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婚約解消ですね。実は私も、そのお話をしようと思っておりました  作者: 住処


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第2話 「庭師に任せればいい」と笑った伯爵家、王妹へ納める薔薇がありません

 私はクラウス様へ礼をして、囁き合う客の間を通り抜けた。胸の内側が痛まなかったと言えば嘘になる。五年の間には、優しく手を差し出された日もあった。


 その人はもう、母の薔薇を私へ断りもなく切る人になった。


 門前では庭師たちが四十八鉢を藁で包み、三台の馬車へ積んでいた。モーリスから深紅の株も傷んでいないと聞き、ようやく息をつく。


「お嬢様、北へ行く話は本当で?」


「ええ。今度こそ、自分で選びます」


 上着の内側には、ひと月前に届いた手紙が入っていた。


 差出人は北方の領主、テオドール・アルヴェーン侯爵。昨年の花市で私の白薔薇を買い、雪の多い土地でも育つ株について熱心に尋ねてくださった方だ。修道院跡の庭を甦らせたいので、十分な給金と住まいを用意して私に庭を預けたいと書かれていた。


 一度は結婚を理由に断った。今度は受けたいと、自分の手で返事を書く。


     ◇


 北へ着いた頃、古い修道院の庭にはまだ雪が残っていた。


 崩れた回廊の先に灰色の土が広がり、温室は屋根の半分が割れている。私は長靴の先で土を崩し、胸いっぱいに空気を吸った。


 好きにしてよい庭というものは、こんなにも広いのか。


「笑っておられますね」


 振り向くと、テオドール様が回廊の柱にもたれていた。背が高く、濃い灰色の外套を着ている。黒い髪には雪の粒が残っていた。


「失礼いたしました。直すところだらけで、つい嬉しくなってしまって」


「それは頼もしい。私はどこから手をつければいいのかも分かりません。まず、何が要りますか」


「温室の屋根と働く方を四人。それから荷車を一台。植えるものは私が決めてもよろしいですか」


「もちろん。私が余計な口を出したら、止めてください」


 テオドール様は手袋を外し、土の塊を拾った。白く整った指に土がつく。侯爵が自らそんなことをするとは思わず、私は目を瞬いた。


「花を育てる方の手はもっと柔らかいと思っていました」


「初日に気づいていただけて助かりました」


 笑い合った途端、胸に残っていた固いものが少しほどけた。


 仕事は忙しかった。雪解け水の流れを変え、割れた石を運び、苗床を作る。午前中いっぱい土を掘った日は、食堂の椅子へ座ったまま動けなくなった。それでも夕食は温かく、給金は約束の日に届いた。私が夜まで図面を見ていると、テオドール様は蝋燭を取り上げ、続きは朝にしようと告げた。


 選んだ花を褒められるより、休む時刻を気にかけてもらう方が嬉しい。以前の私は、その程度のことさえ知らなかった。


 春には領内の娘や農家の妻たちも手伝いに来た。薬草の畝を作り、果樹の接ぎ木を教えると、皆が自分の庭へ植える苗を抱えて帰っていく。母の深紅の薔薇も新しい枝を伸ばし、最初の一輪を咲かせた。


「切って、お母様のところへ?」


 隣に立ったテオドール様が静かに尋ねた。


「いいえ。母は咲いている花が好きでしたから。今日はこのままにします」


「では、私もここで」


 二人でしばらく黙って花を眺めた。会話がなくても、居心地は悪くなかった。


     ◇


 同じ頃、伯爵家は王妹殿下の晩餐会へ納める薔薇を王都中から買い集めていた。


 三百本の色も大きさも揃わない。遠方から運ばれた花の半分は、晩餐会当日の昼までに俯いた。食卓へ並べる直前、伯爵家の使用人たちは元気な花だけを選び、空いた花器へ葉を詰めて隙間を隠した。


 夜には事情が客の間へ広がった。薔薇の館を名乗りながら花を揃えられない。しかも婚約解消の場で、エステルは庭師に任せればよいと笑っていた。誰も彼女の発言を忘れてはくれなかった。


 晩餐会から十日後、秋に薔薇を必要とする三家の夫人と花商が伯爵家を訪れた。すでに頼んでいた三十鉢を予定どおり受け取れるのか、確かめに来たのである。


「もちろんですわ。今度は急なお話でもありませんし、秋まであれば十分でしょう?」


 エステルは庭師へ尋ねる前に答えた。


 夫人たちは代金の半分を先に置いていった。本来なら苗、土、鉢を揃えるための金である。


 その翌日、エステルは王都の仕立屋を呼んだ。青い絹のドレスを二着、同じ布の靴、青玉を並べた髪飾りを注文した。


「あの、お預かりしたお金を使ってしまってよろしいのですか」


 侍女がおそるおそる尋ねると、エステルは新しい生地を肩へ当てたまま笑った。


「苗も土も鉢も、庭にあるのでしょう? 女主人が同じドレスばかり着ている方がよほどみっともないわ」


 庭師たちは残った株から使えそうな枝を選び、夜まで接ぎ木を続けた。それでも秋までに花をつけたのは八鉢だけだった。残る二十二鉢は葉さえ十分に育っていない。


 納品を五日後に控え、伯爵様は初めて前金が残っていないことを知った。


「足りない二十二鉢を買う金は、どこにある」


 エステルは答えられなかった。


 その金で仕立てた青いドレスを今まさに着ていたからだ。


お読みいただきありがとうございます!

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次回も楽しんでいただけるよう頑張ります!

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