ、仕立屋へ戻せる品はすべて戻すよう命じた。


「お待ちください。このドレスは私のものです!」


「預かった金で買ったのだろう。自分のものだと言い張るな」


 髪飾りを外されたエステルは助けを求めてクラウスを見た。


「クラウス、黙っていないで。あなたのために女主人らしくしようとしたのよ」


「私のためだと? なら、なぜ前金でドレスを買った」


「あなたも庭師に任せればよいと言ったでしょう!」


「三十鉢を用意すると言ったのは君だろう」


 二人は互いへ責任を押しつけた。先に黙ったのはクラウスだった。注文主たちがいる前で、どちらの言葉も自分へ返ってくると気づいたらしい。


     ◇


 三日後、エステルの父であるガストン男爵が伯爵家を訪れた。


 返したドレスと髪飾りだけでは、使った前金の半分にも届かなかった。男爵は娘の持参金をすべて返済へ充て、王都の仕立屋に残っていた注文を取り消した。宝石箱と専用馬車も売ることに決めた。


「持参金までなくなったら、私の結婚はどうなるの?」


「先に金を返す。縁談はそのあとだ」


 エステルはクラウスへ縋った。彼なら持参金が減っても自分を選ぶと信じていた。


「今の君と結婚したら、伯爵家まで同類に見られる。婚約は取りやめる」


「私に園遊会で婚約解消を告げさせたのはあなたでしょう!」


「言い出したのは君だ。私は応えただけだろう」


 クラウスがかつてオデットへ向けた理屈は、今度はエステルへ向いた。エステルが泣いても、彼は顔を背けた。


 ガストン男爵は娘を王都の屋敷へ戻さなかった。社交の季節が終わるのを待たず、山間に住む未亡人の伯母へ預けた。持っていけた服は地味な普段着が三着、宝石は母から贈られた小さな十字飾りだけだった。


 注文の金をドレスへ使い、失敗を元婚約者へ押しつけたという話は、本人より早く王都を巡った。新しい縁談は一件も届かなかった。


     ◇


 クラウスは返金後も三十鉢を届ければ信用を取り戻せると考え、オデットへ無償で送るよう手紙を書いた。


 返ってきた封筒には、普段の客へ渡している値札が三十枚入っていた。以前は無償だったと責めると、以前は婚約者でしたと一行だけ返ってきた。


「この額を払えというのか」


 クラウスが値札を床へ投げると、伯爵様は一枚ずつ拾わせた。


「お前の馬と衣装を売る。来年の薔薇は自分で温室へ入って育てろ」


「なぜ私が庭仕事をしなければならないのです」


「土を触るだけなら、誰にでもできるのだろう?」


 冬の間、クラウスは夜明け前から温室へ入った。冷たい水で指は割れ、土が爪の奥へ入り込んだ。それでも春に咲いた花は十本に届かなかった。


 その頃、山間の屋敷へ北方庭園の公開を知らせる封書が届いた。


 エステルは自分への招待だと思い、伯母より先に封を切った。厚い紙の最初に書かれていたのは伯母の名前で最後まで読んでもエステルの名前はなかった。


「私は薔薇の館の女主人になるはずだったのよ。どうして、私の名前がないの?」


「先方にあなたを招く理由がないのでしょうね。私は春に伺います。あなたは留守番していなさい」


 伯母は封書を取り上げた。


     ◇


 一年後の春、修道院跡の庭園を初めて客へ披露した。


 回廊には白薔薇が這い、中央の花壇では北の寒さに耐えた花々が揺れている。王都から来た商人や貴族たちは私の名を呼び、次々に苗を注文した。


「ラングレー嬢、この白薔薇を二十鉢いただける?」


「うちにも薬草畑が欲しいわ。秋に一度、見に来てくださらない?」


 返事をしているうちに、入口付近の声が途切れた。


 クラウス様が立っていた。以前より頬が痩せている。土の入り込んだ指には、私が送った三十枚の値札が握られていた。


お読みいただきありがとうございます!

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次回も楽しんでいただけるよう頑張ります!

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