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一期一会 第一部  作者: ヤルターフ
第三編 愛別離苦
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名も無き日々 4

 最初の一年、家族は貧乏のどん底にいて、桜の新芽が厳しい冬にじっと耐えているようなものだった。冷たい風が街を吹き抜け、月が儚い美しい傘をさして西に傾いていく。そうしていついかなる時も、生きとし生けるもの全てに(あまね)曙光しょこうが降り注ぐ。厳しい冬が終わり、やがて大きな足音をたてて春がやってくると、桜が寒さに耐えぬいた喜びを開花させる。それと同じように、貧乏に変わりはなかったが、この家族にも春が訪れて、前の年より幾分か良くなって、心はより豊かになっていった。


 母親の仕事はアルバの献身のおかげか、週に二十着のワイシャツを堅実かつ丁寧に作れるようになっていた。店主の期待に誠実をもって応え、信用を勝ち取った母親は、お得意様向けのオーダーメイドを任されるようになった。給料が上がって経済に余裕ができると、ケガや病気になった時の為に、そして万一のことがあっても愛児達が生きていけるようにと、一番安い、掛け捨ての保険に入った。そうして少しずつ貯めたお金で身の回りの家具を一つずつ増やしていった。もちろんアルバとオメガに服を買うことも忘れなかった。愛児二人に服を買い、余った僅かのお金を貯金し、それが貯まって初めて母親は自分の服を買った。そしてその服は決まって白のブラウスか、青の長いスカートであった。


 ゆとりある生活ができるようになると、初めてアルバに教育を受けさせることが出来た。アルバは八歳で小学校に入った。イジメにあわないかと母親は心配していたが、アルバは平穏無事に学校生活を送っていた。アルバを学校に行かせることができて、母親はようやく一心地ついた。なのでよく働くアルバに月に千円のおこづかいを与えようとした。けれどもアルバは頑としてそれを受け取らない。アルバが可愛いあまりに母親が叱るような口調で強く言う。仕方なくアルバが受け取ると、


「好きな物に使いなさい」


 母性特有の、あの優しい声でそう言った。


 ある日アルバは母親の誕生月にプレゼントをした。それは学校で使う茶色の封筒で、見ると中には五千円が入っていた。


「お母さんの髪、とても綺麗だからこれでオシャレしてね。いつもありがとう」


 と、アルバがその封筒を渡す。


 母親はすぐに悟ったが、


「これ……、どうしたの?」

「ぼくが好きなのは、お母さんだから」


 ぽつりそう言って恥ずかしそうにしている。次の瞬間、つと母親が歓喜の涙を流した。なのでアルバは慌ててなだめていた。母親は愛児の心遣いに感謝して、月に一度美容室に通っては、その美しい長い銀髪の手入れをするようになった。それでアルバは改めておこづかいを自分のために使った。絵を描くのが好きなアルバが初めて買ったものは、デッサンに関する本であった。


 母親が作ったポーランドの民族衣装のような子供服を着て、栗色の髪と耳をしたオメガはミシンの針を打つ音を子守歌にして育った。最初は寝返りで移動してたのがハイハイになり、やがてつかまり立ちができるようになると、すぐに手を離して歩くことができるようになった。最初に喋った言葉は「マーマ」と「ニーニ」であり、少しずつおしゃべりできるようになっていった。呼ばれた母親とアルバは喜び、オメガはきゃっきゃと笑っていた。そんな一家和楽の日々を過ごしていた。そしてアルバもまた成長して、小学校六年生になった。この頃になるとスケッチブックも相当な量になっていて、鉛筆一本で写実的に光を表現出来る腕前になっていた。


 夫が見つかったという話は無かったが、家族三人で幸せに暮らしていた。ある時はピクニックに行って、草むらに寝転がっては余暇を過ごしていた。そして毎年慎ましやかながらも、誕生会を開いては喜びを噛み締めていた。その度に写真は増え、思い出がアルバムとなって積まれていく。家族はまさに幸福の絶頂にいた。


――この幸せが長く続いて欲しい。


 そう母親は心の底から願っていた。

 しかし、父なる神は、このつつましくも幸せな日々を過ごしていた家族に慈悲を賜った。

 母親を約束の地へ迎えいれる準備をしていたのである。

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