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加速する想いと留まる想い③


「それは……秋月が可哀想だよ」

「え」


沙希は私の言葉にちょっと戸惑ったみたい。勿論、沙希の言っていることは分かります。それがこの嫌がらせを無くす最短だということを。

だけど私、知ってるんだよ沙希。私に突き放されそうと感じた秋月の顔。とっても、淋しそうな顔をするんだよ。前に、部活で悪ふざけしすぎて私を怒らせた時。そして、さっきの嫌がらせの原因が秋月だと私が知った時。

そのどちらとも、彼は私に目線を合わせず下を向いていた。廊下を見つめていた。本当に申し訳なさそうに。


どこか悲しみを織り交ぜながら俯く後輩。

そんな彼を、私は知っている。そう、知っているんです。


「秋月は……そりゃあ普段、人のことバカにしてからかってくるけど、根はいい子だと思う。最後にはいつも後悔してる感じがするから。それこそ行き過ぎてるだけで、本当に素直な自分を出しているだけじゃないのかな?」


出来るだけ率直に。だけど秋月のことを分かりやすく、私は沙希に伝えた。それを聞いた沙希は、感嘆な声を洩らしている。


「あんた、よく見てるね~」


沙希は大きな瞳を更に丸くさせながらも、感心したように言ってきた。そんな彼女に対し、私は当然とばかりに胸を張らせていただきました。


「一応私、秋月の先輩ですから! だから私、これからもアイツを追い返したり、避けたりしないよ。秋月には悪気ないんだもん」


沙希に笑顔を向ける私。それを見てどう思ったのか、沙希はまたしてもこちらには聞こえないぐらいの声量で、ボソッと呟く。


「なるほどねぇ、アイツがあんたに惚れるわけだわ。素の自分を受け止めてくれるんだからね~」

「うん? なんか言った沙希?」

「いや、なんにも?」


感嘆の息とともに。吐き出された沙希の言葉をうまく聞き取れなかった私は、聞き返そうとしたけど誤魔化されてしまった。沙希が言ったこと、何となく気になったけど、「それはまだまだあと!」とにこやかに言われてしまったので、追求出来ず。


「流香がそう言うんだったら、私、あんたを守ることだけに専念するわ!」


沙希は私の肩をポンポンと叩く。


「沙希、それは流石に申し訳ないよ」


私は慌てて沙希にすがった。私のみならず、沙希まで嫌がらせの対象になるのが嫌だったからです。下手に私を庇って、沙希に害が及ぶかもしれないから。その可能性は十分にある。

だけど沙希は可愛くウインクしながら、こう言ってきた。


「な~に言ってんの! 私たち親友でしょ? 大事な友だちを守れないで、何が友だちだっての! ……智花も柚子も、私と同じことを流香がいない間言ってたんだからねん。安心して、私たちがそばにいるから。だから流香は、自分が思う通りにしてな!」


沙希が男子だったら絶体に恋してる。そのぐらい、私はハッキリと言ってくれた親友に感動した。ありがとう……沙希。


「それに」


付け足すように、再び沙希が口を開く。


「あんたに嫌がらせする相手は、秋月が何とかしてくれると思うし」

「え!?」


いきなりまたここで秋月の名前が出てきて、私は驚いた。すかさず理由を聞く。


「な、何で秋月が?」

「あれ、これも気付かなかったの?」


私の反応に半ば呆れた感じで、沙希は教えてくれた。


「しょ~がない。この沙希ちゃんが秋月の株を上げておいてやるか」


ふうっと息を吐いた沙希は、ニッコリとこちらに向かい、微笑んだ。


「あのさ、さっき廊下で秋月があんたに抱き着いてたでしょう?」


うん。しかも人が沢山通る廊下のど真ん中で。あちこちから浴びる視線が痛かったっけ。


「あれはね、あんたに嫌がらせしてきたヤツらを炙り出すためにやったんだよ?」


え……。


「あの時、秋月が言ってたでしょう? 『顔を覚えた』って。驚いたわ。私らが流香のこと、ただそばにいて、護衛して貰うつもりであんたのことお願いしたのに……アイツは、根本的な所からあんたを守ろうとしてるみたいなんだもん」


――トクンッ


「それって……」


私は、自分の胸が再び鼓動したことを気にしなかった。ただ秋月が何をしようとしているのか。秋月が私のために、何をしようとしてくれてるのかが知りたくなった。


「流香。あんたを守りたいんだよ、秋月は」


優しい笑顔の沙希から出てくる言葉が、胸に響いてくる。今まで味わったことのない感覚が生まれてくる。沙希から聞いた事実に私は胸が震えた。

なんで……? どうして秋月……?

胸が熱くなってきた。思わず目頭に力を入れる。今にも泣きそうだからです。

いつもいつも遠慮無しにこちらの都合を考えないで、抱き着いて、からかってきて、人のこと振り回してくるのに。

なんで、そこまでしてくれるの……?


「わ、分からなかった……」


何とか涙腺を萎めて涙が出ないようにしている私に、沙希は満足そうに私の頭を撫でてくる。


「あんたには……いい兆候かもね」

「???」


沙希の言っている意味が良く分かっていない私。結構、胸が込み上げてきて苦しいんですけど。でも、辛い苦しさではありません。どこか暖かい苦しさ。

この苦しさは何? 私の中で、何かが生まれたのかな?


結局、午後の授業はあまり頭に入らなかった。それというのも、昼休みに沙希から聞かされた話で頭が一杯だからです。

胸の苦しさは治まったけど、頭の中で沙希の言葉がまだ響いている。


“あんたを守りたいんだよ、秋月は”


――トクンッ ――トクンッ


ヤダ、私……。


――トクンッ ――トクンッ


また……。


――トクンッ ――トクンッ


これじゃあまるで。まるで、秋月のこと意識してるみたいじゃない。


私に新しく生まれたもの……。


――トクンッ ――トクンッ


駄目だよ、それは……。だって。私は…………。


――タタタッ

――ドキッ


教室の外から、軽やかな足音が聞こえてくる。この足取りのあとは、決まっていつも同じ。


「せんぱ~い!」


――ガバァ


教室に入った途端。すぐさま私を見つけた秋月は、いつもの如く、背後から私に抱き着いてきた。


「き、きゃああああああああ~~~~~~~~~~っっっ!」


多分、私は今までで最大音量の叫び声をあげたかもしれない。ホームルームも終わり、賑やかな教室が私の声だけで埋めつくされたからです。


「くぁ~~。き、効いた……。先輩、今日は何かいつにも増してスゲー声」


私の大絶叫を間近で聴いてしまった秋月は、ふらついている悩を必死に正常へ戻そうとしている。頭をブルブル振り、大きな瞳をしばたかせていた。

だ、だって、しょうがないじゃない。


「はぁ~ビビッた。何だよ先輩、んな驚かなくたっていいじゃんか」


私の反応がいつもより過剰だったからなのか、少し拗ねた顔を秋月はする。さっきまであんたのこと考えてたんだから、驚くに決まってるでしょ。


「あれ? ……流香先輩、何か変」


――ドキィッ


秋月からの指摘に、動揺する私。

ま、まさか。秋月、気付いた? 私があんたのこと、考えていたのを……。ち、違う! 私は別に、あんたのことなんて考えてない! 抱き着かれたとき、意識を……って、それも違う! えっと、えっと……。あ~~~~っっ! 何か頭がこんがらがってきた!


「顔、赤いんだけど? 熱でもあんの?」


も~~、いやぁ――――っ! 顔赤くなってる!? 私が!? そ……そ、そ、そんなこと……。

大パニックになりそうだった私。でも次の瞬間。秋月が私にとった行動で、ばっちり覚醒しました。


むぅにぃぃ~~~~ぃ~~~~。


「お~! すっげぇ~~伸びる。先輩、餅みてー。ブッ……アハハハハハッ! へ、変な顔」


私は秋月に、「これでもか!」っというぐらい頬っぺたを摘ままれた。


「…………………………」


一気に動揺は治まりましたよ。ケラケラと私の頬を摘まみながら大爆笑している秋月のおかげで。

秋月を意識? ハッ! 気のせいですね。





□□□□□□□





「アホか、秋月楓。台無しだね」


流香と秋月から少し離れた場所で、智花はぼやく。


「折角この私が株を上げてやったのに、バーカ。途中までは良かったのにさ……」


同じく、沙希も智花と同様、ぶつくさと不満げにぼやいた。


「……ちょっと秋月くんを張り倒してきてもいいかなぁ~?」


にっこりと満面な笑顔の柚子。でも、誰もが柚子の額に青筋が浮かび上がっているのを見逃さなかった。


「いっそやっちゃって。じゃなきゃあこの先進まない。秋月には頑張って貰わないと」


ふぅ、と沙希は溜め息をつく。それを見た智花と柚子はお互い顔を見合わせ、同意するかのように頷いた。


「そーだね。……流香、まだ岡田篤のこと好きなんでしょ?」


智花が沙希に聞く。それを目で沙希は答えた。


「不毛だもんね~」


柚子がポソッと言う。『不毛』という柚子から発せられた言葉に、沙希はやるせない気持ちで一杯になってしまった。


「ずっとだよ? 中学ん時も流香は岡田しか見えていなくてさ~。告白したあとだって……あの時の流香の顔……私、忘れらんない」


両手で頭を抱える沙希。流香にとって自分が一番の親友であると自負しているからこそ、沙希は辛かった。今までずっと、ひた向きで懸命に片思いしている流香が不憫で仕方がなくて。


「もうどのくらいになる~?」


柚子は暗い表情の沙希を心配そうに見ながら『あること』を聞く。


「……半年ぐらいになるんじゃない?」

「半年……か。そんなにたつんだね」


沙希の返答に、智花はしみじみと言葉を繋いだ。


「だからさ、私……」


沙希は、ギャーギャーと秋月に文句を言っている流香を真っ直ぐに見た。


「私……流香にはもっといい恋をして欲しいんだよ。あんな岡田じゃなくてさ」

「秋月楓ならいいの?」


フッ、と笑う智花に沙希は何とも言えない顔をしたが、すぐに被りを振る。


「アイツは流香のこと、ちゃんと想っているみたいだから」

「あ~、『炙り出し』のこと~?」


「そう」と答える沙希に柚子が目を輝かせた。昼休みの件を沙希から聞いて、感動したらしい。


「私も流香には秋月くんがいいと思うよ~。普通、そこまで考えてくれる人いないよね! ……私の出番、取られちゃったけど……チッ」

「柚子……。あんた、嫌がらせの相手をシメたくてしょうがなかったんだね……」


笑いながら器用に舌打ちする柚子に呆れながら、智花は沙希の肩をポンと叩く。


「沙希、とりあえず私らは流香を見守っててあげようね」

「秋月くんとの関係も含めてね~!」


「ウフッ」と何やらウキウキしている柚子を尻目に、沙希はうんと頷いた。いつの間にか教室でバタバタと秋月を追いかけ回している流香を見た沙希は、優しい目で二人を見る。

自分の、流香に対する願いと期待を込めて。


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