第252話 元チュリジナム皇国貴族達の思惑と、ホプキンス総合診療所での考察
「エリカちゃん。新聞、見たかい?」
ギルドの食堂でアリアさんと昼食を摂っていると、ギルマスのマークさんが新聞を持って私の隣に座る。
そして、自身の前に新聞を広げ……
「ほら、ここの記事。チュリジナム皇国…… いや、元チュリジナム皇国か…… 併合された元ハングリル王国も交えて、内乱が続いてたのは知ってるだろ?」
私は黙って頷く。
正確には、口の中に放り込んだパスタを咀嚼していて返事する事が出来ないだけなのだが……
「その元チュリジナム皇国で領地を持っていた貴族達が、それぞれの領地を〝国〟として独立するって宣言したらしい。ま、一言で〝国〟って言っても、元々持っていた領地は大して大きくはない。一般的に〝小国〟とされている国より、更に小さい〝極小国〟と見なされる程度の国だろうけどね」
私はパスタを飲み込み、マークさんに聞く。
「……で、それがどうしたんですか? 今の話を聞いた限りだと、私には何の関係も無い様に思えるんですけど…?」
マークさんは身を乗り出し、新聞記事の一部を指差す。
「問題は、この部分だ。利害関係の一致する連中は結託して、国を大きくする事を目論んでいるみたいなんだ」
マークさんが言う部分を読んでみると、確かに幾つかの〝極小国〟が手を組んで他国(勿論、元チュリジナム皇国内の別の極小国)を攻め、少しずつではあるものの自分達の国を大きくし、最終的にはチュリジナム皇国に匹敵する国を造ろうとしているのが窺える。
「なるほど…… 成功するかどうかは別として、仮に成功したとしたら……」
「そう、第二のチュリジナム皇国が誕生し、勢いに乗って周辺国を攻めないとも限らないってトコだな。 当然、西に目を向けた場合……」
「イルモア王国の東の防衛線である『カルボネラ王国』『ベルルーシ王国』『ブルトニア王国』は、その最前線を担うって事ですね? まぁ、その三国には、前回の戦で私が考案(?)した〝投石機〟と〝弩砲〟を常備させてますし、毎日の様に訓練しているとも聞いています。逆に、元チュリジナム皇国側では、未だに〝投石機〟も〝弩砲も、仕組みも何も理解していないと聞いています。なので現状、こちらに攻め込んできたとしても、また〝投石機〟と〝弩砲〟でグチャグチャにされるだけ。そしてそれは、連中も理解してるでしょうから、イルモア王国側に向かって来るとは考えられませんけどねぇ……」
私の説明に、マークさんは納得顔で頷いていた。
そして言葉を続ける。
「そうだな。それはエリカちゃんの言う通りだ。ただし、連中がその事を正しく理解していればだがな……」
「それってつまり、連中が『前の戦で負けたのはたまたまだ』とか『ワケの解らない兵器に翻弄されただけで、実力的には自分達の方が上だ』って思ってるって事ですか?」
私はマークさんに聞いてみる。
きっと彼には、私の表情が呆れを通り越した〝憐れみの表情〟に見えていただろう。
事実、私は意識的に〝憐れみの表情〟で話していたし……
「そうとしか思えないな…… まぁ、新聞を読んだ限りでは、すぐに行動を起こすとは思えないし、仮に行動を起こすとしても、西方面…… つまり、イルモア王国には向かないだろう。いくら前回の敗戦が偶々だと思っているとしても、何の確証も得られないまま攻め込んでくるとは思えないからな。主張する貴族は居るだろうが、前の戦で手痛い被害を被った貴族達も多いだろう。それに、最終的に大きな問題が出てくる筈だ」
「仮に全てが上手くいって、チュリジナム皇国に匹敵する国を造れたとして…… 最初に手を組んだ〝極小国〟の、どの国が主導権を得るか…… そして、その事で国が割れてしまい、再び元・チュリジナム皇国内での争いが続く…… その可能性は極めて高いでしょうね」
マークさんの言葉の続きを私が話すと、マークさんは満足気に頷く。
「やっぱりエリカちゃんの考えも俺と同じか。チュリジナム皇国の貴族連中は、チュリジナム皇帝よりマシとは聞いているが、基本的には〝自身が他人より良い立場に居たい〟って考えが基本だからな。最後は〝誰が皇帝の位に就くか〟で割れると思っていたんだよ」
私とマークさんは、互いの考えが同じだったと苦笑し合い……
私の前で話を聞いていたアリアさんは話に付いて来れず、目をパチクリさせながら固まっていたのだった。
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「エリカちゃん! 新聞、見たか!?」
帰宅するなり、ギルドから奪ってきたであろう新聞──シワだらけになっており、何人もの人が読んだ事が判る──をテーブルに叩き付けるミラーナさん。
「昼にギルドで見ましたよ? マークさんとも話しましたけど、気にする事はありませんね。少なくとも十数年、長ければ数十年は…… ね?」
私が軽く言うと、ミラーナさんは……
「何を呑気な事言ってんだよ!? チュリジナム皇国に匹敵する国が生まれるかも知れないんだぞ!? そんな国が出来て、イルモア王国側に攻め込んでくるかも知れないんだぞ?」
と、捲し立てる。
おいおい、少しは落ち着けよ。
マークさんと真逆だな……
「ミラーナさんこそ落ち着いて下さいよ。そもそも元・チュリジナム皇国の貴族連中が、自身の領地を〝国〟として立国したとしても規模としては〝極小国〟程度。その〝極小国〟同士が結託しても、精々〝小国〟か〝少し大きい小国〟程度でしょう? そんな〝小国〟が周囲の〝極小国〟を攻めて呑み込み、最終的に全ての〝極小国〟を攻め滅ぼして自国に取り込むのに何年掛かると思います? それに、全ての国を取り込んで大国を形成したとして、どの元・貴族が皇帝と言うか国王に成るんです? その取り決めなんて、連中の思考からして予め決めているとは思えませんね。ならば、元・チュリジナム皇国並の国を興せたとしても、誰が皇帝だか国王として君臨するかで内部争いを始めるのは火を見るよりも明らかですよ」
私が説明すると、ミラーナさんは落ち着きを取り戻した様で……
「な…… なるほど、言われてみれば確かに…… また戦になるかもと、少し慌てちまったみたいだな」
と、ソファーにボフッと座り込んだ。
少しすると、ミリアさん、モーリィさん、ライザさんが診療所に帰ってきて……
「ミラーナさん…… マークさんから説明されましたけど、何も慌てる様な内容じゃなかったですよ?」
「そうですよぉ…… なんか、マークさんも最初は驚いていたそうですけど、エリカちゃんと話して何も心配無いって結論になったらしいですよ?」
「丁寧に説明して貰ったから、ボクでも理解する事が出来たよ? 慌てる必要、無かったじゃん……」
…と、3人からも呆れられていた。
更に……
「私、エリカさんとマークさんの話をギルドで聞いてた時は難しくてチンプンカンプンでしたけど、後からエリカさんに詳しく説明して貰って解りました。でも、ミラーナさんって戦術とかを考えるのは好きなんですよね? どうして今回は見極められなかったんですか?」
「そうなのね…? それにしてはギルドでのミラーナさんの慌てっ振り、エリカちゃんの冷静な分析とは真逆だわねぇ…?」
と、アリアさん、ルディアさんが疑問を呈する。
「いやまぁ…… チュリジナム皇国並の国が興るかもって思ったら驚いちまってさ…… しかも連中、チュリジナム皇国が滅ぶ切っ掛けが、前の戦だと思っているかもだろ? まぁ、主な原因は暗殺されたチュリジナム皇帝の政策なんだろうけど…… その政策に至った原因を、残った貴族連中はイルモア王国に転嫁してるかも知れないって思っんだよね…… だから……」
言い訳……
では無いが、ミラーナさんは自身の考えを捲し立て……
てはいないな。
冷静に… とも言えないが、一応は筋が通った意見を述べているし、充分に納得出来る。
「まぁ、ミラーナさんが慌てたのは理解しますし、新聞を読んだだけなら仕方無い反応でしょうね……」
「だろぉ? そもそも敵対してた国だしさぁ、アタシが警戒するのも無理ないって言うかぁ……」
私の言葉に安心したのかノッてくるミラーナさん。
だが……
「ミリアさん、モーリィさん、ライザさんの3人は、マークさんから説明されて状況を理解したんで冷静でしたよねぇ? アリアさんも私が説明した事で理解してくれましたし、ルディアさんは説明云々関係無しに、私とマークさんの話を聞いていただけなのに冷静でしたよねぇ? なのに、何故ミラーナさんだけが大慌てで新聞をテーブルに叩き付けて、私に聞いたんですか?」
と、私が聞くと、ミラーナさんはモジモジしながら話し始める。
「いやさぁ…… 仮にチュリジナム皇国に匹敵する国が興るってな感じになったらさ、イルモア王国側に矛先を向けるかもだろ…? 前の戦での因縁もあるし…… とにかくそっち方面で結託なんかしたら、内乱なんか止めて一つの国を形成。イルモア王国側(勿論、『カルボネラ王国』『ベルルーシ王国』『ブルトニア王国』を含む)に攻め込んで、蹂躙した上で制圧。成功したら、最初に手を組んだ貴族連中で国を分け合おうって魂胆だと思ったんだよね……」
なるほど……
その考えにまでは、私もマークさんも至らなかったな。
確かに元・チュリジナム皇国の貴族には、後先考えずに行動を起こす連中も多いらしいからな。
それならミラーナさんが慌てるのも解る。
なら、私のする事は……
「私は今すぐヴィランに向かいます! ライザさんは、私をヴィランまで全速力で送って下さい!」
私はソファーから立ち上がると、ライザさんの手を引いて診療所の外に向かう。
が……
「ちょっちょっちょっ! ちょっと待ってよ! 今から全速力で王都に向かっても、着くのは真夜中だよ!? 何で王都に行くのかは分からない…… いや、何となく分かるけど、真夜中にって訪問ってのは、さすがにエリカちゃんでも怒られるんじゃないかなって思うんだけど!?」
と、ライザさんにしては珍しい正論で止められ、私は仕方無く翌朝の出発に向けて英気を養うべく、自分で握った寿司を食べ捲ったのだった。
当然だが、私が英気を養う為に握った寿司は、診療所のメンバー全員もしっかりと堪能したのだった。




