加速する想いと留まる想い②
「またそんな顔をして! 私は大丈夫だから!」
「へっ?」
ニコッと笑いかけた私に、きょとんとした顔をしている秋月。そんな彼に向かって、更に私は言葉を続けま。
「それは最初、何でだろうと思ったけど、理由が分かって逆にスッキリしたよ。秋月? 自分のせいでと思っているでしょう? そんなこと、考える必要はないんだからね?」
「え、でも先輩」
「秋月はただ、私と仲良くなりたい……でしょう?」
コクリ、と目を丸くしながらも頷く秋月。
「だったら尚更、秋月が私に謝る必要ないんだから! いい? 前にも言った通り、大切なのは相手を思いやる気持ち。秋月が今、私に謝ろうとしてくれて……その気持ちは十分に伝わったから。それだけでいいの。それで大丈夫だから。だから、今まで通りにしていなさい」
「けどさー」と、颯太が少し顔を青くしながら私にしがみついてきた。
「んなこと言ってもねーちゃん。それじゃあ、ねーちゃんの嫌がらせ止まんねーんじゃあ……」
私は心配そうにこちらを見る颯太へと視線を傾ける。まぁ確かに。弟の言いたいことは分かります。でもね颯太、私は敢えて違う道をとりたいと思うの。こういうのは寧ろ、こっちが正当だと思うから。
私は弟に向け、はっきりと告げた。
「迎え撃つよ! そして一人一人に説教をさせて貰う。全く! 自分たちも秋月と仲良くなりたいんだったら、私に嫌がらせする時間を秋月に使えばいいのに」
そうじゃない? 裏でこそこそしないで、面と向かえばいい。そう啖呵をきった私に颯太は「さすが、ねーちゃん」と呟き、沙希は「そりゃそーだわ」と大爆笑。そして秋月は、目を細め、柔らかい笑顔を私に向けてきた。
「『もう近付くな』って言われると思った」
「それは理不尽というものでしょう秋月。そこにあんたへの思いやりはない。あんたの意思もない。あんたはただ、私と仲良くなりたいだけなんだから! 私はそんなこと言わないよ」
わざわざこちらが態度を変える必要はありません。変える理由なんて、そもそもないんだから。
ニコッと彼に向かって笑顔を見せる私。そんな私に、秋月はギュッと抱き締めてきた。え? ちょ、ちょっと! こんな公衆の面前で……。
「ちょ、ちょっと! おい!」
あ、私の代わりに颯太が言ってくれました。だけど、再度私から秋月を引き剥がそうと奮闘している颯太には気にも留めず、秋月は更に抱き締める力を強めた。
「てんめー! 秋月ー! ねーちゃんから離れろっ!」
弟を完全に無視している秋月。颯太の怒号の中、彼はそっと、私に耳打ちをしてきた。
「絶対……守るから」
「え?」
そう呟いてきたあと。ゆっくりと私の体から顔を離していく秋月。そして、次第にお互いの視線を交差させていった。近距離で私の瞳に写りこむ彼の眼差しは、どこか揺らいでいるけれど、宿っているそのものは、意思とも言える強い光。今度は真っ正面から私に向かい、秋月は口を開く。
「先輩は俺が守る。誰にも触れさせない。傷付けさせない。先輩は俺の…………大切な人だから」
――トクンッ
まただ。また、私の胸が鼓動した。いつかみたいに動く心臓。今度は強い光が宿った秋月の瞳に、私は魅入られた。
そんな真剣な顔……しないでよ。
また訪れた心の異変に、私はつい、硬直してしまう。私を抱き締めたままの秋月と、弟の颯太がギャーギャーと揉めだしたのにも関わらず。間に入って止めることが出来ない程、私は止まってしまった。
「流香?」
ひょっこりと顔を沙希に覗かれて、私はようやく自分が秋月から解放されたのに気付く。不思議そうにこちらを見てきた沙希だけど、今はそんな私より気掛かりなことがあるみたいで、人差し指を一年生である二人の方へ向けていた。
「あれ、止めた方が良くない? もう昼休みも終わるし、ケンカになりそうなんだけど」
秋月と颯太。揉めたあとは今度、お互いの胸ぐらを掴み、睨み合っています。
あ、あれ? なんか険悪な雰囲気が~~。
「テメー、空気読めよ。俺、先輩に大事なこと言ってる最中だったっつーの」
「あ? ふ・ざ・け・ん・な~。身内が手ぇ出されそうになって読めるか、う゛ぉけっ」
「流香先輩の弟だからって容赦しねーかんな。また泣かすぞコラ」
「上~等~だ。もう同じ手はくわねー。つーか何ねーちゃんを名前で呼んでんだよ。ざけんな」
「こっちがふざけんな。んなの俺の勝手だ。テメー、あんま調子のんなよ」
「テメーこそ調子にのんな。たかがねーちゃんの後輩のくせに」
「……地獄見せてやろうか?」
「……やってみろよ」
「二人ともやめなさい!」
本気で殴り合いを始めそうな秋月と颯太を慌てて私は止めに入った。その瞬間、さっきの心の異変は私の頭から抜け落ちる。
二度目の異変をまるで考えないようにするために。
□□□□□□□
――キーンコーンカーンコーン
「……おい、秋月」
「……なんだよ」
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、足早に自分の教室へと戻る生徒たち。
その合間をくぐり、楓と颯太はゆっくりと進む。流香に喧嘩を止められたものの、未だ納得していない二人。
“帰りにケンカしちゃダメだよ!?”
と、流香に言われたから手は出さないけど、お互いがお互いを威圧する。
「テメー、ねーちゃんのこと好きなんだろう」
「……だから?」
「いつからだ。いつも、あんな風にねーちゃんに付きまとってんのか?」
「おめーに答える義理はねー」
プイッと颯太から顔を背ける楓。その態度にカチンときた颯太は、吐き捨てるように言葉を続ける。
「ねーちゃん、好きな人いるんだけどな~」
「……知ってる」
「え?」
楓から返された言葉に、少し驚いたような反応する颯太。不意打ちをかけたつもりだったからだ。
そんな彼に、今度は楓がシレッと告げた。
「負けるつもりねーもん」
そしてニヤッと、いつも流香にする不敵な笑みを颯太に向ける。それを見た颯太は、負けじと虚勢を張った。
「余裕じゃねーか。でも言っとくけどな! ねーちゃん、すんげぇ~一途だからな! そう簡単にいくと思うなよ!」
「……プッ、シスコン野郎に言われてもな~」
「はぁ!?」と楓に向く颯太は、何とか怒りを抑えながら、でもワナワナと体を小刻みに震わせる。
バカにされたと思った颯太は流香の弟として、こいつとはいつか決着をつけてやる、と心に誓ったのは言うまでもない。
クラスの違う楓と颯太。別れる時まで終止、お互いを無視状態。
だから楓が教室に入る時、颯太はさっさと自分の教室に戻ろうとしていたため、彼の独り言には気付かなかった。
「余裕なんて……ねぇよ」
□□□□□□□
「あの二人は一体、何をしに来たんだろう。大丈夫かな? またケンカしていないかな?」
秋月と颯太が戻ったあと、私たちは本鈴が鳴るまでまだ話をしていた。汗を垂らしながら嘆息する私に、沙希はそんな私の心配をものともぜず、あっけらかんに言ってくる。
「例えるなら『流香争奪戦:ラウンド1』って感じだね。避けて通れない道だわ~、思っていたよりも早く来たかも」
「な、何それ?」
うんうん、と頷いている親友を横目に、私は彼女が何を言ってるのか正直分からなかった。でも、何となく思い付いたものを、沙希に向かって投げ掛けてみる。
「『争奪戦』って、『弟の座』とか?」
「流香……マジで言ってんの?」
あれ? 違うの? 普通にそう思ったんだけど。
何か沙希が、物凄く白い目でこちらを見てくるのは気のせいでしょうか。
え、だって。颯太は実の弟だし、それに張り合う秋月は私に懐いているみたいだから、考えられるのは『弟の座』なんですけど。
「はぁ~~~~~~~~っっ」
沙希がやたらと長い溜め息をついてます。そして、私がよく聞こえない程度の小さな声で、何やらブツブツと呟き出しました。
「秋月……なんか可哀想になってきた。あ、でも前までは愚痴をこぼされる対象だったんだから、ある意味昇格? ……ほんっとに流香、鈍感だわ。アレになんで気付かないんだろ」
「沙希、どうしたの?」
顔を背けて、何やら呟く沙希を私は覗き込んだ。途端に沙希は「何でもない!」と大袈裟に手を振って笑顔をみせてくる。そんな彼女を見て、私の頭は疑問符だらけになったのは言うまでもありません。
変な沙希。挙動不審ぎみなのは一目瞭然です。
「それよりも!」と沙希は急に話題を変えてきた。
「私も迂濶だったわ~。私はさ、別に男を顔で判断しないから秋月のこと興味なかったんだけど、よくよく考えてみるとそうなんだよね」
「ん? 嫌がらせのこと?」
私は親友の台詞から、話題の矛先が嫌がらせについて移ったのだと理解した。
「そう!」
勢いよく返事したと同時に、沙希はぐぐっと私に顔を近づけてくる。
「よくある話よ、学校の中でもトップクラスのイケメンくんに近付くと苛められるってやつ」
「近付くっていうか私、一方的に付きまとわれてるんですけど……」
私は項垂れながら否定したんだけれど、それこそ嫌がらせに繋がった原因だと沙希に言われてしまった。
「さっきあんたの弟くんも、秋月が普段無愛想で取っ付きにくいみたいなこと言ってたじゃない?」
「う、うん」
あまりにも沙希が近付いてくるものだから、私は微妙に体を反る形になる。それでも構わず、沙希は続けた。
「それってさ、秋月のファンからすれば流香の存在って本当に目障りだと思うんだよ。……あ。ご、ごめん」
ハッキリ言い過ぎたと冷や汗を垂らす沙希に大丈夫と告げて、私はその続きを言って貰おうと促した。何となく。彼女の言いたいことが分かってきたので。
「……んと。だから正直私としてはね、流香が心配だからこれ以上秋月と一緒にいるのは避けて貰いたいんだよね。そりゃあ秋月に流香のこと頼んだけど……状況が状況だから、さ」
「沙希」
途中で遮る形になったけれども、私はすかさず親友の名前を呼ぶ。本当に心配そうに言ってくれる沙希を私は真っ直ぐ見つめて返して、彼女が抱いてる懸念に、真っ向から答えさせていただきました。